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星装機ヴァルキリア 〜最強の黒騎士は、歌姫の愛で未来を視る〜  作者: 如月 煉


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偽りの予言と、真実の翼

 時は少し遡る。

 ノアⅥを出航し、一路ノアⅣへとひた走る白銀の巨船『アーク・ロイヤル』。

 干上がった海底を滑るように進むその船内は、張り詰めた緊張感に包まれていた。


 艦内、作戦会議室。

 中央のテーブルに広げられた立体地図を囲み、激しい議論が交わされていた。


「艦長! 進路変更を具申します! 最短ルートでノアⅣへ向かうべきです!」


 声を荒げているのは、ノアⅣから同行している軍の分隊長だ。彼の背後では、他の兵士たちや、一部の歌姫たちも不安そうな表情で同意している。

 ラプラスから提供された「神の眼」——ドローンによる監視映像には、ノアⅣの防衛ラインにエデン軍の先鋒が接触しようとしている光景が映し出されていたからだ。


「今すぐ戻らなければ、街が火の海になります! 補給線を叩くために迂回している時間などありません!」


 分隊長の訴えはもっともだった。故郷が焼かれようとしているのだ。一分一秒でも早く駆けつけたいと思うのは当然の感情だ。

 だが、艦長席のトーマスは、苦渋の表情を浮かべながらも首を横に振った。


「気持ちはわかる。痛いほどにな。……だが、感情で動けば負ける。」


 トーマスは地図上の一点を指し示した。

 現在位置から北東、旧東シナ海の干上がった盆地にある、エデン軍の後方集積基地だ。


「敵の総数は800機以上。対するノアⅣの残存戦力は、おそらくその十分の一にも満たない。我々が今すぐ正面から突っ込んだとして、一時的に戦線を支えることはできるだろう。だが、数日で弾薬が尽き、すり潰されるのがオチだ。」


 トーマスは冷徹に現実を突きつける。

「長期戦になれば勝ち目はない。勝機があるとすれば、敵の『足』を止めることだ。この補給基地を叩き、燃料と弾薬の供給を断てば、前線のエデン軍は攻勢を維持できなくなる。」


「しかし……! その間にノアⅣが持ちこたえられる保証はあるんですか!?」


 分隊長の叫びに、室内の空気が重く淀む。

 誰にも保証などできない。ノアⅣに残っているのは、二線級の戦力と、あぶれたパイロットたちだけなのだから。


「……持ちこたえるさ。」


 重苦しい沈黙を破ったのは、カイトだった。

 彼は腕を組み、静かに全員を見回した。その翠玉の瞳には、揺るぎない光が宿っているように見えた。


「俺には、見えたんだ。バルトたちが、リシェルたちが……歯を食いしばって、俺たちが帰る場所を守り抜く未来が。」


 カイトの言葉に、どよめきが走る。

「沈黙の黒騎士」カイト。アリーナで神懸かり的な強さを見せ、未来を予知する力を持つと言われる英雄。彼の言葉には、理屈を超えた説得力があった。


「彼らは弱いなんてことはない。俺たちと戦い、生き残ってきた連中だ。俺たちが補給線を潰して戻るまで、彼らは絶対に倒れない。……そう、未来には示されている。」


 カイトの力強い断言に、歌姫たちの表情が変わっていく。

 不安に曇っていた瞳に、希望の光が戻る。


「リシェルさんなら……きっと。」カエデが胸の前で手を組む。

「バルトも、やるときはやる男よ。」シアンが小さく頷く。

「そうよね! あいつらが簡単にやられるわけないじゃん!」ユナが強気な笑みを見せる。


 カイトの「予言」は、魔法のように恐怖を払拭し、クルーたちの士気を一つにまとめ上げた。

 作戦は決行される。アーク・ロイヤルは予定通り、敵の補給基地を強襲するコースを取った。


 会議が解散し、人々が持ち場へと戻っていく中、部屋に残ったのはカイトと、トーマス、ユキ、そしてアリアだけだった。


「……悪いな、カイト君。汚れ役を押し付けて。」

 トーマスが、申し訳無さそうに頭を下げた。


 カイトは大きく息を吐き出し、壁に背を預けた。先ほどまでの自信満々な表情は消え、そこには疲れ切った青年の顔があった。


「いえ……こうでもしないと、みんなの心がバラバラになってしまいますから。」


 カイトは、自分の掌を見つめる。微かに震えていた。

 未来など、見えてはいなかった。

 未来視の力は、戦場での数秒先、あるいは極限状態でのみ発動する断片的なものだ。戦略規模の未来など、見通せるはずもない。

 彼は、ただ仲間を安心させるために、そして自分自身を奮い立たせるために、嘘をついたのだ。


「でも、カイトの勘は当たるよ。……だって、みんなカイトが帰ってくるのを待ってるんだもん。」

 ユキが、カイトの手をそっと包み込んだ。その温かさが、震えを止めてくれる。


「はい。私も信じます。カイトさんの言葉を、真実に変えましょう。」

 アリアもまた、真っ直ぐな瞳で彼を見つめた。


 彼女たちは気づいていた。カイトの虚勢に。その上で、彼を信じ、支えようとしてくれている。

 その優しさが、カイトにはありがたく、そして少しだけ痛かった。


 ◇


 その時、自動ドアが開き、ニコが入ってきた。

 手にはタブレット端末を持ち、その後ろには整備班のクルーたちが、何か巨大な機材を運び込んでいる。


「やあ、暗い顔をしてどうしたんだい? 作戦は決まったんだろう?」

 ニコは相変わらずのマイペースさで、テーブルの上にデータを展開した。


「ニコさん、それは?」


「これからの戦いに必要なものさ。『広域共鳴システム(ワイド・レゾナンス)』……とでも名付けようか。歌姫たちの歌声を、戦場全域にリアルタイムで伝達し、DIVAシステム搭載機にバフをかけるための増幅装置だ。」


 ニコが得意げに胸を張る。

 通常、歌姫の歌声はパートナーの機体にしか届かない。だが、このシステムを使えば、アーク・ロイヤル自体を巨大なスピーカー兼増幅器として機能させ、半径数十キロ圏内の味方機全ての能力を底上げできるという。


「すごい……! これなら、カイトさんだけでなく、みんなの力になれます!」

 アリアが瞳を輝かせる。

「これ、ニコさんが作ったんですか?」


「ふふん、まあね。僕にかかればこれくらい……」

 ニコは鼻高々だったが、すぐに少し真面目な顔に戻った。

「……と言いたいところだけど、半分は最初からこの船に用意されていた機能だよ。」


「え?」


「アーク・ロイヤルの通信設備、音響解析システム……それらは、最初からこの『広域共鳴』を想定して設計されていた。僕はただ、そのロックを外し、最適化したに過ぎない。」


 ニコは、天井を見上げた。その視線の先には、この船の設計者である狂気の科学者の姿があるようだった。

「イザベラ……彼女はどこまで読んでいるんだろうね。歌姫たちの集結、そして集団戦になることすら予期して、この船を設計したのか……。」


 その言葉に、全員が戦慄する。

 自分たちは、イザベラの描いた設計図の上で踊らされているだけなのではないか。


「それに、気になるデータを見つけた。」

 ニコは声を潜めた。

「この船の最深部、ブラックボックス化された区画に、もう一つの設計図が隠されていた。……DARKコア制御システム、および、侵食抑制フィールド発生装置。」


「それって……。」

 カイトが反応する。


「ああ。レイのためのものだ。彼が人間としての形を保ちながら、DARKコアの力を使いこなすための『棺』にして『鎧』。……これを作るには、ノアⅣにあるイザベラの工房ファクトリーが必要になる。」


 ニコは拳を握りしめた。

「レイを救う答えも、そこにあるかもしれない。だからカイト、絶対にノアⅣを取り戻すんだ。」


「わかっている。必ずだ。」


 ◇


 作戦開始までのわずかな休息時間。

 カイトは一人、格納庫のキャットウォークからベオウルフを見下ろしていた。

 嘘をついてまで仲間を鼓舞し、気丈に振る舞ってはいても、内側の不安は消えない。

 不確定な要素が多すぎる。未来視のビジョンはノイズ混じりで、確かな勝利の画は見えない。


「……怖い顔をしてる。」


 隣に、ユキが立った。手には温かいコーヒーが二つ。

「はい。ブラックでいいよね?」


「ああ、ありがとう。」

 受け取った缶の温もりが、冷えた指先に染みる。


「無理して強がらなくてもいいんだよ。カイトは一人じゃないんだから。」

 ユキは、手すりにもたれてカイトを見た。

「私の目には見えるよ。カイトが震えてるの。」


「……敵わないな、お前には。」

 カイトは苦笑する。幼馴染の目は誤魔化せない。


 そこへ、反対側からアリアもやってきた。

「カイトさん……。」


 彼女は少し躊躇いながらも、カイトのもう片方の隣に立つ。

「私……役に立てるでしょうか。ユキさんのように、カイトさんの支えになれるでしょうか。」


 アリアは、ユキの献身的なサポートや、ニコの技術力を見るたびに、自分の無力さを感じていた。

 そして、こんな切羽詰まった状況で、カイトへの想いやユキへの劣等感に心を奪われている自分を、恥じていた。


「アリア、君がいなければ、俺はとっくに壊れていた。」

 カイトは静かに言った。

「君の歌が、俺を人間に繋ぎ止めてくれている。……君がいるから、俺は戦えるんだ。」


 それは、嘘偽りのない本心だった。

 ユキのくれる日常の温もりと、アリアのくれる魂の救済。

 二つの愛が、今のカイトを形成している。


 二人の少女が、左右からカイトを見つめる。

 その視線に含まれる熱量に、カイトの心臓が早鐘を打つ。

 ラプラスに言われた「どちらを愛しているのか」という問いが、頭をよぎる。

 どっちつかずの自分。決断できない自分。それが情けなくもあり、同時に、二人を失いたくないというエゴでもあると自覚する。


(今は……答えを出せない。でも。)


 カイトは、コーヒーを一気に飲み干し、空き缶を握り潰した。

 パキッ、という音が、彼の迷いを断ち切る音のように響いた。


「行くぞ。……目の前の敵を叩く。それだけだ。」


 彼は、情けなさも不安もすべて心の奥底に押し込め、戦士の顔をした。

 その横顔を見て、ユキとアリアもまた、覚悟を決めたように頷いた。


 ◇


「目標、エデン軍後方補給基地。距離、2000!」

 ユキのアナウンスが響く。


 アーク・ロイヤルは、海面すれすれの超低空飛行で接近していた。

 レーダー波を欺瞞し、砂塵に紛れて突撃する。


「カタパルト、接続! ベオウルフ・リベリオン、発進準備!」


 カイトはコックピットの中で、深呼吸を繰り返した。

 今回は単機突入。アーク・ロイヤルは減速せず、すれ違いざまにカイトを降下させ、そのまま離脱する。

 カイトは敵基地を壊滅させ、混乱に乗じて再び合流しなければならない。

 失敗は許されない、電撃作戦だ。


「……カイトさん、歌います。」

 通信機から、アリアの声が届く。

 広域共鳴システムを通したその歌声は、今までよりも鮮明に、力強くカイトの魂を震わせた。


 **《恐れを捨てて、彼方へ翔べ》**

 **《その翼は、鋼鉄よりも強く》**


 DIVAコアが共鳴し、機体が青白い光を帯びる。

 不安は消えた。未来が見えなくとも、切り拓けばいい。


「ベオウルフ・リベリオン、カイト……出るッ!!」


 スラスターが火を噴き、漆黒の機体が虚空へと躍り出る。

 眼下には、無防備なエデン軍の集積地。

 カイトは、手にした大剣を振りかぶり、重力に任せて急降下した。


 閃光が走り、爆音が轟く。

 それは、ノアⅣ奪還へ向けた、反撃の狼煙だった。

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