年下が優位に立つことだってある。
以前、フォレストノベルに掲載していた作品です。
「……お見合い、ねぇ」
「す、すみません…」
駅前の小さな喫茶店で、園田美祈は8つ年上の彼氏、高橋直哉と休憩がてらお茶していた。久々のデートのはずだったのだが、今ではその楽しい空気は欠片もない。美祈の目の前に座る高橋は、申し訳なさそうに俯いてる。店内に流れるジャズ音楽は高橋には耳に入らない。美祈は、コーヒーをズズーっと、少しお行儀悪く飲みながら、高橋を冷ややかな目で見ていた。しかし、そうなるのは仕方のないこと。なぜなら――
『お見合い、することになったんです……』
と、高橋は彼女である美祈に言ったのだから。
「お見合いしちゃうんだー、私がいるのに」
美祈は頬杖をついてわざとそんなことを言ってみる。左耳に髪をかけると、胸元まで流れている艶のある黒髪がさらりと揺れた。案の定、高橋は真っ青になって、さらに小さくなった。その哀れな姿を見て、美祈は苦笑する。
「まあ、いいけど」
「は?」
独り言のように呟いた美祈に高橋は顔を上げた。何がいいんですか?と目が言っている。それを見て、美祈は今度は違う笑みを深めた。
(その話、知ってたからなあ)
まず、そのお見合いの話を進めているのは、高橋の勤める会社の社長と、その友人の別会社の社長様。そして、高橋の勤める会社の社長は美祈の父親でもある。彼は昔からお喋りで、娘である美祈に会社のアレコレを話すクセがあった。社長という立場でのその行動はいかがなものかと思ったりもするわけだが。娘を信用しているのか人間関係の調査や管理を彼はしない。彼は高橋と美祈が付き合ってるのをまだ知らない。だから、美祈は知っていた。高橋が、自分の父親の友人の娘とお見合いすることを。もちろん、自分の父親の口から自分の彼氏がお見合いをする――なんて聞いたときは驚いたが、美祈だって伊達に社長の娘をやってるわけではない。それなりに、そういう世界を分かってるつもりだ。現に美祈の両親もお互いの利益を含めたお見合い結婚だった。結局は恋愛関係に発展し幸せな家庭を作ったわけだが。それに美祈だって、お見合いとは言えないものの、そういう雰囲気の食事の場というのを経験したことがある。だから十分に理解はしている。理解は。……ただ、自分の彼氏がお見合いすると聞いて、はいそうですか、どうぞどうぞー私は何も知りません何も聞いてませんよー。――と浮気をする恋人に目を瞑るような何処かのお心の広い彼女面をできるほど美祈はいい性格はしていない。
ふと、意識を現実へと戻すと、高橋が目尻を下げて美祈を見ていた。おそらく、美祈の小さな呟きの意味を考えているのだろう。子供のような面を持つ年上の男の人。確か出会ったときもこんな顔をしていたなあと美祈は懐かしく思った。情けない男の人かもしれない。ヘタレな年上の彼氏かもしれない。でも、それは少し違うから。美祈は、少し髪の跳ねた頭を眺めつつ口を開いた。
「高橋さんは、その相手と結婚でもするの?」
「なっ!?し、しませんよ!するわけないでしょう!?」
高橋は真っ赤な顔で、椅子から腰を上げて叫んだ。面白いくらいに眉も吊り上っている。周囲の客の視線が集まったのを感じ、美祈はくすくすと笑う。
「はいはい、落ち着いてー。分かってるから」
宥めるような私の言葉を聞いても、興奮が醒めないのか高橋は腰を上げたまま動かない。
「高橋さんが、どんな人か私はちゃんと知ってるから大丈夫」
(でもお見合いの話を黙ってたら半殺しの刑だっだけどねー)
「美祈さん……」
「意地悪言ってごめんなさい」
ぺこりと申し訳なさそうに頭を下げる美祈に、高橋は、慌てて首を横に振った。
「い、いえいえっ、そんな…ありがとうございます」
今度は違う意味で顔を赤くした高橋は大人しく腰を下ろした。
――ただ、安心しきっていた高橋は、頭を下げたままの美祈が、垂れた黒髪の中で怪しい笑みを浮かべていたことを知らなかった。
美祈はコーヒーを飲み干したタイミングで、バッグの中からあるものを取り出した。ことり、と目の前に置かれたそれを見て、高橋は首を傾げる。
「美祈さん、これは?」
「開けてみて?」
「え、あ、はい……、え?」
高橋は箱の中できらりと光るそれを見て、いくらか沈黙した後、見事に硬直した。美祈はニヤリと笑い、その箱の中身を手に取った。
「なかなか綺麗でしょ?こっちが私の、そしてこっちが高橋さんのね。あ、ほらピッタリ~!さすが私っ!」
薬指に輝くそれを見て、ようやく思考が動き出したのか高橋があわあわと唇を動かす。
「あ、あのっ、美祈さん…こ、これは一体…っ」
「え?わかんない?指輪だよ?」
高橋と同じデザインのものが光る手をひらひらとさせながら美祈は笑う。
「まさか、社長に買ってもらったんですか!?」
「えー?なにそれー。あのねえ、私が買ったんだよー?高校生の頃から貯めてたバイト代で。別にいい指輪ではないけど」
「……」
高橋は呆然とした。なんだそれは…。初耳だ、美祈がバイトをしてたなんて。しかし、それよりも自分より先に美祈に指輪を買われたことの方がショックだった。
(指輪は嫌いだと美祈さんが言うから、まだ買わずにいつか何とか説得して…と思ってたのに、なぜこんなことに……)
「でも、あれだね」
「え?」
「お父さんに知られたら大変だね?」
「!!」
言葉とは裏腹に楽しそうに笑う美祈を見た瞬間、高橋の思考はぐるぐると廻り出す。
(もしかして、とっくにお見合いの話を知っていた?社長から聞いていた?)
(もしかして、お見合いの話を黙ってたら、大変なことに…?)
高橋が状況整理をし始めたその時、美祈はツ――っと高橋の薬指を撫でた。高橋の背中にタラリと汗が流れる。
「さっきも言ったけどね、これ私が買ったの。お父さんのお金じゃなくて、私が買ったの。……高橋さん?」
「は、はいぃっ」
「お見合いのとき、これ……」
「は、外しませんっ!絶対に!どんなときも!」
コクコクと何度も首を縦に振る高橋に、美祈は満足したように、手を離した。
「やっぱり高橋さんは高橋さんだねえ。そういうところ好きだよ。あ、すみません、コーヒーのおかわりお願いします」
のんびりと店員を呼ぶ美祈とは対称的に、高橋はいまだ背筋はピシッと伸びたままで。薬指を撫でられたあの瞬間、頭に直に語りかけるように聞こえた美祈の言葉に、高橋は支配されていた。
『年下なめないでね?外したら半殺しの刑だよ?』
fin?
読んでいただきありがとうございました。
美祈が実は一番気に入っているキャラです。




