ネット小説には、世界の終りと白い空間と神様な幼女が良く出てくる。
太陽がずるずると往生際悪く沈んでいく。
なにか物足りない、しかし無駄にでかく明るい、そんな夕日だった。
「くしゅんっ」
「風邪か?」
「あぁ、ちょっとな」
横から掛かってくる声は、普段と変わらない関心をこちらに向けてきている。
あんなことが有ったというのに、暢気な物だ。
「ところで、世界の終りまであと一時間と二十八秒だよ、君」
「実感がわかねえなぁ」
夕日に照らされた幅の広い川はきらきらと茜色に輝いていて、それを見下ろしながら寝ころんでいると、何とも言えない静かな高揚感が体を巡り、実感も湧かない世界の終りなどどうでもよくなってくる。
それこそ物心ついた時から、毎日一緒にこの河川敷で寝ころんでいるこいつもその筈なのだが、何故か今日は違うらしい。
夕日に照らされた瞳からは、高揚感らしき感情が窺えた。
「君はもう少し慌てるということを覚えたほうが良い」
「お前もな」
世界が終わっている。
らしい。自分には良く分からない。本当なのかも分からない。
例えば目の前にでかい核爆弾が置かれていて、ご親切にタイマーとか付いていて、残り1時間と表示されていたのなら確信が持てるのだが、生憎と世界の終りというのはそんなに分かり易いモノではなかった。
内閣総理大臣によるテレビ放送があった。
「あと、数時間で世界は終わります。申し訳ありません、詳しく説明している暇は無いのです。できるだけ長く家族と過ごしていたい」
それだけ言って画面から去っていくこの国のトップの、情けなく丸まった背中は、今も民放によってエンドレスに再放送されている筈だ。
「しかし、誰もいない河川敷というのも良い物だな。風流だ」
「そりゃぁ、あと一時間で世界が滅びちまうんだから、こんなところでたらたらしたりしないだろうさ」
信じているかどうかは、人それぞれだ。
常識をかなぐり捨てて暴れる程に信じている訳ではないが、平然と外に出歩けるほど大胆にはなれない。
そんな感じに半信半疑な人々は、「本当かもしれないから」という名の恐怖から家に閉じこもっている。
ある者は家族と、ある者は恋人と。
「お前はそこらへん非常識だな」
「お前もな」
「ところで、これを仕組んだのは私なんだ」
「ふぅん」
そう言って、こいつはポケットから筒のようなものを取り出した。
爆弾のスイッチのようで、とても分かりやすい形だった。
だが、小説の主人公じゃあるまいし、いきなりそんなこと言われても実感が湧かない。
世界の終りだってまだ信じられていないというのに。
「スイッチ押したらどうなるんだ?」
「地球が爆発する。正確には、この地点からドミノ倒しの様に次々と物質が光エネルギーに変換され……」
「あー、分かった。もういい。ありがとう」
「むぅ、あの情けない総理大臣でさえ真面目に聞き、あまつさえ足りない頭で必死になって質問までしたというのに」
「なんかお前すげえなぁー」
「まぁ、宇宙人だからな」
「ハッハッハッ、もっとすげぇなー。知らなかったよ」
相変わらずの、何を考えているか分からない微笑み。本当なのか冗談なのか、判別できた試しが無い。流石に、地球外生命体の下りから微笑みが苦笑に変わったのは見抜いたがな。
「君を驚かせようとして私はこんなこと仕組んだんだよ。だが、またもや失敗だったな。つまらんから止めた」
そんなとんでもない事をつらつらと言った挙句に、こいつは例の爆破スイッチを「ほれっ」とこっちに渡してきたので、両手で包みこんだ。
「押すなり保管するなり好きにしてくれ、飽きた」
「とりあえず、押さないでおくか」
「なぜだ?」
「俺なんかにも、毎日河川敷で一緒に寝ころんでくれる奴が居るもんでな。まだ死にたくないんだ」
「そうか」
そう呟いて、こいつは僅かに顔をほころばせた。
「くしゅんっ」
「またか、世界も救ったんだし、医者に行った方が良いぞ」
「そうだな……ん? なんか手の中が光ってるんだが」
「まさかお前、さっきので押してしまってないだろうな」
「あ、ちょっと待って、今見てみるから……あー、やばい押したかも」
「ちょっと貸してみろ、取り消すから。あー、めんどくさ」
「すまん」
「あれっ、おかしいな。取り消せない」
「やべーな」
「やばいな」
そんな感じに、今日も夕日が沈んでいく。