暴走
部屋の中央には、白銀の星装機「バルキリア」が、巨大なハンガーに固定されていた。その大きさは、約8メートル。星装機としては標準的なサイズだが、その優美なシルエットは、他の機体とは一線を画していた。
カイトは、そのバルキリアを、正面から見上げていた。無表情の瞳には、興味や期待といった感情は一切感じられない。ただ、静かにバルキリアを見つめているだけだった。
その時、イザベラを先頭に、アリアとユキが実験室へと入ってきた。
「カイト、待たせたわね。」
イザベラは、カイトに声をかけた。
「…」
カイトは、無言で頷いた。
「こちらが、今回の起動実験で歌唱を担当するアリアよ。」
イザベラは、アリアを紹介した。
「…」
カイトは、アリアを一瞥しただけで、すぐにバルキリアへと視線を戻した。まるで、アリアに興味がないかのようだった。
「…はじめまして、アリアと申します。よろしくお願いします。」
アリアは、少し戸惑いながらも、カイトに挨拶をした。
「…」
カイトは、無言のまま、バルキリアに近づいていく。
「ちょっと、カイト!挨拶くらいしたらどうなのよ!」
ユキが、カイトを嗜めた。
「…すまない。」
カイトは、軽く頭を下げた。その表情は、少しだけ柔らかくなった。彼は、ユキの言葉には、素直に耳を傾けるようだった。
「怪我しないようにね。」
ユキは、心配そうに言った。
「ああ。」
カイトは、短く答えた。彼は、バルキリアのコックピットへのハッチを開き、躊躇なく乗り込んでいった。
カイトが機体に乗り込むのを確認すると、イザベラは、アリアとユキを連れて、隣接する制御室へと移動した。
制御室は、無数のモニターとスイッチが並ぶ、複雑な空間だった。イザベラは、中央のコンソールに座り、カイトとの通信回線を開いた。
「カイト、聞こえる? これから、起動実験を開始するわ。」
イザベラの声が、カイトのコックピットに響き渡る。
「…了解。」
カイトの冷静な声が返ってきた。
「まずは、機体の各システムをチェックするわ。異常があれば、すぐに教えて。」
イザベラは、コンソールを操作し、バルキリアの各部のデータをモニターに表示させた。
「…異常なし。」
カイトは、淡々と答えた。
「…よし、それでは、起動実験を開始するわ。」
イザベラは、深呼吸をし、起動シーケンスを開始した。しかし、バルキリアは、微動だにしない。
「…起動しない。原因を調べて。」
イザベラは、焦りを隠せない。
「…アリア、あなたの歌声が必要みたいね。」
ユキは、アリアに声をかけた。
「…はい。」
アリアは、覚悟を決めた表情で、マイクを握りしめた。
(歌姫の声:)
眠れる力、目覚めよ!
鋼の魂を、呼び覚ませ!
アリアの歌声が、実験室に響き渡った。彼女の歌声は、透明感があり、どこか神秘的だった。
スクリーンに、ディーバシステムのゲージが表示された。しかし、ゲージは、ほとんど上がらない。
(ディーバシステム:共鳴率10%…20%…)
「…アリア、もっと感情を込めて!もっと激しく歌って!」
イザベラは、アリアに指示を出した。
アリアは、必死に歌い続けた。
(歌姫の声:)
狂おしいほどの渇望を!
破滅の淵から、立ち上がれ!
その時、重低音と共に、バルキリアが起動しそうになった。
(ディーバシステム:共鳴率30%…)
「来たわ!アリア、その調子よ!」
イザベラは、興奮した様子で叫んだ。
「…」
アリアは、さらに熱唱した。
(歌姫の声:)
運命を切り裂く刃となれ!
この命、燃やし尽くせ!
機体全体に、まばゆい光が走った。そして、淡く、目が点灯した。
「カイト!応答してください!カイト!」
イザベラが、カイトに呼びかけた。しかし、応答はない。
一方、カイトのいるコックピット。重低音が、彼の脳を揺さぶっていた。
(イメージ:燃え盛る炎、血に染まった大地、叫び声、爆発音、崩れ落ちる瓦礫…)
過去の映像が、カイトの脳裏に、洪水のように押し寄せてくる。
(カイトの声:)
「…やめろ…俺の頭の中を、勝手にいじるな…」
カイトは、苦悶の表情を浮かべ、バルキリアを停止させようとした。しかし、機体は、彼の言うことを聞かない。
「カイト!カイト!」
ユキの声が、制御室に響き渡る。
「イザベラさん!早く停止ボタンを押してください!」
ユキは、イザベラに懇願した。
「…でも…」
イザベラは、バルキリアのデータを見つめ、躊躇していた。
「早く!カイトが危ない!」
ユキは、イザベラの腕を掴み、停止ボタンを押そうとした。その時、イザベラの助手たちが、ユキを押し止めた。
「ダメです!勝手にボタンを押さないでください!」
「…!」
ユキは、歯噛みし、イザベラを睨みつけた。そして、彼女の隙をついて、停止ボタンを力強く押した。
しかし、時すでに遅し。
停止ボタンを押した瞬間、バルキリアは、拘束具を粉々に破壊し、激しく暴れ始めた。まるで、怒り狂った獣のように。
「きゃあああ!」
ユキは、悲鳴を上げた。
バルキリアの機体全体に、稲妻のような光が走り、ハンガーが軋み、コンクリートの床がひび割れていく。その光景は、まさに、破滅の序曲だった。
白銀の機体は、その優美さを失い、狂気に染まった凶器へと変貌していく。淡く光っていた目は、血のように赤く染まり、まるで、パイロットの精神を喰らい尽くそうとしているかのようだった。
「何が起きてるの!?バルキリアが制御不能になった!?」
イザベラは、コンソールを必死に操作し、機体のデータを解析しようとするが、応答はない。
「カイト!カイト!応答して!一体何が…!?」
イザベラは、マイクに向かって叫んだ。
(カイトの声:)
「…くそ…止めろ…これは…俺の…戦いだ…」
カイトの声は、苦痛に歪み、途切れ途切れだった。
制御室全体に、警報音が鳴り響く。バルキリアのエネルギーレベルが、危険領域に達していた。
「エネルギーレベルが臨界点を超えた!緊急脱出システム稼働!」
イザベラの助手たちが、慌ただしく動き始めた。
しかし、バルキリアは、緊急脱出システムすらも破壊し、暴走を続けていた。
ユキは、目の前で起こっている惨状に、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
「…カイト…!」
彼女は、カイトの名前を叫んだ。その声は、絶望に満ち溢れていた。
その時、バルキリアが、巨大な咆哮を上げた。
そして、その咆哮に応えるように、実験施設全体が、激しく揺れ始めた。ノアが、何かに接触したような、激しい衝撃だった。
「緊急事態発生!敵襲です!正体不明のの星装機が、ノアに侵入しました!」
緊急オペレーターの声が、制御室に響き渡る。
「何だって…このタイミングで…!」
イザベラは、愕然とした表情で、モニターを見た。そこには、赤い機体の星装機が、ノアに侵入し、暴れ回る映像が映し出されていた。
「敵の狙いは、バルキリアか…!」
イザベラは、呟いた。
今、まさに、ノアⅣは、危機に瀕していた。そして、カイトとアリアの運命は、大きく動き出そうとしていた。