月に恋する陽の如く
『僕を信じて』
嘘つき
『誰より大切なんだ』
嘘つき
『愛していると言って』
うそつき、うそつき、うそつき。
何ひとつとして、貴方は「本当」を残してくれはしなかった・・・。
「どうしてたった一日で、今までのことが無かったことになってしまうの…」
自室で一人、ベッドに横たわったままつぶやいた。
ここで過ごした記憶が、まさか彼に愛されていると実感できた最後の記憶になるとは思いもしなかった。無邪気に信じられた彼との確かな愛を、今は感じることができない。……それどころか、『愛』がたしかにあったのだと確認する術すら失われてしまった。
家で粛々と日々を重ねる私のもとに、ある日彼の友人だという人が訪ねてきた。
その人は彼が逃亡していたときも傍にいたそうで、私が知らないある御話を話して聞かせてくれた。
主人公は初めて恋を知った青年で、彼女と泣く泣く離れた彼はずっと空をぼんやり
眺めながら過ごしていたそうだ。
けれどある日、その青年が渡り鳥に語りかけているのを彼の友人は聞いたらしい。内容は彼からしたら、惚気のようなものだったそうだ。
「あれ、君は渡り鳥くんだよね?
よかったら、一つ頼みごとを引き受けてくれないかなぁ。きっと愛しいあの人は今頃、泣いているだろうからこれを届けてあげて。嗚呼、それから人一倍さびしがり屋の彼女に愛していると…」
花を取りに渡す姿を見た友人は、思わず出かかった言葉を飲み込んだという。
こんなところで鳥相手に話しかけるよりも、直接相手に会って笑いかけてやれと。しかし、あまりに儚げな青年の姿に黙り込むしかできなかったのだと笑った。歯がゆい思いをする友人を置いて、青年の声は続いていく。
「いや、いいよ。彼女に心配をかけさせたくないんだ。
こんな風に、彼女と逢えないだけでやつれたなんて知られたくないし」
語りかけられる言葉にこたえるように、鳥がきれいな音色をつむぐのが印象的だと
いう。普段だったら愛らしいと笑える鳥の姿も、友人は苦々しく黙って見つめていたそうだ。
「ははっ、そうだね。 きっと愛しいあの娘はこんな僕をどやすんだろうな…。
心配しすぎて、泣き出されるよりましさ。大丈夫、大丈夫。もう少しで彼女の元へ帰れるはずだから。逆に幸せすぎて太りはしないかと、今から心配しなくてはいけないよ」
必死に隠れている現状では、妄想でしかない事も、彼にとっては希望になっているのかと思えば、とても止める気にはならなかったのだと友人は語る。思わず、私の瞳にも窓際で一人座り込む青年の後ろ姿が浮かんでは消えた。
「・・・よろしく頼んだよ。君は一年を通して海を渡って旅しているんだろ?
少し彼女のもとに寄って、その美しい歌声を聞かせてあげるだけでいいんだ。大丈夫、彼女の頬が濡れていたら、きっと君の歌声に感動して心が震えているのさ。君が来年目にするのは、幸せそうな僕と彼女だよ」
そう、切なそうなのにどこか嬉しそうに笑っている姿は、友人の自分が今まで見てきたなかで一番いい笑顔だったという。
その御話を聞いて、凍てついた私の心に火がともるのが分かった。
一度そこまで好いていただけたのなら。再び、好きになっていただきましょう。
貴方は忘れたというけれど、私の身体には確かに貴方という存在が刻み込まれている。
忘れることなど出来ないのだから、最期の時まで私は想い続けます。
家同士の確執も、彼の心も運命さえも私が変えてみせる。
二人の大切な記憶を、悲劇などとは言わせない。




