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星装機ヴァルキリア 〜最強の黒騎士は、歌姫の愛で未来を視る〜  作者: 如月 煉


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砂上の楼閣、魔女の遺言

 緑化都市エジプト。

 かつて砂漠の只中に建設されたノア計画発祥の地は、今や豊かな緑と水源に恵まれたオアシス都市として、その威容を誇っていた。ピラミッドの頂点から放たれる転送ビームは空を貫き、地上にはエデン軍の旗が翻っている。

 しかし、その中枢であるコントロールセンターは、かつてないほどの重苦しい沈黙と、抑えきれない動揺に包まれていた。


 円卓を囲むエデンの幹部たち。その中心に座るアルトは、青ざめた顔で手元の報告書を凝視していた。

 震える指先が、ページをめくることすら拒んでいるかのように止まっている。


「……全滅、だと?」


 アルドが絞り出した声は、乾燥した空気に虚しく響いた。

 モニターに映し出されているのは、極東の島国、ノアⅣ周辺の戦況マップだ。かつては圧倒的な赤色(エデン軍)で埋め尽くされていたその地図が、今は無惨なまでに青色(ノアⅣ軍)に塗り替えられている。


「はい……。先遣部隊、および第二次降下部隊、壊滅しました。」


 報告を行うレオン司令官の声もまた、苦渋に満ちていた。

 彼は拳を握りしめ、悔しさを滲ませる。

「敵の戦術は、あまりにも鮮やかでした。我々の補給線である海上ルートを、新造船によってピンポイントで寸断され、孤立した前線を、ノアⅣの残存部隊……『ガーディアンズ』と称する星装機部隊によって各個撃破されました。」


 エデン軍の敗因。それは単なる戦術の敗北だけではなかった。

 物量で勝るはずの彼らが、なぜこうも脆く崩れ去ったのか。


「さらに……深刻な報告があります。」

 レオンが言い淀む。

「前線の兵士たちより、投降者が相次いでいます。……それも、部隊単位での、大規模な投降です。」


「投降……? 我々の兵士が、敵に命乞いをしたと言うのか?」


「いいえ。……『説得』されたのです。」


 レオンは、戦場の記録映像を再生した。

 そこには、武装を解除し、膝をつくホープレス部隊の姿があった。彼らの前に立つのは、ノアⅣの英雄、カイトの駆る『ベオウルフ・リベリオン』。そして、戦場全体に響き渡る、歌姫アリアの歌声。

 洗脳に近い精神高揚システムによって「兵器」と化していたはずの兵士たちが、涙を流し、人間性を取り戻していく光景。


「彼らは……ノアⅣの呼びかけに応じました。敵であるはずのノアⅣが、彼らを『同胞』として受け入れると宣言したのです。」


 アルトは、呆然と天井を仰いだ。

 エデンが掲げた正義。「富裕層の支配からの解放」と「真の楽園の建設」。

 そのために武力を行使し、多くの血を流した。しかし、結果はどうだ。

 敵であるはずのノアⅣが、言葉と歌で兵士たちの心を救い、エデン側が力で彼らを縛り付けていたという構図が、白日の下に晒されてしまった。


「我々は……間違っていたのか? 力による改革など、所詮は独りよがりの幻想だったのか……?」


 アルトの心に、深い亀裂が走る。

 戦いを好まない彼が、それでも剣を取る決意をしたのは、それが虐げられた人々を救う唯一の道だと信じたからだ。だが、現実は彼に「否」を突きつけた。


 その会議の様子を、部屋の隅で静かに眺めている男がいた。

 かつてのエジプト管理官であり、現在はエデンの軍事顧問という立場のムーニー、アズラエルだ。

 彼は優雅に足を組み、冷めた紅茶のカップを揺らしながら、心の中で独りごちた。


(……脆いものですね、理想というものは。)


 アズラエルにとって、エデンの敗北は想定の範囲内だった。

 イザベラが提供した『ホープレス』と『DIVAコアⅡカスタム』。あれは強力なシステムだが、人間の心を強引に塗りつぶす劇薬だ。一度「解毒」——すなわち、より根源的な感情への訴えかけを受ければ、その反動は計り知れない。

 カイトとアリア。あの二つの特異点が合わされば、イザベラの急造システムなど容易く破られると、彼は薄々感づいていた。


(さて、イザベラ。貴女が手塩にかけた軍隊が崩壊しましたよ。次はどうするつもりですか?)


 アズラエルがそう考えた、その時だった。

 彼の懐にある、個人用端末が微かに振動した。

 それは、エデンのネットワークからは独立した、イザベラとの直通回線だ。


 彼は周囲に気づかれないよう、静かに席を立ち、会議室のバルコニーへと出た。

 眼下には、ナイルの夕暮れが広がっている。

 端末を開く。

 画面に表示されたメッセージを見て、アズラエルは思わず失笑した。


『ごきげんよう、アズ坊。エデンのお守りは楽しんでいて?』


 イザベラからのメッセージは、相変わらずの不敬さと、軽薄さに満ちていた。

 だが、続く内容は、アズラエルの背筋を凍らせるに十分なものだった。


『単刀直入に言うわね。もう、エデンはおしまいよ。私が、終わらせたわ。』


「……は?」


 アズラエルは眉をひそめて読み進める。


『まもなく、エデンの「本当の」所在地——チベットの隠れ里の座標データを、全世界に向けて一斉送信するプログラムが作動するわ。ノアZEROも、他のノアも、こぞってミサイルを撃ち込みに来るでしょうね。』


 アズラエルは、思わず天を仰いだ。

 イザベラは、自らが協力し、育て上げた組織を、用済みになった瞬間に売り払ったのだ。

 エデンの本拠地がバレれば、ここエジプトにいるエデン勢力も孤立無援となる。


『あとの始末は任せるわ。ムーンの本国と交渉するなり、アルトを説き伏せて亡命するなり、好きになさい。貴方の政治力なら、自分の身くらい守れるでしょう?』


 あまりに雑な「丸投げ」。

 呆れを通り越して、清々しささえ感じるほどの裏切りだった。

 アズラエルは、クツクツと笑い出した。


「ハハハ……! やってくれますね、あの女は。これほどまでに冷酷になれるとは。」


 しかし、メッセージには続きがあった。

 膨大な添付ファイル。

 そのタイトルを見た瞬間、アズラエルの笑いは消え、科学者としての真剣な眼差しに変わった。


 ——『北アメリカ大陸・環境変異報告書』及び『次元断層突破計画』。


 アズラエルは、貪るようにデータを読み解いていく。

 そこに記されていたのは、ムーニーですら知らなかった、絶望的な真実だった。


 リゲルが封鎖した「黒い壁」。その内部では、時間の流れが歪み、すでに500年以上の歳月が経過していること。

 そして、ダークマターエネルギーの飽和によって、生態系が異界のものへと変貌し、侵略生物が跋扈していること。

 リゲルは、それらが地球全土へ溢れ出すのを、たった一人で——あるいは魔王となって——抑え込んでいること。


「……なんてことだ。」


 アズラエルの指が震える。

 ノア同士の戦争? エデンの革命?

 そんなものは、児戯に過ぎなかった。

 壁の向こう側には、人類の存亡に関わる、本物の「脅威」と、そして未知なる「進化」の可能性が眠っていたのだ。


『どう? 驚いたかしら。』


 テキストデータが、イザベラの声を脳内で再生させる。


『私はね、あの壁をこじ開けるわ。兄さんを迎えに行くの。そのためには、軍隊が必要よ。……エデン軍の生き残りを、無駄死にさせないでちょうだい。』


 添付されていたもう一つのファイル。

 それは、このエジプトの地下工業区画——イザベラが私物化していた「工房」の生産ラインと、在庫リストだった。


 そこには、これまでエデン軍に配備されていた『ホープレス』とは桁違いの性能を持つ、新型兵器群の設計図と、既に生産が完了した実機のリストが並んでいた。

 極地戦用ホバータンク、対異界生物用焼夷弾、そして、高濃度汚染地域での活動を想定した重装甲星装機。

 イザベラは、最初からこの「北アメリカ侵攻」を見据えて、エデンの資金と資源を横領し、準備を進めていたのだ。


「……戦慄しますね。貴女という人間には。」


 アズラエルは、恐怖と共に、言いようのない興奮を覚えていた。

 彼女は、エデンという組織を、ノアⅣ攻略の捨て駒にする一方で、同時に「対アメリカ大陸遠征軍」へと作り変えるための孵卵器インキュベーターにしていたのだ。


『アズ坊、貴方も見たいでしょう? 500年後の未来。魔法と科学が融合した新世界を。……私についてきなさい。悪いようにはしないわ。』


 メッセージはそこで途切れていた。

 アズラエルは、夕闇に沈むナイルを見つめ、深く息を吐いた。

 彼はムーニーだ。月の管理者として、地球を監視する立場にあった。

 だが、今の彼は、一人の科学者として、その禁断の果実に手を伸ばしたいという欲求に抗えなくなっていた。


「……やれやれ。これでは、私も共犯者ですね。」


 彼は端末を懐にしまい、表情を引き締めた。

 その時、背後の扉が乱暴に開かれた。

 血相を変えたレオン司令官が飛び込んでくる。


「アズラエル!! 貴様、何を知っている!」


「……おや、血相を変えて。どうかしましたか?」


 アズラエルは、わざとらしく小首を傾げてみせる。

 レオンの後ろから、蒼白な顔をしたアルトも姿を現した。


「アズラエル殿……。今しがた、全世界に向けて、通信が入りました。」


 アルトの声は震えていた。


「発信元は不明……ですが、内容は『エデンの本拠地座標』の詳細データです。チベットの隠れ里の位置が、丸裸にされています!」


 会議室のモニターには、世界地図上に赤く点滅するチベットの一点が映し出されている。

 それは、エデンの終わりを告げるカウントダウンだった。


「裏切り者がいる! 誰だ! まさか貴様か!」

 レオンがアズラエルに掴みかかる。


 アズラエルは、動じることなくレオンの手を払いのけた。

 その顔には、先ほどまでの飄々とした笑みはなく、冷徹な参謀としての色が浮かんでいる。


「落ち着きなさい、レオン司令。私がやったのではありませんよ。……犯人は、イザベラ博士です。」


「なっ……!?」

 アルトとレオンが絶句する。


「彼女は、もうエデンを見限ったのです。ノアⅣ攻略の失敗、そしてこの情報漏洩。全ては彼女のシナリオ通り。」


「そんな……。では、我々は……終わりなのか……。」

 アルトが膝をつく。理想郷の夢が、音を立てて崩れ去っていく。


「いいえ。まだ終わってはいません。」


 アズラエルは、テーブルの上に、イザベラから送られてきたデータを投影した。

 北アメリカ大陸の地図。そして、地下工房に眠る兵器群のリスト。


「アルト様。貴方が掲げた『真のノア計画』……その最大の障害であり、そして最大の希望が、ここにあります。」


 アズラエルは、黒く塗りつぶされた大陸を指差した。


「ノアZEROや他のノアがチベットへ目を向けている今こそ、我々には好機です。ここエジプトに残された戦力と、イザベラが残した『遺産』を持って、西へ向かうのです。」


「西……? アメリカ大陸へ行けと言うのか?」


「そうです。そこには、リゲル博士が封印した『新世界』があります。もし貴方が、本当に人類の未来を憂うのであれば、あの壁の向こう側にある真実を確かめる義務がある。」


 アズラエルの言葉は、詭弁だ。彼は自分の好奇心のためにアルトを利用しようとしている。

 だが、絶望の淵に立たされたアルトにとって、それは唯一残された「道」に見えた。


「……そこに、未来はあるのか?」


「保証はしません。ですが、ここに留まって座して死を待つよりは、幾分かマシな確率でしょう。」


 アルトは、ゆっくりと立ち上がった。

 その瞳に、迷いの色は消えていた。理想を弄ばれ、裏切られた男の、最後の意地のような光が宿る。


「……分かった。全軍に通達せよ。」


 アルトの声が、司令室に響く。


「我々は、エジプトを放棄し、北アメリカ大陸を目指す。これは逃走ではない。人類の未来をかけた、新たな長征ロング・マーチである!」


 レオンが、涙を堪えて敬礼する。

 アズラエルは、その様子を満足げに見つめながら、心の中でイザベラに語りかけた。


(貴女の思い通りに動いてあげましょう、イザベラ。……ですが、最後に笑うのが誰になるか、まだ分かりませんよ。)


 エデン軍の残存兵力は、慌ただしく再編成を開始する。

 地下工房のゲートが開かれ、見たこともない新型兵器が次々と運び出されていく。

 目指すは、大西洋の彼方。

 人類が50年間触れることを禁じられた、黒い壁の大地。


 歴史の歯車は、イザベラの狂気とアズラエルの策謀によって、予想もしない方向へと大きく回転を始めていた。

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