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星装機ヴァルキリア 〜最強の黒騎士は、歌姫の愛で未来を視る〜  作者: homare


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秘密の檻

 緑化都市エジプトを後にしたノアⅣのトレーラー部隊は、夜の砂漠をひた走っていた。ベオウルフ・リベリオンを先頭に、カイトとニコを乗せた整備トレーラー、そして他の歌姫たちと護衛の軍人を乗せた居住トレーラーが続く。背後には、エジプトのアリーナで燃え上がった黒煙が、未だ夜空に不吉な影を落としている。


 カイトは、ベオウルフ・リベリオンのコックピットで、意識を失ったレイを腕に抱えていた。彼の美しい顔は青白く、呼吸も浅い。しかし、二回戦で見た美丈夫な姿からは想像もつかないほど、肉体には明確な変質が表れていた。血管が浮き上がり、肌は紙のように薄い。彼の身を蝕むDARKコアの異常が、顕著に現れ始めていた。


「大丈夫か、レイ……?」


 カイトの問いかけに、レイは微かに頷くものの、応える力はない。彼自身も、激戦とオーバーブレイクの反動で、体中が鉛のように重い。疲労と、まだ収まらない未来視の残像が、彼の頭を締め付けていた。


 隣では、ニコが手元の端末を操作しながら、レイの容態を監視している。


「やはり、予想以上の消耗だ。完全に覚醒したDARKコアのエネルギーは、彼の肉体では維持しきれない。」


 ニコの冷静な声には、焦りの色はない。しかし、その瞳の奥には、レイへの深い心配が滲んでいる。


「ノアⅥまで、あとどれくらいだ?」


「この速度なら、日の出までには到着する。」


 ニコの言葉に、カイトは安堵の息を漏らした。この夜が明ければ、一時的にでも、この追われるような旅は終わる。


 居住トレーラーの簡易的な食堂エリアでは、ノアⅣの歌姫たちと軍人たちが、緊迫した表情で窓の外を眺めていた。エジプトの襲撃は突然のことで、状況が完全に掴めていない。


「アリアさん、本当に大丈夫なんですか?エジプトであんなことが……」エマが不安そうにアリアを見上げる。


「大丈夫。無事に脱出できたんだから。」アリアは努めて明るく答えながらも、その表情には、まだ不安の色が濃い。彼女もまた、カイトの未来視を共有したことで、目の前の事態がどれほど深刻なものか、肌で感じ取っていた。


「ったく、あのセレブ野郎ども、まさかテメェらのとこが襲撃されるたぁ思わねえだろうな。メシ食ってる最中にミサイル降ってきやがったら、さぞかし驚いたこった。」ユナが毒づく。彼女の普段の嫌味と異なる、どこか人間味のある不満だ。


 カエデが静かにユナの腕を掴む。「ユナ、今は言葉を選びなさい。何が起こっているか、まだ分からないのよ。」


「でも……」ユナは言い返すものの、カエデの強い視線に、言葉を飲み込んだ。


 シアンは窓の外の闇を見つめていた。「私達も、あの場にいたら……」


 軍人たちも、固唾を飲んでいる。通信は遮断されたままだ。上層部からの指示もなければ、エジプトからの報せもない。彼らが守るべき対象であるノアⅣの要人や歌姫たちを無事に運び出すことだけが、彼らの任務だった。隊長が無線を握りしめ、時折、焦った表情で何かを呟いている。


 夜が明け、水平線に朝日が昇り始めた頃、遠く水平線上に、巨大な都市のシルエットが見えてきた。


「見えてきたぞ!ノアⅥだ!」


 隊長の声に、トレーラー内に安堵の声が漏れる。カイトの顔にも、微かな疲労と、僅かな安堵が浮かんでいた。



 ノアⅥのゲートをくぐると、外界の喧騒とは隔絶された、清潔で秩序だった街並みが広がっていた。白い壁の建物、手入れの行き届いた緑。他のノアが持つ貧富の差が表面化していない、どこか未来的な雰囲気を持つ科学都市だ。荒々しい外部とは対照的に、街全体が静謐な空気に包まれている。


 ゲートで待っていたのは、ノアⅥの代表、**アウラ**だった。白いローブを纏い、慈愛に満ちた笑みを浮かべる壮年の女性。彼女の傍らには、彼女の機体「ホーリーグレイル」が静かに控えている。


「ようこそ、ノアⅥへ。無事で何よりです。」


 アウラの穏やかな声が、一行を優しく迎える。その瞳は、訪れた一行を、まるで迷子の子供を迎える母親のように、温かく見守っていた。彼女の瞳には、アズラエルたちのような「冷たさ」や「計算」は一切感じられなかった。


 カイトとニコは、疲労困憊のレイを運ぶための担架が用意されていることに気づく。


「彼も、ご無事でしたか。よくぞ、連れてきてくださいました。彼の治療は、こちらで万全を期します。」


 アウラは、零を見つめ、静かに告げた。その表情は、どこか悲しげだ。


 レイは、担架に乗せられる直前、意識が途切れがちにカイトの袖を掴んだ。


「……裏切るな……約束……」


 か細い声だった。それが零の真の想いなのか、コアに侵食されたことによる僅かな自我なのか、カイトには判断できなかった。しかし、カイトは彼の手を握りしめ、力強く頷いた。


「ああ。約束だ。」


 レイは、わずかに微笑んだように見え、そのまま再び意識を失った。


 歌姫たちと軍人たちは、指定された宿泊施設へと案内される。ユキはカイトに、他の歌姫や軍人たちをノアⅥの関係者と調整して、部屋の割り振りや荷物運びの手伝いを頼まれたため、零に付き添うことはできなかった。


 ノアⅣの一団が、それぞれの場所へ散っていく中、ニコは、カイトの元へ近づいた。その瞳は、真剣な光を帯びている。


「カイト……」


 ニコは、レイが運び出された方向を一度見ると、意を決したようにカイトへと向き直る。


「まずは、休んでほしい。それから、レイについて、そして……この世界の秘密について、話したいことがある。」


 ニコは、カイトのコア、レイの能力、そしてノアⅥが果たすべき役割についての話をするべき時が来たと考えていた。エデンによる世界の革新、それに対応するためにも、カイトの力が必要だと確信している。それは、もはやニコ個人の好奇心のためだけではない。零のため、そして、真実を知り、これからの世界を生きるための、避けられない話だった。


「……分かった。」


 カイトは、短く答えた。彼の顔は、疲れと、真実への探求心で、複雑な表情を浮かべている。


 カイトはニコに連れられ、ノアⅥの中心部へと向かった。



 ノアⅥの中心部に位置する、厳重に管理された研究施設。そこは、白を基調とした、清潔で無機質な空間だった。無数のモニターが並び、膨大なデータが、光の粒子となって飛び交っている。


 ニコは、カイトを、施設の奥へと案内した。


「ここは、私の研究室。レイの……彼が誕生してから、ずっと、ここで彼を研究してきた。」


 ニコの声は、静かだが、その言葉には、深い感情が込められていた。


 カイトは、部屋の中央に置かれた、巨大な透明なカプセルを見つめた。カプセルの中には、生命維持装置に繋がれたレイが横たわっている。彼の顔は、穏やかで、まるで眠っているかのようだ。


「……彼を、助けてくれるのか?」


 カイトの問いかけに、ニコは静かに頷いた。


「ああ。そのために、君の力が必要だ。まずは……この世界の真実を知ることから、始めてほしい。」


 ニコは、メインモニターを操作した。すると、スクリーンに、地球の壮大な映像が映し出された。そして、その映像は、次第に、恐るべき真実を語り始める。


「この星は……今、大きな転換期を迎えている。」


 ニコは、地球の映像を見つめながら、静かに語り出した。


「ノア計画は、人類が、滅びゆく地球を救うために考案された、壮大な計画だ。」


 ニコは、その言葉とともに、スクリーンに、過去の映像を映し出した。それは、緑豊かな地球、そして、そこにそびえ立つ、巨大な構造物。


「当初の目的は、地球を、再び、緑豊かな星に戻すことだった。」


 緑化プラントであるノアを建造し、各大陸に派遣。そのための詳細な計画が、スクリーンに表示される。


「しかし、計画は、途中で頓挫した。」


 ニコの声が、わずかに、悲しみを帯びた。


「一人の科学者が、この計画を、歪ませたのだ。」


 スクリーンには、一人の科学者の姿が映し出された。そして、彼がアクティベートした、漆黒のコア、「DARKコア」の姿。


「DARKコアをアクティベートした彼は、ノア計画を飛び出して、アメリカ大陸を、黒い壁で覆ってしまった。内部の環境を改造し、気候をコントロールして、新たな人類の拠点とすることを目的として。」


 ニコの言葉とともに、スクリーンに、アメリカ大陸を覆う、巨大な黒い壁の映像が映し出された。その壁は、全てを遮断し、外部からの侵入を一切寄せ付けない。宇宙からのスキャンも不可能だ。内部がどうなっているのか、誰にも分からない。


「この壁によって、アメリカ大陸の人類は、月の輪廻転生システムから外れることになった。」


 ニコの言葉に、カイトは、眉をひそめる。輪廻転生システム。それは、ノアに与えられた、人類の管理システム。魂の総量。月のエネルギー。


「その結果、地球の魂の総量が減り、月のエネルギー減少にも繋がっている。過去に幾度か、ノア計画遂行のためにアメリカ大陸に進出しようとしたが、黒い壁は突破できなかった。侵入を試みた者は、行方不明になったり、別の場所に出されたりしてしまう。この封鎖された大陸の中では、人類が、異界からの侵略生物と、生存圏をかけて戦っているらしい。レイも、その存在を感知している。」


 ニコの言葉は、まるで、SF小説を読んでいるかのように、現実離れしていた。しかし、カイトは、それを信じた。彼の未来視が、その言葉の真実を裏付けているからだ。


「そして、その計画を見失ったノアを、歪めたのが、アズラエルを中心とした、ムーニー、月の民だ。」


 ニコは、スクリーンに、アズラエルの姿を映し出した。穏やかな笑みを浮かべているが、その瞳は冷たい。


「彼は、世界に散らばる地球人類の生き残りを、ノアによる兵力で殲滅し、住民をノアに移住させ、階層社会を構築し、身分の上下をつけて統治する計画に作り変えた。そして、ノア同士を、資源の枯渇を理由に争わせ、より強力な兵器と、人を作ることに力を注いでいる。星歌祭も、その一環だ。」


 ニコの言葉に、カイトは、怒りを覚える。彼の故郷、ムーを襲った「浄化作戦」。それは、アズラエルの計画の一環だったのだ。


「私の父も、七人の科学者の一人だった。彼の理念は、あくまで人類の進化。しかし、月の支配下において、それは歪められてしまった。父は、月の技術である延命を拒み、今ではもう、故人だ。」


 ニコは、父の姿を映し出し、そして、悲しげな表情を浮かべた。


「私も、父に見出されて、月でコアの研究をしていた。そして、あるとき遺伝情報のコピー劣化により誕生したのがレイだ。彼の異常な能力に気づいてから、私は、新たなDARKコアの持ち主として彼と研究を続けてきた。レイは、DARKコアによって人類の進化を早められる可能性を秘めている。星歌祭には、レイのために建造したノワールを持ち、父の友人であったノアⅥの代表を訪ねて、世話になっていた。」


 ニコの言葉に、カイトは、全てを理解した。そして、自らの過去、家族の死が、壮大な計画の犠牲であったことに、怒りを覚えた。


「だから……君の力を、貸してほしい。レイの……レイを救うためにも。そして……この世界を、救うためにも。」


 ニコは、そう言うと、カイトを真っ直ぐ見つめた。その瞳には、深い覚悟が宿っていた。



 漆黒の宇宙空間に浮かぶノアZERO。そのクリムゾンロード専用ハンガーは、静寂に包まれていた。コタツにもぐり込んだラプラスは、指先で器用に空間ディスプレイを操り、1回戦、そして激闘となった二回戦の全ての試合データを、時系列で再構築していた。モニターに映し出されるは、先刻終了したカイトとレイの決勝戦。光と闇が交錯する様は、まるで、宇宙の法則が歪められていくかのようだ。


「お前もまた、引きずり込まれたか……レイ。」


 ラプラスの口元が、わずかに歪む。親が子を見守るように、あるいは精緻な観測者が対象の動態を記録するように、昏睡状態のレイの体、そしてその脳内に進行する「変容」を仔細に分析する。DARKコアの力が、彼の肉体を人間離れしたものへと変貌させ、その行く末をデータとして示していた。それが進化か、あるいは破滅か。彼女はただ、それを記録する。


「……だが、それでも、貴様は生き、そして選ぶ。」


 ラプラスは、自身のアクティベートした**PSYCHOコア**の力を使い、遠隔で、各ノアの要人たちの通信を傍受していた。そこからは、アズラエルとフェイの敗北と拘束、ノアⅣ部隊のエジプト脱出、そしてレイとニコの行方を追う司令官リヒャルトの焦燥が読み取れる。全ての歯車が、計算通りに、あるいは計算を超えて動き出している。


 彼女の視線が、モニターの隅に映る、ノアⅧ代表、仮面の騎士、セレーナの姿へと移った。決勝戦の観戦席でイザベラと談笑するその顔には、一戦を終えた戦士の高揚と、レイの覚醒への驚きが混ざり合っていた。


(イザベラが、あの場所に現れるとはな……きっと、セレーナの心の隙につけ込み、自身の狂気の計画へと引きずり込もうとするだろう。そして、あれを使わせる……)


 ラプラスは、イザベラがセレーナに持ちかけるであろう話の内容を、ほぼ正確に予測していた。イザベラが**DIVAコア**の覚醒者として計画に加わった経緯、そして彼女の兄リゲルのいるアメリカ大陸へと渡るという最終目標。それら全てが、ラプラスにとっては何の目新しさもない既知の事実だ。


 彼女自身も、イザベラと同様に、ノア計画の「7人の科学者」の一人だ。地球は魂を閉じ込める「監獄」であり、輪廻転生というシステムが人類を永遠に支配しているという「真実」を、月の**マザー**から直接教えられた者の一人なのだから。ラプラスが今も身につける、奇妙なメカニックの腕輪に、**PSYCHOコア**の力が静かに脈打っている。


「私には、このゲームの最終形が見えている。それぞれのコアが覚醒し、人類の『心のエネルギー』が極限まで高まる。その先には、一体何が……。」


 ラプラスは、自身の指先で、空間に浮かぶ、自身の専用機「ヴァニティ(Vanity)」のホログラムモデルを弄ぶ。その機体は、背部に大きな翼を持ち、中心部には、虹色の光が煌めいていた。長年、この場所で、誰にも知られることなく開発を進めてきた、彼女自身の観測と干渉のための究極の機体。


「私にできることは、ただ、彼らがどのような進化の過程を辿るのか、あるいはどのような破滅を迎えるのかを、正確に観測し、記録することだけだ。そして、時には、この『ゲーム』をより複雑に、より面白くするための、微細な『攪乱』を与えること。」


 ラプラスは、誰もいないハンガーの奥深くに、そう呟いた。その瞳には、狂気と、そして、全てを俯瞰する観測者の冷静な好奇心が、複雑に混ざり合っていた。


(カイト、レイ、そしてセレーナ……お前たちは、どこまでいけるか?)


 脳内では、すでに未来の可能性の演算が始まっている。この物語は、今、彼女の期待通りに動き出したのだ。

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