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星装機ヴァルキリア 〜最強の黒騎士は、歌姫の愛で未来を視る〜  作者: homare


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再会、交錯する想い

 埃っぽく、雑多な匂いが鼻を突く。どこからか聞こえてくる喧騒と、人々の熱気が混ざり合い、独特の雰囲気を醸し出す緑化都市エジプトの街の一角。その人混みの中で、ラプラスは偶然、かつての同志と再会した。


「……イザベラ……?」


 ラプラスは、信じられないといった表情で、その女性を見つめた。


「あら、ミコト? …それとも、今は、ラプラスと呼ぶべきかしら?」


 イザベラは、いつものように、屈託のない笑顔を浮かべ、ラプラスに話しかけた。

 いったいいつから会っていないだろうか。そのときから、何も変わっていない。どこか幼さを残した外見も、明るく無邪気な笑顔も、すべてそのままだった。

 長い時を経ていなくともわかる。


(少しは、落ち着いたところを見せてほしかったんだけどね。)


 それもまた彼女らしさなのだろう。 ラプラスは、心の中でそう呟いた。


 かつて、滅亡寸前の地球を救うため、共に未来を誓った同志。それなのに、今は、違う道を歩んでいる。そう痛感させられるほどに、異質な存在に感じられた。


「まさか、こんなところで会うとはね。そちらは、楽しんでいるかしら?」


 セレーナの気配を感じ取ったのか、一瞥だけくれるイザベラ。 挨拶もそこそこに、一方的に言葉を重ねていく。


「まさか、貴女も、星歌祭に興味を持って? それとも、何か別の目的があるのかしら。」


 感情の読めない翠玉の瞳が、ラプラスを見つめる。

 その視線に、ほんの少しだけ、気圧されそうになる。

 それほどに、今のイザベラは、かつての面影を残してはいなかった。

 数秒間の沈黙が流れたあと、重い口を開いた。


「そちらこそ……こんなところに、何の用だ」


 それは、皮肉めいた、問いかけだった。

 かつてのミコト・スメラギは、あらゆる人間から尊敬を集める、偉大な科学者だった。救済を謳い、研究に没頭する日々。

 ノア計画の初期段階から関わり、あらゆる技術開発を主導した。狂気に堕ちる前の彼女を知る人間は、もはや、ほとんど残っていない。


 ——故郷を蘇らせることだけが、わたくしの全て


 過去の出来事が脳裏をよぎる。 

 あの頃の自分は、輝いていた——。

 後悔の念が、胸を締め付ける。


「……」


 一方イザベラも、過去の出来事を思い出していた。

 初めてバルキリアを目にした時のこと、ピラミッドが、黄金の輝きを取り戻した日、

 あの日、ミコトを傷つけてしまったこと——。


 様々な想いが交錯し、イザベラの表情は複雑に歪む。

 今、ここにいるのは、ノアの技術者、イザベラでもなく、救済を誓ったミコト・スメラギでもなく、ただの——


「……ラプラス。 昔馴染みに会ったんだ。 少しぐらい、昔話に付き合ってもらっても、良いかしら?」


 その言葉に、わずかながらも安堵した自分がいた。


「……」


 短く答えると、ラプラスは歩き出した。その背中を、イザベラが追う。

 その時、彼女は、セレーナのことを気遣うような素振りを見せた。

 辿り着いたのは、人通りの少ない路地裏だった。そこで、ラプラスは、立ち止まり、イザベラに話しかけた。


「……聞きたいことは、山ほどある。 だが、まずは一つだけ、聞かせてくれ。」


 ラプラスは、静かに、そして、鋭く問いかけた。

 何処か責めるようなその口調に、イザベラはわずかに身を竦ませた。


「あなたは何故……どうやってコアを覚醒させたの……?」


 核心をついた言葉だった。

 一瞬、言葉を詰まらせたイザベラだが、すぐに笑顔を取り繕った。


「地球に降りた7つの星装機、オリジナルコアを管理していたのは、それぞれの科学者たちだったはず。ミコト——いいえ、ラプラス。あなたは、今はDARKと呼ばれるコアを。私は、DIVAとなったコア。そう、覚醒は地球にいれば必然。 まさか、忘れてしまったなんて、言わないわよね?」


 平然と、告げられた言葉に、衝撃が走る。

 まさか、あの計画が、今もなお、生きているとは——。

 驚愕するラプラスをよそに、イザベラはさらに言葉を重ねる。


「他のノアの、オリジナルコアも名前は違うかもしれないけれど、目的は同じ。PSYCHO、MAGI、ARMS……連中が、どんな力を引き出すのか、興味がない?」


 ラプラスはただ、言葉を失うばかりだった。


「ラプラス、あなたは自分が何をしているのか、わかっていないの?」

「あなたはいつも、そうやって煙に巻こうとする……イザベラ……!」


 珍しく語気を強めるラプラスに、少し驚いたような表情をする。

 けれどすぐに、いつもの笑顔に戻った。


「あらあら、怖い顔。冗談よ。そんなに怒らないで。」


 肩をすくめてみせるイザベラ。 


「あなただってわかっているはずよ、ラプラス。

 あの力が、何をもたらすのかを……。」


 あの力——すなわち、星装機から発せられるエネルギーのこと。


「それに、私はそれほど、お人好しじゃない」

「それでは、なぜ、そのことに気づいた貴女が……」

「それもそうね……理由を話した方が納得してくれるかしら」


 イザベラの声が、小さく、低くなる。 

 それからほんの少し、間を置いて、

 ふふ、と妖艶な笑みを浮かべた。


「私は、見たいのよ——命の力を」


 それは、一線を超えてしまった狂人の囁き。

 ゾッとするような冷たいものが、背筋を駆け上がった。


(やはり、この女は——)


 油断ならない。もはや、理解不能。 


 そう判断すると、それ以上の追求を諦めた。

 過去の亡霊に囚われているのは、私だけではないらしい。それだけわかれば、充分だ。


「……まさか、今でも、すべての人間は平等だと思っているのか? そんなもの……幻想だ。」


「傲慢ね。」


「勘違いしないで。私はいつも、自分にしか興味がない。他人のことなど知ったことではない」


 いつの間にかあたりは暗くなり、行き交う人々も少なくなってきた。


「あなたにとっての、強さって何?」


 沈黙を破ってイザベラが語りだす。

 それは今まで話してきたこととは全く関係のない、突拍子もない質問だった。


「強さ、か。唐突だな」

「あら、興味ない? まあ良いわ。私にとっては、刹那に生きることこそが、強さなのよ」

「刹那……?またずいぶんと極端な話だな。」


 ラプラスが呆れたように言うと、イザベラは肩をすくめてみせた。


「だってそうでしょ? 永遠に生き続けるよりも、今を最大限に生きて、燃え尽きる方が美しい。 人の記憶に残る方がロマンチックじゃない」


 ラプラスは顔をしかめる。そんな彼女の心情を悟ってか、イザベラは小さく笑った。


「あら、もしかして怒ってる? ごめんなさいね、少しからかいすぎたかしら」


 そう言うと、イザベラは少しだけ寂しそうな表情を浮かべた。


「私は、貴方がそうやって輪廻に囚われ、過去にばかり縋り付いているのが気に入らない。人間は刹那だからこそ、美しい。散り際こそが華だ。」


 感情を露わにするイザベラを見て、ラプラスは何か言いたげな表情を浮かべる。


「イザベラ。少しは自分のことを考えたらどうだ? 誰かのために何かをすることばかり考えていないで」

「あら、心配してくれるの?嬉しいわ。」


 心配そうに自分を気遣うラプラスに、少しだけ胸が暖かくなる。

 そんな自分の変化に戸惑いを覚えながら、話をそらす。


「あなたは変わらないのね。いつも、そんなことばかり考えている。」


 感情を表に出すことが滅多にないイザベラの口から出た、棘のある言葉。

 彼女の本心なのか、それともただの戯言か。

 その真意を測りかね、ラプラスは怪訝な表情を浮かべる。


「 傲慢で、独善的で、いつも、自分の世界に閉じこもっている。 他人の気持ちを考えようともしない。」


「……それは、お互い様だろう。 ところで……これからどうするんだ? 私の知っているお前は、そんなことを気にするタマじゃない。」


「決まっているでしょう? 全力で戦うわ。 それだけよ」


「本当にそれだけか?」


「あら、疑うの? まぁいいわ。 今日のところは、この辺でお開きにしましょうか。 話せてよかったわ。 じゃあ、また会える日まで——」


  告げると、イザベラは夜の街へと消えていく。


 いつも通り、何もかもを置いていくように。


 そんな彼女の背中を、ラプラスは、ただ見つめることしかできなかった。


 すっかりと暗くなった道に、ラプラスは一人、取り残される。 街の喧騒だけが、やけに耳に響いた。


(私にはわからない……あの女の考えていることが……)


 理解できない感情が渦巻いている。イザベラと話すと、いつもこうだ。


「(私は、ただ、過去に囚われているだけの、哀れな亡霊か……)」


 行き場のない感情を抱えながら、ラプラスは、

「まあ、そんな感傷に浸っている場合じゃないか」


 そう呟くと、重い足取りで、研究室へと戻っていった。


 絡まった運命は、螺旋を描きながら、

 容赦なく、未来へと向かっていく——


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