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星装機ヴァルキリア 〜最強の黒騎士は、歌姫の愛で未来を視る〜  作者: 如月 煉


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廃都の夕暮れ、愛の輪郭

 太平洋の中央部。

 かつて世界最大の大洋だったその場所は、今は干上がり、果てしなく続く白茶けた荒野と化している。塩の結晶が陽光を浴びて煌めくその平原に、巨大な異物が鎮座していた。

 かつて「棄民都市ムー」と呼ばれた場所。

 ノアの廃棄物が積み上げられ、社会から弾き出された人々が身を寄せ合って暮らしたスラムの跡地。そして、カイトとユキの故郷であり、あの日、紅蓮の炎に焼かれた絶望の地だ。


 今、その廃都の上空を、白銀の巨船『アーク・ロイヤル』が旋回していた。

 艦内、CIC(戦闘指揮所)。

 オペレーター席のユキは、張り詰めた表情でコンソールを操作していた。


「訓練空域、封鎖確認。ジャミング濃度、レベル4。……ノアZEROからのドローンリンク、及び衛星通信、全カット。これより、完全有視界戦闘ビジュアル・コンバット訓練を開始します!」


 艦長席のトーマスが、鋭く号令する。

「よし。想定は『黒い壁』の内部——電子機器が役立たずになる異界だ。己の目と耳、そして仲間の声だけを頼りに戦え!」


 彼らがアメリカ大陸へ向かう前に課した、最後の慣熟訓練。

 それは、文明の利器を捨て、原始的な感覚を研ぎ澄ますための試練だった。


 荒野に、6つの影が踊る。


『——チッ、レーダーが真っ白だ! これじゃあ鳥の目も利かねえぞ!』

 通信機から、蒼斗の焦りを含んだ声が響く。

 彼が駆る『征天・改』は、高高度からの長距離精密射撃を得意とする。だが、レーダーが死んだ今、スコープに映るのは砂塵だけだ。


『泣き言を言うな、エリート様! 目で見えないなら、気配で感じろ!』

 答えたのは、地を這うように疾走する『アイアン・ヴァーサ』のアルドだ。

 彼はエデン軍の量産機ホープレスのフレームに、ありったけの追加装甲とウェポンラックを増設したカスタム機を操っている。

 バルトの『Gファランクス』がいない今、彼が前線で攻撃を受け止める「盾」の役割を担っていた。


ドローン反応、3時方向! 数は12! ……俺が止める!』

 アルドが前面に展開したガトリングガンを斉射し、敵の注意を引きつける。


『アルド、右が甘い。』

 冷徹な声と共に、漆黒の影がアルドの側面を掠め飛んだ。

 カラスの『朧影』だ。光学迷彩すら不安定な状況下で、彼は瓦礫の影から影へと移動し、敵の死角を突く。

『……視界確保。蒼斗、11時の鉄塔の上だ。』


『ナイスだ、鴉! そこなら見える!』

 蒼斗は、鴉がマーキングしたポイントへ、マニュアル操作で照準を合わせる。

 一閃。レーザーが敵機を貫く。


「ヨシュア! 敵の連携を崩して!」

 アーク・ロイヤルのデッキで、アリアが叫ぶ。彼女の歌声は、通信機が使えない状況下でも、ヨシュアの精神感応波に乗って全員の脳裏に響く。


『承知しました。……ノイズを走らせます。』

 ヨシュアの『ソウル・エンチャンター』が杖を掲げる。電子的なジャミングではなく、精神的な圧迫感を与える波動が、敵ドローンのAI判断を鈍らせる。


 そして、その混乱の渦中へ、二つの巨星が飛び込んだ。


 一つは、漆黒の装甲に赤いラインを走らせた、禍々しくも美しい騎士。

 レイの駆る『シュバルツ・ロード』だ。

『……消えろ。』

 レイの感情の乗らない声と共に、機体の背中から黒いエネルギーの翼が噴出する。DARKコアの出力で空間そのものを歪ませ、迫りくるミサイルの弾道を逸らす。そして、手にした大剣で敵機を一刀両断にする。


 もう一つは、白銀と黒のツートンカラーを纏った、歴戦の勇士。

 カイトの『ベオウルフ・リベリオン』。


(……見える。)


 カイトの瞳が、翠玉色に輝く。

 レーダーなど必要ない。敵の殺気、風の動き、仲間の呼吸。それら全ての情報が、数秒先の「確定した未来」として脳内に投影される。


「そこだッ!」


 カイトは、何もない空間へ向けて加速した。

 一瞬後、そこに敵の増援が転移してくる。出現と同時に、ベオウルフの剣がそのコアを貫いていた。

 出鼻をくじかれた敵部隊が崩れる。


「今だ! 全機、畳み掛けろ!」

 カイトの号令が飛ぶ。


 6機が、まるで一つの生き物のように連動した。

 アルドが支え、蒼斗が狙い、鴉が攪乱し、ヨシュアが繋ぎ、レイが砕き、カイトが穿つ。

 それは、個々の能力スペックを単純に足し算したものではない。互いの欠点を補い、長所を倍加させる、有機的な「軍団」の姿だった。


 かつて共に戦ったバルトの頑強な盾も、リシェルの圧倒的な火力もない。

 だが、彼らは新しい形を見つけつつあった。

 守るべき故郷(ノアⅣ)に背中を預け、未知なる荒野アメリカへ道を切り拓くための、攻撃的な陣形。


状況終了クリア。全敵機、沈黙。』

 ユキのアナウンスが響く。


 カイトは操縦桿から手を離し、荒い息を整えた。

 汗が滴る。

 だが、その顔には充実感があった。


『やるじゃないか、お前ら。』

 アルドが笑う。

『へっ、これならアメリカの化け物相手でも、なんとかなりそうだな。』


『油断は大敵だよ、アルド。』

 蒼斗がクールに返す。

『だが……悪くない感覚だ。君たちと飛ぶのも。』


 無線越しに、仲間たちの息遣いが聞こえる。

 彼らはもう、アリーナで競い合うライバルではない。

 運命を共にする、戦友だ。


「……ああ。行ける。」

 カイトは、眼下に広がるムーの廃墟を見下ろした。

「俺たちは、強くなった。」



 訓練スケジュールの合間。

 アーク・ロイヤルの補給と整備のために設けられた、丸一日の休息日。


 整備ドックで、カイトはベオウルフの最終チェックを行っていた。

 そこへ、私服に着替えたユキがやってきた。いつものオイルまみれのツナギではなく、白のワンピースにカーディガンを羽織った、年相応の少女の姿。


「カイト。」

「ユキ……? 今日は非番だろ。休んでなくていいのか?」


 ユキは、少し躊躇うように視線を泳がせたが、意を決したようにカイトを見つめた。


「あのね、カイト。……行かない? あそこへ。」


 彼女が指差したのは、アーク・ロイヤルのハッチの向こう。

 赤茶けた大地に残る、瓦礫の山。

 二人の故郷、ムーの跡地だった。


「……これからアメリカへ行けば、もう二度と帰ってこられないかもしれない。だから……その前に、一度だけ。」


 カイトは、スパナを置いた。

 手を拭い、ユキの目を見る。

 そこには、ノアⅣで見せるオペレーターとしての強い光ではなく、かつてこの場所で寄り添い合って生きていた頃の、弱さと優しさが揺れていた。


「……分かった。行こう。」


 二人は小型の軍用バギーに乗り込み、母艦を離れた。

 乾いた風が吹き抜ける。

 かつて家々が密集していたスラム街は、風化し、ただのコンクリートの残骸となっていた。

 二人がよく遊んだ広場。水を汲んだ井戸。ジャンクパーツを漁った廃棄場。

 その全てが、色あせ、土に還ろうとしている。


 バギーを降り、二人は歩き出した。

 足元で、乾いた土が崩れる音がする。


「変わっちゃったね。」

 ユキが、ポツリと言った。

「あの頃は……ここは地獄だと思ってた。毎日がお腹ペコペコで、いつ死ぬか分からなくて。……でも、今は懐かしい。」


「ああ。」

 カイトは、崩れかけた壁に触れた。

 ここには、確かに俺たちの「生」があった。


(……不思議だ。)


 カイトは自身の内面を見つめた。

 かつて、この場所を思うだけで、胸が張り裂けそうな痛みと、どす黒い憎悪が湧き上がっていた。

 炎の記憶。妹の叫び声。軍靴の音。

 それがトラウマとなり、彼を「沈黙の黒騎士」へと駆り立てていた。


 だが、今は違う。

 悲しみはある。けれど、憎しみで視界が染まることはない。

 静かな凪のように、心は落ち着いていた。


「俺は、ここが大嫌いだった。」

 カイトは、夕陽に染まる廃墟に向かって語りかけた。

「全てを奪われた場所だから。思い出すだけで、血の味がした。……だから、忘れようとした。戦って、勝って、過去を塗りつぶそうとした。」


 彼は、隣に立つユキを見た。

 風に揺れるショートカットの髪。夕陽を受けて輝く瞳。


「でも、違ったんだ。……俺が前を向けたのは、憎しみがあったからじゃない。」


 カイトの脳裏に、アリアの歌声が蘇る。そして、いつも笑顔で迎えてくれたユキの姿が。


「アリアが、教えてくれた。歌に乗せて。……過去は鎖じゃない。今の俺を形作る土台なんだって。そして……ユキ、お前がいてくれたから。」


 カイトの声に、ユキが顔を上げる。


「お前が、俺の手を離さないでいてくれたから。どんなに俺が冷たくなっても、機械みたいになっても……お前だけは、ずっと隣で『おかえり』って言ってくれた。だから俺は、人間に戻れたんだ。」


 カイトは、自分の胸に手を当てた。

 そこには、かつての凍りついた心臓ではなく、温かい血の通った鼓動がある。


「もう、悪夢は見ない。……ありがとう、ユキ。」




 ユキの瞳から、涙が一筋こぼれ落ちた。

 彼女は、慌てて袖で拭うと、泣き笑いのような表情でカイトを見た。


「……カイトは、ずるいよ。」


「え?」


「そんな風に言われたら……私、我慢できなくなっちゃうじゃん。」


 ユキは、一歩、カイトに近づいた。

 夕暮れの光が、彼女の輪郭を金色に縁取る。


「私ね、カイト。……ここでの思い出、辛いことばっかりじゃなかったよ。」


 彼女は遠くを見る目をした。

「覚えてる? 私が熱を出して倒れた時、カイトが軍の倉庫から薬を盗み出してきてくれたこと。ボコボコに殴られて、顔中傷だらけにして……震える手で、私に水を飲ませてくれたこと。」


 カイトは苦笑した。

「……ああ。ひどい顔だったろ。」


「ううん。……かっこよかった。」

 ユキは首を振った。

「あの日からだよ。カイトが、私のヒーローになったのは。……ただの幼馴染じゃなくなったのは。」


 ユキは、カイトの胸に手を置いた。

 パイロットスーツ越しの、逞しい筋肉の感触。その奥にある鼓動。


「私たち、随分遠くまで来たね。……ノアⅣに行って、整備士になって、カイトはパイロットになって。……アリアちゃんとも出会って。」


 アリアの名前が出た瞬間、カイトの体が僅かに強張るのを、ユキは感じた。

 彼女は、寂しそうに、でも愛おしそうに微笑んだ。


「分かってるよ。……カイトの中には、アリアちゃんがいる。DIVAシステムで繋がった魂の絆は、私には絶対に真似できない、特別なものだって。」


「ユキ……。」


「でもね、カイト。」

 ユキは、さらに一歩踏み込み、カイトを見上げた。

 その距離、わずか数センチ。


「空を飛ぶ翼がアリアちゃんなら、私は……カイトが降り立つ大地になりたい。傷ついた翼を休める、止まり木になりたい。」


 彼女の声は震えていた。だが、その言葉には、長年積み重ねてきた想いの全てが込められていた。


「これからの旅は、もっと危険になる。……もう、我慢しないことにしたの。後悔したくないから。」


 ユキは、深呼吸をして、紡いだ。


「好きだよ、カイト。……幼馴染としてじゃなく、一人の男の人として。世界で一番、愛してる。」


 世界が静止したかのような静寂。

 ただ、風の音だけが響く。


 カイトは、息を呑んだ。

 分かっていたはずだった。彼女の好意も、献身も。

 だが、言葉として突きつけられたその想いの熱量は、彼の想像を遥かに超えていた。

 家族愛? 友情? そんな生温いものではない。

 それは、彼という人間の全てを肯定し、支え続けてきた、無償の愛だ。


「……俺は。」


 カイトは言葉を探した。

 嘘はつけない。誤魔化すこともできない。


「俺も……ユキが大切だ。誰よりも。」


 それは真実だ。彼女がいなければ、自分は立っていられない。


「でも、正直に言う。……俺の中には、アリアへの想いもある。彼女との共鳴リンクは、俺の一部になってしまった。……どちらか一人なんて、選べない。俺は、最低な男だ。」


 自分の優柔不断さを曝け出す。

 だが、ユキは微笑んだまま、首を振った。


「ううん。それでいいの。」


「え?」


「だって、それがカイトだもん。優しくて、不器用で……みんなを守ろうとして、一人で背負い込んじゃう。そんなカイトだから、私……好きになったんだもん。」


 ユキは、カイトの頬に手を添えた。

 整備士としてのタコがある、少し硬くて、温かい手。


「今は、選ばなくていい。……ただ、私の気持ちを知っていてほしい。それだけで、私は強くなれるから。」


 彼女の健気さに、カイトの胸が熱くなる。

 愛おしさが込み上げ、理性を超えて身体が動いた。


 カイトは、添えられたユキの手に自分の手を重ね、彼女を抱き寄せた。


「ユキ……。」


 二人の距離がゼロになる。

 夕陽が沈みかけ、世界が紫紺の闇に包まれる寸前。

 廃墟のシルエットが黒く浮かび上がる中、二人の影が重なった。


 カイトは、そっとユキの唇に口づけた。


 それは、燃え上がるような情熱のキスではない。

 互いの体温を確かめ合い、生きていることを感謝し、そしてこれからの運命を共に歩むことを誓うような、静かで、優しい口づけだった。


 唇が離れる。

 ユキの顔は、夕陽よりも赤く染まっていた。

 目尻には涙が浮かんでいるが、その表情は、今まで見たどの笑顔よりも美しく輝いていた。


「……へへ。ファーストキス、もらっちゃった。」


「……悪いかよ。」


「ううん。……最高。」


 二人は、額を合わせ、小さく笑い合った。

 背後には、沈黙した廃都。

 前方には、星々が瞬き始めた夜空。


 明日には、アーク・ロイヤルが出航する。

 待っているのは、アメリカ大陸という未知の戦場。

 だが、今は怖くなかった。

 帰るべき場所は、ここにある。

 互いの温もりがある限り、彼らはどこまでも飛べる。


 遠くで、アーク・ロイヤルの出航準備を告げるサイレンが微かに響いた。

 カイトはユキの手をしっかりと握り直し、歩き出した。


「帰ろう、ユキ。……俺たちの船へ。」


「うん。……行こう、カイト。」


 二つの影が、並んで歩いていく。

 その足取りは、力強く、未来へと続いていた。

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