表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不変の朝の光  作者: 白石令
第2章
7/40

オムライスはいかが?3

「男は強さだ」

 気を取り直して、次の勝負である。

 公園へと移動したノウルは、刃を潰した剣をギイへと放り投げた。

「惚れた女一人守れねえようじゃ、男とは言えん」

 ギャラリーが沸き立つ。

 ノウルは剣の切っ先をギイに向けた。

「時間は無制限。『まいった』と言わせた方が勝ちだ」

「ふうん」

 ギイは面白そうに目を細める。

 彼は普段から腰に剣を差している。武術の心得があると考えることは難しくない。ソフィの予想通り、ノウルは相手の土俵でも闘うつもりらしい。

「待って」

 ソフィは二人の間に割り込んだ。

「いくら刃がなくたって危ないよ。料理対決とはわけが違う。怪我でもしたらどうするの」

「怪我くらいで尻込みされてたんじゃ、ソフィを任せられないな」

「そういう問題じゃない」

「ソフィ」

 ギイがやんわりとソフィの肩を押す。

「大丈夫だよ。さがっていて」

「ギイ、分かってるの?」

「何が?」

 ソフィは声を潜めた。

「剣が当たって、怪我を()()()()()()……人形だってバレてしまうかも知れない」

「――僕の心配をしてくれていたの?」

 ノウルのことだけを案じていたとでも思っていたらしい。ギイは心底意外そうだった。

「どっちも心配だよ。当たり前でしょ」

「ソフィは優しいね」

 ギイはノウルの方へ1歩進み出た。

「心配しないで。ようは当たらなければいいんでしょ?」

「あ、当たらなければいいって――」

「当てさせないよ。彼にも、怪我はさせないから」

 温和な笑顔で言い切ると、ギイは中央へ歩いていった。

 こうまで断言されればソフィも引き下がるしかない。渋々二人から離れ、観客たちにまぎれた。

「王子様、強いの?」

 セリーヌが目を輝かせながら聞いてくる。彼女はこういった荒事が大好きなのだ。

「分からない」

 運動能力という意味では、人形であるギイに分がある。

 ただ、ノウルは師に就いて剣を学んだ経験があるそうだが、ギイはどうだろうか。物腰柔らかな彼が剣を振りまわす姿など、想像できなかった。

(そういえば、全然聞いたことないな……)

 どんな生活をしていたのか。どんな人達と、どんな風に関わってきたのか。あまり興味を持っていなかった。

「――でもまあ、どちらにしろいい結果にはなりそうね」

「え?」

 セリーヌは含み笑いをした。

「王子様、結構いろんな噂が飛び交っててね。なんせ最初がソフィへのプロポーズでしょ?」

「……だからそれは誤解……」

「で、あのきらびやかな外見でしょ。貴族のお坊ちゃまが、庶民の人形師にちょっかい出してるとか、女漁りしてるだとか」

「ギイは――」

「分かってるわよ。人見知りのソフィが結構心を開いてるみたいだし、一癖ありそうだけど、悪い人ではないと思うわ」

 ソフィがギイに心を許しているのは彼が人形だからなのだが、それはセリーヌの知るところではなかった。

「リナエルの件もあるし、悪い印象はあまりないみたいなんだけどね、それが逆に憶測を呼んじゃって。ちょっと悪目立ちしてるのよ。浮いてるっていうか。だから孤立しかねないって、心配したんじゃないかしら」

「――ノウルが?」

「そ。こういうイベント事で親しみを感じれば、馴染みやすくなるでしょ? ……ま、ソフィを心配してるってのもあるんだろうけど」

 ノウルは公園の中央で、なにやらギイに文句のような、講釈のようなものを垂れている。いちいちそれにギイが反応し、観客たちは興奮気味に歓声を上げていた。

「……いい人だね」

「……そうね。やっぱりいい人で終わるのよね」

 セリーヌの同情をこめた溜め息は、やはりソフィには届かなかった。



 特に開始の合図などはなかった。

 言葉での応酬が減り、だんだんと観客も野次を控えはじめる。無言が続き、冬の清流のような鋭く冷たい空気が流れだした頃だった。

 ――先に動いたのはノウルである。猛烈な勢いで踏み込むと、下からすくい上げるように剣を振り抜いた。切っ先がギイの顎をかすめ、彼の金髪を浮き上がらせる。

 ギイは1歩後退していた。続けて2歩、3歩とさがり、次々に翻る刃をかわしていく。

 一撃が放たれるたびにソフィは身をすくませ、ひやひやしながら2人を見つめていた。

 ――初めのうちは。

 少なくともノウルは本気だ。試合に臨んでいるときのような真剣味が感じられる。稽古用の剣とはいえ、あの強さで下手に打たれれば痛いでは済むまい。

 にもかかわらず、ギイは笑みを絶やしていなかった。

 軽い動作で剣から逃れては、牽制するように攻撃へと転じ、時折刃を合わせて間を作る。息もつかせぬ攻防の最中だというのに、その動きにはどこかゆとりがあった。

(……遊んでる?)

 気づいた瞬間、ソフィの中で凍りついていた感情がゆるゆると溶けていく。

 間違いなく彼は遊んでいた。

 ノウルを軽んじているわけではない。それは猫が兄弟たちと転げまわっているような――遊びを楽しんでいる風であった。

(剣が好きなのかな)

 そもそも体を動かすことが好きなのか。あるいは誰かと打ちあうのが楽しいのか。もしかしたら、こうして人と関わっているのが心地良いのかも知れない。

 いつもの穏やかな微笑みではなく、生き生きとしたその笑顔を見ていると、思わず口元がゆるみ、ソフィにとっては不本意な今日1日のこともどうでもよくなる気がした。

「――あっ」

 誰かが息を呑んだ。

 一瞬どよめきが起こり、全員の視線が空へ滑る。

 高々と跳ね上がる一振りの剣。

 それは大きな音を立てて使い手の背後へと落ちた。

 ――そう、ノウルの。

「……………」

 悔しげに前を見据える彼の鼻先には、ギイの剣が突きつけられている。

 ギイがにこりと笑うと、ノウルは深い溜め息をついた。

「……俺の負けだ」

 すさまじい喝采が巻き起こった。



「ね、大丈夫だったでしょ?」

 ノウルを負かすなり、ギイはソフィのところへ戻ってきた。

 ソフィの目には褒めてと尻尾を振る忠犬に映ったが、勝負を制した直後では、周囲の人々は別の意味に捉えるだろう。隣にいるセリーヌも含めて。

「……剣が好きなの?」

 気にするのはよそう、とソフィは思った。

「剣? 特別好きだと思ったことはないけど。どうして?」

「すごく楽しそうに見えたから」

「ああ。楽しくはあったかな。以前は毎日剣の稽古があったんだ。人と打ちあってるのは面白かったよ」

「へえ……」

「強いのね、王子様。驚いたわ」

 セリーヌが軽く拍手する。

「ありがとう。でも、僕は王子様じゃないよ」

「あら失礼、ギイ。あんまりかっこいいものだから、ソフィも見とれていたわ」

「え!?」

 驚くソフィ。

 ギイはきょとんとして、それから甘い笑顔をたちまちのうちに作り上げた。

「本当? 嬉しいよ」

「見とれてない。勘違い。セリーヌ!」

「――さぁさ、そろそろ最後の勝負じゃないかしら?」

 白々しく手を打ち、セリーヌは公園の中央へ――ノウルの方へと歩み寄る。

「お互い1勝1敗。次が最後よね」

「だろうな」

 ノウルは座り込み、息を整えていた。しかし、セリーヌの笑顔を見たとたん警戒心をあらわにする。

「あたしに提案があるの」

「提案?」

「あなた達、一番大切なものを忘れていないかしら」

 と、セリーヌは艶やかな黒髪をなびかせて、ソフィの方を振り返る。

「ソフィの気持ちよ」

 観客のざわめきが大きくなる。ソフィは本日2度目の嫌な予感に襲われた。

「どれだけ二人が競っても、選ぶのは結局ソフィだわ」

(それを言ったら、これまでの勝負は一体何のために)

 疑問が湧いたが、とりあえず黙っておく。

「そこで、最後の勝負方法はソフィに決めてもらったらどうかしら」

「……え」

 すべての視線がソフィに集中する。

「もしかしたら、どちらかに有利な勝負になるかも知れないわね。でもそれは、ソフィが彼を望んでいるということだわ」

「ちょ――」

 話が妙な方向にいっている。

 そもそもこの対決は、ノウルの真意はともかく、少なくとも表向きはギイを試すためのものだ。別にノウルとギイがソフィを巡って争っているわけではない。

 だが今のセリーヌの言いようでは、最後の勝負で勝った方がソフィの恋人になると受け取れてしまう。

「待って、それじゃ色々誤解を――」

「……いいだろう」

 ノウルが立ち上がった。

「ええっ!?」

「僕ももちろんいいよ」

 ギイは当然二つ返事で了解し、観客たちは期待に満ち満ちた目でソフィを凝視する。

 待っている。ソフィの決定を。

「……………」

 逃げることは許されそうもなかった。

 ならば――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ