NEWLIFE
次の日、つまり4月7日。始業式であり、一年生にとっては入学式でもある。
創太は、少し長めの眠りから意識を取り戻した。
重たいまぶたを開け、まだはっきりしない目で辺りを見渡す。
半開きのカーテンからは朝日が射している。
視界の中にまだ荷解きを終えていないダンボール箱がぼんやりと入ってきたところで、創太は自分が青葉荘に引っ越してきたのだということを思い出した。
ゴソゴソと布団の中を手探り、スマホを出して時間を確認する。青々と光るディスプレイに「7時09分」と記されていた。昨晩掛けたアラームより10分ほど早い起床だ。
顔を洗うため洗面所に向かおうと、創太はベッドから降りた。
すると足の裏を、予想外の感覚が襲った。本来なら硬いフローリングのはずなのに、創太の踏んだソレは柔らかかった。
「うわっ」
声を上げた創太は思わずベッドの上に飛び乗った。
気を取り直し、創太は恐る恐るベッドの上からソレを覗き込む。
創太が踏んだのは少女だった。
「ごめんなさいっ」
創太が慌てて謝るが、少女は何も返事をしない。どうやら寝ているようだった。
そもそもなぜ少女は創太の部屋で寝ているのだろうか。その疑問を解消すべく、創太は少女を起こそうと線の細い肩へと手を伸ばした。ベッドの上から、前のめりになるようにして。
スッと空を切る音がした。創太がその音は自分の体が空気を切った音だと判断するのに、幾分も時間を必要としなかった。創太は反射的に目をつむる。
しかし、いつまでたっても創太の顔に衝撃が加わることはなかった。
それどころか、ぷにょんと柔らかい二つのものに挟まれていた。
わしわし、なんだこれ…よく耳を澄ますとドクンドクンという音も聞こえてくる。
しばらく思案するとある一つとものが創太の頭に思い浮かんだ。
____おっぱい
それをそう認識すると、創太たちまち赤面した。
すぐさま起き上がり、少女から離れようとするが、その行動は妨げられた。
あろうことか、少女が創太の腕を掴んできたのだ。
「ゆきなぁ〜いっしょにあそぼ〜」
最初は、少女が目を覚ましたのではないかと焦った創太だったが、少女の寝顔を見てホッと胸を撫で下ろす。
よし、今のうちに手を剥がすか
自分の腕を掴んでいる少女の小枝のように細くしなやかな指を、一本ずつ外していく。
いよいよあとは、小指を残すだけだ。
チリンチリンチリンチリン
突然、けたたましい音がなった。
そう、目覚まし時計だ。設定時刻より早く起きたのが仇になってしまった。
ちょっと、待てよ…まさか
慌てて少女の顔に視線をやる。
案の定、創太の嫌な予感は的中する。少女は薄目のまま目をパチパチと瞬かせ、創太を見据えていた。
「あの…その、これは単なる事故というかなんというか…」
「あれ?雪菜じゃないの?ていうかなんで私の部屋に知らない人がいるの?もしかして不審し…」
「いやいや違うからね、不審者じゃないですからね」
無防備に寝転がる少女を覗き込む創太はどうみても不審者なのだが、本人は気が動転しているのか気がつかない。
「それで、不審者さんは何で私の部屋にいるんですか?」
「いや、僕の話聞いてた⁉まぁそんなことより、なんか勘違いしてるみたいですけど…ここ、あなたの家でも、部屋でもないですよ。」
「えっ私、帰省してたはずなんだけど」
少女は上半身を起こし、リスのように周りをキョロキョロ見渡す。そして、あっと小さく声を上げた
ると、柔らかい声で言う。
「そうだ昨日の夜中に青葉荘に帰ってきたんだった!すっかり忘れてたよ。だからその…ゴメンね」
上目遣いの少女の口から繰り出された謝罪を正面から受け止められるほど、創太のメンタルは強くなかった。
「分かってくれればいいよ。」
だから、少し目を逸らしながら創太は答える。
少女がふたたび口を開いた。
「君、青葉荘の新人君かな?私の名前は星宮結菜。朝はご飯派だよ!これからよろしく。」
「藤宮創太です。よろしくお願いします。この春から高校生になります。」
「てことは、私の一個下だね。学校はどこなの?」
「年上だったんですね。総文高校です」
「おぉ、それじゃあ今日から私の後輩だね」
「マジっすか⁉」
「マジだよマジ〜マジマジだよ〜ところで、ちょっとお願いがあるんたけど…」
結菜が手を組んで上目使いで見上げてくる。さっきのあの表情だ。結菜は「ふぅ」と息を吐き出す。
「結菜先輩って呼んでみて」
そんなことかよっ!
創太は心の中で1人つっこむ。
それに、下の名前を呼ぶのは何だか気恥ずかしい。
「星宮先輩じゃダメですか?」
「えー結菜先輩がいいよぉ」
「まあそんなに言うなら…結菜先輩?」
「1先輩頂きました」
さっきは子供のようにダダをこねたかと思えば、こんどはどこぞのおっさんみたいな返し方をしてくる。本当に忙しい人だ。
そんな結菜に創太は冗談半分の質問をする。
「結菜先輩は俺のことをなんて呼んでくれるんですか?」
「もちろん、不審者君だよ!!」
「まだその話引きずってたんかい!不審者君は勘弁してくださいよ、僕の高校生活に支障が出そうなんで」
「じゃあ不審者ちゃんだね!」
「不審者を変えてっ!」
「もう、しょうがないなぁ。そうたんでいいよ」
そうたんなんて、母さんにも呼ばれたことないのに!
「俺的には藤宮でいいんですけど」
「ダメだよダメ〜ダメダメだよ〜
そんなの可愛くないじゃん。でも、そうたんがどうしてもって言うなら創くんでもいいよ」
「あーもう、分かりましたよ。それでいいですから」
これ以上の言い争いは無駄と悟った創太は渋々、その呼び方を受け入れることにした。
「そういえばさー、私の記憶が正しければ新入生は8時登校なんだよね…
「えっ⁉」
創太は慌てて時間を確認する。創太の気持ちとは裏腹に明るく光るディスプレイには7時36分と記されていた。
「そういう事は早く言ってくださいっ!」
かくして、藤宮創太の高校生活は慌ただしく幕を開けたのだった。




