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前編

 人が一方通行で雪崩のように校門から出てくるのに対して、校門前で微動だにしない女子生徒がいた。 ノンフレームの眼鏡に、おさげの如何にもと言うような少女だ。

 鞄のチャームに小さく水野桃香とうかと書いてある。彼女の名前だということが分かった。

 下を向いていて表情は分からないが、たまに校舎の中を振り返っていることから、誰かを持っていることが窺える。

 少女はふう、とため息を吐き空を見た。

 その表情は不安と困惑、そして確かな幸福に満ちていた。

「まだかな…」

 そう言って再び校舎の傍にあるテニス場を振り返った。

 そこには、楽しそうにラケットを振っている男子生徒がいた。 

 部活用のユニフォームを着こなしてニコリとその人が微笑むたびに、テニスコートの周りを囲むように見学している女子たちが黄色い声を上げる。

 その周りの女子たちはというと…

 悠馬ゆうまくん頑張って~やら、悠馬くんカッコいい~やら。

 あまりのモテモテ具合に、校門の前で見ていた桃香は思わずと言うふうに先程より深く息を吐いた。

 有吉ありよし悠馬は実質的に水野桃香の彼氏である。

 いまだに、何故悠馬が自分と付き合っているのかと桃香は自問してしまう。

 

 

 桃香は良くも悪くも平凡だ。無口なところを加えれば、むしろマイナスな面が目立つことだろう。

 始終一貫して休み時間は読書にぎ込み、学校が終われば即帰宅。

 そんな印象にも残りにくい少女だった。

 そんな桃香でも普通に恋はする。最初は、憧れと思い込みが入り混じったものだったのかもしれない。

 相手は学校の王子様と化していた。整った容姿に先生、生徒関係なく好かれる性格。

 分け隔てなく誰にでも優しく、しかし嫌だと思ったことははっきりと断れる強さも兼ね備えた傍目から見ればまさに完璧な人。

 それでも、桃香は思い切って告白した。即玉砕を覚悟して。それなのにどうしたことか、返事は良好。

 無事付き合うことになり、今に至る。


 今だから言えるが、確かに最初は恋ではなかった。確かに憧れが優っていた。しかし、そこそこの時間を共有し、様々な面をお互いに知り、憧れは恋にそして恋は愛に変わった。

 部活の都合上いつも一緒に帰れるわけじゃない。教室が違うせいで一週間ろくに会えない日だってある。

 それでも、部活で一緒に帰れない日は電話やメールをしてくれる。

 なかなか会えない日は、必死に予定を空けて休日に桃香といる時間を作ってくれる。

 まさに思想相愛の図だ。

  


 桃香は、何度かも知れないため息を吐いた。そう、不安になるようなことなど一つもない。

 それでも…不安になるのは桃香自身に自信が持てないせいだろう。


 自分が地味なのは知っている。無口なうえに口下手で、人見知りする性格はのせいか友達などなかなかいない。眼鏡におさげの地味の定番ともいえる格好さえ、自身の無さから止めることが出来なかった。

 休み時間中ずっと本を読んでいる人物なんかに声をかける人もいるわけがなく、一人の時間は続いていく。そんな時、窓を見ると一生懸命テニスコートで練習をしている悠馬を見つけた。

 苦しそうなのに楽しそう。今の時間を精一杯謳歌している。そんなふうに感じた。

 たまに見せる練習時の笑顔は、例外なく桃香の心もときめかせた。

 そこからは想像に容易い。皆に好かれる悠馬は憧れとなり、最初に見た笑顔にときめいた事もあり、それを恋だと錯覚した。

 告白は古典的なものだった。下駄箱に体育館裏で待っている旨を書いた手紙を入れ、呼び出して告白。

 告白された時、予想に反して悠馬は驚いたように目を見開いていた。こんな地味な少女に告白されるとは思っていなかったのだろうかとその時は思ったが、いまだにそれは定かではない。



 深みに嵌りそうな思考を止めたのは、軽く肩を叩かれた衝撃だった。

「ごめんね、随分待ったんじゃない?」

 心配そうに覗き込みながら聞いてきた悠馬に、勢いよく首を横に振ると安心したように微笑まれた。

「じゃ、行こっか」

 淀みのない動作でつながれた手を、桃香は恥ずかしそうに眺めた。

 そして横に並ぶ整った顔を盗み見る。楽しそうにその口元は笑みを描いていた。

 何故そこまで楽しそうなのだろう、と桃香は疑問に思う。確かに一緒にいられるのは嬉しいし幸せだ。

 だが、悠馬が自分と一緒にいて何か楽しいことをしてあげられているだろうかと考えれば、首を捻ってしまう。

 特になにもしていないのにと思うも、悠馬はいつも至極楽しそうに微笑んでいる。

 やはり不思議に思うも、楽しそうならばまあいいかとも思った。


 帰路というのは必ず終わりが待っているものだ。例外なく、それは二人の前にも訪れる。二人の前には左右に分かれる道が広がっていた。

 左は桃香の家、右は悠馬の家に向かうための通路だ。

「じゃあ、私はこっちだから」

 そう言って左に行こうとすると、つないでいた手が強く握られた。まるで引き留めるように。

 思わず振り向くと、予想外に真剣な表情をしている悠馬と目が合った。

「…ねえ、今日は家に寄って行かない?まだ、離したくないんだ…」 

 言われた言葉は、さらに桃香を驚かせた。

 いつもなら率先して爽やかに別れを告げるのに…と思考を巡らせると、じれたのかさらに詰め寄った。

「…駄目、かな」

 不安そうに覗き込んでくる悠馬の可愛さに不謹慎だと思いながらもときめいた。

 断るなど、出来るはずもなかった。

 

 

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