一夜《ひとよ》のあまさ
あなたの嫌な所を、一つ一つ数えてみた。
でも、どれ一つとして。
あなたをキライに慣れる理由に……なってくれはしなかった。
✾ ✾ ✾ ✾ ✾ ✾ ✾ ✾
―――家同士が敵対しているはず青年が、私の前で恋をうたうけれど、到底受け入れられるものではなかった。
彼は、何を考えているのだろう。婚約者がいる身で、こんな危険な恋に身を落とすだなんて正気の沙汰とは思えない。…そう普通なら思うはずなのに、私は彼という存在から目をそらす事ができなかった。
「君の瞳に僕が移る瞬間を、ずっと僕は待ち望んでいました」
貴方の瞳に私が移る瞬間を、ずっと私は待ち焦がれていた。
「その透き通る声が僕の名を呼べば、心が躍るんです」
その透き通る瞳が私を見つめれば、私の心は騒ぎだす。
「君への想いに、これから僕は忠実に動きます」
貴方への想いに、私は最後まで抗うわ。
「二人の想いは違えど、きっと求めるものは一緒でしょう?」
―――そんな彼の甘い囁きで、私の心はとうの昔に絡め取られていたのだと知った。敵だと…。好きになってはいけないのだと分かっていたのに、私は彼に恋をした。
『たった数度の出逢いで何が分かるの?と』意地悪な人は忠告するけれど、一目で恋に堕ちる感覚を味わった後では、まるで意味をなさなかった。
あぁ。もしあの空を照らす、輝かしい太陽が二人の邪魔をするのならば。いっそ雲が空を覆い、太陽を隠してしまえばいいのに。
あぁ。もしあの透明な声で鳴く、可愛らしい雲雀が二人の別れを招くのならば。いっそ雨が降り、雲雀をどこかへやってしまったらいいのに…。
―――どれほど願おうとも、家を裏切る私たちに神がほほ笑む事はなく。彼は雲雀とともに、私の元を飛び去った。燃えるような一晩を共に過ごしたけれど、朝になれば私は一人きり。…今は辛くても、少し耐えればまた抱きしめてくれるという言葉だけを信じて、待ち続けた私にもたらされたのは、あまりに残酷な現実だった。
再び見えた彼は、冷たいからだで。
三度見えた彼は、敵の人間だった。
一度止まった心臓が貴方の心まで冷やし、私と貴方の愛さえも奪い去ってしまったの?奇跡を起こしてまで再び逢えたのは、こんな別れを迎えるため?
氷のような肌へ触れた時、これ以上恐ろしい事はないと思ったのに。
彼の冷たい眼差しは、私の心臓を一瞬で貫いた…。
✾ ✾ ✾ ✾ ✾ ✾ ✾ ✾
自分の悲鳴で、夢を見ていたのだと気付いた。
これまでにないほど汗をかき、かたく握りしめられた手が「これは現実なのだと」私に知らしめる。
―――もしも、私への愛が貴方から消えたというのなら。貴方に愛されているあの日あの時に、私も一緒に消えてしまえば、よかったのに…。
ようやく愛しの彼に会えた晩、
私は独り、無様に涙を流すことしかできなかった。
彼は一人、前を向き。正しい道へと進んでいく。
ずるいわ…此処に引きずり込んだのは貴方でしょ?




