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君ともう一度

君の手に触れる。

しかし彼女が握り返してくれることはもうない

僕の愛する人は植物状態になったのだ。


「一体、僕らが何をしたっていうんだろうね……」


夕焼けで朱に染まる四畳半の部屋の中心に、彼女は横たわっている。

彼女が寝ている布団の横に、僕はずっと猫背気味に胡坐をかいて座っていた。

アニメのDVDや漫画が畳の上に転がっているが、あれほど好きだったというのに、今は一欠片の興味もわかない。


彼女を自宅に引き取って以来、どれほどの時が経ったのだろうか。

仕事にも行かず、昼夜ずっと彼女の傍らにいた。

もう何もする気が起きない。

僕の生きる希望は彼女だけだったというのに、何故君は目を覚ましてくれないのだろう。


「君は覚えてないよね」


僕と君が初めて出会った時のこと。

本当は僕が高校に通っていた頃に会っているんだ。

いつもいっしょに過ごしてた奴らが、僕がいないときに陰口を言っていたのを聞いた日だ。

そんな風に僕のことを思っていたのか。

人の顔色を見てオドオドした奴だと、そのくせ自慢話がうざい奴だと。

もうだれも信じるものか。

そう決めた日の帰り道に君を見たんだ。


全部にうんざりして、持病の貧血のせいで倒れた僕を、彼女は迷うことなく助けてくれた。

とりあえず駅まで連れて行ってくれたあと、君は笑って別れを告げた。

愛想笑いだってもちろんわかってるけど、僕はその笑顔に救われたんだ。

世の中捨てたものじゃないと思えて、もう少しだけ頑張れる気がした。


「僕は君がいたから生きてこれたんだよ」


社会人になって一人暮らしをはじめた。

引っ越したアパートの隣が彼女だと知ったときは本当に驚いた。

それから互いを少しずつ知って行って、たくさん電話もしたね。

ああ、そう言えば……


「これ……指輪」


ちゃんと付き合おうとは言ってない。

いつしかなあなあでそんな関係になっていた。

僕はやっぱり臆病で、はっきりと口に出せないんだ。

卑怯かもしれないけど、今なら言える。


「愛してるよ……」


彼女の指にうやうやしくリングを通す。



――――――その瞬間、彼女の指がとれてしまった。












音符が描かれた古いチャイムを人差し指で押すと、小気味の良い音が鳴った。

嫌な雰囲気のアパートだな、そんなことをベテランの刑事は考えた。


ドアが開き、中から無精ひげを生やした、陰鬱な男が出てきた。

刑事はコートに仕舞ってあった警察証を見せて彼に告げる。


「んあー、この隣に住んでるやつを最近見なかったか?」


「ああ、彼女なら僕の部屋にいますよ」


夕日で赤に染まった顔を歪ませて笑い、男はそう答えた。

突如、刑事の鼻を腐った卵の匂いがつき、彼の首筋の辺りに寒気が這いあがる。


「ちょっと上がらしてもらうぞ!」


気が動転して、住居不法侵入など考える余裕も無かった。

靴を脱ぎ散らかし、奥の部屋の戸を開けるとそこには怖気のする予感通りの光景があった。

陰鬱さをたたえた赤い部屋、飛び回る蝿。

そして、腐乱した、女の死体。


「ねえ刑事さん……彼女の指が崩れちゃったんですけど、何かの病気でしょうか……?」








きょう未明、行方不明だった■■■■さん■■歳の遺体が発見されました。

隣に住んでいた男性の部屋で見つかったため、警察は殺人罪や監禁罪として調査を続けています。

また彼女はここ数年、ストーカーの被害を訴えており、同一犯の犯行の可能性が強いと見られています。

容疑者は「彼女の目を覚ましてくれ」「もう一度でいいから彼女と話がしたい」などと供述しており、重度の精神疾患を抱えているようです。

コメンテーターの……

明らかに文学じゃないですけど、ホラーと付けると間違いなく見破られるお話なので、ジャンルは文学にしてあります。

短いですが批評、感想、指導、誤字脱字報告ありましたら、ぜひともコメント頂けたら嬉しいです。

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