第二話
ようやく話を動かせました。
読みにくい所、描写が分からない所はどうか脳内で補完してください。すみません。
溜め込んだ分長くなりましたがよろしくお願いします。
5月11日(日)午後4時20分
僕は右手に膨らんだビニール袋(中は卵や牛乳、その他シャンプーなどの消耗品)を提げて、学園までの帰り道を歩いていた。
僕が通っている、ついでに住んでいる学園。名を、私立才ノ樹学園という。
高等専門学校として創立して10年。全寮制。専攻科、中等部あり。所在地は首都東京から南に約250kmの海上、巨大な人工島の中心部にある。
創立者は黒深根 帷、白幹 霊陽の二名。
僕はこの両名について詳しくはない。僕の持っている印象は『大企業の社長と学園長を兼業する凄い人たち』といったところ。
けれど全く知らない訳でもない。この二人が経営している企業、『彩森グループ』は僕が産まれる前、だいたい20年前から急成長してきたらしい。産業や工業、あらゆる分野に根を張り、国内はおろか海外にもかなりの規模で進出、「財閥」と呼ばれ揶揄される程の大きさ、知らない人は居ない程の知名度を持って、日常生活の至る所に溶け込んでいる。
そんな大企業が、優秀な人材を確保するための養成機関を作ろうと考え、実現させたのがこの学園である。学園の為に島を作り、生徒の為にサービス業を充実させ、利益の為に便乗希望の奴らを誘致する。
何というか、やる事のスケールが普通ではない。特に島を1つ作ってしまうなんてところが。
まぁ、ほとんど僕には無関係の話。重要なのはここに居れば生徒の安全な生活は保障される事だ。卒業後は必然的に彩森へ就職ルート。そういうレールが敷かれている事を、何かに縛られる事を嫌う人も居るけれど、それで余計な悩みを抱えるくらいなら僕は自由なんて必要ない。そう思う。
「な?ちょっとくらい遊んでもいーっしょ?」
不意にそんな声が聞こえた。
20mくらい前方に、男4人に囲まれている女子1人が見える。おぉ、こんなシーンをリアルで目にするとは思ってなかった。
私服だから推測だけれど、絡まれているのは多分ウチの生徒だろう。腰まで伸びる黒髪、身長は少し高めだろうか、遠目からでも美人だと分かる。絡まれているのも納得だ。
その美人を取り囲んでいる男たち。髪は染めて傷んだ金髪、耳にピアス、着崩した制服。『分かりやすい不良』と言えばこいつらを表現出来る。そんな風貌。制服から見て、近くにある工業校の生徒だろう。
島には学園の他にもいくつかの学校が建っている。ほとんどが才ノ樹創立に便乗してライバル校として利益を狙った学校だ。
「模倣品がオリジナルに勝てない」なんて、中学生に好まれそうな設定だけど。教育機関としての質に関してはあの男子生徒を見れば、あながち中学生の設定も間違ってはいないと思える。
あ、目が合った。うん、正面から見ても美人だ。心なしか助けを求めている様に見える。
そうだ。やっぱり人として、常識人としては、ここで彼女を助けてあげるべきだ。漫画の主人公よろしく、彼女の手を握って学園まで走り抜ければ解決するのだから。
そうと決めたら行動だ。
僕は歩幅も、歩く速度も変化させず、自然に、風景に溶け込んで、空気と同化するように、流れるように彼女と彼らに近づいて――
――その横を通り過ぎた。
お気の毒に。
助けてあげたいのは山々なんですが、僕には無理です。
そういうのはもっと正義感と強さを持ち合わせた主人公に頼んで下さい。
とばっちりで殴られるのは割に合いません。
殴られると痛いですし、痛いのは嫌です。
それに僕はそいつらに関わりたいと思いません。
一言交わす程度も想像したくありません。
目を付けられるのが怖いです。
目立つ事はしたくありません。
そして何より、それを実行するのは面倒なのです。
助けられず申し訳ない。どうかご無事で。
心の中で一度だけ頭を下げる。これで良し。
僕は変わらずに正門までの道を歩く。ここで注意することは、早歩きにならない事。下手に速度を上げて「逃げてます」感を出すと奴らが面白がって追ってくる可能性が出てくる。一番面倒な事態に発展するパターンだ。それだけは避けたい。
正門まであと何mだろう?こういう時、さっさと離れたいにも関わらず道がやけに長く感じる。
「そこの君ー。止まってくれないかー」
少し後ろから誰かを呼んでいる声がする。女性のものだ。
そこの君とは誰だろうか。僕は今目立たない様に自然体で歩いているし、振り返っても呼ばれたのが僕じゃなかったら恥ずかしい。ここは聞こえなかったという体でいくのがベスト。
「君だよ、君。目が合ったのにスルーとは酷いじゃないか」
肩を掴まれた。立ち止まってしまった。
どうしよう。どうするべきなんだろう。
振り払って正門までダッシュ?
駄目だ。不自然にも程がある。
「急いでるので。すみません」と言いつつ素通り?
急いでる?さっきまで歩いていた奴が? これも駄目だ。
振り返って話を聞く・・・・・・選択肢はこれしか無い。
「あ、すみません。僕でしたか。どうかしました?」
精一杯にこやかな表情を作って振り返る。
視界には案の定、絡まれていた美人と、その後ろから絡んでいた男たちが迫って来ている。
僕の想像は甘かった。『一番面倒』なんて甘すぎる。最悪なパターンというのはいつも予想できる範囲の外にあると、この時悟った。
「いやぁ、君が余りにも自然に近づいて来るものだから、その流れで助けてくれるのかと密かに期待してたのだけれど、まさか素通りとはね。肩透かしとは正にこの事だ」
後ろの奴らには目もくれず、彼女は話を続けている。
そして当たり前だが、僕に視線が集まるし、「なになに?君、彼氏クン?」だとか「こんなショボい奴ほっといてオレたちと来なよー」なんて音も聞こえてくるし。
今の気分は最低。心情は最悪。
僕はこういう人種が嫌いだ。大嫌いだ。コイツらの様に喋るだけで、居るだけで、他人を不快にさせるような、迷惑がられる人間は刑罰の対象にしても良い。場合によっては皆殺しでも構わない。そう思っている。今も、そしておそらく将来も、社会に不適合なのは目に見えているし、さっさと牢屋にぶち込んで、刑務作業で働かせた方が今より生産性のある人間になれるだろう。
僕は決して嫌悪感だけでこう思っている訳ではない。そんな非情な人間ではないのだ。確かに嫌悪もある。だがそれと共に、僕なりの優しさでもある。彼らの人間性を、将来を案じているという点で。
いまだに彼女は楽しそうに話している。身振り手振りも交えていて微笑ましくも見える。野次と考え事のせいで何も頭に入って来ないけど。
不良の1人が焦れたのか、彼女の肩に手を伸ばす。
けれどその手は彼女に触れられなかった。
後ろが見えているかの様に正確に、彼女がその体を捻って避けたのだ。
彼らの方から彼女の表情は見えないだろうけど、彼女が迷惑そうに眉間に皺を寄せて口を開く。
「・・・君たちの様なつまらない人間に構うのは無意味だと思ってたんだ。だから、無視していたのだけれど。伝わらなかったらしいね。それに私は君たちに触れられたくないんだ。だから、その手を危害と捉える。だから、これは正当防衛という事で。そう理解してくれ」
言うが早いか、彼女に手を伸ばした男が倒れた。次にその右の男が、次に左の男がその場に崩れ落ちる。最後に残ったのは一歩離れた所に居た一番左の男だった。
彼女が何をしたのか。見えてはいたが理解が追い付かなかった。
まず後ろ回し蹴り。手を伸ばしていた男の顎を掠めていた。その後左右の裏拳を同じように顎に当て男二人を撃沈。格ゲーでここまで動かせたらさぞ良い気分なんだろうな。なんてどうでもいい事が頭に浮かぶ。
残された男は呆然としていたのも束の間、仲間を置いて逃げて行った。捨て台詞も無かった。
「あぁ、困ったな。彼に運ぶのを任せるつもりだったのに」
悪びれた様子もなく彼女が言う。
僕も何か言った方が良いのだろうか?それともこのまま去っても問題ないのか?
今まで経験したことも無い類の事態に、場の収拾法が思いつかない。
「君はどうしたら良いと思う?」
それを僕に聞くのか?この状況を作ったのはアナタですよ?
「知るかよそんな事。お前が片付けろ。僕には関係ないだろ」
とか言ってやりたい。ビシッと言い聞かせたい。
そんな事は絶対に言えないけども。
僕は無難に「まぁ・・・警察か学校に連絡をしてみては?」と提案した。
彼女も「やはりそれが妥協点だろうねぇ・・・」と納得したようで。手提げのバッグからスマホを取り出し、どこかに電話をかけ始めた。
よし、これでこの件は終わりだろう。もう僕は関わらなくても良い筈だ。
不良が倒された事で多少はスカッとしたし、何より予想外のストレスのせいで心拍数が上がっている。気分が少しハイになっているのだ。一時的に嫌な気分を味わったけれど、たまにはこんなハプニングもありかもしれない。僕は踵を返して学園の正門へ歩き出し、
止められた。肩を掴まれて。
「おっと、そんなに急がなくても良いじゃないか。君にちょっと聞きたい事があるんだ」
強引に振り向かされた。彼女と目が合う。
「うん、今度はスルーしないね。それじゃあ1つ目だ。君も学園の生徒だろう?」
彼女が尋ねる。
とても不本意だけれど、逆らえそうにない雰囲気がある。逆らえないなら流される方が楽。適当に受け答えすれば満足してくれるだろう。
「はい。そうですよ」
そう答えた。
「ふむ・・・顔に見覚えがないんだが、1年かい?」
見覚えが無いだけで1年認定とは。まるで2年から上は全生徒を覚えているとでも言わんばかりだ。それに彼女の身長が高いせいか遠まわしに「チビ」と言われている様な気さえする。いや、それは今必要ない考えだ。
「いえ、2年ですよ。学園には1年の冬に編入したんです。だから顔を知らないのも不思議じゃありません」
少し口調が強くなってしまったけど、これは事実。本当の事だ。
「そうか・・・成程ね。君が例の編入生だったのか・・・うん、納得したよ。ありがとう」
例の なんて言われてそれがどんな『例』なのか気にならない奴は居ない。少し詳しく聴いてみようとして、それは彼女の「あぁ!」という声に遮られた。
「大事な事を聞き忘れていたよ・・・名前だ。君の名前を教えてくれないか?」
彼女が尋ねる。
出鼻を挫かれて面倒になってしまった。僕の質問は、次の機会にしよう。
尋ねられたら、答えなければ。
「・・・灰葉。灰葉 銀斗 といいます」
僕が答える。
彼女は「そうか」と、満足そうに微笑んで。
「私は 宵 。黒深根 宵 という者だ。これから、よろしくお願いするよ。銀斗君」
彼女が左手をこちらに差し出して。
僕は「はい、こちらこそ」と、彼女と同じように微笑んで。
僕はその手を握り返した。
あるいはこの時にその手を無視していたら、彼女と関わる事を拒否する選択をしたのなら。
僕の人生という物は大きく変わったのだろう。
けれど、その選択が正解か、この選択が間違いかなんて僕には分からないし、そもそもIfの話には意味がない。過去の事は変わらないし、未来は成るようにしか成らない一本道なのだから。
簡単に纏めて、簡潔に言って。
握手を交わしたこの時に、僕にとっての変な友人がまた一人増えた。
ただそれだけの話だった。