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星装機ヴァルキリア 〜最強の黒騎士は、歌姫の愛で未来を視る〜  作者: homare


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胎動する翼、そして再会

 ノアⅥの会議室は、重苦しい沈黙に包まれていた。

 中央のモニターには、遠く離れたチベット高原——ノアⅢの現状が映し出されている。かつては選民思想に守られた難攻不落の要塞都市と呼ばれたその場所は、今や黒煙と紅蓮の炎に包まれていた。


 エデン軍による本格侵攻。

「ホープレス」と呼ばれる量産型星装機の群れは、まるでイナゴの大群のようにノアⅢの防衛網を食い破り、秩序を破壊し尽くしていた。統率された集団戦術、そして、痛みを知らぬ兵士たちの行軍。それは、戦争というよりは、一方的な蹂躙に近かった。


「……これが、エデンのやり方か。」


 カイトは拳を握りしめ、モニターを睨みつけた。

 ノアⅢの次は、どこか。地理的条件、そして、エデンが掲げる「富裕層の排除」という大義名分を考えれば、答えは自ずと導き出される。


「次は、ノアⅣだ。」


 カイトの声が、会議室の沈黙を破った。

 ノアⅣ。東京湾に位置するその都市は、明確な階級社会によって成り立っている。上層の富裕層と、下層の労働者・棄民たち。エデンにとって、これほど攻撃の口実を作りやすい場所はない。そして何より、そこはカイトたちの「家」であり、ユキやアリア、そして多くの仲間たちの故郷でもある。


「戻らなきゃいけない。俺たちが。」


 カイトは立ち上がり、同席していたアウラ司令、ニコ、そして仲間たちを見渡した。

 ユキがすぐに呼応する。

「私も行くよ。整備ドックのみんなも、街の人たちも心配だもん。」

 アリアも、静かに、しかし力強く頷いた。

「歌姫のみんなも、きっと同じ気持ちです。逃げてばかりでは、守れないものがあります。」


 しかし、現実は非情だ。

 現在地は地中海沿岸のイタリア、ノアⅥ。目的地である日本、ノアⅣまでは約9,000キロ。陸路を行けば数日では済まない。その間に、ノアⅣが火の海になる可能性は十分にあった。


「移動手段はどうする? 僕たちの輸送機では、星装機を運ぶのには限界があるし、航続距離も足りない。」

 ニコが冷静に指摘する。


 その時だった。

 ノアⅥの管制室から、緊急のアラートが響き渡った。


『接近する大型飛行物体を確認! 識別信号……これは……エデン!? いえ、所属不明機です! しかし、このサイズ、ありえません!』


 オペレーターの悲鳴にも似た報告に、全員の緊張が走る。

 モニターが切り替わり、上空の映像が映し出された。

 雲海を割り、巨大な影が降下してくる。

 流線型の美しいフォルム。陽光を反射して輝く白銀の装甲。それは、既存のどのノアの母艦よりも巨大で、そして洗練されていた。


「なんだ、あれは……。」

 カイトが息を呑む。敵か、味方か。ベオウルフ・リベリオンの出撃準備を指示しようとした、その瞬間。

 メインスクリーンに、強引に通信ウィンドウが割り込んだ。


『よぉ、湿気たツラしてんじゃねえぞ、カイト!』


 ノイズ混じりの画面に現れたのは、場違いなほど健康的な笑顔と、スポーティーな格好をした赤髪の女性。

 セレーナ・ルナールだった。


「セレーナ……!?」

 ユキが驚きの声を上げる。


『お届け物だ。受け取りのサインは要らねえよ。とっとと着陸許可を出しな!』


 唖然とする一同をよそに、セレーナは不敵に笑うと、通信を切った。

 巨大な白銀の船——『アーク・ロイヤル』は、ノアⅥの広大な発着ポートへと、その巨体を静かに横たえた。


 ◇


 アーク・ロイヤルのハッチが開き、タラップが降りる。

 カイトたちは、警戒しつつもその船の足元へと集まった。近くで見上げると、その巨大さは圧倒的だった。まるで、空飛ぶ要塞だ。


 タラップの上から、セレーナが軽やかに飛び降りてきた。

 着地と同時に地面が微かに揺れる。鍛え上げられた肉体は、以前会った時よりもさらにしなやかで、内側から溢れるような活力を感じさせた。


「久しぶりだな、カイト。それに、愉快な仲間たち。」

 セレーナは腰に手を当て、カイトを見上げる。その瞳は、獲物を見つけた肉食獣のように輝いているが、以前のような殺気とは少し違う、純粋な好奇心のような色が混じっていた。


「セレーナ、これは一体……どういうことだ?」

 カイトは、背後の巨船を指差して尋ねた。


「イザベラからのプレゼントだよ。『可愛いモルモットちゃんたちが、戦場に間に合わないなんて悲劇は見たくないから』だってさ。」

 セレーナは、イザベラの口調を真似ておどけて見せる。


「イザベラさんが……?」

 ユキが呟く。

「こいつの名前は『アーク・ロイヤル』。星装機を6機搭載可能で、地球の裏側までノンストップで飛べる化け物だ。居住性も抜群。これがありゃ、ノアⅣだろうがどこだろうが、一っ飛びだぜ。」


 カイトは、船を見上げた。確かに、これがあればノアⅣへの帰還は可能だ。しかし、これはあまりにも「都合が良すぎる」。

 イザベラは、現在エデン側にいるはずだ。その彼女が、なぜ敵対する可能性がある自分たちに、これほどの力を与えるのか。


「罠、だと思うか?」

 セレーナが、カイトの内心を見透かしたようにニヤリと笑う。

「爆弾でも仕掛けてあるかもな。……ま、アタシがここまで乗ってきて無事だったんだ。少なくとも、空中でバラバラになるようなドジな設計じゃねえよ。」


 その時、人混みをかき分けて、小さな人影が進み出てきた。

 白衣を引きずり、顔の半分をマスクで覆った子供のような姿。

 ラプラスだ。


「やあ、セレーナ。久しぶりだね。」

 ラプラスの声に、セレーナの動きがピタリと止まる。

 彼女は、気まずそうに、そして少しだけ嬉しそうに、視線を逸らした。


「……ラプラス。あんたも来てたのかよ。」

「心配でね。家出した娘が、不良と付き合ってないか確認しに来たんだ。」

 ラプラスは淡々と言いながら、セレーナの身体を、まるでスキャンするようにじろじろと見回した。翠玉の瞳が、鋭く細められる。


「……ふうん。なるほどね。」

 ラプラスは、何かを納得したように頷いた。

「『素体』を覚醒させたか。」


 その言葉に、その場にいたカイトとニコの表情が変わる。

「素体……?」カイトが聞き返す。


「イザベラの考えることだ。君の身体能力と空間認識能力に目をつけ、エジプトの地下に眠っていたオリジナル・ワン……新たな『クリムゾン』を与えたんだろう?」

 ラプラスは、セレーナの腕にあるブレスレットを指差した。

「そこから感じる波動。以前のDARMAコアとは質が違う。より深く、より根源的な……『魂の器』としての共鳴を感じるよ。」


 セレーナは観念したように両手を挙げた。

「ああ、そうだよ。もらったぜ、新しい力をな。『クリムゾンクイーン』。まだ全開じゃねえが、前のヴァンキッシャーなんかとは比べ物にならねえ。」


 セレーナはカイトの方を向き直り、好戦的な笑みを浮かべる。

「で、だ。カイト。ただプレゼントを渡しに来ただけじゃねえんだよ。この船の駄賃代わりに、アタシの新しい力のテスト相手、してもらうぜ。」


 それは提案というより、決定事項のような響きだった。

 カイトもまた、自身の新たな力——オーバーブレイクと未来視——を確かめる必要性を感じていた。


「……いいだろう。俺も、確かめたいことがある。」


「決まりだな!」

 セレーナが拳を鳴らす。


「待ちなさい。」

 ラプラスが割って入った。

「やるのは構わないが、機体はどうするんだい? 君は単身、このアーク・ロイヤルを操縦してきたはずだ。肝心の『クリムゾンクイーン』はどこにある?」


 その指摘に、ユキがハッとして周囲を見渡す。

「そういえば……船のハッチが開いてるけど、中には何も積んでないみたい……。」


 セレーナは「チッ」と舌打ちをした。

「あの陰湿な女狐イザベラめ。『あなたに持たせると、寄り道して戦争に参加しかねないもの』とか言って、フランスの実験施設にロックしてきやがったんだよ。」


「それでは、模擬戦は不可能ですね。」

 ニコが冷静に告げる。

「フランスまで取りに帰る時間はありません。カイトたちは一刻も早くノアⅣへ向かわなければならないのですから。」


 だが、セレーナの顔に浮かんだのは、諦めではなく、獰猛な笑みだった。

「おいおい、誰に向かって不可能なんて口聞いてんだ?」


 彼女は、右腕に嵌められたブレスレットを掲げた。それは、イザベラから託された、亜空間収納を制御するためのデバイス。

「イザベラは言ったぜ。『これがあれば、いつでも呼び出せる』ってな。ま、距離制限があるとか、ロックを掛けてるとか言ってた気がするが……。」


 セレーナは目を閉じ、意識を集中させる。

 彼女の脳裏に浮かぶのは、南フランスの谷間。地下深くに広がるイザベラの実験施設。そして、そこで眠る真紅の機体。


(距離? セキュリティ? 関係ねえよ。)


 彼女は今、素体と融合し、かつての転移能力を遥かに超える力を手にしている。

 空間を把握し、座標を繋げる。

 フランスとイタリア。数百キロの距離を、彼女の意志が「ゼロ」にする。


「来いッ……! クリムゾンクイーン!!」


 セレーナがカッと目を見開き、腕を振り下ろした。

 その瞬間、ノアⅥの上空、何もなかった空間が歪んだ。

 紅蓮の稲妻が走り、空間に巨大な穴が穿たれる。


 ——ズドォォォォン!!


 大気を震わせる衝撃音と共に、亜空間の裂け目から、真紅の流線型機体が「召喚」された。

 それは重力を無視して空中に静止し、主の呼び声に応えるように駆動音を唸らせる。


「なっ……!?」

 カイトが、ユキが、そしてニコまでもが言葉を失う。

 物理的な距離を無視した、強制転移。しかも、パイロットが搭乗していない質量兵器を、遠隔地から強引に引き寄せたのだ。


「フフッ、ハハハハ!」

 ラプラスだけが、愉快そうに笑い声を上げた。

「素晴らしい! イザベラのセキュリティごと、空間をねじ曲げたか! やはり君は、僕の最高傑作(娘)だよ、セレーナ!」


 セレーナは額に滲んだ汗を拭い、荒い息を整えながらニヤリと笑った。

「言ったろ? 以前のアタシとは違うってな。」


 彼女はカイトを指差す。

「機体はここにある。文句はねえな?」


 カイトは、空中に浮かぶ真紅の機体を見上げ、そしてセレーナを見た。

 底知れないプレッシャー。

 だが、引くわけにはいかない。


「待ちなさい。」

 ラプラスが割って入った。

「カイトくんのベオウルフ・リベリオンは、レイとの戦闘とオーバーブレイクの負荷でガタが来ている。今の状態でやれば、空中分解するのがオチだ。」


 ユキが慌てて頷く。

「そ、そうだよ! 関節の駆動系も、DIVAコアの冷却システムも、限界ギリギリなんだから! 最低でもフルオーバーホールが必要だよ!」


「ちっ、そうかよ。」

 セレーナはつまらなそうに唇を尖らせたが、すぐに気を取り直した。

「なら、待つさ。万全のお前を叩き潰さなきゃ意味がねえからな。」


「期間は1週間。」

 ラプラスが宣言した。

「ニコ、君のラボの設備を借りるよ。僕とユキくんで、ベオウルフ・リベリオンを徹底的に調整する。ついでに、セレーナのクリムゾンクイーンのデータも取らせてもらう。」


「ええっ、僕のラボを?」ニコが驚くが、ラプラスは聞く耳を持たない。

「それまではお預けだ。いいね、セレーナ。」


「へいへい。1週間後に、最高のダンスを踊ろうぜ、カイト。」

 セレーナはウインクを投げると、アーク・ロイヤルの船内へと戻っていった。


 ◇


 それからの1週間は、慌ただしく過ぎ去った。

 ノアⅥの最先端設備を使い、ラプラス主導のもと、ユキとニコによるベオウルフ・リベリオンの改修作業が不眠不休で行われた。

 ラプラスの知識は圧倒的だった。DIVAコアとカイトの精神接続の効率化、オーバーブレイク時の余剰エネルギーを推進力に変換するシステム、そして未来視による反応速度に機体を追従させるためのフレーム強化。

 ユキは必死に食らいつき、その技術を吸収していった。カイトを守る翼を、より強くするために。


 一方、カイトは、シミュレーターを使って感覚の調整を続けていた。

 アリアもまた、歌の練習を重ねていた。カイトの負担を減らすため、より澄んだ、より強い癒やしの波動を歌声に乗せるために。


 そして、約束の日が訪れた。


 ノアⅥの地下深くにある、広大な実験用バトルフィールド。

 人工的な荒野が広がるその場所に、二機の星装機が対峙していた。


 一方は、修復と強化を終えた、漆黒と白銀の機体『ベオウルフ・リベリオン』。

 もう一方は、セレーナがアーク・ロイヤルから降ろした、真紅の流線型機体『クリムゾンクイーン』。その姿は、以前の無骨なヴァンキッシャーとは異なり、女性的な優美さと、禍々しいほどの攻撃性を併せ持っていた。


「準備はいいか、カイトォ!」

 通信越しに、セレーナの昂った声が響く。


「いつでもいける。」

 カイトは静かに答えた。アリアの歌声が、すでに心の中で響き始めている。DIVAコアの鼓動が、カイトの心臓と重なる。


【Simulation Start】


 電子音が鳴り響くと同時に、クリムゾンクイーンが消えた。

 いや、消えたのではない。セレーナの転送能力によって、一瞬で距離を詰めたのだ。


 ——来る。右後方。


 カイトの脳裏に、未来の映像が閃く。

 彼は反射的にベオウルフを左にスライドさせた。

 その直後、元いた空間を、何もない虚空から出現した巨大な鎌が切り裂いた。


「ハハッ! 見えてるねえ、やっぱり!」

 セレーナの笑い声と共に、クリムゾンクイーンは再び転移する。

 今度は上空。

 亜空間ゲートが開き、そこから無数のミサイルとビームの雨が降り注ぐ。


「くっ……!」

 カイトはシールドを展開しつつ、ブースト全開で回避行動をとる。

 セレーナの攻撃は、多彩かつ変幻自在だ。

 亜空間収納インベントリから、戦況に合わせて最適な武器を瞬時に取り出し、撃ち捨て、また次の武器へと持ち替える。

 巨大なハンマー、二丁拳銃、レーザーランス、自律型ビット。

 それはまるで、武器庫そのものが襲いかかってくるような悪夢だった。


「どうしたどうした! 守ってばかりじゃ勝てねえぞ!」


 セレーナの猛攻は止まらない。

 しかし、カイトは冷静だった。

 ラプラスによる調整のおかげで、機体のレスポンスは格段に向上している。未来視で見えた景色に対し、機体が遅れることなく追従してくれる。


(見える……攻撃の「芯」が。)


 カイトは、弾幕のわずかな隙間を見切った。

 アリアの歌声が高まる。


 **《風を切り、光を掴め》**

 **《その刃は、未来を拓く》**


 リミットブレイク。

 機体から青白い燐光が溢れ出す。

 カイトは、迎撃に来たクリムゾンクイーンの懐へと、一気に飛び込んだ。


「!? 速ぇッ!」


 セレーナが驚愕する間もなく、漆黒の剣が一閃する。

 クリムゾンクイーンは亜空間シールドを展開し、辛うじて直撃を避けたが、その衝撃で大きく吹き飛ばされた。


 二機は距離を取り、再び睨み合う。


「やるじゃねえか……。あーあ、楽しいなァ、おい!」

 セレーナの声は、心底楽しそうだった。


 模擬戦は、30分に及ぶ激闘の末、引き分けという形で幕を閉じた。

 互いに決定打を欠いたというよりは、これ以上続けると施設が崩壊しかねないと判断したラプラスによって、強制終了させられたのだ。


 ◇


 戦闘後のメンテナンスエリア。

 機体から降りたカイトとセレーナは、自動販売機の前で並んでドリンクを飲んでいた。

 汗を拭うセレーナの表情は晴れやかだ。


「いい汗かいたぜ。やっぱりお前との戦いは最高だ。」

「……死ぬかと思ったぞ。」

 カイトは苦笑する。セレーナの変幻自在な攻撃は、未来視があってもギリギリだった。


「なあ、セレーナ。」

 カイトは、少し声を落として尋ねた。

「イザベラさんは、何を考えているんだ? なぜ、エデンに加担しながら、俺たちにこんな強力な船を渡した?」


 セレーナは、飲みかけの缶を口から離し、天井を見上げた。

「さあな。あいつの頭ん中は、アタシにも理解不能だよ。」


「知っていることがあるなら、教えてくれ。彼女の目的は、本当に『地球の再生』なのか?」


 セレーナは、ふっと笑った。その瞳には、どこか寂しげな色が浮かぶ。

「あいつはな、探してるんだよ。失くした半身を。そのためなら、世界なんてどうなってもいいと思ってる狂人さ。」


「失くした半身……?」


「ま、深く考えるなよ。あいつはあいつのゲームを楽しんでるだけだ。アタシたちは、その盤上の駒……でもないな。ジョーカーとして期待されてるってとこか。」


 セレーナは言葉を濁した。

 イザベラから聞いた、リゲルという兄の話、アメリカ大陸の封鎖、そしてムーニーの真実。それらをカイトに話すことは、イザベラとの契約違反になる気がしたし、何より、今のカイトに余計な迷いを与えたくなかった。


「一つだけ言えるのは、この『アーク・ロイヤル』は本物だってことだ。これを使えば、お前はどこへでも行ける。ノアⅣを救うことも、その先にある真実を掴むこともできる。」


 セレーナは空になった缶をゴミ箱に放り投げた。

「アタシはアタシのやり方で、強さを追い求める。お前はお前のやり方で、守りたいもんを守ればいい。……まあ、次会うときは、また敵同士かもしれないけどな。」


 そう言って、セレーナはカイトの背中をバシッと叩いた。

「行ってこい、英雄。ノアⅣでお姫様が待ってるんだろ?」


 カイトは、痛む背中をさすりながら、セレーナの横顔を見た。

 彼女は多くを語らなかったが、その行動が、言葉以上の何かを伝えていた。

 この船は、罠かもしれない。イザベラの掌の上かもしれない。

 だが、今のカイトたちにとっては、唯一の希望の翼だった。


「……ありがとう、セレーナ。」


「礼には及ばねえよ。じゃあな。」


 セレーナは手を振り、出口へと向かう。

 その背中を見送りながら、カイトは決意を新たにした。

 ノアⅣへ帰る。

 そして、エデンの侵攻を食い止める。

 その先にある真実が、どれほど残酷なものであったとしても。


 ラプラスの研究室に戻ったセレーナを、ラプラスが待ち構えていた。

「楽しかったかい?」

「ああ、最高だったぜ。」

「カイトくんのデータも取れたし、君のクリムゾンクイーンの力も見えた。上出来だ。」


 ラプラスは満足げに頷く。

「さて、セレーナ。君はどうするんだい? イザベラの元へ戻るのか?」


 セレーナはニヤリと笑った。

「いや。少し寄り道してから帰るさ。この世界の『遊び方』が、少し分かってきたからな。」


 彼女の瞳の奥には、新たな野望の炎が揺らめいていた。

 役者は揃いつつある。

 次の舞台は、極東の島国、ノアⅣ。

 そこで繰り広げられる戦いは、星歌祭の比ではないだろう。


 白銀の翼『アーク・ロイヤル』のエンジンが、静かに、しかし力強く唸りを上げ始めた。

 それは、新たな時代の幕開けを告げる、胎動のようだった。

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