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星装機ヴァルキリア 〜最強の黒騎士は、歌姫の愛で未来を視る〜  作者: homare


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蠢動の序曲

 熱狂と興奮が、臨界点を超えてアリーナ全体を包み込む。ベオウルフ・リベリオンとノワールの激突。それぞれの機体が放つ光と闇のエネルギーが渦巻き、空間そのものを震わせていた。


 カイトは、ベオウルフ・リベリオンのコックピットの中で、高まる高揚感と、それとは裏腹な、肉体への猛烈な負荷を感じていた。二回戦で受けたダメージの応急処置として剥がれた関節部の塗装が、今や黒い靄と光で満たされ、彼の視界にはノワールのシルエットが歪んで映る。ベオウルフ・リベリオンは、白いベールをまとったバルキリアの面影を纏い、まさに奇跡的な姿でその場に存在していた。


「——うおおおおおおお——」


 咆哮と共に、カイトはオーバードライブの極致へと突入する。その時、意識の奥底、肉体と魂が剥がれ落ちるような感覚の中で、唐突に「視える」ものがあった。それは、ノワールとの激しい攻防の最中に差し挟まれる、奇妙な映像だった。


 一瞬の煌めき。彼の脳裏を駆け巡る光景。


 アリーナの外だ。決勝戦が繰り広げられているこの場所、そのすぐ外の緑化都市エジプト。頭上高くそびえる巨大なピラミッドが映し出される。転送ゲートの輝きが消えるか消えないかのうちに、幾隻もの黒い影が、まるで猛禽類のようにピラミッドの周囲に展開していた。


 あれは星装機ではない。形状、機動。それは、ノアの制式機ではない、未確認の軍用機だった。


 映像はさらに続く。その軍用機が、レーザーとミサイルでピラミッドの警備ドローンを蹴散らし、さらに市街地、いや、観客エリアへと無差別に攻撃を仕掛け始めたのだ。人々の悲鳴が、映像を揺らぎながらカイトの脳髄に響く。阿鼻叫喚の地獄。血と炎、瓦礫の山。その地獄絵図の中に、自分たちノアⅣのメンバーも、無力に倒れている姿が、まるで現実かのように突きつけられた。


「…な……!?」


 衝撃的な映像に、カイトの意識が乱れる。彼の「未来を見る力」が、過去のデジャブではなく、現実の危険を予知していたのだ。しかし、それは何よりもまず、彼自身に直結する。彼の肉体への凄まじい負荷がそれを現実にするのだ。


 その時、意識を揺さぶられるカイトに、アリアの歌声が直接脳内に響いてきた。


 《繋がる命の調べ、共鳴エコーする魂よ》

 《未来を照らせ、闇を切り裂く、希望の旋律》


 アリアの歌声は、常にカイトと繋がっている。彼女は、カイトの意識の奥底に流れる、未来の幻視を、確かに共有していたのだ。歌声の波動が、幻視の激しさに呼応するように高まり、アリア自身の体も震え始める。彼女もまた、アリーナの惨劇と、自分たちの仲間の悲鳴を、共有していた。


(これは……幻覚じゃない……本当に、起きる……!)


 二人の意識が、混ざり合い、ひとつの未来を確信した。


(ノワールとの戦いを……終わらせるんだ!すぐにここを離れないと……!)


 激しく戦いながらも、カイトの意識は、既にその先の行動へと向けられていた。彼の漆黒の瞳の奥で、翠玉の光が狂おしいまでに輝く。アリアの歌声は、今やただカイトを鼓舞するだけでなく、二人を繋ぐ、命綱と化していた。


 戦況は最終局面を迎えた。ベオウルフ・リベリオンは白いベールを纏ったオーバーブレイクの姿となり、ノワールを圧倒していた。時を操るかのようなベオウルフ・リベリオンの攻撃は、空間そのものを支配するノワールの制御を凌駕し、彼を追い詰める。レイは自身の限界を悟り、ノワールの腕を切り落とされたところで、自動で機能停止する。


【ノワール——機能停止】


【パイロット——自動脱出システム、起動】


 試合終了のメカニカルな音声が響き渡る中、漆黒の巨体はゆっくりと膝を突き、その機能を停止する。同時に、ノワールのコックピットが静かに開かれ、自動脱出システムによって、レイの体が排出されていく。彼はまだ意識を失っているようだ。


 静寂が、アリーナを支配した。しかし、その一瞬の後、爆発的な歓声が、地鳴りのように轟き渡る。観客は総立ちになり、この信じられない勝利に、興奮の声を上げる。


 **アリアの指示**


 歌唱ブースで、アリアは、歓声の中に立ち尽くしていた。疲労困憊で、意識を失ったカイトの姿をモニターで確認しながら、彼の意識を伝わるように、直感する。


(——時間がない!すぐに、みんなを避難させないと……!)


 彼女は、ノワールとの戦いの最中にカイトと共有した未来の光景を、鮮明に思い出していた。軍用機による襲撃。無差別な攻撃。観客エリアの惨状。あれが現実となる、という確信が、アリアを突き動かした。



「みんな!聞いて!すぐにノアⅣの待機エリアに向かって!軍の人と合流して、脱出の準備をして!」


 アリアの声は、切羽詰まっている。祝勝ムードで盛り上がる他の歌姫たちは、突然の指示に戸惑いを隠せない。


「アリアさん?どうしたの、急に?」エマが心配そうな顔で尋ねる。


「アリア、何言ってるの?試合は終わったのよ?祝勝会もあるし、疲れてるの?」ユナが不満げに眉をひそめる。


「説明する時間はないの!でも、信じて!早く!軍の人を連れて、今すぐトレーラーに!」


 アリアの悲痛な叫びと、尋常ではない様子に、歌姫たちの表情は、真剣なものへと変わった。カエデが、リンとシアンの肩を叩く。


「何か、緊急事態なのね……アリアさんの顔を見ればわかるわ。みんな、アリアさんの言う通りにしましょう。」カエデが冷静に促す。


「はいっ!」エマは真っ先に駆け出した。


 歌姫たちは、護衛のスタッフを連れて、すぐさまノアⅣの待機トレーラーへと走り出す。彼らはまだ、何が起こっているのか理解していなかったが、アリアの表情が嘘をついていないことを、肌で感じ取っていたのだ。


 **ユキの決断**


 祝勝会の賑わいが最高潮に達する中、メンテナンスエリアでベオウルフ・リベリオンのメインモニターを見ていたユキは、ふと、胸騒ぎを覚えた。勝利の興奮も冷めないうちから、脳内で、過去に起きたムーの惨劇が蘇るような嫌な予感がする。闘技場のざわめきの中に、不穏な空気が混じり始めているように感じた。


「……何かがおかしい……」


 直感が警鐘を鳴らす。アリアとの通信はできない。彼女の状況を確認しようとしたユキは、管制塔との緊急通信回線が開かれていることに気づく。モニターの隅に表示された、ピラミッドからの警報ログと、未確認の軍用機を示すアラート。


(まさか……ピラミッドが攻撃されている……!?そして、その対象は……!?)


 ユキの頭の中に、最悪のシナリオが浮かび上がった。観客席。ノアⅣのパイロットたち、歌姫たち、そして——カイト。


「カイト!」


 ユキは叫んだ。準備に置いていたホバーバギーに飛び乗り、操縦桿を力強く握る。整備担当として、機体の状況や機体からのダメージ信号、パイロットの状態を細かく把握している。何よりも優先すべきは、カイトの安否。


 轟音を立ててアリーナへと向かうホバーバギー。観客席を縫うように、一気にカイトの元へ急いだ。その心臓は、警鐘のように激しく脈打っていた。


 **零とニコ**


 アリーナ。ベオウルフ・リベリオンの勝利が決し、零は静かに機能停止していたノワールへと目を向けた。自動脱出システムによって排出されたレイの身体は、コックピットから降り立ち、その場に倒れ伏している。


 カイトは、意識が朦朧とする身体に鞭打ち、ノワールを横たえた。彼はノワールのコクピットを開け、レイへと呼びかける。


「おい、しっかりしろ!ここから脱出するぞ!」


 レイの漆黒の瞳は閉じられ、反応がない。その美丈夫な顔は、疲労で青ざめている。カイトはレイの体に触れ、人間へと近づいた、その体温を感じる。


 その時、カイトの機体のメインモニターに、通信が割り込んだ。


【ニコ:カイト……聞こえるか?レイの……零の専属エンジニアのニコだ……!】


 通信はノイズ混じりだったが、その声には必死さが滲んでいる。


「聞こえる!何があった!?」


 カイトは焦りながらも返答した。レイが生きている、それだけで奇跡的だった。


【ニコ:レイの…彼の頭のコアメモリだ……今回の戦闘で完全に脳と一体化した…もう彼の体を分離させることは不可能だ…そして今……彼の身体を浸食し始めている……完全に目覚めようとしている……頼む……彼の頭の……DARKコアを……!奴らを…、一緒に逃げてくれ…!】


 ニコの必死な訴えに、カイトは息を呑む。コアメモリの引き抜きは、零の死を意味する。同時に、それはDARKコアを暴走させる可能性も孕んでいた。


 カイトは、深く、静かに息を吸い込んだ。その表情に迷いはなかった。


「……わかった。約束する。」


 カイトは、通信を切った。その時、ホバーバギーの音と共に、ユキがアリーナに到着する。彼女の表情は、驚きと心配でいっぱいであった。


「カイト!大丈夫!?」


 ユキはバギーから飛び降りると、カイトの元へと駆け寄ろうとする。


「ユキ!頼みがある!」


 カイトは、弱々しいレイの身体を指差す。


「零をノアⅣのトレーラーまで連れて行ってほしい。」


 ユキは、戸惑いながらも、レイの美丈夫になった姿を見て息を呑む。そしてカイトの言葉に、何も言わず頷いた。彼にできることは、ただ、カイトの頼みを信じ、遂行すること。そして彼の隣にいること。


「俺は…これからニコを助けに行く。零の居る場所へと。」


 カイトはベオウルフに再び乗り込むと、力強く叫んだ。彼の翠玉の瞳には、まだ迷いはあったが、彼の行くべき道が示されている。


 **アリアとの合流、そしてカイトの単独行動**


 ユキはレイを抱え、ノワールの機体に寄りかからせながら、アリアのいる歌唱エリアへと向かう。歌唱ブースで不安げに立ち尽くすアリアが、ユキの視界に入った。


「アリア!零を運んできた!早く!軍の人と合流するんだ!」


 ユキは叫ぶ。その声は切羽詰まっていた。アリアの顔が驚愕に染まる。


「ユキさん!?それに……この方は……零……さん……?」


 アリアは、目の前で運ばれている美しい青年に息を呑む。まさか、あのノワールのパイロットだとは、思ってもみなかっただろう。しかし、アリアの瞳の奥で、その青年の姿と、レイの無感動な瞳とがシンクロし、アリアもまた直感的に察知する。今ここで何が起きているかを。


「後で説明するわ!早く、脱出するわよ!」ユキは短く告げた。


 ユキの言葉を受け、アリアはすぐさま状況を理解した。カイトと共有した未来が、既に目の前に迫っているのだ。


 混乱の中、ノアⅣの歌姫たちは護衛のスタッフと共に、ノアⅣの待機トレーラーへと向かっていた。零を乗せたユキもその流れに乗って進んでいく。彼らの目に映るのは、すでに武装兵が警備を強化し始めているアリーナの外の光景だった。


 アリーナでは、カイトを乗せたベオウルフ・リベリオンが、再び重々しい足音を響かせ、ニコのいるであろう、ノアⅥの研究エリアへと向かっていた。彼の背中からは、先程までの勝利の高揚は消え失せ、決然とした覚悟だけが漲っている。


 彼は今、一人で、過酷な任務へと向かっていた。

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