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5分で終わる世界の中で  作者: ぱす太三号


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1/1

ポイント社会

 目が覚めると、スマートフォンの通知が光っていた。

「本日の生活ポイント:1280pt」

 これが、いまの社会での「通貨」だった。


 現金はとうに廃止され、人々は「行動ポイント」で生活している。

 朝、ゴミを出せば+3pt。通勤で渋滞を避けるルートを選べば+5pt。

 SNSで好ましい発言をすれば+10pt。

 逆に、不適切と判断された発言や行為をすればマイナス。


 つまり、人生は常に「採点」されているのだ。


 主人公・佐藤健二さとうけんじは、地方都市に暮らす平凡なサラリーマン。

 毎朝、スマホを見ては自分のポイントを確認するのが日課だった。

 彼の今月の平均は「1375pt」。

 世間では「1000pt」が生活保護ライン、「1500pt」が中流、「2000pt」で上級市民扱い。

 つまり、健二はギリギリの“普通”だ。


 会社に着くと、入口のゲートが光る。

 顔認証のあと、モニターにポイントが表示された。

「おはようございます、佐藤さん。現在ポイント:1378。勤務評価A−」

 同僚たちは互いに数字を見合い、まるで健康診断の結果を比べるように一喜一憂する。


「昨日、ちょっとバスで席譲ったら+15ptだったよ!」

「マジ?俺なんか“ため息”で−3pt取られた」

「ため息で!?」

「“周囲にネガティブ影響”だってさ」


 健二は苦笑した。

 どこまで監視されているのかわからない。

 だが、誰も文句は言わない。文句を言えば「反社会的行為」として減点されるからだ。


 昼休み。社員食堂では「ポイントメニュー」が並んでいた。

 高ポイント者限定の“ご褒美ランチ”コーナーでは、鮮やかなステーキの香りが漂う。

 健二はいつもの「栄養バランス弁当(中流市民向け)」を選んだ。


 そのとき、向かいに座った若い社員が言った。

「佐藤さん、最近ポイント伸びてませんね」

「まあ、無理せず普通に生きてるだけだからな」

「もったいないですよ。SNSで“推奨ワード”を使えばすぐ増えますよ」

「推奨ワード?」

「“感謝”“共感”“未来”“多様性”とか。そのあたりを織り交ぜて発信するとAIが評価してくれるんです」

「なるほどな」


 帰宅後、健二は試しに投稿してみた。

《今日も一日、未来への感謝を忘れずに! #共感 #笑顔》

 翌朝、通知が来た。

「AIがあなたの投稿を高評価しました! +25pt」

 思わず笑った。

 ――こんなに簡単なのか。


 数日後、健二はコツをつかみ、投稿職人のようになっていた。

 無難で前向き、誰も傷つけない言葉を並べるだけで、ポイントは右肩上がり。

 ついに1500ptを超え、会社でもちやほやされ始めた。


 そんなある夜、見知らぬアカウントからメッセージが届いた。

《あなたは本当に、それで満足ですか?》

 リンクを開くと、“反ポイント主義者の集会”という動画が流れた。

 顔を隠した人々が、カメラの前で訴える。

「ポイントは自由を奪う鎖だ。私たちは“本当の言葉”を取り戻す!」


 健二はその夜、眠れなかった。

 確かに最近、自分の言葉が「誰かのため」ではなく「AIのため」に変わっている気がした。


 翌朝、彼はSNSにこう投稿した。

《たまには怒ってもいいと思う。人間だもの》

 結果はすぐに現れた。

「不適切発言:−40pt」


 さらに、その投稿が拡散されると、コメントが殺到した。

《空気読めない》《共感できない》《ネガティブです》

 数分後には−120pt。

 あっという間に、生活水準が「下層市民」ラインに転落した。


 買い物も制限され、電車では「低ポイント区画」にしか乗れない。

 同僚も避けるようになった。

「佐藤さん、最近やばくない? 下手に関わると減点されるかも」


 健二は途方に暮れた。

 だが、その夜、またあの匿名アカウントからメッセージが届いた。

《会いたい》


 指定された地下カフェに行くと、そこには一人の若い女性がいた。

 名はミナト。

 反ポイント団体のメンバーだという。

「あなたみたいな“落ちた人”は珍しいですよ。普通は怖くて何も言えなくなる」

「俺も怖い。でも、もううんざりなんだ」


 ミナトは微笑んだ。

「じゃあ、これを使って」

 彼女が差し出したのは、黒いスマートバッジだった。

「“オフライン化装置”。これをつけると、AI監視網の目から外れる」

「そんなことが……?」

「ただし、使った瞬間、あなたのポイントは“ゼロ”になる。社会的には死んだも同然」


 健二は迷った。

 社会から外れるか、AIの支配に生きるか。


 翌朝。

 彼は出勤途中、橋の上でスマートフォンを取り出した。

 画面には「現在ポイント:1023pt」。

 まだ戻れる。まだ普通に生きられる。

 だが、ふと空を見上げると、無数のドローンが飛び交っていた。

 誰かを監視し、誰かを評価している。

 その光景に、健二は小さく笑った。


 そして、ポケットから黒いバッジを取り出し、胸につけた。


 スマートフォンの画面が一瞬だけノイズを走らせ、

「接続切断」

 という文字が浮かんだ。


 その瞬間、周囲の風景が変わったように見えた。

 通勤する人々の顔は、皆、同じ笑顔の仮面をつけているように見える。

 誰もが「減点されない言葉」だけを話している。


 健二は思わず呟いた。

「……これが、本当の無言社会か」


 その日から、彼の記録はどこにも残らなくなった。

 ただ、数日後――SNSの片隅にこんな投稿が現れた。


《人間らしさ、って何ポイント?》


 

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