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セブンスコード  作者: 鳥島飛鳥
5/11

1話 『プロレスラー豊田竜二』(5)

 ミセ・ガスト・ワン。


 私は目の前の光景が信じられなかった。

 相手は王国最強の騎士。この世でかなう者などセブンスコードぐらいしかいない。セブンスコードでも彼を一撃で倒せる人間など存在するだろうか……?

「ミセ。撤退するぞ。こいつらはもう追ってこれない」

「えっ? どうして……そんなことが……」

 リュウジはつまらなさそうに、自分の腰にまかれた、ベルトを指さす。

「俺のリングの能力だ。勝った相手へ命令ができる。これは俺が死具を出現させて、誰かに負けるまで継続する……リンガーとなら何度やっても負けないし、俺は誰にも負けない」

 王国最強の騎士を子ども扱い。それほどまでにリュウジの力は強力なのだ。

 私は思い違いをしていた――圧倒的な身体強化。先ほど見せた妙な体術、さらに勝った相手への命令権。間違いない。リュウジは私が求めていた戦闘特化の死具使いだ。

 私は求めっていた物を手に入れた。

「……なんなのよ。その顔は……」

 だが――気持ちは晴れない。それは……リュウジの顔が、勝者の顔が悲しみに染まっていたからだ。


   ◇◇◇


 豊田竜二。


 その夜。

 俺たちは怜奈の死具のマンションで各自休息をとっていた。

 怜奈の死具は一部展開も可能で、今は最上階だけ展開させている形だ。そうすると展開していない階には行けないが、全部展開しない分、魔力消費的にも燃費がいいそうだ。

 さらにここは深く生い茂った森の中で今度は目立つ可能性も低い。

「……」

 俺は割り当てられた部屋でゴロゴロとしている。隣には昼間に地下のスーパーからくすねたウイスキーの瓶とグラス……それから……。

「……美味しい。これが異世界のお酒ね……美味しくて生意気」

「……ミセ。お前なんでここで飲んでるんだよ」

 隣には何故か少し不機嫌そうに酒を飲んでいるミセ。シャワーを浴びてきた後なのか、長い金髪はしっとりとぬれ、やたら色っぽい。

 無防備に男の部屋に来る時間でもない気がするが……。

「……いいじゃない。私の勝手でしょ」

 な、なんでこいつは不機嫌なんだ? 俺なんかやったか? ま、まあ美人と飲めるということで納得しておこう……。

「……この部屋あんたの写真ばっかりね」

「あ、ああ……こんな部屋は勘弁してほしいんだけど、あいつここしか空いてないって……」

 怜奈にあてがわれた部屋は怜奈の私室らしい。女の子っぽいベッドや小物を超える存在感を放っているのが俺の現役時代のグッズだ。

 ポスターにタオル、プロマイドなどが所狭しと飾られている。正直気恥ずかしい……と同時に悲しい気分になってくる。写真の自信満々な俺はもういない。今いるのはただの飲んだくれ。それを実感してしまう。

「過去には戻れないよな……」

「その顔気にくわない……」

「えっ?」

「あなたは写真を見る限り、スターだったんでしょ? なんでそんな顔をしているの?」

「……うるさい。お前には関係ないだろ? 黙って飲んでろ」

 思わず乱暴な言葉が出てしまう。自分の中の確信、弱みを突かれた気がした。

 それには触れて欲しくない。そんなちっぽけなプライドが今守りたいものだから。

「関係……ない訳ないでしょ? あなたは私が召喚したんだから……」

 ミセの顔は不機嫌から悲しみに染まる。俺は本当に自分のことしか考えていない。

 嫌になる。ミセがこの場に居るのも俺に気を使ってだ。わかっているのに、わからないふりをしている。ただ酒に逃げる。

 そんなみじめな自分を笑って欲しい。他者から自分が最低だと言う烙印を押されれば、自分が最低なことが仕方ないと思えるかもしれない。そんな思考が俺の口を軽くする。

「……俺。人を殺しているんだ」

「……」

 ミセは反応せずに酒を飲んでいる。俺は言葉を続ける。

「試合中の事故だ。俺の得意技のボディプレスがたまたま当たり所が悪くてな……本当に当たりどころか悪くて……相手はすぐに病院に運ばれたが……亡くなったよ。あっさりしたもんだった」

 今でも鮮明に覚えている。相手選手の命をボディプレスという技で踏みつぶした感触を。

 命をとったその瞬間を。鮮明に。

「俺は人を殺すためにプロレスをやっていたわけじゃない……でも俺が……俺が殺したんだ。命を奪った……人生の先を奪った。それは許されることじゃない……悪い……くだらない話をした」

「……別にいいわよ」

 後悔しかない言葉。俺がプロレスをやっていなければ。俺が勝ちに貪欲じゃなければ。俺が生まれてこなければ……。何度もした後悔。

 それから逃れるには酒しかなかった。

「……ねぇ。あなたが後悔しているのはわかった。なら先はどうしたいの?」

「えっ? それはどういう……」

「どうもこうもないわよ。あなたは過去のことを後悔している。なら未来はどうするの? 後悔は過去を悔やみ、未来に繋げるもの。ねぇ。あなたはどうしたいの?」

「……」

 未来……。そんなこと考えたこともなかった……。俺にあったのは後悔だけ。未来なんて。

「はいはい。せっかく二度目の生を得たんだからビシッと考える!」

「あ、ああ。そ、そうだ。怜奈は俺のとばっちりを受けて死んだんだ」

「ああ。そんなこと言ってたわね」

「俺は殺した相手選手の妹に恨まれていた……」


『お前なんか! お前なんか死ねばいいのよっ!!! この人殺しぃぃぃぃぃぃ!!』


「俺はその子に刺された。それはいい。報いを受けるべきことだったから……でも怜奈は関係ない。たまたまその場にいただけ。だからあの子だけでも……元の世界に」

『ノンノン! 怜奈ちゃんはそんなこと望んでないって言いましたよね?』

「へっ? れ、レイナ?」

 突然部屋全体から響く様な怜奈の声。

「お、お前! 聞いてたのか? もしかしてマンション内部を監視する能力か?」

『あ。しまった。理不尽な先輩な答えについ……うぅ。ここでこの能力を見せる予定は……怜奈ショック』

「まっ。これでリュウジの逃げ道を塞いだからいいわ。それで? 答えは?」

「……」

「あれよ? 願いなんて自己中心でいいのよ? 私はグータラに暮らしたいだけだし」

「お前らしいな……短い時間だけどお前という人間がわかってきた」

「くすっ。でしょ? ……だからあなたも――」

『あー。大事なお話中すみません。緊急事態みたいです。それも昼間とは比べ物にならないぐらい……』

 怜奈声から楽しさが消えていた。

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