2話 『炎の守護者 グレン・ホタル・シックス』(3)
数時間後、王都のとある酒場。
「もうっ! なんなのよ! あの王様は! あいつ絶対に友達ひとりもいなわ! あはははっ! 勝った! 私は三人もいるし!」
「ミセさん飲み過ぎですよ……? 少し控えて下さい」
無表情でミセをたしなめるグレンが、何とも可愛らしい。
酒場は夕方時ということもあり、広い店内はいかにも工事現場上がりといった、むさい男たちで溢れかえっていた。
その中で、ミセとグレンはやたらと目立つ。
まあ、とは言っても、グレンはイセリアでは目立つ赤髪と赤い瞳を、怜奈のマンションで拝借した帽子と、カラーコンタクトで隠している。
パッと見普通のガキんちょにしか見えない。
……ガキんちょが酒場に居るのが問題なんだけど。
ミセはミセで……この中で一番飲んでいるし……女に負けてられん。
「おい。ねぇーちゃん! 酒をどんどん持ってきてくれ!」
「お兄さんもミセさんに対抗しないで下さい……子供ですか?」
「おっ! いいわねリュウジ! よし! おねぇさん! もうタルごと持ってきていいわよ! 全部私たちが飲むわ!」
「は、はい! 只今お持ちします!」
「聞いていますか? ふたりとも節度を持って飲んでくさい。店員さんが困っています」
ミルクを飲みながら、ジト目で怒るグレンちゃん。
子供にガチで怒られる俺らはなんなんだろう……。
「偶にはいいじゃねぇか」
「偶に……? 私の記憶が正しければ昨日も馬鹿騒ぎをしていた気が――」
「グレン。今日は好きなだけ『ミラン』を食べていいぞ」
「そうですか……」
ミランとは桃に似た、透き通るような青色をした高級果実で、グレンの大好物だ。
値段は正直高い。手のひら大の果物で、酒が十杯は飲める。
だが、これを食べているグレンは、少し表情が柔らかくなるので、ついつい買い与えてしまう。果物で機嫌がよくなるなんて可愛いやつめ。
◇◇◇
さらに数時間後。
「むにゃ……もう飲めない」
見事に酔いつぶれるミセ。よし……勝った。
俺もかなり危ないけど。
「ミセさん。寝ちゃいましたね」
「まあ、今日はいろいろあったんだ。しばらく寝かせといてやれ」
今日のミセはいつもよりも酔いつぶれるのが早い。
怜奈の件がいろいろ応えているんだろう。そうでもなくても普段の言動ではわかりづらいが、自分ひとりで抱え込む奴だし……こうして酔いつぶれるのも必要だろう。
「たくっ仕方ない奴だよ。よし。俺は続きを……」
「……お兄さん。もう飲むのはなしですからね。店員さんお水を下さい」
酒に手を伸ばす俺の手を叩き、店員に水を頼むグレン。
「……お前将来しっかりした女になりそうだな。日本なら生徒会長とかやりそう」
「なんですか? それ。とにかくもうお酒はなしです。お兄さんも結構酔っているんですから、自重して下さい」
「へいへい。本格的に怒られる前にやめるさ」
「……それで? レイナさんの件はよかったんですか?」
グレンが周りに話を聞かれない様に、昼間の件を聞いてくる。
それを考えるとつい頭に血が上ってしまう。
「ああ。それが交換条件だ」
「……私が、城に残っても……」
「駄目だ。お前はセブンスコードだ。それがわかっているから怜奈も自分が残ったんだろう」
城に人質として残る適任は怜奈しかいなかった。ミセとグレンは論外。それこそ何をされるかわからない。俺も旅の目的の要だ。
そうなると怜奈しかいない。
「『保険』はかけてあるから、怜奈にはそうそう危害は加えられない筈だ。それに怜奈には怜奈の考えがあるらしい」
「そうなんですか?」
「ああ。怜奈言い分だと――」
『……この国には何かあります。多分深い闇が……って感じ! 怜奈ちゃんは楽しくスパイゴッコに興じています!』
「怜奈さんらしいですね……」
「えっ?」
「多分。お兄さんに心配をかけない為に、あえておちゃらけて、言ったんでしょうね」
「まあな。でも……あいつの場合……本気で楽しんでいる節もあるけどな」
「ふふっ。それもそれで怜奈さんらしいです」
優しく笑うグレン。最近は時々笑顔を見せてくれるようになった。
……最初は人形みたいだったのに。
「? どうしたんですか? 私の顔をじっと見て……」
「いや。最近笑うようになったと、思ってな。可愛らしいじゃねぇか」
「……からかわないで下さい。そんなこと言ってもお酒は許しませんよ?」
「へいへい。あははっ、いいじゃねぇか自由でよ」
「自由ですか……」
グレンは俺に真剣な眼差しを向ける。
「お兄さん。私には自由というものはまだわかりません。でも……それは『素晴らしいもの』……そんな気がします」
「……そうか」
グレンは変わってきている。それは些細な変化かもしれない。だけど確実に一歩づつ前に進んでいる。
これからなんだ。まだ十四なんだから……。
「お前も年齢的にはまだガキなんだ。馬鹿みたいに笑って、楽しんで、生きていけ」
「……はい。私も早くお酒が飲みたいです」
「馬鹿。十年早い」
「……あと二年です」
「ふっ。この国だと、そうだったな」
あと二年。そんなの人生を楽しんでいればあっという間だ。
それまでには――なんとしてもセブンスコードを消してやる。
「……せめて他のセブンスコードの情報があればな」
「……」
この一ヶ月間で情報を集めたが……今現状セブンスコードの有力な情報はない。
国家機密並みに重要な情報だ。簡単に手に入るとは思っていなかったが……ここまで手がかりがないとはな……。
こうなれば他国に渡るしかないか……。
……情報が何もないまま行くのは避けたかったけど、怜奈が人質になっている今となっては、ぬるいことは言っていられない。
「お兄さん。お伝えしたいことがあります」
「ん? なんだ? あらたまって」
「……レインディアのセブンスコード、『ハイル・ビルディ―・フォー』が現れる可能性がある場所についてです」
「……えっ?」
それはグレンが、初めて自分の『意思』で動いた瞬間だ。
誰に命令されることもなく、自分の意思で一歩を踏み出した。
「それは本当なのか……? お前知らないって……」
「この一ヶ月で私なりに考えて導き出した答えです。なので……一ヶ月前の私は知りませんでした」
「……なるほど」
「もし不安なら私に命令して下さい。『本当のことを言え』と、それでお兄さんの不安は解決します。初日に私にしましたよね?」
「……」
確かにグレンを捕縛した初日に情報を引き出そうとした。その結果は、グレンは殆ど他のセブンスコードのことを知らなかった。
……もう一度確認しておくべきか?
「……いい。やめとく」
どうにもそういう気分にはならない。やっぱ女の子を言いなりさせるのは抵抗があるからな。リンガーならどうでもいいんだけど。
「ふふっ。お兄さんは私とミセさんには命令しませんね。何でも言うことを聞かせられるのに……エッチなことも」
「はっ。そういうことはガキを卒業してから言え」
「……子供ではありません」
そういうところでムッとするところが子供なんだって。可愛いものだ。
「それで……セブンスコードの心当たりって?」
「初めに言っておきますが……先日お話した通り、私はビルディーと直接の面識はありません。だから、私が今から言うことが正しいとは限りません」
「十分だ。今は何も情報がないからな」
「……一ヶ月前の作戦。私の役目は『ミセさんを誘拐すること』です。でも、おかしくないですか? 私は作戦に失敗し、こうして生きているのにレインディアは何もしてこない」
「確かに……刺客のひとりでも送ってくると思ったけど……」
不気味なぐらい静かだった。ミセはイセリア領に居るからと言っていたが……。
それにしたって静かすぎた。
「本当に私が死んでいると思っているのか……。それとも探していて見つかってないのか……でも、恐らくは……どちらでもよかったんです。私が死んでいようが生きていようが」
グレンは瞳に力を宿し言葉を続ける。自分の意思で言葉を並べる。それはとても不器用で……必死にもがいている様に見えた。
「……私は『おとり』だったんです」
「はっ、はぁ!? セブンスコードをおとりだと?」
「そうです。もうひとりのセブンスコードを使った作戦の。そして――ビルディーの目的は『暗殺』。それを行う為に今は姿を消しています」
「穏やかじゃねぇな……世界を亡ぼせる人間を使っての暗殺ってどんだけ豪華だよ」
そこで思いつく。そうまでして暗殺したい人間は――。
「まさか! ミセを狙って――いや、それはグレンの役目だった。そうなると――」
この国、イセリアで力を持ち、国の中枢を担う人物。それは『今日会っている』。
「『イセリア王暗殺』それがビルディーの狙いです。そうです。お兄さんが探しているセブンスコードはこの街『王都』に居ます」
最強の灯台下暗し。
「そして――炙り出す方法は簡単です。私を『おとりに使えばいいんです』」
グレンは妖艶に、歳不相応の笑みを浮かべながら言った。




