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セブンスコード  作者: 鳥島飛鳥
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1話 『プロレスラー豊田竜二』(2)

 その後、少女、ミセにあの崖の近くにあった街の酒場に連れてこられた。

 広さは学校の教室ぐらいで、7割ぐらいの席が埋まっている。

 他の客はミセと同様に俺が元いた世界では見ない服装をしている。さらには髪の色や肌の色が鮮やかな者や、獣耳が生えているなど、人間離れをした姿の人もちらほら。

 まるでファンタ―ジーだな。ここは本当に違う世界なのか? だとしたら――俺の所為で変なことにまき込んじまったな……。

「……こいつ、起きないな」

「くすっ。そんなに心配そうな顔をしなくてもそのうち起きるわよ。その幸せそうな寝顔を見れば心配しても無駄なことはわかるでしょ?」

「むにゃ。むにゃ……んん。おにゃかいっぱいーい」

「……確かに。幸せそうに寝てやがるしな」

 寝ている少女への『罪悪感』はあるが……ひとまず置いておこう。今は現状を確認するのが先決だ。

 なんたって異世界に居るっていう、とんでもない状況だからな。

「街に入った時にも思ったけど……結構人がいるんだな。あんな崖があるんだからもっと辺境かと」

「まあね。ここは都市と都市を繋ぐ中間だからね。人が集まるのよ」

「なるほどね……」

 この街は俺が住んでいた世界の副都心の駅前ぐらいの賑やかさがある。

 もっとも街にコンクリート製のビルがある訳ではなく、石造りの民家や店が並んでいて、街の人間もスマホみたいな機械を持っている訳ではない。

 文明レベルは俺が居た世界よりも低い気がする。

 ……その分ミセのような常識外な存在が居るのかもしれないが……。 

「そんなことよりもあなたお酒のめる?」

「酒……」

 その甘美な響きに一瞬思考が止まる。

 飲めるどころか、プロレスを引退してから酒浸りの生活だった。

 ……こんなわけのわからない状況だからこそ、酒が無性に欲しくなる。

「悪いけど貰ってもいいか? ……度数の高いやつを貰えると嬉しい」

「おっ。あなたいける口ね。いいわね~そうこなくちゃ。おねえさーん。コライアー原酒で~。いちいち頼むのも面倒だからボトルで持ってきて~グラスは3つで~」

 ミセは嬉しそうに従業員の女性に注文をする。

 ……あれ? お前成人してんの? そうは見えない気がするんだけど……あとグラス3つって女子高生に飲ませるつもりか? ……まっいいか。それよりも酒のことが気になる。

「コライアー?」

「サライっていう穀物から作ったお酒よ。本当は割ったりして飲まないとあっという間に酔っぱらっちゃうんだけど。あなたはお酒強そうだし大丈夫よね」

「んんん? ……ほへ? ここは……」

 その時、俺の隣の席で寝かせていた少女が目を覚ます。

 まだ寝ぼけているのかゴシゴシと手で目をこするしぐさが、なんとも可愛らしい。

「あっ。起きたわね。おはよう。目覚めはどう?」

「……は、はい。ご丁寧にどうも……」

 少女はミセを見て表情を固める。目を覚ましたら、見知らぬ金髪美少女が居たらそりゃ驚くよな。元の世界だったら妄想か二次元だし。

「むむ。ここはどこでしょうか……? あたしにお姉さんみたいな、超可愛いい知り合いはいない筈なんでけど……んん! ああああああ! お、お兄さんは!」

 少女が俺を見て驚いた声を上げる。

「……あ、ああ」

 ――当然だ。自分が『死ぬ原因』を作った人物が目の前にいるんだ。それこそ刺されても文句は言えない。

 だが――少女の反応は違うものだった。

「さ、サイン下さい!!! 握手してください! あ、あたし、豊田竜二さんの大ファンでして、じ、実はと、豊田さんはあたしの通う学校の卒業生でして、こ、こ、これから先輩って呼んでもいいですか!?その方が親密っぽいのでそう呼びます!」

「お前初めて会った時と同じ言葉だな……」

 興奮した面持ちで早口でまくしたてる少女。この言葉は聞いたことがある。

 俺たちが殺される数秒前に口にした言葉だ。

 この少女は街中で俺に話しかけてきて、その次の瞬間……殺されてしまった。

 俺と話していた。それだけの理由で。

「んー。あなたたちがどういう関係かは知らないけど、事情は説明した方がよさそうね」

 ミセは少女に説明を始める。

 少女は自分の立場をわかっていない。自分が死んだこと。それで他の世界で生き返ったこと。それを知れれば俺に憎悪を抱くだろう。

 俺も今の事態を深く理解している訳ではないが……彼女には死んでも償いきれないことをしてしまった自覚はある……。

 その重さは俺の命で償えるものではない。

 だが、どうにか、どうにか、彼女に償いがしたい。ミセが説明している間そのことばかり考えていた。


  ◇◇◇


「なるほど異世界召喚というやつですね。すべて理解しました」

「お前納得するの早くないか!?」

 ミセが簡単に説明をして3分。少女は大して驚く素振りも見せずに、酒場の窓から見える二つの青い月を見ただけで納得してしまった。

「あ。自分はこの見た目に似合わず結構なオタク趣味なので。こういう事情には詳しいんです。異世界召喚のゲームとか超好きですし。えっへん」

「いやゲームと現実を一緒にされても……」

 オタク趣味が意外なのは同意するが……お前、見た目は生徒会長とかやってそうだし。清楚系美少女って感じだ。なのに口を開くと妙に明るくて……見た目詐欺だろ。

「先輩。先輩。お前じゃなくて夢庵怜奈むあん れいなです。先輩なら怜奈でいいですよ? あ。もちろんミセさんも気軽に呼んでくさい」

「くすっ。楽しい子でよかったわ。よろしくね。レイナ」

「お~。先輩。先輩。あたし超パツ金美人に名前呼ばれちゃいました!」

「……」

 肘で俺の脇腹を突っついてくる怜奈。

 怜奈の態度は明るくて人懐っこい。とてもじゃないが、自分が死んだ原因を作った人間に接する態度じゃない。

 それが気持ち悪い……恨み言の一つや二つは言ってもいいはずだ。それが人間っていうものだろう……。

「お前は……俺を恨んでないのか? 俺が原因でお前は死んだんだぞ?」

「えっ? 別に全然ですよ?」

怜奈はキョトンと小首を傾げながら、まるで気にしていませんと言った風に手を振る。

「な、なんでだよ! 俺が居なきゃお前は死ななかった! それなのにどうして!」

「うーん。先輩ひとつ言います。死んだお陰でクソゲーみたいな世界を抜けて、このファンタジーに来られたんです。感謝こそすれ、恨むなんてとんでもない」

「……」

 ちょっとだけ小馬鹿にしたような態度。『先輩~そんなこともわからないんですか~』と言った感じだ……。その表情には一切恨みは出ていない。

 言葉を失う。徹底的な価値観の違い。見解の相違。

 いや……俺とある意味同じだ。怜奈も前の世界をクソだと思っている。

 だからこのいいようのない開放感に満たされているんだ。

「それに殺したのは先輩じゃないですからね~。元々先輩を恨む要素が微塵もないんです。仮に恨むんなら私を刺した『女の子』を恨みます。先輩はあたしの中じゃ一緒に超常現象に巻き込まれた……パートナーみたいな? きゃー」

「……そうか」

 きっぱりした物言いに、思わず安堵の声が出てしまう。

 だが同時に……それに納得していいのか? という考えもわいてくる。怜奈の言い分に甘えるのは簡単だ。だが……俺が怜奈を巻き込んだ事実は変わらない。

「はいはい。死んだ時の話はそのぐらいでいいでしょ? 今は楽しく飲んで食べましょう」

「お~そうですね~あたしお腹ペコペコです!」

「……酒も来しな」

 とりあえず酒を飲んで……考えよう。そんな駄目な結論に達したクソアル中。

 やはりクズは死んでも治らないのかもしれない……。


「それでミセさん。あたしたちを呼んだ? 召喚した? のは理由があるんですよね?」

「まあね~。私って天才過ぎて世界を亡ぼせちゃうの。その所為でいろんなところに命を狙われているから助けて欲しいのよ。ようはボディーガードみたいな?」

 ミセがとても物騒なことを言った気がするが……今は気にしないようにしよ……うん。酒が美味いぜ。


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