にーと、な魔女ぼっち
何もしたくない。
外に出たくない。
人と会いたくない。
引き籠もっていたい。
――――働きたくない。
ぐるぐる回るくらい思考を胸に私は今日も布団に包まって動画を見漁る。
「あ、食べるものがない……」
外に出たくなくても空腹はどうにもならないから仕方ない。
「はぁ……コンビニいこ……」
憂鬱な気分を引き摺って玄関へと足を……足を……
「うぅ……」
出たくないでも行かなきゃお腹が空いたまま……まあでもいいか……
ぐぎゅるるるるー……
あ、駄目だこれ。ここで行かなきゃ私、餓死するかも。
「ゔぁぁぁぁ…………」
喉の奥からおおよそ人のものとは思えない声を上げながら立ち上がって玄関へ向かう。
「財布……は……持ってる……よし……」
ひとまず財布だけあればいいやとサンダルを履き、鬱屈した気持ちを押し殺してドアから一歩を踏み出した。
「…………」
早足、早歩き、周りの視線から逃げるように下を向いて真っすぐコンビニを目指す。
うん、や、もちろん、周りが本当にこちらを見ているのかなんて分からないけど、怖いものは怖い。
下を向きながらでも人混みを避けて目的のコンビニに到着、息を殺して自動ドアを潜る。
「――――いらしゃっせー」
どれだけ息を殺したところで自動ドアが発する音を消す事はできず、気付いた店員さんの挨拶で思わずビクリとしてしまう。
だ、大丈夫、コンビニの店員さんに挨拶は返さなくてもいい、から、さっさと買って出よう……
きょろきょろ周りを気にしながら目的の場所であるカップ麺の並んでいるコーナーに行き、商品を見回す。
この際だから何日分かをまとめて……あ、でもお金そんなに持ってきてないし……
財布と相談してひとまず今日と明日の分だけにしようと決めて選んでいく。
「……最近何でもかんでも値上げ値上げ……一つ二百五十円以上するのは高過ぎるよ」
仕方ないから好みとか関係なく一番安いラーメンを二つ手に取ってそそくさとレジの方へ向かう。
「いらしゃっせー袋はご入用でっすか?」
無言で商品カウンターに置き、目線を下に向けたまま店員さんの質問に頷いた。
「えっと、会計は……丁度っすね。箸は……お付けしておきます」
会話をするのが怖いから予め値段を計算して何かを言われる前にトレイへお金を置いて、ひたすらに質問に対しては頷く。
そして会計が終わると同時に袋へ詰めてもらった商品を受け取り、そそくさとその場を去ろうとする。
「あ、お客さん。レジ袋分で3円足りないっすよ」
「…………へっ?あ、ふへ、さ、す、すいません……」
しまった……完全にレジ袋にお金がかかるの忘れてた……
こんなことなら袋なんて頼まずに手で持って帰れば……そう思っても後の祭りだ。
カタカタ震えながらもなんとか三円を手渡し、ドアまで早歩きで近づき、潜ってから全力ダッシュで帰宅する。
「ゔおぇっ……う……おげぇろ……っ!?」
玄関先まで辿り着き、扉を開けて持っていた袋の中身を床にばらまいて空にし、口元に近付けて胃の中身をぶちまけた。
「はぁ……ぐぇ……ぶっ…………」
口の中に酸っぱい味が広がる不快感と呼吸ができない苦しさでしばらく悶えつつ、全てを吐き出す。
まあ、胃の中身をぶちまけると言っても、そもそも朝から何も食べていないし、なんなら昨日の夜も水しか飲んでいないからぶちまけるのは自分の胃酸しかないんだけど。
「――――ぷっ……ふぅ……ふぅ…………うぐっ」
一通り吐き終わって落ち着き、一旦、深呼吸をしてから最後に口の中に残った酸っぱ苦い唾液を吐き出してぺたんと座り込む。
……ひ、久しぶりに知らない人と喋ったストレスと全力疾走したせいで全部吐いちゃった。
部屋の中に漂う吐瀉物の臭いと生暖かい袋に顔をしかめながら、それらを処理するために立ち上がる。
「はぁ……どうしてこんなことになったんだろ…………」
窓を開けて喚起し、吐瀉物の入った袋を二重にしてゴミ箱へ放り込みつつ、私はそんな事を呟いた。
私は元々、こんなド陰キャみたいな性格じゃなかった。
というよりもそもそもから言ってこの世界の人間ですらない。
私が生まれたのはこことは違う魔法を生活基盤とした世界。
そこはこの世界……この国のように娯楽に溢れているわけではなかったけれど、大きな争いもない平和な世界だった。
そんな世界で生まれた私は魔法使いとしてある目的のために旅をしていた。
そしてその目的を遂げ、やる事のなくなった私は異なる世界へ渡る術を創り出して今度は異世界を旅してみようとした。
最初の世界で言語の壁や文化の違いで苦しみ、教訓として翻訳する魔法と情報収集する事の大事さを学び、次の世界で身分証明の必要性と資金調達の大切さを思い出し、その次の世界でようやく旅を楽しむ余裕が出てきた。
あの頃は輝いてたなぁ……私。
過去の思い出に思いを馳せながら、私はこの世界にやってきたばかりの頃を思い出す。
――幾つもの世界を回った末にこの世界へ辿り着いた私はまず文明水準の高さに驚かされた。
見た事もない技術に、今まで味わった事のない食べ物の数々、多種多様な服を着て歩く人々、目に入るもの全てに感動していた。
事前に話だけは聞いてたけど、実際に見るとこうも凄いなんて……
元いた私の世界には転生者と呼ばれるこの世界から生まれ変わった人や転移者と呼ばれる私と同じような経緯でこの世界からやってきた人がおり、その人達からこの進んだ文明を持つ世界の事を聞きにいって少しは知っていたものの、ここまでだとは思わなかった。
「ふ、ふふふ……これだけ進んだ世界……どんな楽しい事や珍しい事が待ってるんでしょうね」
これから待ち受ける出来事へのワクワクとドキドキに胸を膨らませていたこの時の私はそれが幻想だという事をすぐに思い知らされることになる。
「――え、換金できない?」
そこからすぐに資金を調達すべく質屋らしき場所で持っていた金や宝石類を換金しようとしたものの、どれも見た事ない代物だったのがまずかったらしく、ただの光る石や偽物扱いされて取引自体をさせてもらえなかった。
金や宝石の価値はどの世界でもそこまで変わらないと思って油断してた……仕方ない、なんか割の良い仕事でも探そう。
この世界では身分証明が大事と聞いていたのでその辺は話を元に魔法でちょちょいと用意していたから大丈夫だろうと軽い気持ちで仕事を斡旋してくれるらしい場所に向かった。
「…………ケイヤク?セイシャイン?」
すぐにでも何かしらの仕事ができると思っていただけにまるで呪文のような言葉を並べ、山のような手続きの末にまた来てくださいと言われてそのまま返されるとは思いもしなかった。
「………………はぁ……仕方ないね。今日のところは持ってた食料で我慢しよう」
旅先で食料が確保できないのはよくあること。だからそんな時のために必要最低限の食料は貯蓄してあるのでまだ問題のない範囲だ。
せっかくならこの世界の食べ物が良かったけど……ま、焦らなくてもこれからだよこれから。
いつまでもうじうじ考えても仕方ないと思考を切り替え、その日は野宿をする事にしてその辺の公園で野営を始めた。
……そして一時間もしない内にこの世界の衛兵的な役割であるらしい警察官とやらがやってきて私はそのまま連行されてしまう。
「うぅ、ひどい目に遭った……」
ようやく解放されたのが次の日の朝、身元も住所も用意した証明に記載してあるのに、色々疑われた上、お説教までされて今日のところはここで一晩過ごす事を許可するけど、今後こういう事がないようにと釘を刺されてしまった。
「まさか野宿するのも駄目だなんて……こうなるとまず寝る場所の確保が最優先になるのかぁ」
ここまで進んだ文明になると色々面倒な決まりごとが決まっているのかもしれないと思いつつ、お金をどうやって確保するか、考えを巡らせる。
結局、もう一度昨日行った仕事を紹介してくれる場所に向かったが成果は上げられず、しまいには担当の人から呆れられて、それなら自分で日雇いの仕事を探せと放り出されてしまった。
……この世界にも魔物とかがいれば討伐してお金稼ぎも楽なんだけど、ままならないねぇ。
そんな事をぼやきつつも、持ち前のコミュ力で店を回っていき、日雇いの仕事を見つけて働けることになった。
「ひとまずお金を確保するあてはできたし、これからこれから!」
――――少しの苦労もあったけど、この時の私はまだこの世界での日々に思いを馳せる余裕があり、期待を胸に抱いていたんだ。
…………あの出来事が起こるまでは。
「……え、私はそんなことやってませんよ?」
日雇いの仕事を転々としていたある日、何度か働かせてもらっている場所で作業中に呼び出された私は上司に当たる人から見に覚えのない失敗について問いただされた。
やたらと高圧的な上司の口調に違和感を覚えながら返すも、聞く耳を持たない様子で一方的に決めつけられ、怒鳴られる。
それなりに長い人生、それも色々な世界を旅してきた中で怒鳴られたり、怒られたりすることはあったけれど、身に覚えのない事でこうも理不尽に責められるのは初めてに近い経験だった。
「だ、だから私はやってません。そうだ!みんなに聞いてもらえれば……」
気圧されながらも言葉が一旦止んだタイミングで切り返すと、上司はそう思うんなら周りを見てみろと鼻で笑ってきた。
上司の言葉に周りを見回すと陰湿な視線にクスクスという笑い声がほぼ全員から向けられている事に気付く。
「な、なんで……」
今まで普通に接していた人や仲良く喋っていた人から向けられるそれらに私は酷く動揺してしまい、それ以上言葉が継げなくなってしまった。
そこからは一方的で、身に覚えのない事から始まり、果ては人格否定の言葉まで怒声で浴びせられた結果、そこからの仕事は手に付かず、日雇いの給料も受け取らないまま、逃げるように職場を後にした。
それから私は少し人と関わるのが怖くなって……それでも生きるためにお金は必要なのでなるべく関わらないように仕事をしていった。
そんな中でそれでも何度か同じ目に遭ったり、決められた時間以上に無理矢理働かせられる職場に当たったりして私は労働はクソだという結論に至った。
この日雇いで過ごしてきた中で得たものは特になく、人と関わる事に関するトラウマを押し付けられただけの最悪な日々だったと今でも思う。
とまあ、その後も紆余曲折を経て今の陰キャ引きこもりぼっちの私がいるわけだけど……え?そんな辛い思いをしてるのにどうしてまだこの世界に留まっているのかって?
それは日雇い生活の後に色々あったからなんだけど……それはまた今度の機会に――――
「ふ、ふふっへへ、なんて思ったりして……」
まだ少し吐瀉物臭さを感じる部屋で一人、気持ちの悪い笑みを浮かべて呟く。
悲しい妄想……ではなく、本当の事だけど、誰もいない室内で誰かに語り聞かせるように思い浮かべるのは流石に自分でもやばいなと感じてしまう。
「うぅ……まだ口の中が気持ち悪い……うがいしよ……」
胃酸をぶちまけてまだ胃がムカムカするものの、飢餓感からくる気持ちの悪さに耐え切れないと、うがいをしてから買ってきたカップラーメンにお湯を入れ、布団の方に持っていく。
「……いただきます」
お湯を入れてから二分と少し、まだ少し硬めの麺を箸でほぐしながら持ち上げ啜り、タブレットで動画を検索する。
この世界にきて一番驚いたのはこの動画やテレビを始めとする映像技術だ。他の世界にも映像技術自体はあったけど、ここまで綺麗かつ、バラエティに富んでいたものはなかった。
何を見ようかな……できれば長いやつの方がいいけど…………
啜りながら検索を続け、半分ほど食べ終わったところでようやく気になる動画を見つけ、再生すべくタブレットへタッチしようとしたその瞬間、誰かが走ってくる音と共に玄関が凄まじい勢いで開け放たれる。
「――――おらぁっこの穀潰し!きちんと俺からのコールには出ろって言ったろうが!!」
「ひぁっ!?」
当然の来訪と怒号に驚き、反射的に飛び退いてしまった私は食べていたカップラーメンを盛大に放り投げてしまった。
「あ――――」
宙を舞ったカップラーメンはきれいに放物線を描き、怒鳴り込んできた人物の頭に着弾、出来たてで熱々な面とスープが凶器となって襲い掛かる。
「熱ぅっ!?」
起きてしまった出来事は変えられない。だから私は降り掛かってくるであろう災厄を前にまだ食べ始めたばかりだったのにと考えて現実逃避を図るが、もう遅かった。
「……このクソぼっちぃッ!てめぇっ!!」
「ご、ご、ごめんなさいぃ!わ、わざとじゃないんですっ!!」
ひたすら謝る事しかできない私はその人の怒りが治まるよう祈りながら何度も何度も床に額を擦りつけた。
数分後、ようやく怒りの矛を収めたその人の前で正座をさせられ、延々と説教を聞かされる事に。
「――――だから引き籠るような過去があるのは知ってるが、それでもだな…………」
「あ、あの……ヤマダさん……な、何か用があってきたんじゃ……」
これ以上の説教は勘弁してもらいたいと、怒鳴り込んできたその人……ヤマダにそう切り返す。
「……そうだった。たくっ、お前のせいですっかり忘れちまったじゃねぇか」
「…………えー……それ私のせいなんですか」
「あ?何か言ったか」
「や、何も言ってませんっ」
思わず余計な事を言ってしまいそうになったっけど、どうにか誤魔化して話の続きを促した。
「……まぁ、いいか。それで本題だが……お前、どうしてコールを無視した?」
「そ、それは……えっと……その、単純に気付かなかったというか……」
もちろん、嘘だ。ヤマダから着信があるのには気付いていたし、コールにすぐに出ろという言葉もきちんと覚えていた。
「ほう……ならそのタブレットはなんだ?」
「こ、これは……その、電池切れで…………」
「……嘘を吐くんならもう少しまともな嘘を吐くんだな。大方、飯を食いながら動画でも見ようとしたんだろ?」
「えーと……てへっ」
あっさりとバレた嘘を笑って誤魔化そうとしたのが悪かったらしい。
ヤマダは青筋を浮かべながら無言で近付いてくると、私の頭を拳で挟み、そのままぐりぐりと圧力を加えてくる。
「いだっ……いだだっ……ちょっやめっ……頭がもげ…………」
「うるせぇっこのダメ人間!こうした方が頭に刺激を受けてその性根がちったぁマシになるだろ!」
「ふっ……甘いですね。この程度で労働はクソだという私の結論を覆せるとでもっ、あっ痛……やめっ…………」
調子に乗った発言が仇となり、足腰立たなくなるまでぐりぐりされ、床に倒れ伏す私。
これで気絶した振りをしてやり過ごせば帰ってくれるんじゃないかと期待して演技を続けるも、寝た振りしてないでとっとと起きろ!というヤマダの一言で強制的に起こされてしまう。
「……茶番はここまでにしてそろそろ本題……仕事の話だ。労働はクソだというお前の意見には一理あるかもしれんが、そろそろ手持ちも尽きてきた頃だろ?」
「…………真面目くさった話をする前にシャワー浴びてきた方がいいんじゃないですか?」
気を遣ったつもりでそういった瞬間、私の頭にげんこつが振り落とされ、ヤマダは無言のまま手洗い場へと向かっていった。
ヤマダがシャワーを浴びている間にラーメンの後処理を終えた私は濡れた布類をまとめて洗濯機に放り込んだ。
「洗濯機って本当に便利だなぁ……放り込むで汚れが取れるんだから……」
「――――俺としては魔法の方が便利だと思うけどな」
ぐるぐる音を立てて回る洗濯機を見つめながら何気なく呟くと、風呂場からヤマダがタオルで髪を拭きながら出てくる。
「……魔法は何でもできるわけじゃありませんよ。こういった日常的な部分は文明の利器に任せるのが一番です」
「はぁ、そんなもんかね」
「そんなもんです」
タオルを首に掛け、気のない返事をするヤマダに私も適当に返す。
そりゃ魔法でも洗濯機の真似事ができなくもないけど、端的に言えば労力と結果が見合わない。
放り込み、洗剤を入れてボタンを押すだけできるのはやっぱり便利の一言に尽きる。
「……まあ、便利かどうかはこの際どうでもいい。魔法には魔法にしかできない事がある。だろ?」
流れ的にヤマダは仕事の話をしたいのだろう。
けれど、私は働きたくない。
だからどうにかして働かないくても済むよう言葉を逸らそうとする。
「…………別に魔法じゃなくても」
「あ?なんか言ったか?」
「イエ、ナンデモアリマセン……」
そんな私の思惑はドスの効いたヤマダの一声に搔き消されてしまった。
「はぁ…………今回の件、確かに魔法じゃなくても解決はできるかもしれん。だがな、魔法なら確実に助けられる。それでも面倒くさいって言えるか?」
「…………話、聞かせてください」
ため息の後、真面目くさった顔で吐かれたヤマダの言葉に対して、私は心の奥に燻る想いを胸に表情を引き締めた。
人気の少ない廃工場。
潰れてから時が経ったその場所は廃墟マニアですら足を踏み入れないくらいに何の面白みもなく、ただただ、がらんどうな空間が広がっている。
「――――!!」
「うぅっ…………」
「ひっく…………」
「あ……あぁぁ…………」
誰もいない筈の空間に響くのはすすり泣く声や苦悶の声。
僅かな光に照らされて浮かび上がるその正体はだだっ広い工場の中心辺りに集められ、縛られた年端もいかない少女達だった。
「――――チッ、うるせぇな。黙らねぇとぶっ殺すぞガキっ!」
少女達を囲むように銃器で武装した男達が数人立っており、その内の一人が威圧的な態度とがなり声を上げる。
薄暗い廃工場、銃器で武装した上に見た目も厳つい大男の大きな声なんて普通の大人でも怖い。
それが身動きの取れない少女達ならなおさら……彼女たちは喉の奥から声にならない悲鳴を上げた。
「……おい、止めろ。余計に煩くなるだろうが」
「つーか、まだ商品は揃わねぇのか?見張りっつってもどうせ誰も来ねぇし、意味ねぇだろ」
「ぼやくな。商品が逃げ出さないための見張りでもある……まあ、退屈なのは同意するがな」
集団の一人が肩を竦めてそんな言葉を口にしたその時、辺りを最低限照らしていた電灯が明滅を繰り返し始めた。
「……ボロすぎてとうとう照明までいかれやがったか?」
「かもな。にしたって唐突過ぎる気もするが……」
「一応、警戒はしておけ――――」
男達が銃を構えて僅かに警戒を高めた瞬間、明滅は激しさを増し、それに耐えかねたかのように電灯が音を立てて弾ける。
「な、なんだ!?」
「ッ全員周囲を警戒しろ!無線で応援を呼べ!」
「明かりだ!明かりをつけろ!!」
狼狽える、あるいは警戒をと叫ぶ男達だったが、結論から言えばそれは意味をなさなかった。
警戒するよりも、明かりをつけるよりも早く、男達の内の一人が大きく吹き飛ばされる。
「っなんだ!何が起こってやがる!!」
「この――――がっ!?」
混乱のままさらに吹き飛ぶ男達。暗闇に正体不明の攻撃とくれば誰でもそうなるのは自明の理だろう。
「クソッこうなったら……おい!誰だか知らねぇがこれ以上、何もするな!さもないとガキ共を撃ち殺す!」
「……………………」
男達の一人が咄嗟に少女達へ銃を向けて叫ぶ。
おそらく、襲撃者の狙いが少女達の救出だと判断したのだろうが、その叫びを嘲笑うかのようにまた一人吹き飛ばされた。
「ッ舐めやがって……!俺が撃たねぇとでも思ってやがるのか!!」
激情のままに再度、叫んだ男が少女達に向けて発砲。硝煙と共に吐き出される弾丸が少女達を無残な姿へと変える……筈だった。
「なっ!?」
驚愕に染まる男の表情。撃ち出された弾丸は少女達へ当たる直前、見えない壁に阻まれて静止し、そのままカラン、カランと地面に落ちた。
「ば、馬鹿な……ありえな――――」
最後の一人だった男は何も理解できないままに大きく吹き飛ばされ、意識を刈り取られる。
そうして訪れる静寂。工場内にいた男達はもちろん、外に待機していた武装集団、おおよそ二十人弱が全員、意味の分からないまま気絶していた。
そこからさらに数分後、けたたましいサイレン音を伴って警察が駆けつけ、中にいた少女達を保護。
男達を全員拘束、逮捕し、人身売買という恐ろしい所業を企んだ事件は収束を迎えた。
この事件において不可解なのは通報者が不明な事、そして警察が駆け付けた時には犯人達が全員、何者かに気絶させられていた事だ。
助けられた少女達に聞いても、その正体は分からないまま……ネット上で様々な憶測が飛び交ったが、何も解明されず、今もちょっとした都市伝説になっている。
ただ、事実としてあるのは少女達が誰一人として命を落とす事なく事件が解決したという事だけだった。
「――――うへぇ……気持ち悪い…………」
カーテンを閉め切った部屋の片隅でゴミ箱を抱えながら私は何度も胃の中身を吐き戻す。
ヤマダの持ってきた仕事のおかげで、当面の生活費は手に入れる事ができたけど、コンビニ外出に続いて外に出たのがかなり響いてしまった。
「うぅ……口の中が酸っぱい…………ゆすぎたい……おぇぇ…………」
別に仕事先で誰と会話したわけでもないけど、これはなんというか、労働に対して身体が拒否反応を示しているのかもしれない。
「…………やっぱり労働はクソだ。もう二度と働くもんか」
絶対に働かない、そう心の中で決意した私は断固した意思を以って……再度、ゴミ箱と向き合い、すっきりするまで吐き続ける。
この数分後、私の携帯端末にヤマダから怒涛の着信が入るのだが、それはまた別のお話。
今はただ、布団を被って惰眠を貪る事に全力を注ぐ……それだけだ。
これが恐ろしいまでのコミュ障になってしまったぼっち魔女である私の日常……その一幕だった。