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星装機ヴァルキリア 〜最強の黒騎士は、歌姫の愛で未来を視る〜  作者: 如月 煉


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瓦礫の街の協奏曲(コンチェルト)

 エデン軍によるノアⅣ侵攻戦。その激火が鎮火してから、数週間が経過していた。

 かつて「東京湾」と呼ばれた荒野の上に浮かぶ巨大都市は、今、未曾有の変革期を迎えていた。物理的な破壊からの復興だけではない。長年、この都市を蝕んでいた「階級」という名の見えない壁が、音を立てて崩れ去ろうとしていたのだ。


 上層区画のきらびやかな摩天楼は、その多くが機能を停止し、一部は避難民の居住区として開放された。下層区画の澱んだ空気は、換気システムの強制開放によって一掃され、富裕層が独占していたエネルギーと食料が、動脈を流れる血のように都市全体へ行き渡り始めていた。


 人々は戸惑いながらも、手を取り合っていた。

 瓦礫を撤去するのは、かつての労働者だけではない。装飾過多な服を泥に汚した元富裕層も、汗を流している。

 そんな混沌と再生の熱気の中、カイトと共に激戦を乗り越えたパイロットたちもまた、つかの間の休息の中で、自身のあり方を見つめ直していた。


 ◇


 かつての上層区画、その一角にある広場。

 そこは、エデン軍の爆撃によって大きなクレーターが穿たれ、復興作業の最前線となっていた。


「そこの鉄骨、ワイヤー固定よし! ゆっくり引き上げろ!」


 指示を飛ばしているのは、白銀の髪に整った顔立ちの青年、橘 蒼斗だった。

 かつてのエリート然とした軍服ではなく、袖をまくり上げた作業着姿。その顔には煤がつき、額には玉のような汗が浮かんでいる。

 彼が操縦するのは、戦闘用の『征天』ではなく、クレーンアームを装備した作業用ワークローダーだ。


「……蒼斗さん、休憩にしませんか?」


 瓦礫の山の下から、明るい茶髪の少女が駆け寄ってくる。歌姫のエマだ。彼女の手には、配給の水筒とタオルが握られている。

 蒼斗はローダーを停止させ、コックピットから降り立った。


「ああ、ありがとう、エマ。……すまないね、こんな埃っぽい場所に付き合わせて。」


「ううん、へっちゃらだよ! それに、蒼斗さんが頑張ってるのに、私だけ休んでられないもん。」


 エマは屈託のない笑顔でタオルを差し出す。蒼斗はそれを受け取り、顔を拭った。

 以前の彼なら、こんな汚れ仕事を「エリートのすることではない」と忌避していただろう。星歌祭での敗北、そして禁断のボタンによる暴走。あの挫折が、彼の虚飾のプライドを粉々に砕いた。

 だが、砕かれた後に残ったのは、空っぽの虚無ではなかった。


「……不思議だ。」

 蒼斗は、水筒の水を一口飲み、空を見上げた。

「以前の僕は、常に空の上にいた。誰よりも高く、誰よりも速く飛ぶことだけが、自分の価値だと思っていた。……地面を這う人々など、視界にも入っていなかった。」


 彼は、周囲で働く人々を見た。下層出身者も、元上層市民も、一緒になって瓦礫を運び、笑い合っている。自分もその輪の中にいることが、今は不思議と心地よい。


「だけど、地に足をつけて初めて見える景色がある。……カイト君には、これが見えていたんだね。」


 エマは、蒼斗の横顔をじっと見つめた。

 星歌祭の時、彼は焦燥感に焼かれ、鬼気迫る表情をしていた。けれど今の彼は、泥だらけでも、どこか晴れやかで、以前よりずっと格好良く見えた。


「アタシはね、今の蒼斗さんの方が好きかな。」

 エマがぽつりと呟く。


「え?」


「だって、今の蒼斗さんは『誰かのために』汗をかいてる。空を飛ぶのは一人でもできるけど、街を作るのは一人じゃできないでしょ? ……アタシ、蒼斗さんの翼になりたいってずっと思ってたけど、今は、蒼斗さんが帰ってくる『地面』になりたいなって思うの。」


 その言葉に、蒼斗は目を丸くし、そして苦笑した。

「……参ったな。君には敵わない。」


 蒼斗は、エマの頭にそっと手を置いた。

 その手は大きくて、作業で荒れていて、とても温かかった。

 恋心と呼ぶにはまだ淡く、けれど絶対的な信頼がそこにはあった。


「ありがとう、エマ。君がいるから、僕は何度でも立ち上がれる。」


「えへへ……。アタシも、蒼斗さんの役に立てて嬉しい!」


 二人は見つめ合い、微笑み合った。

 堕ちた彗星は、地上で新たな光を見つけた。いつかまた空へ上がるとき、彼は決して迷わないだろう。


 ◇


 ノアⅣの中層区画にある、大衆食堂「大黒屋」。

 かつては下層の労働者御用達だったこの店も、今は壁が取り払われ、様々な階層の客でごった返している。

 その店の奥のテーブルに、山のように積まれた皿と、巨大な男の姿があった。


「おやじ! チャーハン追加だ! 大盛りでな!」


 バルトは、ジョッキの水を干しながら豪快に注文した。その向かいには、静かにスープを啜る黒髪の少女、シアンが座っている。


「……バルト。食べ過ぎ。」

 シアンが呆れたように呟く。


「うるせえ。Gファランクスを動かすにゃあ、カロリーが必要なんだよ。装甲の厚さは俺の脂肪の厚さってな!」

 バルトはガハハと笑い、運ばれてきたチャーハンをスプーンですくい上げた。


 周囲の客たちは、この凸凹コンビを好意的な目で見ている。

 エデン軍の猛攻を最前線で受け止め続けた「鉄壁の盾」。そのパイロットと歌姫が彼らであることを、市民たちは知っていた。


「……でも、すごかったわ。」

 シアンが、スプーンを置いて言った。

「私、アーク・ロイヤルの中から見てたけど……バルト、一歩も下がらなかった。」


 先日の防衛戦。

 シアンはアーク・ロイヤルに搭乗し、アリアたちと共に歌声を届けていた。

 直接バルトのコックピットに同乗していたわけではない。物理的な距離は離れていた。

 けれど、バルトには届いていたのだ。


「おうよ。お前の歌が聞こえたからな。」

 バルトはスプーンを止めた。

「無線越しじゃねえ。もっと深いところ……腹の底に響いてくるみてえにな。あの歌があったから、俺のシールドは割れなかったんだ。」


 バルトは照れ隠しのように鼻をこすった。

 彼は元々、裏社会の用心棒だった。金のために身体を張り、誰も信用せず生きてきた。

 だが、シアンと出会って変わった。

 離れていても繋がっているという実感。それが、孤独だった「盾」を、誰よりも強固な「砦」へと変えたのだ。


「……私も、バルトがいたから歌えた。」

 シアンが俯きながら呟く。

「バルトが守ってくれてるって信じてたから、怖くなかった。」


「へっ、当たり前だろ。俺はお前の盾だ。どんなに離れていようが、お前に飛んでくる火の粉は全部俺が払い落としてやる。」


 バルトの無骨な言葉に、シアンの頬が微かに赤らむ。

 彼女は、バルトの大きな手に、自分の手をそっと重ねた。


「……うん。頼りにしてる。」


「お、おう……任せとけ。」


 バルトは顔を赤くして、チャーハンをかっこんだ。

 言葉数は少ない。けれど、テーブルの下で重ねられた手と手の熱が、二人の絆を物語っていた。

 それは恋愛というよりも、魂の根底で繋がり合った「共犯者」のような、分かち難い結びつきだった。


 ◇


 軍事区画の第1ハンガー。

 そこでは、修復中の『アサルト・ヴァンガード』を見上げる女性の姿があった。

 リシェル・バートン。

 彼女は、右腕に包帯を巻きながら、愛機の無惨な姿を睨みつけていた。左腕は根元から失われ、全身のハッチは開放されたまま。


「……ボロボロね。」


 自嘲気味な言葉が漏れる。

 彼女はノアⅣ軍のエリートだった。火力こそが正義。攻撃こそが最大の防御。一人で敵を殲滅することこそが強さだと信じて疑わなかった。

 だが、エデン軍との戦いで思い知らされたのは、個の火力の限界と、連携の重要性だった。


「お茶が入りましたわ、リシェル様。」


 背後から、凛とした声が響く。

 和装のようなデザインの私服を纏ったカエデが、湯気の立つカップを盆に乗せて立っていた。

 こんな油臭いハンガーにあっても、彼女の所作は茶室にいるかのように美しい。


「……ありがとう、カエデ。でも、今は喉が通らないわ。」


「いけません。休息も任務のうちです。」

 カエデは厳しくも優しい口調で、強引にカップをリシェルの手に握らせた。

 ハーブティーの香りが、リシェルの張り詰めた神経を少しだけ緩める。


「……私、今まで勘違いしていたみたい。」

 リシェルは、カップを見つめたまま吐露した。

「強さとは、誰にも頼らずに立つことだと思ってた。でも、違ったわ。バルトの盾があり、鴉の攪乱があり、ヨシュアの支援があったから、私の砲撃は届いた。……私は、『ガーディアンズ』という武器の一部だったのね。」


「左様でございます。」

 カエデは静かに頷いた。

「ですが、それはリシェル様が弱くなったということではありません。鋭利な矛は、柄があり、使い手がいてこそ、その真価を発揮するものです。」


 カエデは、リシェルの包帯が巻かれた手に、自分の手を添えた。

「貴女は、皆の『矛』です。その切っ先が鈍らぬよう、私が歌で研ぎ澄まします。……ですから、どうかご自分を責めないでください。」


 カエデの真っ直ぐな瞳。そこにあるのは、主君に仕える侍のような忠誠心と、それを超えた親愛の情。

 リシェルは、胸の奥が熱くなるのを感じた。


「……そうね。ウジウジしてても始まらないわ。」

 リシェルはお茶を一気に飲み干した。

「私は私の役割を果たす。この街を守るための、最強の火力を維持し続けるわ。……付き合ってくれるわよね、カエデ?」


「はい。地の果てまでも、お供いたします。」


 リシェルは不敵に笑い、カエデは淑やかに微笑んだ。

 彼女たちの信頼は、戦火の中でより強固なものへと焼き固められていた。


 ◇


 夜の帳が下りたノアⅣの最上層。

 崩れかけたビルの屋上に、黒いコートを纏った人影があった。

 カラス

 彼は手すりの上でバランスを取りながら、眼下に広がる街の灯りを見下ろしていた。

 エデン軍を退け、平和を取り戻した街。だが、鴉の警戒心は解けていない。彼は、影に生きる者としての習性が抜けないのだ。


「ねーねー、鴉! これ見て!」


 静寂を破る甲高い声。

 屋上の扉を蹴破って現れたのは、小柄な少女、リンだった。彼女の手には、合成スナック菓子の袋が握られている。


「配給でチョコ味が出たんだよ! すごくなーい? 半分こしよ!」


 リンは鴉の隣に座り込み、お菓子を差し出す。

 鴉は無言でそれを受け取り、口に放り込む。甘ったるい人工甘味料の味が広がる。


「……甘すぎる。」

「えー? 美味しいじゃん! 疲れたときは甘いものに限るんだよ!」


 リンは足をぶらぶらさせながら笑う。

 彼女は、かつて暗殺者として育てられ、感情を殺していた鴉にとって、唯一の色であり、光だった。

 先日の戦いでも、彼女は危険を顧みず高速グライダーで戦場を駆け抜け、情報を届けた。その無茶苦茶な行動力が、皆を救ったのだ。


「……お前は、能天気だな。」

 鴉がポツリと呟く。


「むっ、失礼な! これでもアタシなりに考えてるんだぞー。……鴉がまた、一人で暗い顔してるんじゃないかなーって。」


 リンは、鴉のフードを引っ張った。

 鴉の素顔が露わになる。目元に傷跡のある、鋭いがどこか幼さの残る顔立ち。


「一人じゃない。」

 鴉は、ボソリと言った。

「お前がいる。」


 その言葉に、リンはパァッと顔を輝かせた。

「えへへ、知ってる! アタシは鴉の最強の相棒だもんね!」


 リンは、鴉の腕にギュッとしがみついた。

「鴉は『朧影』で隠れるのが上手いけど、心まで隠さなくていいんだよ。アタシが歌って、鴉の居場所を照らしてあげるから。」


 鴉は、腕にしがみつく少女の体温を感じた。

 かつて、彼は誰からも認識されない「影」であることを望んでいた。誰にも関わらず、任務だけを遂行する機械。

 だが今は、この騒がしくて温かい「陽だまり」が、自分の帰る場所なのだと自覚していた。


「……勝手な奴だ。」

「えへへ、褒め言葉として受け取っておく!」


 鴉は、リンの頭に手を置き、不器用に撫でた。

 この安らぎを守るためなら、また影になれる。そう思えるほどに、彼女の存在は鴉の中で大きくなっていた。


 ◇


 旧ノアⅣ大聖堂。

 半壊したステンドグラスから、月光が差し込んでいる。

 瓦礫が散乱する礼拝堂で、ヨシュアは一人、瞑想していた。

 宗教団体出身の彼は、DIVAシステムによる精神感応テレパス能力者だ。エデン軍との戦いで、彼は精神干渉を行い、敵の連携を乱した。

 だが、その代償として、多くの兵士たちの「心の声」——憎しみ、恐怖、後悔——を直接浴びてしまった。それらの残留思念が、頭痛となって彼を苛んでいる。


「……まだ、頭痛がするの?」


 柱の陰から、ユナが現れた。

 いつもなら高価な宝石を身につけ、高飛車な態度を崩さない彼女だが、今は装飾品を外し、シンプルなドレスを着ている。手には、水と鎮痛剤が握られていた。


「ユナ……。こんな埃っぽい場所に来てはいけませんよ。」

 ヨシュアは、痛みを隠して穏やかに微笑んだ。


「うるさいわね。……あんたが辛そうにしてるから、気になって来ただけよ。」

 ユナはツンと顔を背けながら、薬を差し出す。


 ヨシュアはそれを受け取り、静かに言った。

「ありがとう。……私の精神こころは、少し汚れてしまったかもしれません。彼らの負の感情が、こびりついて離れないのです。」


「馬鹿ね。」

 ユナは、ヨシュアの隣に座り込み、彼の肩に頭を預けた。

「あんたが汚れ役を引き受けてくれたから、みんな助かったんじゃない。……あんたの心が汚れてるなら、私が歌で浄化してあげるわよ。ゴスペルっていうのは、そういうものでしょ?」


「ユナ……。」


「勘違いしないでよ! 私の歌を一番理解できるのは、あんたしかいないんだから。……壊れちゃ困るのよ。」


 強がりな言葉の裏にある、不器用な優しさ。

 ヨシュアは、彼女の体温と、その鼓動を感じた。それは、彼の乱れた精神波を整える、どんな薬よりも効く鎮静剤だった。


「ええ。光栄です、マイ・ディーバ。……貴女が傍にいてくれれば、私は平気です。」


「当然よ。……感謝しなさいよね。」


 静かな礼拝堂で、精神感応者と高慢な歌姫の心が、言葉以上の深さでリンクしていた。


 ◇


 歌唱アリーナの捕虜収容所周辺。

 夜明け前の薄暗い空の下、一人の男がフェンス越しに街を見つめていた。

 アルド。

 ノアⅣに協力することを誓った元エデン兵の彼は、今、警備隊の腕章をつけて、巡回任務にあたっていた。


 彼の表情は穏やかだった。

 かつての、憎しみに歪んだ顔ではない。自分の居場所を見つけ、役割を得た男の顔だ。


「……よう、アルド。精が出るな。」


 声をかけてきたのは、量産機部隊の隊長、ゲイルだった。

 手には缶コーヒーを二つ持っている。


「ゲイル隊長。……いや、今は非番の時間を使って、少し頭を冷やしていただけです。」


 アルドは、ゲイルからコーヒーを受け取り、一口飲んだ。苦味が、眠気を覚ます。


「街が、変わっていくな。」

 ゲイルが、復興作業の灯りを見つめて言った。

「昔じゃ考えられねえ。上も下もねえ。みんなでひとつの鍋をつついてる。……カイトが守りたかったのは、こういう景色だったのかもな。」


「カイト……。」

 アルドは、その名を反芻した。

 自分を倒し、そして許した男。自分と同じ場所から這い上がり、英雄となった男。


「あいつは、すごい奴です。」

 アルドは、遠くに停泊する白銀の巨船、アーク・ロイヤルを見上げた。

「俺たちを止めてくれた。生きる道を示してくれた。……あいつがいなきゃ、俺は今でも、自分を呪って死んでたかもしれない。」


 アルドの胸には、カイトへの深い感謝と、そして一つの誓いがあった。

 借りは、必ず返す。

 言葉ではなく、行動で。


「俺は、あいつの背中を追いたいんです。……いや、並んで戦いたい。今度は敵としてじゃなく、仲間として。」


 アルドの視線は、アーク・ロイヤルに釘付けになっていた。

 まだ、具体的な話は出ていない。だが、もしカイトが再びどこかへ旅立つ時が来たら、自分もその力になりたい。

 そう強く願っていた。


「へっ、殊勝なこった。」

 ゲイルはニカっと笑い、アルドの肩を叩いた。

「ま、焦るこたあねえ。まずはこの街を守るのが俺たちの仕事だ。……だが、その時が来たら、背中を押してやるよ。」


「……ありがとうございます。」


 朝日が昇り、街を照らし始める。

 それぞれの場所で、それぞれの日常が戻りつつある。

 だが、彼らは知っていた。これは終わりではない。

 新たな絆を胸に、彼らは次の時代へと歩みを進めていく。


 平和な朝の光の中で、鋼鉄の守護者たちは、静かに、しかし力強く、未来を見据えていた。

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