1話 『プロレスラー豊田竜二』(3)
翌朝。
「お、おい。ミセ。どこまで行くんだよ。このままじゃ俺は吐くぞ。げーげー吐くぞ。二日酔いをなめんじゃねぇよ。めんどうだし……」
「なによ。なさけないわね。まあ、めんどうなのには同意するけどね~」
俺は用意して貰った宿舎で安眠をむさぼっていると、ミセに叩き起こされて早朝のピクニックに連れ出された。
街を出て、歩け歩け運動だ。かれこれ二時間経過。
昨日の酒もまだ残った状態なので軽く吐きそう……というか、ミセも怜奈も俺と同じぐらい飲んだのに元気なのはどういう了見だ?
女子高生に負けるって……俺も歳か。ちなみに今俺たちがいる国では酒は16から飲んでいいらしい。なので女子高生が飲んでも問題ない! というのが怜奈の言い分。
「ん~。もうこのぐらいは離れればいいかもね。街の人間に見られるのは都合が悪いのよ」
「はぁ~。やっとストップか」
やっとのことでついたのは野球グラウンドぐらいの広場だ。
俺は近場の大きめの石に腰掛ける。元スポーツ選手ということで体力には自信があるが、この二日酔いだけはどうにもならん。
「先輩~大丈夫ですかぁ~」
「あ、ああ。怜奈は元気だな」
「勿論です! これからあたしの隠された能力が覚醒するんです! 全中二病患者の夢をあたしが叶えるんですから!」
怜奈はやる気満々。傍から見れば妄言を垂れ流す可哀そうな子だが、言っていることは案外的を外していない……それが性質が悪い。
「ミセ。一度話を整理しよう。昨日は酔いながら話したせいで、ちょっと曖昧な部分があるからな」
「そうね。本来なら酔いながら話す話でもなかったし」
ミセはチロッと舌を出して悪戯っぽく笑う。うん。可愛いので許す。
「まず初めに、私、ミセ・ガスト・ワンは世界を壊せる力を持っている七人の人間のひとり」
「個人が世界を亡ぼせるとか、スケールが大きいですよね~中二心をくすぐります!」
「まあ、喜ぶことではないかな。それで厄介な人間たちに命を狙われているわけだし。あなたたちにお願いしたいのはそれを追っ払って欲しいの」
「おい。世界を亡ぼせる力があるなら、自分でどうにかできるんじゃねぇか?」
「いきなりあたしたちいらない子になる危機が!?」
「それがそんなに簡単でもないのよ。私の力は基本『生物を蘇生させる力』だから」
ミセは自称気味に言う。どうやら自分の能力にいい印象を持っていないようだ。
ミセの力は予想はしていた。それは俺たちを蘇生させたことで明らかだ。ミセはよりによって最もえげつない力を持っている。
……確かに気持ちはわかる。そんな力は……ない方がいい。
俺は過去に人を殺している。その当時にもし、ミセの存在を知っていたら、どんな手段を使ってもミセにその人を蘇生させただろう。
本当に――どんな手段を使ってでも。
俺と似た様な考えのやつなんて恐らくいくらでもいる。それ程に蘇生ってやつは魅力的だ。人の人生を簡単に狂わせる。
……ミセの存在を巡って戦争さえ起こる。それほどまでに強大な力。
そんなもの個人が持っていていい力の領分を超えている。
「なるほど……確かに世界を亡ぼせる……いや、他者に滅させる動機になり得る力だ。くそったれだ。死ねばいいのに」
「そうですね~。人間関係が重要なのは異世界でも一緒なんですね~。怜奈ショック」
怜奈も同じ考えに至ったらしく、深く俺に同調する。そんな姿を不安そうに見るミセ。
「……あなたたち、もしかして私に同情してる?」
「そうだけど……もしかして侮辱だったか? それなら謝る」
「い、い、いえ。ち、違うの。そ、そのちょっと……この世界の人間とは違う反応だったから珍しくて……」
「……ああ。そういうことか」
「慌てるミセさん可愛い~。ミセさん。ミセさん。心配しなくても先輩もあたしも頭のネジぶっ飛んでいますから、その辺の愚民とは違うので安心して下さい!」
「おい、言い方」
「そ、そう…」
明らかにホッとした表情を見せるミセ。
まるで隠し事をしていた子供の様だ。
……しっかりとしたイメージがあったから、こういう小動物的な……守ってあげたくなるような顔は意外だ。
「お、おほん。それで私は戦うのはそこそこだから、戦闘狂いのセブンスコードとかに狙われると終わるの。だからあなたたちを蘇生召喚したという訳」
「なるほど! それで私たちの『死具』というものが火を噴くわけですね!」
「死具か……魂を形にする武器だったか?」
「ええ。あなたたちが蘇生召喚の副作用で得た道具。それが死具よ。死んだ時の心象、恐怖を参照して魂を物質化するから、武器防具になることが多い。それも恐らくSランク武装。これが欲しくて私は異世界の死者を蘇生させたの」
漫画やアニメの話みたいだ……。現実的じゃない。本当なら笑い飛ばしているレベルだ。……が、昨日から心に妙な違和感がある。
何かを形にできそうな……そんな予感。前の世界ではなかった感覚。
その予感が俺の頭から『そんなことはありえない』という考えを消している。
「まずはリュウジから出してみて。ふふ~ん。あなたの魔力は信じられないぐらい高いから、すごく期待できるのよね~」
「おおさすが先輩! 初期ステータスがカンストとか素晴らしいです」
「まだやってもないのにそんなに褒めるな」
とは言いつつもそこまで言われれば、少し楽しみになってしまう。やっぱ男なら最強と言う言葉に憧れるし。
「……これだよ。人生はこうじゃなきゃ」
この世界に来て……元いた現実を捨ててこの世界に来て、俺は本当に嬉しく思っている。それはそうだろう……あの世界の俺は腐っていた。死んでいた。
毎日。酒に溺れ、生きるだけの毎日。
そこから引き上げられた……都合がいいのはわかっている。怜奈は気にしなくていいと言ってくれたが……そんな簡単な問題じゃない。
逃げて逃げて逃げて、いるのがこの現実で、それを楽しむなど……恥知らずもいいところだ……だが、喜ばずにはいられないこの現実に。
この世界には俺を人殺しと蔑む声も罪もない。迫害されない。
俺は違う世界でやり直せるんだ。
「脳内にあるイメージを表に出すの」
「ああ。わかった……」
言われた通り、脳内の物を顕現さようとする……剣か? 槍か? まだ実態はつかめない……形に……形に。俺だけの道具に!
空気が変わり、力が風となり、流れていく。
「あはは。すごい魔力。期待以上……これ戦闘特化のセブンスコード並みなんじゃ……」
「み、ミセさん。こ、このお肌にビリビリ来るのが魔力ですか? お肌が荒れる気がするんですが~。そういうのが気になっちゃう年頃です」
「ならもっと慌てなさ――は、はぁ!? 魔力がまだ増える……け、桁が違う……。あ、あはは! ほ、本当にすごい! すごい! 国宝級の聖剣なん目じゃない!」
興奮状態で声を張り上げるミセ。
頭が熱い。思考がとろけそうだ……だが、手ごたえはある。力はこの手にある。
「あ、あれ! 魔方陣ってやつですか!」
俺の足元に現れる読めない文字がつらつらと書かれた円形模様。
それと同時に俺の体内の何かが持っていかれる感覚。
クッ。これが魔力ってやつか!
「はぁ!? ま、待って! う、嘘……嘘でしょ? そんな。ま、魔方陣が――大きすぎる」
俺が展開した魔方陣を見てミセが慌てた声を出す。その理由は焦げ付く頭の俺でも理解ができる……死具っていうのは道具だ。
ミセの話だと剣や槍などの武器。
だが、俺の頭にこびりついているイメージのそれは……剣や槍とはかけ離れている。
そして極め付けが――魔方陣のデカさだ。
直径7、8メートルはある。そんな巨大な剣や槍は――存在しない。
そして――俺の頭の中で明確化する一つのイメージ。
「……な、なんでだ……や、やっと現実が変わった筈だろ……」
嫌気がさす。現実を切り替えても俺は自分の意識に引っ張られている事実。
結局未練だらけの女々しい男という事実。
俺は何も変わっちゃいない。今も過去を引きずっている。
「く、くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
死具が顕現する。
はっきり形として世界に現れる――それは一辺、六・四メートル大きさ、一辺に三本のロープが張られているフィールド。
俺がかつて魂を燃やした場所――プロレスリングだった。
「……くそっ! なんでまたこの場所に立っている!」
「……先輩。これ……プロレスリングですよね?」
「ま、まって! リュ、リュウジ! これはいったいどういうことよ! これって言っちゃ悪いけどハズレの結界系死具じゃない!」
「えっ? こんな大きな物がハズレですか?」
「い、いや。私も死具を見るのは初めてだから何とも言えないけど……で、でも! 私が欲しいのは攻撃力なの! それも圧倒的な! 私が防御型だから!」
ミセは盛大に俺の死具にクレームをつける。だが――その言葉は俺には届かない。
なにも考えられない。頭が真っ白だ。死具は魂を形にした道具。
これが……これが俺の道具、心象の具現だと言うのか。
俺は過去に未練に縛られている。
「……くそったれ。き、消えろ! 消えろぉぉぉぉぉ!」
俺は死具を消すイメージをする。こんな物すぐに消したい。
目の前に置いておきたくない。まるで自分の恥を晒しているようだ。
そう願うと、リングと魔方陣は光の粒子となって消える。
「あー! なんで消すのよ! 見るからにつかえなさそうな死具だけど! ま、まだワンチャンあるわ! 魔力はすごかったし! あ、あきらめるのは早い!」
「……いいだろこんなもの使わなくても。やるなら肉体一つでやってやる」
そうだ。俺にはこんなもの必要ない。酒浸りなりながらも、最低限のトレーニングはしてきたんだ。未練がましく……。
どんな敵が来ても己の肉体で……。
「それでなんとかなったら、とてつもない魔力を消費して蘇生召喚なんてしないわよ!」
「……」
甘いことを言っているのは理解している。蘇生を目当てに襲ってくる連中を相手にできるなどただの妄言だ。人間の欲望はそこまで簡単じゃない。
だが……俺にリングを使う資格はない。
「まあまあミセさん。あたしの死具にワンチャンあるかもしれませんから~。気楽にいきましょうよ。 きっと伝説の魔剣とか出ちゃいますよ? それも流行で二本! 二刀流!」
「そ、そうよね。レイナの魔力はリュウジに比べたら赤ちゃんだけど! ミジンコだけど! なんとかなるわよね! まだ希望を捨てちゃいけないわよね!?」
「あ、あたしも傷つきますからね? せーんぱーい。攻守交替です。休んでてください」
「あ、ああ」
俺の引退事情を知っている怜奈の気遣いに、お礼を言うこともできない。
自分のことでせいいっぱいだ。情けない……ほんとうに情けない。
なにをぐじぐじと考えているんだ……俺は。
この世界に来ても何も変わらない。あの酒に逃げていた日々と何も――。
ぐごごごごごっごっごごごごごごっごごご!!!
「はっ!? な、何事だ!」
その時! 周りに轟音が鳴り響く!
木々に止まっていた鳥や周りにいた獣は逃げ、今まで日の光を浴びていた筈なのに、何かにさえぎられていて、いつの間にか日陰に居る。
隣を見るとミセが放心状態で上を見上げていた。
「な、な、なによ……こ、これ。石の建物? 城?」
ミセの視線追い俺も前を見る。
死具は己の魂を形にした物――だがこれは俺のリングなんかよりもスケールが大きい。
そこには――俺たちの世界では度々見る建造物。だがこの世界にはない建造物。
タワーマンションが建っていた。
でかい。都心などで見る。三十階建て、百メートルはあろうかというタワーマンション。広場を埋め尽くすそれは、この場の雰囲気と不釣り合いだ。
驚いた……だが、元々俺がいた世界にあった物なので、ミセ程驚きはしないが……いや、でもこれは……やりすぎだろ。
「あ。私の家だ。あー死具は己の魂を形に……そういえば死ぬ時にお家で死にたいとか思ったかも。あたしのヒッキー度がバレた。怜奈ショック」
「はああああああ!? これが家!? あなたもしかしてお姫様!?」
「……お前、金持ちなんだな」
隣で絶叫するミセに対して俺はそんな間抜けな感想しか出てこなかった。