交差する視線
緑化都市エジプト。かつて砂漠だった場所が、今は豊かな緑に覆われ、オアシス都市としての活気を取り戻している。どこからか香る甘い香りと、肌をなでる穏やかな風が、訪れる人々の心を癒す。
しかし、そんな表の顔とは裏腹に、星歌祭を前に、各ノアからの代表者たちが集結し、張り詰めた空気が街全体を覆っていた。
カイト、ユキ、アリアの三人は、郊外の整備ドックを抜け出し、街へと繰り出していた。本来の目的は、明日のメンテナンスに必要なパーツの買い出しだが、ユキの「エジプトを見てみたい」という願いを叶えるための、ちょっとした観光も兼ねている。
ノアⅣの下層地区に住む2人は、街並みに目を輝かせていた。普段整備工場にこもりっぱなしのカイトには、目新しいものばかりだ。
一方アリアは少しでも多くの時間をカイトと過ごしたい気持ちがあったものの、2人きりにしてあげた方がいいのではないか、という思いもあり、少しだけ後ろを歩いていた。
いつもの3人、どこかよそよそしい、そんな空気が漂う。
先程からキョロキョロとあたりを見回しているユキ、それに付き合うように、物珍しそうに店を覗いているのはカイト。
観光といっても、戦闘狂と機械マニアが満足するような場所にしか行っていない。
(そもそも人が多い場所が好きではないし、これからどうしたものか)
「どうかしたの?」
困り顔がバレていたのか、ユキに見つかってしまった。
「いや、なんでも……ない」
何か言いたげなユキを遮って、カイトは続ける。
「それより、あっちの店に気になるものがあるんだ。付き合ってくれ。」
カイトは早足で、屋台の方へ歩いて行った。
その瞳に映るのは、古びた工具店。
そんなカイトを追いかけるように、ユキも歩き出す。
「……カイトらしいね」
そんな2人をみて、アリアはクスッと笑った。
その表情は、安堵に満ち溢れていた。
いつもの三人。 けれど、少しだけ何かが違う。 そんな、穏やかな時間が流れていた。
——少しは休めたみたいだし、そろそろアタシも……
そんな2人を見ていたら、力が湧いてきた。
ふと空を見上げると、普段見慣れた格納庫の天井ではなく、本物の空が広がっていた。
思い浮かぶのは、闘技場で共に戦い、支え合う、あたたかい記憶。
心の奥底にある思いに向き合いながら、それを強さに変えて戦うカイト。
そんなカイトを、支えたい。
そのために、自分にできることは何か。
熱いものが込み上げてくる。
私もカイトさんの隣に……並んで歩みたい。
そう願うと同時に、それは叶わないことなのだと、自覚してしまう。
八方美人だと思われたくない、という気持ちもあった。
だって私は——
また暗い考えに囚われそうになったアリアは、無理やり思考を中断する。
——いけない。
これではいつもの私と同じだ。
もっと肩の力を抜いて、自然体でいればいい。
そして、ふと、ささやかな疑問が浮かんだ。
「……ふふ、それに、私が隣にいたら、カイトさん、落ち着かないだろうし……」
俯きがちに、アリアはつぶやく。
その表情は、どこか寂しげだった。
どこか諦めたような雰囲気を感じとって、 複雑な心境になる。
ユキの気持ちには気づいている。幼馴染としていつも隣にいたユキと、 歪んだ絆で結ばれてしまっている自分。
2人の関係を壊したくない、という気持ちもある。わがままを押し通して良いわけがない。
それに、 1番近くで支えているのは、やっぱりユキだ。
そう思うと、何も言えなくなってしまう。
……やっぱり、私は、ただの歌姫でしかないんだ。
その言葉が、胸に突き刺さる。
「だけど、それでも……っ!」
俯いた顔をあげ、青空を見据える。
吹っ切れたような、晴れやかな笑顔だった。
そんな葛藤をよそに、その頃、カイトはというと……
狭い店内に所狭しと並べられた工具やパーツを、 ユキと2人で物色していた。
幼い頃から使い慣れた工具から、 見たこともないような珍しいものまで、 多くの品が並べられており、見ているだけで心が躍る。
宝探しをしている子供のように、瞳を輝かせながら、工具を手に取っては、
あれでもない、これでもないと、吟味を重ねている。
普段は無愛想なカイトも、こんな場所では笑顔を見せる。 そんなカイトを見るのが、ユキは好きだった。
「カイト、これ、どうかな? 前から欲しがってた、新型のトルクレンチ。これがあれば、作業効率も格段に上がると思うよ!」
ユキは、手に持っていたトルクレンチを、カイトに勧めた。
「…これは、いいな。グリップの形状も、手に馴染む。それに、トルクの調整幅も広い。これがあれば、ベオウルフのメンテナンスも、さらに正確にできる。」
カイトは、トルクレンチを手に取り、細部まで確認すると、満足そうに頷いた。
その様子をみて、ユキは嬉しそうに微笑んだ。
「カイトが喜んでくれるなら、よかった。」
そう言い残し、先程から気になっていた工具の方へ、ユキは歩を進める。
カイトに見せるいつもの笑顔の裏で、ユキは複雑な思いを抱えていた。
幼馴染としていつもそばにいたけれど、 私は、カイトの隣にいることが許されない。そんな気がしていた。
「せっかく街に出てきたんだし、少しは休憩しようか?何か甘いものでも奢ってやるぞ」
「珍しいね、カイトから誘ってくれるなんて。 もちろん、付き合うよ」
ニヤリと笑みを浮かべるユキに釣られて、カイトも少しだけ笑った。
そんなカイトを見ていると、胸の奥がじんわりと暖かくなるのを感じた。
( カイトには、 笑顔でいてほしい。 そのためには、私は何でもする——)
強い決意を胸に抱き、歩き出す。
そんな 2人の様子を、 少し離れた場所から そっと見守るアリア。
「……そろそろ、時間かしら」
アリアは小さくそう呟くと、空を見上げた。
太陽は高く昇り、辺りを眩しく照らしている。
心地よい風が、アリアの頬を撫で、髪を優しく揺らした。
運命の糸に導かれるように、 3人はそれぞれ、歩みを進める。
それぞれの想いを胸に秘めて——。




