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星装機ヴァルキリア 〜最強の黒騎士は、歌姫の愛で未来を視る〜  作者: homare


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螺旋胎動

 緑化都市エジプトへ向かう道は、長く、そして厳しい。

 星歌祭の開幕を間近に控え、各ノアからの代表者たちは、それぞれの思惑を胸に、目的地を目指していた。

 照りつける太陽、吹き荒れる砂塵。容赦なく降り注ぐ紫外線が、肌を焦がす。そんな過酷な環境の中、反重力トレーラーの一団が、ゆっくりと砂漠を横断していた。


 先頭と後方を固めるのは、砲塔を備えた武装トレーラー。重厚な装甲に覆われ、威圧感を放っている。砲身は常に警戒態勢を保ち、不審な動きがあれば、即座に迎撃態勢を取る準備をしていた。

 トレーラーに並走するのは、カーキ色に塗装された、陸戦仕様の星装機。ノアⅣの軍に所属するパイロットたちが、護衛任務についていた。彼らは、熟練の兵士であり、砂漠での戦闘に特化した訓練を受けている。


 一団の中央には、今回の護送対象である、ベオウルフ改を積んだトレーラーと、メンテナンス用具を詰め込んだ整備トレーラーが並んで走っている。

 その後ろには、居住スペースが設けられたトレーラーが連結されており、長旅に備え、休憩を取れるように配慮されていた。

 その居住スペースのトレーラー。食堂エリアでは、アリアと5人の歌姫たちが、テーブルを囲み、和やかに談笑していた。


「ねえ、この景色、もう飽きちゃったよね。」


 エマが、窓の外を眺めながら、退屈そうに呟いた。


「……そうね。砂漠と、岩山ばかりで、何にもないわ。」


 シアンも、同じように、窓の外を見つめながら、うんざりした口調で答えた。


「アリアさんも、そう思いません? なんだか、心が、どんどん荒んでいく気がするんです」


 重い口を開いたのはカエデだった。

 彼女たちの旅の目的は、星歌祭への参加。

 アリアのバックアップとして、翠星庭園へ向かうことになっていた。 5人全員で歌う機会があるかは定かではないが、アリアの力になるべく、長旅に同行することを決めたのだ。


 そのことが、アリアの重荷になっていることは、歌姫たちにも伝わっていた。

 しかし、アリアは、笑顔を崩さなかった。


「……そうだね。でも、エジプトに着けば、綺麗な緑が見れるよ。ピラミッドもあるし、きっと、楽しいよ。」


 アリアは、努めて明るく振る舞った。

 アリアの負担を減らすように、ユナが話を振る


「そういえばエジプトってどんなところなんでしょう?上層区よりもっとキラキラしてるとか?」


 ユナの言葉に、食いついたのはリンだった。


「えー!マジで!?絶対面白いじゃん!観光とかってできるのかな?あ、そうだ!カイトに何か買ってってあげようかな!」


 矢継ぎ早に、まくし立てるユナ。

 いつものように明るく振る舞う2人を見て、アリアも釣られて笑みを浮かべた。

 荷物になるから駄目よ、とたしなめるカエデをよそに、盛り上がり続ける2人。


 しかし、盛り上がる歌姫たちを前にしても、カイトへの想いを馳せていた。

 別々の道を歩むことになったとしても、信じている。カイトなら、きっと、道を見つけられると。

 数々の感情が押し寄せてきて、混乱するアリア。


 しかし、そんなアリアの心の奥底には、確かに、一つの願いが宿っていた。

 カイトには、何よりも強く生きてほしい。

 たとえ、どんな困難に直面しようとも。

 アリア「(……私は、そう願っている。)」


 先頭車両では、ユキが反重力バイクに跨り、先導していた。

 今回ばかりは渋々許可が出たものの、気が気でない。


 いつも以上に気を引き締めてあたりを警戒する。

 隣の整備トレーラーでは、カイトが、ベオウルフ改の最終調整を行っていた。

 メインシステムに異常はないか、関節駆動部分の可動域は充分か、

 細部に至るまで、丁寧に確認していく。


 カイトは、コックピットに乗り込み、シートに深く身を沈めた。

 外部との通信を遮断し、精神を統一する。

 雑念を払い、無の境地へと近づけていく。

 そして、静かに目を開いた。


 翠玉の瞳に、炎が宿る。

 そのとき。コツ、と音を立てて、扉が開いた。

 顔を出したのは、ユキだった。

 ユキは、笑顔でカイトに話しかける。


「どう、調子は良い感じ?」


 ユキの表情を見て、カイトの口元に、笑みが浮かんだ。


「ああ。問題ない」


 以前よりも、どこか優しい、穏やかな声色だった。


「無理、してない? カイトの負担が大きいって、イザベラさんから聞いたから。もし、辛かったら、いつでも言ってね?」


 ユキの瞳には、心配の色が滲んでいる。


「……心配ない。 むしろ、前よりも、機体の動きが良くなっている気がする。」


 その時——脳裏をよぎったのは、アリアの歌声だった。


「アリアとの連携が上手くいっているということか——?」

「歌の力、すごいね。もしかして、カイトの心にも響いてるとか?」


 カイトをからかうような口調で話す。 いつものユキだ。

 カイトは少し驚いた顔をして、そっぽを向く。


「さあ、どうだか。」


 そう言うと、小さく笑みをこぼした。 ユキは、そんなカイトの顔をみて、満足そうに頷いた。

 カイト自身、アリアやユキと戦いのなかで深く関わるうちに、芽生えつつある気持ちがあることに気がついていたが、どこか戸惑いを感じていた。


 しかし、そんな迷いは、彼の心を蝕み、弱体化させていく。

 ……本当に、これでいいのか? 俺は、戦えるのか——?

 自問自答を繰り返すたび、不安が募っていく


(俺は、弱くなっているのか……?)


 胸の中に、ふと、そんな疑念が芽生えた。戦い続けることが、生きる証だった。力を追い求め、狂戦士のように敵を殲滅する。それが、カイトの存在意義だった。

 しかし、アリアの歌声に触れ、ユキの優しさに触れるうちに、彼の心に変化が起きていた。孤独に慣れていた心が、温かい繋がりを求め始めていた。戦いの中で、失われていくものに、痛みを感じるようになっていた。


 それは、人間らしさ。だが、同時に、パイロットとしては致命的な弱点になりうるものだった。


「ねえ、カイト。」


 ユキの声が、思考の淵から、彼を引き戻す。


「エジプトに着いたら、少しだけ、観光しようよ。ピラミッド、一度見てみたいんだ。」


 ユキは、無邪気な笑顔で、そう言った。その瞳は、純粋な好奇心に満ちていた。


「…ああ。時間があればな。」


 カイトは、曖昧に答えた。しかし、その言葉は、以前のような冷たさを含んでいなかった。


「やった!約束だよ!じゃあ、そろそろ、出発の準備しなくちゃ。何かあったら、すぐに連絡してね。」


 ユキは、そう言うと、ベオウルフのハッチを閉め、メンテナンスエリアを出て行った。


 カイトは、再び、一人になった。

 機体の中に、孤独が満ちる。

 しかし、以前のような、ただただ深い孤独ではなかった。そこには、確かに、温かい光が宿っている。アリアの歌声、ユキの笑顔。彼を守ろうとする人々の存在が、彼の心を照らしていた。


 (俺は、何のために戦う?…)


 カイトは、再び、自問自答する。かつては、復讐心や、自己の存在証明のためだった。しかし、今は、違う。


 守りたいものが、できた。

 彼らの笑顔を、この手で守りたい。

 そのために、俺は、戦い続ける。

 迷いは消えなかった。不安も消えなかった。

 だが、新たな決意が、カイトの胸に、静かに、そして力強く、芽生えていた。


 荒野を照らす夕陽が、オレンジ色に染まっていく。

 トレーラーの一団は、砂漠の中を、ゆっくりと進んでいく。

 遠くに見えるのは、地平線に沈む夕陽と、広大な砂漠だけ。

 その先に待つのは、希望か、それとも絶望か。

 それは、まだ、誰にもわからなかった。

 旅は、まだ始まったばかりだ。


第七話: 螺旋胎動 (ラセンタイドウ) 了

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