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入学式

ここはどこだ。

目を覚ますと、ここがどこなのか分からなかった。


「我がアカデミーに入学された新入生の皆様を、改めて心より歓迎いたします――」


ぼんやりとした意識のまま顔を上げると、壇上で休むことなく話し続けている人物が目に入った。


目の前にはマイクやスピーカーのようなものは見当たらないのに、声だけははっきりと響いてくる。


誰が見ても静かにするべき空気だ。口は閉じていても、思考まで止める必要はないだろう。


(誘拐されたのか……?)


最近、外国人を狙った誘拐組織が暗躍しているから海外では気を付けろ、というニュースを見た気がするが――


(いや、俺には関係ない話だろ)


少しだけ記憶を辿る。

最後の記憶は、自分の部屋のベッドで目を閉じたところまで。

まさか誘拐組織が家に押し入って、眠っている人間をさらうとも思えないし、

さらった相手をこんな場所に立たせて長々と演説する意味も分からない。

そう考えた瞬間――

「以上をもちまして、第六千九百七十四回ベルラドーナ・アカデミーの入学式を終了いたします」

(ちょっと待て、ベルラドーナ・アカデミー? 新入生?)

「ベルラドーナ・アカデミー」という単語が、はっきりと耳に入った。

それだけじゃない。

自分の身体が――女になっていることも、はっきりと理解してしまった。

……どうりで、さっきから胸が重いわけだ。

――パチパチパチパチ!

無数の拍手が響き渡る。

だが、そんなものに構っている余裕はなかった。

なぜなら、ベルラドーナ・アカデミーとは――

俺が最後にプレイしていたエロゲに登場する舞台だったからだ。



ちくしょう。


生まれてからずっと共にあったはずのもの――今はもう存在しない自分の“半身”に、強烈な喪失感を覚える。


だが、それ以上に問題なのは、ここがただの場所ではなく、ハードコアなエロゲの世界にあるアカデミーだということだ。


指揮官、提督、博士、管理者、先生 ――

守ってきた世界はいくつもあるし、読んできた小説だって山ほどある。

なのに、どうしてよりにもよってこのゲームなんだ。


(美少女にTSしたいって冗談で言ったことはあるけど……

こんなエロゲの中の美少女になりたいわけじゃなかったんだが……)


ベルラドーナ・アカデミー。


数千年前、とある伝説的な賢妻が夫と共に設立したとされるこの学園は、

その成り立ちゆえに、学生たちを「理想的な女性」へと育てるために存在している。


当然ながら、入学生は全員女性。

卒業と同時に、理想的な結婚相手を紹介されることまで決まっている。


学生たちは未来の夫のためにあらゆることを学び、

学園はそれを望む者同士を結びつける。

まさに少子化に悩むどこかの国が飛びつきそうな制度だが――


(俺は男だ)


正確には“元”だが、今はそこが問題じゃない。


ここは、一部の教師を除けばほぼ100%女性で構成された「妻育成機関」。

そんな場所に、自分が紛れ込んでしまったという事実。


しかもこのゲームは、ただの学園モノではない。

かなり過激な内容で知られるエロゲだ。


数年後には魔王軍が侵攻してくることが確定しており, 現在も人間と魔族が冷戦状態にあるという、救いのない世界観。


教師も生徒も関係なく、全員が魔王軍に囲まれ――

仲良く狂ったように堕ちていくエンディング。


高評価を得ていたのは、その過激な18禁シーンだったが、

当事者になった今となっては、ただの最悪の要素でしかない。


(何としてでも、ここから脱出しないと)


さっきも言ったはずだが、ここは適齢期の女性のための教育機関だ。

ほとんどの生徒が合格できる学園で退学?

それはつまり、女性としての価値がないという意味だ。


魔族たちにとっても同じだ。

すでに調教済みの女たちが山ほどいるのに、わざわざそんな奴を選ぶ理由がない。


そして俺は、これを利用する。


魔王軍が攻めてくる卒業式までに、どんな手を使ってでも退学してやる。


「では、校歌の斉唱は……省略しまして、生徒会長の挨拶に移ります」


生徒会長。


その言葉が響いた瞬間、講堂の空気が一変した。

ささやき声すらも消え、完全な静寂が訪れる。


――コツ、コツ


規則正しく響く靴音。

やがて、眩い金髪を持つ一人の人物が壇上へと歩み出た。

「ベルラドーナ・アカデミーに入学された皆様、ごきげんよう。

私は現在、このアカデミーの生徒会長を務めております、ルシエラと申します」

「……あの方が、例の……!」

「おお……せめてあの方の足元にでも及びたいものですわ……」

周囲から漏れ聞こえる、歓喜に満ちた声。

まるで憧れの存在を前にしたファンのようだ。


まあ、 それも無理はない。


ここは花嫁修業のための学園。つまり――

成績が良ければ良いほど、より良い結婚相手に巡り会えるということ。


(そして、確か生徒会長は……卒業後、王子と結婚するはずだ)


王国の未来を担う存在と結ばれることが約束されている。

この反応も当然だろう。


もっとも、その座に立つためには厳しい条件を満たさなければならないが――夢を見るのは自由だ。


(まあ、この世界じゃ誰もまともな結末にはならないけどな)


今この時点でアカデミーに在籍している連中は、全員バッドエンド確定だが。

このゲームの数あるイベントCGの中でも、ルシエラのシーンが一番人気だったな。

卒業後に王妃になれたとしても、その前にオークどもにやられる運命だ。


このハードコアなエロゲにおいて、ルシエラの堕落シーンは特に人気が高かった。


王妃になれるはずだった未来も、結局は魔族に連れ去られる運命だ。


もちろん、そんなことを口に出せばただでは済まない。

原作の展開を思い出しながら、ぼんやりと立ち尽くしていると――


「それではこれより、新入生の入学試験を行います。 試験を担当されるダニエル教授は、奥の部屋でお待ちです」


入学試験。


周囲から戸惑いの声が上がる中、内容を知っている俺は叫び出したくなった。

なぜなら、その試験というのが――


「一人ずつ部屋に入り、教授を“興奮させて”いただきます」


つまり、男の教師をその気にさせるということだ。



「ご主人様、本日お世話を担当させていただきます、アリアンヌと申します。

お食事にいたしますか? お風呂になさいますか? それとも……私?」


「……」


「ご主人様? 何かお気に召さな――」


「20点だ」


「え?」


「主の言葉を聞き返すとは。基本がなっていない。

新入生252番、アリアンヌ。最終評価は15点」


「うぅ……」


メイド服姿の少女が、しょんぼりと部屋から出てきた。

どうやらメイド風の演出で誘惑しようとして失敗したらしい。


普通の学園ならライバルが減って喜ぶところだが――俺にとっては逆だ。


俺は、この学園を退学しなければならない側なのだから。


これまでに挑戦した者たちは、誰一人として50点を超えていない。

いくらあの教授が鈍感とはいえ、これは厳しすぎる。


(頼むから、誰かまともにやってくれ……!)


心の中で叫ぶ。

他が低ければ低いほど、自分の評価が相対的に上がってしまう。


「252番の方、あまり気を落とさないでください。 入学試験が悪くても、すぐに退学になるわけではありませんから」


生徒会長の慰めの言葉。

だが、むしろ今すぐ追い出してほしいくらいだ。


元男の自分が、男を誘惑するなんて――


(いや、待てよ……?)


絶望しかけたその時、ひらめきが走る。


(むしろ都合がいいじゃないか)


ここはゲームではない。

目的は“高評価”ではなく“退学”。


つまり――わざと失敗すればいい。

問題児として振る舞い続ければ、いずれ追い出されるはずだ。


「次は……182番の方」


名札を見る。

そこにははっきりと「182」と書かれていた。

俺の番だ。


(見せてやるよ、21世紀の社会人が本気になればどうなるかを...!)


まともな人間が本気でおかしな行動を取れば、どれだけ不快にできるか。

そう考えながら、扉を開ける。


――ギィ……


(よし、いける)


どんな手を使ってでも落第する。


そのために導き出した結論は――


(より最悪なキャラを演じること)


誰もが嫌う存在になればいい。

そうすれば、退学という未来に近づける。

それが俺の選んだ道だ。


そして――


「ざっこ♡ バカ♡ 男のくせに反応もできないの?」

「……?」


くらえ。

これが――“メスガキ”だ。


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