1話 少女、異世界へ
少女は地面に座り込んでいた。
しっとりとした土の地面。緑の雑草が生えているところもあり、その周りで小さな虫が動いている。赤や青の花がついた蔓が巻き付いた木が周りに何本も生えていて、分かれて伸びた枝に緑の葉っぱや、オレンジ色の木の実がついている物がある。葉っぱの隙間から光が差し込んでいてある程度周りを見ることは出来ても、遠くは暗くて見ることが出来ない。湿気がすごくて、ジメジメとしている。
「どうなってるの?」
少女は決して望んでここに居る訳じゃない。
ついさっきまで、自分の部屋で寝ていたはずだった。
学校から制服のままファミレスのバイトに向かい、帰ってきてそのまま、行けないと思いながらも誘惑に負けてベッドに入りそのまま落ちていった。
そして、目を覚ましたらここにいたのだ。
「こういうの知ってる・・・。異世界ってやつ・・・?」
アニメとか漫画とかである、「気付いたら別の世界に来ていた」というやつだ。では、なぜそう思ったのか。
現実の別の場所にいつの間にか連れてこられたのではないのか?
夢ではないのか?
ここが自分の知る世界ではない証拠は?
目の前の、人のようで人じゃない物体はなに?
目の前には、人で言うと小学生くらいだろうか。それくらいの背丈で、体の線は細い。もう、ほとんど骨と皮なんじゃないかってくらい細い。ボロボロの布切れを服のように纏っている。顔の形も人の頭に似ていて、全身の皮膚の色が土気色をしている。耳が尖ってるのと口が大きいのを除けば、やせ細った人に見えなくもない。それは、ゲームなどでよく見る「ゴブリン」のようなものだった。
そんなもの、現実にいるわけない。
そのゴブリンは右手に棍棒を持っていて、先端の尖っているところに赤い液体がついている。私は押さえている腹部にチクリと痛みと痺れを感じながら、何も出来ず、ただ地面に座り込んでいる。
ゴブリンは大きく開いた口からよだれをたらし、まるで「どこから食べようか?」といった様子だ。
「なにか・・・、なにか・・・」
ぶつぶつとつぶやいて、でも何も出来ず、目線はただ、自分を殴るかもしれない、いや、そうであろうものにむけられている。
「こんなときアニメだったら、隠された力が目覚めて窮地を救ったり」
もちろん、そんな力はない。
何か護身術を習っていた、なんてこともない。
「突然弓矢が飛んできて私を助けてくれたり」
少女は、近づいてくるゴブリンに恐怖しながら、必死に声を絞り出している。
「白馬にのった王子様が助けてくれたり」
震えながら、誰か、誰か、と。繰り返し呟く。
そしてゴブリンは大きく右手を持ち上げ、
「いや!!」
頭を抱え込み叫んだ。
ひざからくずれおちた。
「・・・・・・。あ・・・れ・・・?」
声はかすれていた。ほとんど音にもなっていなかっただろう。
膝の前には倒れたゴブリン。
後頭部には毛はない。首も細く、服?なのか布切れもボロボロで。そんな背中に、明らかに違和感のある綺麗な線が引かれていた。
まるで、鋭利な刃物で切り裂かれたように。
そのまま視線を動かすと、銀色の靴が見えた。
ゲームに登場するような甲冑を身にまとい、左手には四角い、所々に引っ掻いたような跡のついた盾が。右手には、赤い液体のついたシンプルな剣が。
助かった。神様が舞い降りたようにみえた。奇跡がおきた。
あぁ、助けてくれた・・・。私の王子様・・・。
私は、その鎧姿の者を希望と様々な思いで見つめていた。
その、鎧姿の者は、頭に付けていた銀色のヘルムをとると、私に話しかけた。
「大丈夫か?小娘。」
威圧感のある、凛とした声。その声には、聞けばどんな命令にでも従いたくなるようなカリスマ性のようなものがあった。
大きな鎧の中には、細い線の、もちろんゴブリンほどではないが、顔があった。肌はちゃんと肌色をしている。耳もとがってない。口からよだれもたれてない。目は青色で、髪は鎧とは違い金色だ。長い髪を後ろで一つに束ねた、ポニーテールのような感じ。そしてなにより。
「女性・・・なの?」
その声は少し低いものの、たしかに女性のものだった。
「む?たしかに私は女性だが?」
その女性は首を傾げ私の言葉に答えた。
良かった、言葉が通じる!
「あ、あの!私、気付いたらここにいたんです!ここがどこかも分からなくて。どうしたらいいのかも・・・。そしたら、いきなりあのゴブリン!・・・みたいなのにおそわれて!それで・・・」
「ま、待て。落ち着け。分かった、話は聞こう。だがまずは、この森から出よう」
私が混乱したようにまくしたてたのを止めて、手を差し伸べる。それをとって立ち上がると、私はすぐに中腰になり、スカートをつかんだ。
「ん、どうした?・・・ああ。気持ち悪ければ脱いだらどうだ?ここら辺に私たち以外に人はいないはずだ」
こうして始まった私の異世界探検。
いったいこのあとどうなるのだろう?
元の世界にはどうやったら帰れるのだろう?
どうしてここへ来てしまったのだろう?
いつか、それがわかる日を、目指して。