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後編

 きっかけは、部活動が終わった後、着替えていた時の同級生の言葉だった。

「お前さ、彼女家に誘ったことあんの?」

「ん、ないよ?」

 即答すると、いままで聞き耳を立てていたのか他の奴らまでがぎょっとしたように俺を見た。

「はあ!?ないの、一度も!?」

 それに素直に頷くと、全員がガクリと肩を落とした。しかも先輩方まで、だ。

 その反応に戸惑っていると、最初に聞いてきた奴がまた違う質問をしてきた。

「じゃあ、彼女の家に入ったことは?」

「あるよ」

 頷いた俺に、着替え終わった部活のメンバーほとんどが詰め寄って来た。

 有り得ねえ、と嘆息されながら言われた内容に、俺は度胆を抜かれた気がした。


 普通、他人を自分の家に招く事は自分の懐に相手を入れることと同じだ。

 それは悠馬ゆうま自身も異論はなかったので頷いた。

 しかし、悠馬が桃香とうかを家に入れないのは自分の懐に相手を入れることを拒否している…

 信用してないと思われても可笑しくない、と。

 

 それを聞いた悠馬はそれを聞いて固まった。しかし、慌てて首を振って否定した。

「し、信じてないなんて、そんなことあるわけない!ただ、家に招く機会が無かっただけで…」

「お前がそうでも、彼女さんがそう思うかは分からないぞ?」

 それを聞いた後、居ても立っても居られなくなったのか仕度を急いで済ませると、部室を飛び出していった。

「あいつの彼女さんへのべた惚れぶりを見れば、まあ心配ないんだろうけどな」

 そう言って頷きあっていた部活のメンバーの言葉は、勿論聞こえていなかった。



 初めて桃香の事を意識したのは休み時間に通りかかったクラスの窓を何気なく見た時からだ。

 一目惚れとは違うものの、ひとりぽつんと座って本を読んでいたその姿は印象深かった。

 たまに本から顔を上げて周りを見回すその姿は、とても寂しそうに見えたから。

 

 その日の部活は女子生徒の声援がいつもよりすごくて驚いた。

 ふと周りを見渡すと、休み時間に見た女子生徒がこちらには目もくれずにテニスコートの横を歩いていくのが見えた。

 大抵の女子がここで何故か足を止めるのを知っている身としては、こちらにも驚かずにはいられない。

 そんな彼女に、決して小さくはない好意が沸いたのを覚えている。


 彼女が告白してきたときは本当に驚いた、と思わず頬が緩んだ。

 忙しなく視線を右往左往させ、顔を真っ赤にしながら精一杯好きだと伝えてくる姿に思わず心を奪われた。その時こそ、好意が愛に変わった瞬間と言えよう。

 

 

 桃香との帰り道、部活メンバーに言われた言葉が頭から離れない。

 強く握った手からは相変わらず緊張の色が見て取れた。それにどうしようもなく愛おしくなる。

 人知れず漏れた微笑みに、桃香が不思議そうにこちらを見るのが分かった。

 どうしてそこまで楽しそうなんだろうと思われているに違いないとさらにおかしくなった。

 こんなに緊張しているのに可哀想かな、と今から自分が彼女に言うであろう言葉を見越して思ったが、それでもここで引き下がるわけにはいかない。

 少しだけ、肩に入った力を抜いた。…そう、もうすぐ分かれ道が見えてくるはずだ。

 そしたら言わなければならない。…家に来てくれないか、と。



 いつもなら左に行く道を、今日は右に曲がった。そして、今初めて桃香は悠馬の家にいた。

 正確に言えば、有吉家の悠馬の部屋に、だが。

 内心どうしようもなく桃香は焦っていた。初めての悠馬の部屋で両親は不在なため二人っきり。

 何をすればよいのか、何をしてはいけないのか、桃香はそればかり考えていた。

「…大丈夫?」

 かちんこちんに固まっていた桃香を見かねて、悠馬が心配そうに緊張で強張っているその表情を覗き込んだ。

 思わず首を横に振ると、悠馬はそれもそうかと笑った。

「今日ここに桃香を呼んだのはね、部活仲間に言われたからなんだよ」

 唐突に話し始めた悠馬を、桃香は不思議そうに眺めた。

 そんな桃香にニコリと微笑んで、悠馬はベッドにどさりと座りなおした。

 カーペットに横座りしていた桃香の腕を引き上げて足の間に座らせた。そのまま閉じ込めるように腰を両腕で抱き抱えると、安心したように桃香の肩に頭を乗せた。

 一方、いきなりの急接近に驚いていた桃香は近くから感じる悠馬の吐息に身を震わせた。

「俺だけ君を家に招かないのは、信頼されてないって相手に勘違いさせる行為だって」

 その言葉に、桃香ははっと肩に感じる気配に意識を集中した。

「俺、そんなの考えもしなかった。自分のことで精一杯だったんだ。…君と、桃香と一緒にいられるこの時間が夢みたいで、君に嫌われないようにするにはどうすればいいんだろうって、そればかり考えてた」

「嫌うなんて、そんな…私の方が悠馬君に似合わないんじゃないかって…」

 言った途端、後ろにある気配が強張ったのを感じた。次の瞬間、視界がぐるりと回る。気が付いた時には目の前に悠馬の少し不機嫌そうな顔がすぐ近くにあった。

「そんなこと、君に吹き込んだのは誰?他の女子?…それとも、男?」

 男といった瞬間、悠馬の瞳の奥に仄暗い光が宿るのをみて、思い切り首を振った。

「ち、違う!私が自分で…そう思ったの」

 そう言うと、仄暗い光は消えたが、さらに不機嫌そうに悠馬は顔を顰めた。

「そんな事無い…そんな事、言わないで。俺は…こんなにも君が好きなんだから」

 言われた言葉に、その声の甘さに、桃香はふるりと身を震わせた。

「君が好きで、好きで…愛しているんだ。だから…釣り合わないなんて、考える必要ないんだよ。それに、俺は君が思ってるほど大層な人間じゃない。嫉妬だって、人並みにするんだよ?」

 耳元で囁きながら、ときたま思い出したように桃香の耳朶を悠馬の唇が掠めていく。

「この前だって、桃香と他の男が話してるとき、気が気じゃなかったんだから」

「み、見てたの…?」

「たまたまね」

 頷いてから、再びニコリと微笑む。それは爽やかな笑みとは程遠い、意地悪な笑みだった。

「すっごく冷や冷やしたんだから。…責任取ってよね」

 甘く口づけられながら囁かれた言葉に、桃香は戸惑いながらも、内心安心していた。

 ここまで愛されているのなら、なんだかもう、何も心配しなくていい気がする…

 そう思ってしまう桃香も、もしかしたらどこか抜けているのかもしれなかった。


  

 

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