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星装機ヴァルキリア 〜最強の黒騎士は、歌姫の愛で未来を視る〜  作者: 如月 煉


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迎撃の方程式

 インド洋上空、高度1万メートル。

 白銀の巨船『アーク・ロイヤル』は、大気を切り裂く轟音と共に東へとひた走っていた。雲海を眼下に、艦首は一直線に極東の島国、ノアⅣを目指している。


 艦内、CIC(戦闘指揮所)。

 薄暗い室内に、無数のモニターの光が青白く明滅している。その張り詰めた空気の中、オペレーター席のユキが鋭い声を上げた。


「接近物、四機! 識別信号確認……これは、ノアZEROの『ウォッチャー』です!」


 艦長席のトーマスが身を乗り出す。

「ラプラス博士からの『目』か。接続を急げ!」


「了解! データリンク、開始します!」


 ユキの指先がコンソールを走る。

 大気圏外から投下された4機の高性能偵察ドローンは、アーク・ロイヤルの上空で編隊を解き、それぞれが成層圏付近に展開して広域監視網を形成した。

 瞬間、CICのメインスクリーンが激しく瞬き、ノイズが晴れる。

 そこに映し出されたのは、これまで断片的にしか掴めなかった世界の「現在」だった。


「……これが、神の眼か。」


 その場にいたカイトが、息を呑んで呟く。

 スクリーンには、アジア大陸から日本列島にかけての地図が展開されている。そこに、おびただしい数の赤い光点——エデン軍の部隊が、血流のように脈打ちながら東進している様子が、リアルタイムで表示されていた。


「戦況分析、出力します。」

 ユキの声が震える。情報量が桁違いなのだ。

「エデン軍主力は、中国大陸を陸路で進行中。補給部隊を含めると、総勢はおよそ……星装機換算で800機以上。」


「800……。」

 トーマスが呻く。ノアⅣの正規軍が保有する星装機は、稼働機を含めても100に満たないだろう。まともにぶつかれば、すり潰されるだけの絶望的な戦力差だ。


「さらに、航空部隊が先行しています。輸送機による空挺師団と思われますが……その進路、速すぎます。」


 地図上の赤い矢印が、海を越えて日本へと伸びている。

 このままでは、アーク・ロイヤルが到着するよりも早く、エデンの先遣隊がノアⅣに上陸してしまう。


「間に合わないのか……?」

 アリアが不安げに口元を覆う。


 その時、カイトがスクリーンに歩み寄り、指で海上のルートをなぞった。


「いや、いける。この船なら。」


 カイトの瞳には、強い光が宿っていた。

「エデンの主力は陸路だ。山脈や廃墟を越えるには時間がかかる。空輸部隊も、補給のために拠点を経由する必要がある。」


 彼は、インド洋からマラッカ海峡を抜け、南シナ海を北上する最短ルートを示した。

「アーク・ロイヤルの巡航速度なら、海上で敵を追い抜ける。敵の主力が到着する前に、俺たちが先にノアⅣへ入るんだ。」


 その提案に、ブリッジのクルーたちが顔を見合わせる。

 確かに、スペック上は可能だ。だが、それは敵の制空権の中を強行突破することを意味する。


「……カイト君。君の言う通り、先に着くことは可能だろう。」

 トーマスが静かに口を開いた。彼の表情は険しい。事務屋としての計算高い目が、スクリーンの光点を睨んでいる。

「だが、単に先に着くだけでは勝てない。我々がノアⅣに入城したところで、待っているのは籠城戦だ。800機の波状攻撃を受ければ、この船とて数日で沈む。」


「では、どうすれば……。」


「『ハンマー&アンビル(金床とハンマー)』だ。」


 トーマスは、戦術マップ上に新たなラインを引いた。

「敵の弱点は、その巨大すぎる補給線だ。陸路を進む大部隊は、燃料と弾薬の供給が途絶えれば足が止まる。」


 彼は、九州沖と上海の中間地点、東シナ海上のポイントを指差した。

「アーク・ロイヤルは、ノアⅣに直行せず、ここで敵の補給艦隊を叩く。これが『ハンマー』の一撃だ。補給を断たれたエデン軍は、攻撃の手を緩めざるを得ない。」


「そして、その隙に……。」

「ノアⅣの本隊が、孤立した先遣隊を叩く。防衛ラインを押し上げ、敵を挟撃する。ノアⅣが『金床』となり、敵を受け止めるんだ。」


 理論上は完璧な策だった。

 だが、そこには致命的な前提条件がある。


「艦長。それには、ノアⅣ側に、僕たちと連携して戦えるだけの『軍隊』が存在していることが絶対条件になります。」

 ニコが、冷静に指摘した。

「現状のノアⅣの混乱ぶりを見るに、組織的な抵抗が可能かどうか……。」


 沈黙が落ちる。

 上層部を失い、指揮系統が寸断されたノアⅣ軍に、エデン軍の精鋭を受け止めるだけの力があるのか。もし「金床」が砕ければ、敵中に飛び込んだアーク・ロイヤルは、ただの鉄屑になる。


 その重い空気を払拭するように、カイトが顔を上げた。


「大丈夫です。……俺には、見えていますから。」


 全員の視線がカイトに集まる。

 彼の瞳は、翠玉色に微かに発光しているように見えた。


「未来が、見えました。ノアⅣの仲間たちは、戦う準備をしています。俺たちが補給線を叩けば、必ず呼応してくれる。……この作戦は、成功します。」


 力強い断言。

「未来視」を持つ英雄の言葉に、ブリッジの空気が一変した。

 不安は消え、希望の灯火が灯る。ユキがぱっと顔を輝かせ、アリアも胸を撫で下ろした。クルーたちの士気が、目に見えて向上していく。


「よし! カイトがそう言うなら間違いねえ!」

「やるぞ! ノアⅣを守るんだ!」


 活気づくCICの中で、トーマスだけが、じっとカイトの横顔を見つめていた。

 カイトの拳が、微かに震えているのを、彼は見逃さなかった。


(……嘘だな。)


 トーマスは直感した。

 カイトは、未来など見ていない。

 いや、「見ようとしたが見えなかった」のか、あるいは「不確定な未来しかなかった」のか。

 だが、彼は「勝利」を口にした。仲間を安心させるために。指揮官としての孤独な決断を、その身一つで背負ったのだ。


(……いい度胸だ、少年。)


 トーマスは、内心で舌を巻いた。

 不確実な状況で、全責任を負って決断を下す。それは、英雄の資質そのものだ。

 ならば、大人はその嘘を「真実」に変えるための手助けをするだけだ。


「……わかった。カイト君の予知と、僕の計算が一致した。」

 トーマスは、わざとらしく頷いてみせた。

「この作戦でいく。全速前進! 敵の鼻先をかすめ取り、横腹に風穴を開けるぞ!」


『アイアイサー!』


 ◇


 作戦の方針が決まり、CICは具体的な準備へと移行していた。

 次の議題は、戦力配置だ。


「アリアさんの配置についてですが……。」

 ニコが、アリアとカイトに向き直る。

「今回の作戦では、アーク・ロイヤル自体が敵中に突入します。アリアさんを安全な後方に置くことはできません。」


「私は、カイトさんと一緒に……!」

 アリアが言いかけるが、ニコは首を振った。

「ベオウルフ・リベリオンの同乗は危険すぎます。それに、アリアさんの歌声は、広域に届けてこそ意味がある。」


 ニコは、ホログラムで船の構造図を表示させた。

「そこで、以前から構想していた『広域共鳴システム』を使いたいと思います。」


「広域共鳴……?」


「簡単に言えば、アーク・ロイヤルの通信アンテナとスピーカーを、歌声の増幅器として使うんです。艦内の特設ステージで歌ってもらい、その波長をDIVA粒子に乗せて戦場全域に散布する。そうすれば、カイトだけでなく、味方全員にバフをかけることができる。」


 ユキが、キーボードを叩きながら補足する。

「セッティングなら、もう終わらせてあります! イザベラさんのデータを元に、通信回線の出力を300%まで上げられるように改造しました。アリアちゃんは、艦の中心で歌うだけでいいの。」


「ユキさん……。」

 アリアは、手際の良すぎるユキの仕事に、感謝と共に、一抹の寂しさを感じていた。


「それと、もう一つ。」

 ニコは、カイトに視線を移す。

「零……レイのことだ。彼の治療は順調だが、覚醒したDARKコアの力は、生身の肉体には強すぎる。彼には、新しい『器』が必要だ。」


「器……つまり、星装機か?」


「ああ。それも、ただの機体じゃない。DARKコアの浸食に耐え、その力を完全に制御できる専用機だ。設計図は僕の頭の中にある。ノアⅣの工廠ファクトリー設備があれば、建造可能だ。」


 ニコの瞳は真剣だった。

「彼を助けるためにも、ノアⅣの奪還は絶対条件なんだ。」


「わかった。必ず、道をこじ開ける。」

 カイトが約束する。


 会議は進み、各員の役割が定まっていく。

 ユキは、CICの中央で、アーク・ロイヤルのシステムと、ノアZEROから送られてくるドローン情報をリンクさせる作業に没頭していた。

 彼女の指先は、まるでピアノを弾くかのように軽やかで、迷いがない。

 その背中を見て、アリアは胸の奥がチクリと痛むのを感じた。


(ユキさんは、すごい……。)


 整備士として、オペレーターとして、カイトを物理的に支え、今やこの巨大な船の頭脳となっている。

 それに比べて、自分はどうだろう。

「歌うこと」しかできない。

 それも、システムのお膳立てがなければ、戦場に声すら届けられない。


(私は、カイトさんの隣にいていいのかな……。)


 真剣な会議の最中だというのに、アリアの思考は、恋愛の不安へと逸れていく。

 カイトとユキの、言葉にしなくても通じ合っているような空気。幼馴染という、自分が入る余地のない絶対的な絆。

 それに嫉妬し、落ち込んでいる自分が、浅ましく思えてくる。


(こんな時に、何を考えているの……私は……!)


 自己嫌悪で俯くアリアの肩に、カイトの手が置かれた。

「アリア。」


「は、はいっ!」


「頼むよ。君の歌が、俺たちの命綱だ。」


 カイトの瞳は、真っ直ぐにアリアを見つめていた。そこには、一点の曇りもない信頼があった。

 アリアは、ハッとした。

 彼は、自分を「歌姫」として必要としている。ならば、それに応えるのが自分の役割だ。恋の悩みなど、今は二の次でいい。


「……はい! 任せてください、カイトさん!」

 アリアは、迷いを振り切るように、強く頷いた。


 ◇


 会議が終盤に差し掛かった頃、新たな問題が浮上した。


「作戦の概要は固まりましたが……これをどうやってノアⅣ側に伝えるか、です。」

 トーマスが腕組みをする。

「エデンのジャミングにより、長距離通信は遮断されています。アーク・ロイヤルが接近すれば、敵に察知され、奇襲効果が薄れる。」


「誰かが直接行って、伝えるしかないわね。」

 ユキが言う。

「でも、どうやって? 星装機じゃ目立つし、エデンの哨戒網に引っかかるわ。」


 その時、一人の少女が手を挙げた。

 ノアⅣの歌姫、**リン**だ。


「あのー! それなら、アタシが行く!」


「リンちゃん?」


「アタシ、体重軽いし! それに、いいもの持ってるんだ!」

 リンは、格納庫の隅を指差した。

 そこには、イザベラがエジプトで開発していたという、小型の飛翔体が置かれていた。

 エデン軍の量産機『ホープレス』の飛行ユニットを応用し、極限まで軽量化された、一人乗りの高速グライダーだ。


「これなら、レーダーにも映らないくらい低い高度を、めちゃくちゃ速く飛べるって、イザベラさんが自慢してた! カラスに操縦を教えてもらったこともあるし、アタシならいけるよ!」


 危険な任務だ。撃墜されれば命はない。

 だが、リンの瞳は恐怖よりも、使命感に燃えていた。

「アタシだって、鴉やみんなの役に立ちたいもん! 任せてよ!」


 その決意に、トーマスは頷いた。

「……わかった。頼めるかい、リン君。」

「了解! マッハで伝言、届けてくるね!」


 ◇


 数時間後。

 アーク・ロイヤルのカタパルトから、リンを乗せた小型グライダーが射出された。

 地上すれすれを疾走し、夜闇に紛れて日本列島へと向かうその小さな光を、CICのモニター越しに見送りながら、ユキは小さく震えた。


 自分の手元にあるコンソール。ここから指先一つで、巨大な船が動き、ドローンの目が世界を見渡す。

 イザベラから託された、そしてラプラスから与えられた力は、あまりにも強大だった。

 一歩間違えば、多くの命を奪うことになる。その責任の重さが、指先を冷たくする。


(怖い……。)


 本音だった。ただの整備士だった自分に、こんな重圧が背負えるのか。

 でも。


(カイトは、もっと怖い場所で戦ってる。)


 最前線で命を懸けるカイト。彼を支えることができるなら、この震えなど、いくらでも飲み込んでやる。

 ユキは、恐怖を誇りへと変え、コンソールを強く叩いた。


「ドローン編隊、索敵範囲拡大! アーク・ロイヤル、戦闘速度へ増速! 目標、東シナ海・敵補給艦隊!」


 艦長席のトーマスは、そんな若者たちの姿を、静かに見守っていた。

 ラプラスの支援。イザベラの贈り物。

 それらは、あまりにもタイミングが良く、あまりにも強力すぎる。彼らが、カイトたち「ジョーカー」を使って、何か別のゲームを盤上で進めていることは明らかだ。


(我々は、踊らされているのかもしれない。)


 トーマスは、冷徹に現状を分析する。

 だが、今はその踊りに乗るしかない。踊りきったその先に、生き残る道があると信じて。


「……総員、配置につけ! これより本艦は、エデン軍との交戦領域に突入する!」


 トーマスの号令一下、アーク・ロイヤルは加速する。

 白波を蹴立て、鋼鉄の箱舟は決戦の海へと突き進んでいった。

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