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星装機ヴァルキリア 〜最強の黒騎士は、歌姫の愛で未来を視る〜  作者: 如月 煉


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瓦礫の海岸、魔女の箱庭

1.拒絶する鉄塊


 北アメリカ大陸、西海岸。かつてロサンゼルスと呼ばれていたその場所は、異様な光景に支配されていた。

 世界の果てを断ち切るように聳え立つ「黒い壁」。それは、かつての大陸の海岸線を正確になぞるように形成されており、地図上の境界線がそのまま物理的な絶壁となって現れたかのようだった。


 そして、その壁の足元——かつて太平洋の底だった場所には、文明の墓標が築かれていた。

 海水が干上がり、露出した海底。そこに、巨大なタンカーや錆びついた貨物船、崩壊した海底都市の残骸が、壁に押し付けられるようにして積み上がり、文字通り「ゴミの山脈」を形成しているのだ。

 50年前、大陸が封鎖された瞬間の衝撃波か、あるいは地殻変動か。あらゆる漂流物が黒い壁にせき止められ、化石のように凝固している。


 その瓦礫の山の麓に、場違いなほど美しい白銀の巨人が膝をついていた。

 『アヴァロン・ナイト』。

 壁の中から現れた第8のオリジナル・コア搭載機。その装甲からは、未だ高熱の蒸気が立ち上り、周囲の空間を陽炎のように揺らめかせている。


「……ダメか。ビクともしねえ。」


 巨人の足元で、セレーナ・ルナールが忌々しげに吐き捨てた。

 彼女は右腕のブレスレット——亜空間制御デバイスをかざし、アヴァロン・ナイトを収納しようと試みていたのだが、巨体は空間の歪みを頑として拒絶していた。


「どうなってんだ、こいつ? 質量がデカすぎるってわけじゃなさそうだぞ。」


 セレーナが振り返ると、白衣のような外套を纏ったイザベラが、興味深そうにデータを覗き込んでいた。


「ええ、そうね。質量やサイズの問題ではないわ。……『位相』が違うのよ。」


「位相?」


「この機体はかなり長い間、壁の中——時間の流れも物理法則も異なる異界にあった。その存在自体が、こちらの世界の座標系と微妙にズレているのよ。だから、貴女の亜空間インベントリにも、私の転送システムにも、うまく引っかからない。」


 イザベラは、まるで新しい玩具を見つけた子供のように目を輝かせた。

「素晴らしいわ。外部からの干渉を一切受け付けない、孤高の存在。まさに、リゲルが作り出した世界の申し子ね。」


「感心してる場合かよ。これじゃあ、フランスのアジトまで運べねえぞ。」


 セレーナは腕組みをして、巨大な鉄塊を見上げた。

 シオン少年は、機体から排出された後、気絶したままだ。彼を目覚めさせて操縦させるにしても、歩いてフランスまで行くわけにはいかない。


「仕方ないわね。……セレーナ、ひとっ走りお願いできるかしら?」


「ああん? どこへだよ。」


「フランスよ。地下ドックに格納してある『星装機キャリアー』を持ってきてちょうだい。」


 イザベラは涼しい顔で言った。

 ここからフランスまで、直線距離でも約9000キロ。それを「ひとっ走り」と表現する感覚に、セレーナは呆れ果てた。


「おいおい、タクシー扱いかよ。アタシは戦闘機だぞ。」


「あら、貴女なら造作もないことでしょう? 覚醒した『クリムゾンクイーン』の力があれば、キャリアーごとの長距離転移も可能なはずよ。」


「……チッ。人使いの荒い魔女だぜ。」


 セレーナは悪態をつきながらも、その表情には余裕があった。

 イザベラの言う通り、今の彼女にとって距離は障害ではない。空間を飛び越える感覚は、戦いにも似たスリルがある。


「分かったよ。行ってくりゃいいんだろ。……その代わり、ボーナスは弾んでもらうからな。」


「ええ、約束するわ。最高の『戦場』というボーナスをね。」


 イザベラの不敵な笑みを見届け、セレーナの姿が紅蓮の粒子となって霧散した。

 荒野に、イザベラと、眠れる少年、そして沈黙の巨人が残された。


 2.簡易工房と尋問


 セレーナが去った後、イザベラは手際よく作業を開始した。

 彼女は懐からカプセル状のキットを取り出し、近くにあった半壊したビルの1階へと投げ込んだ。

 ボンッ! という音と共に、空間が歪む。

 瓦礫だらけだった廃墟の内部が、亜空間フィールドによって拡張され、清潔な白い壁と床、そして最新鋭の分析機器が並ぶ「簡易ラボ」へと瞬時に書き換えられた。


 彼女は、泥とLCL(液体呼吸用溶液)でずぶ濡れになったシオンをラボへと運び込んだ。

 衣服を脱がせ、バイタルスキャンを行う。


「……驚いた。遺伝子構造はヒューマン(旧人類)そのものだけど、細胞内のミトコンドリア活性が異常に高い。それに、微量だけど大気中のマナを取り込む器官が発達しかけている……。」


 イザベラは、分析結果に舌なめずりをした。

 数百年に及ぶかもしれない環境適応。それは、人類の新たな進化の可能性を示していた。


 やがて、シオンが目を覚ました。

 彼は用意された白い被験者服——清潔だが、どこか囚人服を思わせる上下——に着替えさせられ、パイプ椅子に座らされていた。


「……ここは?」


 キョロキョロと周囲を見回すシオン。

 先ほどまでの荒野とは全く違う、無機質で清潔な空間。壁には見たこともない発光パネルが並び、目の前の美しい女性が、ガラスタブレットを指先でなぞっている。

 魔法? いや、エルフの魔法とは違う、もっと冷たくて精緻な技術。


「目が覚めたようね、シオン君。気分はどう?」


 イザベラが微笑みかける。その笑顔は完璧だが、瞳の奥は笑っていなかった。観察者の目だ。


「あ、あなたは……さっきの……。」


「イザベラよ。さて、時間がないから単刀直入に聞くわ。……貴方は、なぜここに来られたの?」


 それは、尋問だった。

 だが、シオンに隠す理由はなかった。彼は、自分の体験した不思議な出来事を、ぽつりぽつりと語り始めた。


「……壁が、見えたんです。透けて。」


 シオンは、自分の特異体質について話した。

 幼い頃から、黒い壁が呼吸をするように薄くなるのが見えていたこと。

 その周期が年々短くなり、昨日、ついに壁の向こう側がはっきりと見えたこと。


「そして……声が、聞こえました。」


「声?」

 イザベラの眉がピクリと動く。


「はい。誰かは分かりません。でも、とても懐かしくて、寂しい声でした。『来い』と。『扉を開けろ』と。……その声に導かれて遺跡に入ったら、あの巨人アヴァロン・ナイトがいたんです。」


 シオンの話を聞きながら、イザベラは確信を深めていた。

 その声の主は、間違いなく兄、リゲルだ。

 彼は壁の中から、適合者を探していたのだ。自身の力(DARKコア)と、壁のシステムに干渉できる稀有な存在を。


「……そう。貴方は、選ばれたのね。」


 イザベラは、かつて自分が受信したメッセージを思い出した。

 『壁に赤い光を照らせ。そして、ギフトを待て。』

 アヴァロン・システムによる壁への干渉。それが合図となって、リゲルは内側から「使者」を送り出したのだ。

 シオンという少年と、アヴァロン・ナイトという機体を。


「ふふふ……。兄さんらしいわ。長年引きこもっていたくせに、やることは大胆なんだから。」


 イザベラは嬉しそうに笑った。

 計画は、予想以上に順調に進んでいる。この少年は、壁の向こう側の情報源であり、同時に壁を突破するための生きたキーとなるだろう。


 その時、ラボの外で轟音が響いた。

 空気が震え、衝撃波が建物を揺らす。


「おっと、タクシーのご到着ね。」


 イザベラが端末を操作して壁を透明化させると、外の広場に、巨大な影が降り立つところだった。

 全長50メートル級の、無骨な輸送船。

 『星装機キャリアー』。

 それを、あたかも手荷物のように空間から引きずり出してきたのは、真紅の機体『クリムゾンクイーン』だった。


 3.廃墟の晩餐


 キャリアーのハッチが開き、セレーナが飛び降りてくる。

 彼女は肩を回しながら、ラボに入ってきた。


「へい、お待ちどう。特急便だぜ。」


「早かったわね。ご苦労さま。」


「礼はいいから水をくれ。喉がカラカラだ。」


 セレーナは、シオンが座っているテーブルの上のペットボトルを勝手に取り、一気に飲み干した。

 そして、呆気にとられているシオンを見て、ニカっと笑う。


「よう、坊主。顔色が良くなったじゃねえか。」


「あ、あの……その巨大な船は……?」


「これか? これからお前と、あのでくのアヴァロン・ナイトを乗せていく馬車だよ。」


 セレーナは親指でキャリアーを指差した。


「ここには長居できないわ。」

 イザベラが地図データを空中に投影する。

「この辺りのジャンクを漁っているスカベンジャー(廃品回収者)たちが、先ほどの転送反応とキャリアーの着陸音を聞きつけて集まってくる頃よ。彼らは武装しているし、何より邪魔だわ。」


「で、どうやってフランスまで帰るんだ? まさか、このデカブツで大西洋を横断する気か?」

 セレーナが尋ねる。


「ええ。アヴァロン・ナイトは転送を受け付けない。物理的に運ぶしかないわ。」


 イザベラは、地図上のルートを赤い線でなぞった。

 北アメリカ西海岸から南下し、メキシコ沿岸を通って、中央アメリカへ。


「パナマ運河を通って、大西洋へ抜けるわ。そこからは海路でヨーロッパへ。」


「はあ!? パナマ運河だあ!?」

 セレーナが素っ頓狂な声を上げた。

「おいおい、正気かよ教授。あそこは今、一番の危険地帯だぞ。」


 パナマ周辺。そこは現在、南米アマゾンを拠点とする**ノアⅤ**の勢力圏に近い。

 ノアⅤは、自然との共生を掲げる部族制の社会だが、その領土防衛に関しては極めて排他的で好戦的だと言われている。

 さらに、世界中のならず者や、エデン崩れ、ノアを追放された傭兵たちが吹き溜まる、無法地帯でもある。


「分かっているわ。だからこそ、貴女がいるんでしょう?」

 イザベラは悪びれもせずに言った。

「護衛は任せたわよ、セレーナ。退屈しのぎにはちょうどいい相手がたくさんいるはずよ。」


「……ったく。イカれてやがる。」

 セレーナは悪態をつきながらも、その目は楽しそうだった。


 イザベラは、シオンに向き直った。

「シオン君。貴方には、しばらく私たちと旅をしてもらうわ。」


「旅……ですか?」


「ええ。貴方の故郷……壁の向こう側へ戻るためにね。そのためには、準備が必要なの。」


 シオンは、黒い壁の方角を見た。

 外の世界に出たばかりで、また戻るのか。

 だが、イザベラの瞳には、抗えない引力があった。そして何より、彼自身も知りたいことが山ほどあった。自分が何者なのか。なぜ壁を越えられたのか。


「……分かりました。同行します。」


「良い返事ね。じゃあ早速、仕事よ。」

 イザベラは立ち上がった。

「あのアヴァロン・ナイトを、キャリアーに積み込んでちょうだい。自分の足でね。」


 4.錆びついた身体、迫るハイエナ


 シオンは再び、アヴァロン・ナイトのコックピットに座っていた。

 ハッチが閉まり、LCLが注入される。

 あの独特の浮遊感と、機体との接続感覚。


『パイロット認証。シオン。再起動します。』


 碧いカメラアイが光り、巨人が立ち上がる。

 だが、動きは鈍かった。


「……重い。」


 シオンは呻いた。

 壁の中——遺跡で起動した時のような、手足と一体化するような軽やかさがない。

 手足を動かすたびに、見えない泥の中を歩いているような抵抗を感じる。


(なんでだ? 壊れたのか?)


 無線からイザベラの声が響く。

『焦らないで。壁の外側は、内側とは物理法則の定数が微妙に違うの。魔素マナ濃度も極端に低い。貴方の機体は、今の環境に適応できていないだけよ。』


 なるほど、とシオンは思った。

 ここは「魔法のない世界」らしい。おそらく魔力を動力補助に使っていた機体にとっては未知の環境だろう。


 アヴァロン・ナイトは、千鳥足のような危なっかしい足取りで、キャリアーの格納ゲートへと向かう。

 あと数メートル。だが、その数メートルが遠い。


「おいおい、じれってーな!」


 痺れを切らしたセレーナのクリムゾンクイーンが、横から割って入った。

 真紅の機体は、アヴァロン・ナイトの腕を強引に掴むと、まるで荷物を放り込むように、強引にキャリアーの中へと押し込んだ。


 ガシャァァァン!

 盛大な音と共に、アヴァロン・ナイトは格納庫の床に転がった。


「手荒だなぁ……。」

 シオンは目を回しながら呟いた。


 モニター越しに、イザベラが興奮した様子でデータを記録しているのが見える。

「ふむふむ……。外部環境による出力低下率40%。マナ・コンバーターの不調。……面白いわ。これなら、こちらの動力炉ジェネレーターに換装すれば、スペックを維持できるかもしれない。あるいは、人工マナを生成して……ブツブツ……。」


 彼女の目は、すでにシオンという人間を見ていなかった。純粋な「研究対象」を見る目だ。

 これからどんな実験をさせられるのか。シオンは背筋が寒くなった。


 その時だった。

 遠くから、無数のエンジン音が響いてきた。

 ドロドロドロ……という、低く下品な排気音。

 空気を震わせるような、殺気に満ちたノイズ。


「お出ましだぜ。」


 クリムゾンクイーンの外部スピーカーから、セレーナの嬉しそうな声が響く。

 レーダーには、数十の反応。

 廃墟の影から現れたのは、改造されたバギーやトラック、そして、継ぎ接ぎだらけの作業用星装機ワークローダーの集団だった。

 スカベンジャーたちだ。

 彼らは、貴重な資源の塊であるキャリアーと、見たこともない白銀の星装機を目にして、色めき立っていた。


『ヒャッハー! 上玉だぜぇ!』

『女もいるぞ! 捕まえろ!』

『全部いただきだ!』


 汚いスラングと共に、威嚇射撃の弾丸が飛んでくる。


「……下品な連中ね。」

 イザベラは眉をひそめ、キャリアーのバリアを展開した。


 だが、セレーナは違った。

 クリムゾンクイーンが、獰猛に身構える。


「ちょうどいい準備運動だ。……軽く相手してやってくるわ!」


 ズオォォォォッ!!

 真紅の機体が、爆発的な加速で飛び出した。

 一瞬で敵の只中に突っ込み、亜空間から巨大なガトリングガンを取り出す。


 ——バラララララララッ!!


 轟音。閃光。そして、爆発。

 一方的な蹂躙が始まった。


 シオンは、キャリアーの格納庫から、モニター越しにその光景を見ていた。

 圧倒的な力。容赦のない破壊。

 これが、外の世界の戦いなのか。


「……凄い。」


 恐怖と、憧れ。

 シオンは、震える手で操縦桿を握り直した。

 いつか、自分もあのように戦えるようになるのだろうか。


 数分後。

 周囲は静寂を取り戻していた。

 黒煙を上げる残骸の山を背に、クリムゾンクイーンが戻ってくる。


 シオンがコックピットから這い出すと、タラップの下でイザベラが待っていた。

 彼女は、血なまぐさい戦場の空気など気にも留めず、満面の笑みを浮かべていた。


「さあ、行きましょうか、シオン君。……私たちの旅は、これからよ。」


 その美しくも狂気を孕んだ笑顔に、シオンは得体の知れない悪寒を感じた。

 この魔女に連れられていく先には、きっと、想像を絶する運命が待っている。


 だが、後戻りはできない。

 シオンは覚悟を決め、イザベラの手を取った。


 アーク・ロイヤルの小型版とも言えるキャリアーが、重力制御ユニットを唸らせて浮上する。

 目指すは南、パナマ運河。

 異世界からの迷い子と、狂気の魔女、そして紅蓮の狂戦士。

 奇妙な三人組の旅が、今、始まった。

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