第14話 天皇の決意
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【お知らせ】 戦争編に突入する10月の終わりに題名を変更します。『タイムスリップ 日本国防軍 と平和を愛した天皇』とします。
東条首相は、ロシアを訪問し、樺太を手に入れた事によって、日本の経済は、何とか成り立っていた。もはや、石油が無ければ何も出来ない時代が来ていたのだ。
これが、1942年2月半ばの事だった。
同じ頃、中国重慶、北京から日本軍は撤退していた。将軍や軍の上層部は、天皇陛下の示した行動に不満があったが、逆らうことは出来なかった。
なんせ、自国の神に等しい存在であるからだ。
関東州こと遼東半島に戻った。
日本は、賠償金と朝鮮半島の西側を譲った。
遼東半島は、返す事は無かった。
その為、黄海が中華民国の内海となる事は無かった。
1942年11月ついに満州で油田発見 !!!!!!!!!!!!!!!!
これにより、ABCD包囲網が意味をなさなくなった。もともと中国と関係を改善していたので、ABD包囲網になっていたが。
規制していた石油を自国で出すなんて反則だった。ルーズベルトが怒り狂ったのは、想像できるだろう。
これ境にアメリカは、軍事的挑発を繰り返すようになった。
なんの前触れも無く日本近海へ戦艦を派遣しきたり、駆逐艦上空を飛ぶアメリカ軍機、輸送船後方に突如浮かび上がる潜水艦などなどした。
シンガポール、フィリピンへの艦隊派遣等々、
上げれば切りがなかった。
このころ、ヨーロッパ戦線では、ドイツは手痛い反撃をうけ、進撃が止まっていた。
史実と違ったのは、日本が戦争に参加しなかった為に、アメリカの多くの兵力がドイツに向かっていた事だった。
だがドイツも史実と違っていた。
日本が戦争をしなくなった事によって余っていた日本の96式艦上戦闘機を譲り受けた。
その航続距離の長さは、ドイツ人を圧倒させた。
ヒトラーでさえ、唸ったと言われている。
その96式艦上戦闘機をドイツの技術力をもって製作をしていたので、『バトル オブ ブリテン』
に勝つ事が出来ていた。
しかし、『バトル オブ ブリテン』の勝利の反動は大きかったのだ。空軍は多くの被害を被った。
被り過ぎたと言った方がよいかもしれない。
その為、陸軍の護衛ですら厳しいという状況になっていた。
それは、アメリカ、イギリスのどちらも同じだったが。
アメリカは、多くの兵士を送った。送った分盟友イギリスの領土は守れた。
だが、多くの兵器と兵士が失われた。
イギリス、アメリカ、ロシア 対ドイツ、イタリア
の戦いは泥沼化していった。
1943年7月を最後に大規模な戦闘は、半年間発生しなかった。これは、のちに『半年の奇跡の平和』と呼ばれるようになる。
ここからあとは、収集がつかなくなってしまうのだった。
史実では、1944年1月に起こったアンツィオ上陸作戦が行われた。だが、戦局が代わったことによってアメリカノルマンディー上陸作戦が計画されていた。そのことを天皇陛下は、国防軍こと戦略諜報軍から1943年9月に聞いた。
陛下は、このままドイツが史実と同じように負けてしまったら日本が世界で孤立すると考えていた。
一億総玉砕なんてさせないと決心した陛下の心は戦争しなくては揺らいでいた。
史実の二の舞にならないために………!
ドイツに早々やられてもらっては困る( ̄~ ̄;)
御前会議を行った。
御前会議は、1週間も行われた。
その結果、自分達の権利を守るために、
『 アメリカ』との戦争になっても仕方ないというものだった。
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