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星装機ヴァルキリア 〜最強の黒騎士は、歌姫の愛で未来を視る〜  作者: 如月 煉


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73/81

鉄の金床、楽園の不協和音

 かつて「東京湾」と呼ばれた場所は、今や広大無辺な荒野と化していた。

 海が干上がり、露出した海底は白く乾いた塩と泥に覆われ、ひび割れた大地の至る所に、旧世紀の船舶やコンビナートの残骸が墓標のように突き出している。

 吹き荒れるのは湿った潮風ではなく、喉を焼くような乾いた砂塵。


 その「死の海」を、黒い影が埋め尽くそうとしていた。

 中国大陸から朝鮮半島、そして干上がった日本海を越えて侵攻してきたエデン軍の第一次上陸部隊。空を覆う輸送機の群れと、陸路を爆走するホバーキャリアから、無数の量産機『ホープレス』が吐き出される。

 ノアⅢを灰燼に帰した「楽園の軍勢」は、旧海底の平原を埋め尽くし、ノアⅣが位置する台地——かつての沿岸部へと、津波のように押し寄せていた。


 迎撃に出たノアⅣの防衛部隊との間で、戦端が開かれる。

 崖上からの砲撃と、崖下からの進撃。圧倒的な高低差と地の利があるはずのノアⅣだが、それを凌駕する物量が防衛ラインを浸食していく。


 だが、崩壊寸前の最前線、かつての湾岸道路跡地に、四つの光が立ち塞がった。


「ここから先は、一歩も通さねえぞ!!」


 轟音と共に、巨大な盾がエデン軍の進撃ルートを塞いだ。

 **バルト**の駆る『Gファランクス』だ。彼は機体の出力を防御に全振りし、展開したエネルギーシールドで、ホープレス部隊の一斉射撃を受け止める。

 乾燥した大地に爆風が吹き荒れ、砂塵が舞う。シールドが激しく明滅し、装甲が焼け付く匂いがコックピットに充満するが、バルトは岩のように動かない。


「今よ! リシェル!」

「任せなさい! まとめて砂に還してやるわ!」


 Gファランクスの背後、崩れたビルの屋上から金色の閃光が飛び出した。

 **リシェル**の『アサルト・ヴァンガード』だ。彼女は高所からミサイルランチャーとビームカノンを乱射し、干上がった海底に密集する敵部隊を爆撃する。

 爆炎が咲き乱れ、前列のホープレスが吹き飛ぶ。


 しかし、エデン軍は止まらない。破壊された味方の残骸を踏み越え、感情のない昆虫のように次なる波が、崖を這い登ってくる。彼らの狙いは、リロードの隙だ。


「囲め! 質量ですり潰せ!」

 エデン軍の指揮官機が叫ぶ。


 だが、その命令が実行されることはなかった。

 突如、前線のホープレスたちが、まるで泥沼に足を取られたかのように動きを鈍らせたのだ。


「な、なんだ!? システムにノイズが……!」


「私の領域では、貴方たちの統率は無意味です。」

 戦場を見下ろす朽ちた鉄塔の上に、銀髪の青年**ヨシュア**の『ソウル・エンチャンター』が佇んでいた。

 彼が展開する精神感応ジャミング。歌姫ユナがいないため出力は低いが、密集した敵集団の連携を乱すには十分だった。


 そして、混乱した敵陣の死角、錆びついた沈没船の影から漆黒の影が走る。

 **カラス**の『朧影』だ。

 光学迷彩で砂塵に溶け込んでいた彼は、敵の指揮官機の背後に音もなく現れ、その急所であるメインカメラと動力部を正確に貫いた。


「……沈黙。」


 指揮系統を失ったエデン軍の前衛が、崖下へと崩れ落ちていく。

 即席の混成部隊『ガーディアンズ』。

 かつてはアリーナで個人の武勇を競い合ったライバルたちが、今は荒野の防人となり、完璧なフォーメーションで数倍の敵を圧倒していた。


 ◇


 だが、彼らの奮闘も、無限に湧き出るエデンの物量の前には、砂上の楼閣に過ぎなかった。

 戦闘開始から三日目。

 昼夜を問わず続く波状攻撃に、ガーディアンズの消耗は限界に達しつつあった。


「クソッ……! 駆動系に砂が噛んだか!? 反応が鈍い!」

 バルトが呻く。遮蔽物のない荒野での戦闘は、Gファランクスに集中砲火を浴びせ続けた。


「弾薬残量、15%……。このままじゃ、ただの鉄屑よ!」

 リシェルも焦りを隠せない。眼下の旧海底からは、砂煙を上げて新たな増援が次々と現れる。


「ガーディアンズ、後退してください! このままでは包囲されます!」

 司令部からの撤退命令。だが、彼らが退けば、市街地への道——崖上の居住区へのルートが開いてしまう。


「退けるかよ……! 俺たちが引いたら、誰が守るんだ!」


 バルトが叫び、ひび割れたシールドを構え直そうとした、その時だ。


 ——ズドドドドド!!


 重機関砲の音が響き渡り、Gファランクスに肉薄していたホープレスが火花を散らして転倒した。


「バルト隊長! 交代です! 下がってください!」


 通信機から聞こえたのは、野太く、しかし頼もしい声だった。

 土煙を上げて現れたのは、無骨な量産型星装機『アイアンクラッド』の部隊。

 塗装も剥げ落ち、ツギハギだらけの旧式機だが、それらは壁を作るようにガーディアンズの前に展開した。


「お前は……**ゲイル**か!?」

 バルトが驚く。

 ゲイルは、ノアⅣ軍の一般兵だ。華やかな舞台とは無縁の、地味な警備任務をこなしてきた万年軍曹。


「へへっ、ヒーローたちを過労死させるわけにはいきませんからね。」

 ゲイルは、アイアンクラッドのコクピットで不敵に笑った。

「ここは俺たち『雑草』の出番だ! 野郎ども! 陣形ラインを作れ! 崖下へ叩き落とせ!」


「「オオオッ!!」」


 ゲイルの号令一下、数十機の量産機が散開し、地形を利用した十字砲火を浴びせる。

 彼らは個々の戦闘力ではガーディアンズに遠く及ばない。だが、長年の警備任務でこの荒野の地形を知り尽くしていた。

 窪みや残骸を盾にし、互いの射線をカバーし合う。それは泥臭い遅滞戦術だったが、今の状況には最も効果的だった。


「バルトさん、リシェルさん! 今のうちに補給を! 俺たちが持ちこたえている間に!」


「……すまん、恩に着る!」

 バルトたちは、ゲイルたちが作った僅かな隙を利用し、後方のドックへと後退する。


 ゲイルは、汗まみれの手で操縦桿を握りしめた。

 目の前には、最新鋭のエデン軍機が迫る。一発でも食らえば蒸発する恐怖。

 だが、彼は引かない。


(待ってるんだ。カイトが、あの坊主が帰ってくるのを。)


「金床になるって決めたんだろ! だったら、ハンマーが来るまで、意地でも砕けるんじゃねえぞ!!」


 一般兵たちの意地が、鉄の壁となってエデンの猛攻を食い止める。戦線は、奇跡的な均衡を保っていた。


 ◇


 一方、攻め手であるエデン軍の陣営。

 干上がった海底を進む量産機ホープレスのコックピット。

 パイロットの**アルド**は、激しい頭痛と吐き気に耐えながら、トリガーを引き続けていた。ヘッドギアからのノイズが、彼の理性を麻痺させる。


「殺せ……排除しろ……。」


 アルドは、かつて『棄民都市ムー』で暮らしていた青年だった。ノアⅣ軍の「浄化作戦」への復讐心。それが彼を突き動かしていたはずだった。

 だが、ノアⅣでの戦いは何かが違った。


 アルドのモニターに、敵の量産機——アイアンクラッドが映る。

 崖っぷちで、ボロボロになりながらも決して退こうとしないその姿。

 ふと、その機体の肩に描かれた、手書きのエンブレムが目に入った。

 下手くそなスプレー書き。それは、かつてムーの廃材置き場で、子供たちが秘密基地の印として使っていたマークに酷似していた。


(……え?)


 アルドの指が止まる。

 強烈なフラッシュバック。

 もしや、あの機体に乗っているのは、かつて一緒にメカをいじっていた同胞ではないのか? ノアⅣに拾われ、そこで生きる道を選んだ仲間ではないのか?


「敵だ! 撃て! 撃てぇぇぇ!」

 ヘッドギアからのノイズが、アルドの思考を塗り潰そうとする。


(違う……俺が憎んでいるのは、ふんぞり返った支配者たちだ。あそこで必死に戦っているのは、俺たちと同じ、ただ生きようとしている人間じゃないのか?)


 周囲を見渡せば、味方のホープレス部隊は、崖上の居住区画——かつての海沿いの街——に向けて無差別に砲撃を加えている。

 痛みを知らぬ兵士たち。統率された殺戮機械。

 自分も、その歯車の一つになってしまったのか。


「う、うあぁぁぁぁッ!」


 アルドは叫び、ヘッドギアを引き剥がそうと藻掻いた。視界が赤く染まる。

 前線の一角で、エデン軍の動きにわずかな乱れが生じる。イザベラが作り上げた完璧なシステムに、感情という名の亀裂が入り始めていた。


 ◇


 戦闘開始から四日目の朝。

 ノアⅣは、限界を迎えていた。

 ガーディアンズの奮戦も、一般兵たちの決死の防御も、広大な荒野から湧き出るエデンの物量の前には、時間稼ぎにしかならなかった。

 弾薬は尽き、機体は半壊。

 ついに防衛ラインの一角が突破され、エデン軍の先鋒が居住区画へと雪崩れ込もうとしていた。


「ここまで、か……。」

 司令部のモニターを見上げ、リシェルが血の滲む唇を噛んだ。

 アサルト・ヴァンガードは左腕を失い、ミサイルは全弾撃ち尽くしている。


 勝利を確信したエデン軍が、一斉に攻勢に出る。

 乾いた空を覆うホープレスの群れ。

 絶望が、人々の心を覆う。


 その時だった。


 ——ピピピピピピピッ!


 管制塔のレーダーが、強烈な反応を捉えた。

 東の方向——かつて海であった広大な荒野の彼方から、信じられない速度で接近する巨大な熱源。


「こ、この反応は……!!」


 そして、戦場にある全ての通信機、街頭のスピーカー、エデン軍のヘッドギアにさえ、その「音」が割り込んだ。


 ザザッ……ノイズの後に響く、吸い込まれるようなブレス音。

 そして、透き通るような歌声が、乾いた大地に響き渡った。


 **《聞こえていますか 傷ついた翼たちよ》**

 **《渇いた大地を越えて 今、希望の鐘を鳴らす》**


 それは、天使の歌声。

 土煙に塗れた戦場を浄化する、奇跡の旋律。


「アリア……!」

 リシェルが、バルトが、ゲイルが、空を見上げる。


 土煙の向こう、荒野の地平線から、白銀の巨船が姿を現した。

 『アーク・ロイヤル』。

 反重力ユニットで浮上し、砂塵を巻き上げながら疾走するその姿は、かつて海を征く船のように雄大だった。

 朝日を背に輝くその船首には、漆黒と白銀のツートンカラーを持つ、英雄の機体が立っていた。


『お待たせしました、ノアⅣの皆さん! アーク・ロイヤル、只今到着!』

 ユキのアナウンスが響く。


『これより、反撃を開始します。——行くぞ、みんな!!』

 カイトの声が、全ての味方を鼓舞する。


 乾いた大地に、希望の風が吹いた。

 ハンマーが、振り下ろされたのだ。

 鋼鉄の箱舟と、最強の守護者たちによる、逆転劇の幕が上がる。

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