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不変の朝の光  作者: 白石令
第2章
8/40

オムライスはいかが?4

「……ジャンケン、で」

 ソフィは絞り出すように告げた。

「――ジャンケン?」

 人々が拍子抜けしたようにざわつき始める。明らかに落胆した様子だ。

 せっかくのお祭り気分を一気に盛り下げたようで、ソフィは居心地悪く視線を落とす。

「いいんじゃないかな」

 明るい声を発したのはギイだった。

 彼は有無を言わさずソフィのフードを取り払い、彼女の銀髪を指に絡める。

「きみを手に入れるには、幸運の女神にも振り向いてもらう必要があるってことだね。最後に相応しいと思うよ」

 そのまま彼はソフィの髪に口付けた。ギャラリーから甲高い悲鳴と冷やかしが飛ぶ。ソフィの体は思考もろとも固まった。

「ぅおい! 痴漢行為は止めろ!」

「痴漢? ただの愛情表現だよ」

 ノウルがギイの肩を掴んで引き離す。

 ソフィはよろめきながら後ろへさがり、はっとしてフードをかぶり直した。すぐそばでセリーヌが忍び笑いを漏らしている。

(穴を掘って埋まりたい)

 羞恥で耳まで熱くなる。

 しかし、ギイを責めることはできなかった。

「僕はソフィのためなら、幸運の女神だって呼び寄せられるよ」

「ずいぶんな自信じゃねえか……」

 ギイは見事に場の熱を引き戻した。王子の代役だけあって、人々の関心の集め方や意識の逸らし方が巧いのだ。

 しかも『運』であることを強調することで、必ずしもソフィ自身が勝者を選んだわけではないと、彼女に逃げ道まで用意した。

 本当に見事な――優れた人形だ。

 彼を見ていると、ソフィは遠い過去が記憶の水面から浮き上がってくるのを感じる。物悲しい、郷愁だ。

 しかしそんな想いに浸っている暇もなく、ノウルが鋭く宣言する。

「――勝負だ!」

 なぜジャンケンにそこまで、と思わなくもなかったが、彼はいたって真面目である。

 剣を持って対峙していたときと同様、触れれば斬れそうな緊張感の中、2人は拳を握って向き合った。

「最初はグー!」

 そして――

「ジャン、ケン――」



「――結局さ」

 上機嫌な微笑みを浮かべながら、ギイは出された紅茶を口に含んだ。

「ジャンケンなんて、相手の手元を見ていれば勝てるんだよね」

 勝負はギイの勝ちだった。

 いわゆる後出しである。

 無論、観客にも対戦者にも勘づかれないようにするには、相当の反射神経と動体視力が必要になる。ましてやノウルは剣を学んだ武芸者だ。その目を欺くのは容易なことではない。

 ――ギイが人形でなかったら、勝敗は分からなかっただろう。

「ねえ、ソフィ」

 ソフィはギイの向かいでオムライスに没頭していた。

 料理対決でノウルが作ったものである。勝負のあと家に持ち帰ってきたのだ。

「どうして僕を勝たせてくれたの?」

「……………」

 ソフィは顔を上げた。

「分かってるくせに」

 溜め息をつく。

 ジャンケンにすれば、ギイが勝つであろうことは予測できた。ソフィはギイに勝たせたのだ。

「あの状況でノウルが勝ったら、迷惑をかけることになる」

 恋人でもないのに、周りからそんな風に扱われることになっては申し訳ない。ただでさえ仕事の依頼やら地域との関わりやらで気を遣ってくれているのに――だ。

「本人は迷惑だなんて思わないと思うけど」

「そりゃあノウルは優しいから。でも、だからって甘えるわけにもいかないよ」

「……うーん。そういう意味じゃないんだけど」

「どういう意味?」

 ギイは困ったように苦笑いをした。

「きみはとても魅力的だってこと」

「……全然話がつながってないよ」

 つながってるよ、とギイは意味深な微笑みを返す。

 ソフィはそれ以上の追及を諦め、再びオムライスを味わった。

「――楽しかった?」

 ふいにソフィはそう問いかける。ギイは目をしばたたかせた。

「今日。楽しかった?」

「楽しかったよ。久しぶりに体を動かせたしね。料理も面白かった」

 ちなみに、その『面白かった料理』は、ギイ自身が責任を持って片づけた。味覚は正常に機能しているはずだが、彼は顔色一つ変えずに米粒すら残さず平らげてしまったのである。

 いや、もしかしたら――なんでもかんでもとりあえず美味しいと言っているだけで、実は味音痴なのかもしれない。

「それなら、たまにノウルと剣の稽古でもするといいかもね。相手がいないって、よく嘆いてたんだ」

「そうした方がいいならそうするけど――」

 人形は望まない。望むとすれば、それは人間の要望だ。

「ギイが楽しいと思うなら、私も嬉しいから」

「そう? なら、そうしようかな」

 交友関係が広がれば、なにもソフィだけにこだわる必要もなくなる。ソフィにはそんな思惑もあった。

「でも、彼の方が嫌がるかな。僕を随分敵視していたみたいだし」

「それは――私を心配してくれていたんだよ。ギイがどんな人かよく知らなかったから。でも、ギイのことも心配していたみたいだよ」

「ふうん?」

 何が面白いのか、ギイはくすくすと笑いを漏らした。

「まあいいか。牽制にもなるしね。今は、僕がソフィの恋人なんだから」

「何のことかよく分からないけど、恋人ではないよ」

「名実ともに恋人になれたと思ったけど」

 ギイの手が伸びてきて、ソフィは思わずスプーンを落とし、顔をそむけた。

「名はともかく、実は恋人じゃない」

「――じゃあ、名は恋人だって認めてくれるんだね。頑張った甲斐があったよ」

 彼はソフィに触れることなく、意外にあっさりと手を引いた。

 若干の違和感を覚えたその時、ソフィに稲妻のような閃きが降りる。とっさに彼の腕を掴んだ。

「……どこまで計算してたの」

 その問いの意味を、ギイはすぐ理解したらしい。即座に、全部だよ、と答えた。

「全部……?」

「彼が料理人だっていうのは聞いてたからね。最初に料理対決を指定された時点で、彼の性格からして、次は僕の得意そうなものにするだろうって予想はできた。そうすれば料理に負けても1勝1敗。3戦目で決着する。そのとき、ソフィに勝負内容を決めてもらえば、僕を勝たせるはずだと思ったよ。――まあ、僕が提案する前にセリーヌが言ってくれたけど」

 ノウルが勝てば、彼に迷惑をかける――ソフィがそう考えることも想定内。そうなれば、ソフィはギイに勝たせるしかない。

 そしてギイはさんざんソフィに愛の言葉を囁いていたのだ。彼が勝利すれば、観客がどういった目で2人を見るかは言うまでもない。

「外堀から埋めていくのも方法の1つだよね」

「……………」

 ソフィは、彼の保護者のような気持ちでいた。あるいは、迷い犬を保護した感覚。だがその認識は改めるべきかも知れない。

 短い息を吐いて、ソフィは残りのオムライスを片づけにかかった。

「美味しい?」

 ギイが聞いてくる。

「うん。美味しいよ」

「僕も食べてみたい」

 どうぞ、とソフィは皿とスプーンを差し出した。

 なぜかギイは受け取らず、ソフィを見つめたまま口を開ける。

「……それは、何の真似?」

「あーん」

 口元を引きつらせたソフィとは対照的に、ギイは楽しげである。

「恋人の特権でしょ?」

「だから、恋人じゃないってば」

「真似事でも、続けていれば得られるものもあるかも知れないから。ね?」

「……………」

 ギイはあくまで、主の命令を果たすため――恋を知り、魂を得るために行動しているに過ぎない。それを頑なに拒絶するのは気が引けた。

(誰も見てない、誰も見てない……)

 ソフィは恥ずかしさをこらえ、スプーンでオムライスをすくい、おずおずとギイの口元へ近づけた。

 その時――

「――ソフィいるー? 仕事を頼みたいって人がいるんだけど」

 返事も待たずに開かれるドア。

 ソフィは弾かれたように腕を引いた。が、ギイは素早く手首を掴んで引き寄せ、そのままスプーンに食いつく。

「……あら」

 ノックもしない訪問者はセリーヌだった。

「あら。あら、あら、あら、まあ」

 彼女が一語を発するたび、ソフィの血の気が失せていく。

「ごめんなさいね、お邪魔しちゃったみたい」

 目を輝かせてそう言うと、セリーヌはドアを閉めた。

 ソフィはギイの手を振り払い、慌てふためいて立ち上がる。

「ま、待って! セリーヌ、違うの! 誤解だよ!」

 かすかな失笑が聞こえた。

 振り向くと、ギイが穏やかな笑みで見上げている。

「美味しいね、これ」

「――ギイ!」

 迷い犬などとんでもない。

 恐ろしく頭が回る、狡猾な狼だ。

 真っ赤な顔で睨みつけるソフィに、彼は悪意のかけらもない笑顔で言ったのだった。

「城を落とすのが楽しみだよ」

「オムライスはいかが?」終了です。

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