巡り逢う螺旋 ラプラス来訪
ノアⅥの最上階付近に位置する広大なスペース。ここは、本来、飛行する星装機や反重力リフトの発着場として作られたのだろう。しかし今は、静かな緊張感に満ちた場所として存在していた。広い円形の空間の中央には着陸パッドがあり、周囲は強化ガラスで覆われている。ガラスの向こうには、ノアⅥの清潔な街並みが広がっていた。
その場所で、カイト、ユキ、アリア、ニコ、そして零が、沈黙の中で待っていた。零はカプセルに入ったままだが、その呼吸は以前よりも穏やかだ。彼らが待っているのは、宇宙から来るという、謎の人物。
「時間だ。」
ニコが、腕に装着された端末を確認し、静かに告げた。その言葉が、凍てつくような静寂を切り裂く。
すると、ガラス張りの天井の遥か上空から、微かに星装機らしきシルエットが舞い降りて来た。それは、赤い機体にグライダーのような大型の翼をつけた、異質なフォルムをしていた。通常の星装機には見られない、特異な形状だ。
ノアⅥの代表であるアウラ司令には、事前に来訪者について伝えてあったため、警備体制は解かれていた。しかし、その奇妙な機体を目視する距離に近づくにつれて、カイトの脳裏に、強烈なデジャブがフラッシュバックした。
(この機体は……!?)
その記憶は、遠い昔に見た、強烈な炎と悲鳴の光景。暴走したヴァルキリアの前にあれわれ、そして、エジプトのアリーナで暴れ回る、真紅の機体—
「っ……クリムゾンロード!?」
カイトの声に、驚愕の色が混じる。まさか、あの機体が、こんな場所に現れるとは。
隣にいたユキとアリアも、その機体の正体に気づいた。ユキの顔には、警戒の色が浮かぶ。アリアは、不安そうに、カイトの腕に触れた。
「カイトさん……あれは……敵なの!?」
アリアの声は、震えていた。彼女もまた、クリムゾンロードがカイトを追い詰める幻視を見ていた。
ニコは、そんな三人の反応を見て、冷静に説明する。
「大丈夫だ。敵ではない。ノアⅥからの協力を得るために来たのだ。それに、あの機体は非武装。見るからに、戦闘する気はない。」
確かに、グライダーの翼がついている以外に、クリムゾンロードは非武装の状態だった。武装ポッドやランチャーは取り外され、機体の側面には、急ごしらえなのか、塗装されていない鋼の地肌が剥き出しになっている。何よりも、その機体からは、戦意のようなものが一切感じられない。
やがて、クリムゾンロードは、着陸パッドの中央へと、ゆっくりと降下してきた。ランディングギアが展開され、その巨体が、静かに地面に降り立つ。
だが、ハッチが開くよりも早く、光の粒子が瞬いた。コックピット部分が紅い光に包まれ、その中から、一人の人物が姿を現した。
「やあ、ニコ。久しぶりだね。今日は機会を作ってくれてありがとう。」
その人物は、まるで宇宙空間から直接転移してきたかのように、真っ白い白衣を纏ったままだった。子供のような外見。その人物こそ、ノアZEROの研究者であり、**PSYCHOコア**の覚醒者である、ラプラス、ことミコト・スメラギだった。
ラプラスの出現に、カイトとユキ、アリアは、言葉を失った。
ラプラスは、そんな三人の驚きを意に介することなく、零が眠るカプセルへと歩み寄った。
「レイ。ずいぶん大きくなったね、君。ふふ。君にボコボコにされて、セレーナはどっかにいってしまうし……彼女があんなふうに負けたのを見るのは初めてだった。あとで、ニコと一緒に、その時の話を聞かせてもらうからね。」
ラプラスの声は、まるで昔からの友人に話しかけるように、親しげだった。
ニコは、呆れたようにため息をつく。彼女にとって、ラプラスは、尊敬する師であり、同時に、手がつけられない研究狂でもある。
ラプラスは、零の姿を一瞥すると、今度は、カイトとユキ、アリアの方へと向き直った。その小さな体が、カイトの周りをぐるぐると回り出し、まるで珍しい研究対象を見つけたかのように、瞳を輝かせながら、彼を観察し始める。
「君がカイトか。ムーの地から生まれた希望。そして、眠れる姫、DIVA、バルキリアを覚醒させ、その身に宿した時間を超える力。いやはや、実に興味深い。」
ラプラスの言葉に、ユキは、恐る恐る口を開いた。
「あなたは……一体……?」
クリムゾンロードの圧倒的な存在感、そして目の前にいる人物の奇妙な振る舞いに、彼女はたじろいでいた。
ラプラスは、そんなユキの問いに、フフッと笑みを浮かべた。
「僕はラプラス。宇宙からやってきた、通りすがりの者さ。ニコやイザベラとは古い仲でね。今日は君たちと、そしてカイトくんの能力に興味があって、わざわざ足を運ばせてもらったのさ。」
ラプラスの言葉は、まるで宇宙の真理を語るかのように、平易でありながらも、深い意味を含んでいた。彼の口からは、カイトの秘密や、イザベラの名前が、当然のように語られる。ユキは、目の前の人物が、どれほど深淵な存在なのかを悟った。
「さあ、ヴァルキリア……ああ、ベオウルフ・リベリオンだっけ。あれはどこだい?早速、案内してもらうよ!君たちの実験を観察できることが、今から楽しみで仕方ない!」
ラプラスの声が、高らかに響き渡る。その瞳には、人類の運命を巡る壮大なゲームへの、純粋な好奇心と、狂気的な探求心が宿っていた。カイトは、その言葉の裏にある意図を、まだ完全に理解することはできなかった。しかし、この人物が、自分たちの行く末に、決定的な影響を与えるであろうことを、直感的に悟ったのだ。
ノアⅥの科学施設で、運命の歯車が、音もなく、回り始めた。




