起動実験施設
荒涼としたノアの下層区画から一転、最新鋭の技術が集結した「バルキリア起動実験施設」は、白く清潔な空間だった。無機質な壁面には、複雑な配線が走り、巨大なモニターには、無数のデータが羅列している。
アリアは、緊張した面持ちで、実験施設へと足を踏み入れた。彼女の隣には、研究主任のイザベラと、整備士のユキが寄り添っている。
「大丈夫よ、アリア。リラックスして。」
イザベラは、優しくアリアの肩を叩いた。彼女は、研究者ではあるが、その明るい性格と面倒見の良さから、研究員だけでなく、アリアからも深く信頼されていた。
「…はい。」
アリアは、自分の歌声が、バルキリアを起動させることができるのか、不安だった。
「アリア、今日からあなたのサポートをすることになった、ユキよ。彼女は、ノアのコアに眠っていたバルキリアを発見するプログラムを解析した、凄腕の整備士なの。」
イザベラは、ユキを紹介した。
「初めまして、アリアさん。整備のことは、私に任せてください。」
ユキは、明るい笑顔でアリアに手を差し出した。彼女の瞳は、好奇心と情熱に満ち溢れていた。
「…初めまして、ユキさん。よろしくお願いします。」
アリアは、少し戸惑いながらも、ユキの手を握り返した。
「ご存じの通り、ディーバシステムは、ノアⅣオリジナルの技術。歌姫の歌声を、星装機のエネルギーに変換する画期的なシステムよ。」
イザベラは、興奮した様子で説明した。彼女の瞳は、科学者としての知的好奇心に満ち溢れていた。
「ノアⅣ以外のノアにも、様々なシステムは存在するけれど、ディーバシステムの効率と安全性は、群を抜いているわ。特に、アリア、あなたの歌声は、ディーバシステムとの相性が抜群に良いの。」
イザベラは、アリアの才能を高く評価していた。しかし、アリアは、闘技場でのライブでは、ディーバシステムを十分に発揮できていないことを知っていた。その割合は、わずか3割程度。しかし、ライブ会場では、その力を半分程度引き出すことができていた。
「…でも、なぜ、闘技場では、上手く力を発揮できないのでしょう?」
アリアは、素朴な疑問を口にした。
「それは、システムの特性上、歌姫の精神状態に大きく左右されるからよ。闘技場では、緊張やプレッシャーを感じてしまうでしょ?」
イザベラは、アリアの優しい部分を理解していた。彼女は、争いを好まず、人々の心を癒したいと願っている。そんなアリアにとって、闘技場でのライブは、苦痛以外の何物でもなかった。
「実はね、アリアさん。」
ユキが、少し沈んだ声で口を開いた。
「バルキリアの起動実験は、これまで何度も行われているんだけど、毎回、同じ結果に終わっているの。」
ユキの言葉に、アリアは息を呑んだ。
「起動実験を行うと、バルキリアは、凄まじいエネルギーを発するんだけど、制御することができなくて、暴走してしまうの。そして、パイロットや歌姫の精神を蝕んでしまう。」
イザベラが、言葉を引き継いだ。
「起動実験に失敗するときは、バルキリアは、黒いオーラを纏ったり、機体カラーが黒く変色してしまうわ。まるで、悪魔に取り憑かれたみたいにね。」
ユキは、少し怖そうに言った。
「…そんな…」
アリアは、恐怖を感じた。彼女は、自分が、バルキリアを起動させることができるのか、さらに不安になった。
「でも、私たちは、諦めないわ。あなたの歌声なら、きっと、バルキリアを制御することができる。」
イザベラは、アリアを励ますように言った。
「ノアのコアに眠っていたバルキリア。その起動実験が、いよいよ近づいているわ。テストパイロットは、ノアⅦのガルーダに勝利した、あの『沈黙の黒騎士』…カイトよ。」
イザベラの言葉に、アリアは驚いた。
「カイト…さん?」
アリアは、過去に一度だけ、闘技場でカイトとすれ違ったことがあった。その時、彼女は、カイトの瞳に、深い孤独を感じた。
ユキは、俯き加減で、静かに口を開いた。
「カイトがテストパイロットになるのは、少し不安なの。彼の機体、ベオウルフは、確かにディーバシステムを搭載している。でも、ガルーダとの戦いを解析した結果、彼は、ディーバシステムの恩恵をほとんど受けていないことが判明したの。まるで、システムを拒否しているみたいに…」
ユキは、カイトの強さは、常軌を逸していると感じていた。そんな彼が、制御不能なバルキリアのエネルギーに耐えられるのか、心配だった。
イザベラは、微笑んだ。
「ユキ、あなたは、真面目ね。でも、私は、カイトがディーバシステムを拒否しているからこそ、今回の実験に活かせると思っているの。」
イザベラは、逆転の発想で、カイトの特異な性質を、バルキリアの制御に利用できると考えていた。
「…どういうことですか?」
アリアは、不思議そうに尋ねた。
「カイトは、ディーバシステムに頼らず、自身の力だけで、ガルーダに勝利した。つまり、彼は、自身の精神力だけで、機体をコントロールできる。それは、バルキリアのような、強力なエネルギーを持つ機体を制御するために、必要な要素になるはずよ。」
イザベラは、自信に満ちた表情で語った。
「さあ、行きましょう。カイトも、もう到着しているわ。」
イザベラは、アリアとユキの背中を押し、格納庫の中へと進んでいった。