戦士たち
星歌祭まで、あと一ヶ月。
それぞれの思惑を抱え、人々は、その日に向けて、準備を進めていた。
巨大移動都市ノア。そこは、資源を求め、争いを繰り返す、巨大な鉄の箱舟。
その内部では、今日もまた、新たな戦いの火種が、静かに燃え上がろうとしていた——。
地平線まで広がる荒野にそびえ立つ、巨大都市ノアⅢ。かつて「風の都」と呼ばれたこの都市は、その名の通り、強風が吹き荒れる過酷な環境で、独自の発展を遂げてきた。
その高層ビルの屋上。吹き荒れる風に身を任せ、一人の青年が、静かに瞑想していた。
細身の体躯、中性的な顔立ち。長く伸ばした黒髪が、風になびきく。彼の名前は、フェイ。ノアⅢを代表する、星歌祭のパイロットだ。
フェイは、深呼吸をし、精神を集中させる。すると、彼の周囲に、風が巻き起こり始めた。
風は、徐々にその勢いを増し、やがて、巨大な竜巻へと姿を変える。フェイは、その竜巻の中心で、悠然と立ち尽くしていた。
やがて、竜巻は収束し、一陣の風となって、フェイの体を包み込む。すると、彼の体は、重力から解放され、ゆっくりと宙に浮き始めた。
「……よし。」
フェイは、小さく呟き、目を開けた。その瞳は、風のように、澄み切っていた。
彼が操るのは、風。PSYCHOコアをカスタムメイドした、WINDコアを搭載した星装機を操り、風を自在に操る能力を持つ。
ビルから身を躍らせ、風に乗って飛行するフェイ。その姿は、まるで、空を舞う鳥のようだ。
すると、フェイの姿に呼応するように、蒼銀色の機体【シルフィード】が、雲を突き破り、現れた。
「シルフィード…。」
フェイは、機体に手を触れ、優しく呼びかけた。シルフィードは、フェイを乗せると、音もなく、空へと舞い上がった。
操縦桿を握ると、風と一体になる。その感覚を確かめながら、フェイは、自らの状態を確認した。
(調子は、悪くない。今の私なら、どんな相手でも、倒せる——)
フェイは、そう確信すると、シルフィードを駆り、夜空へと消えていった。彼にとって、星歌祭は、ただの通過点に過ぎない。その先に見据えているのは、人類の新たな可能性だった。
荒涼とした大地を彷徨う移動都市ノアⅥ。
その中心部、白を基調とした、清潔感溢れる部屋。しかし、そこには、何処か無機質な、冷たい空気が漂っていた。
部屋の中央には、グレーの機体【ノワール】と、様々な医療機器に囲まれ、ベッドに横たわる青年、【零】の姿があった。まるで、眠り姫のように、静かに眠っている。
細身の体躯に、色素の薄い白い肌。長い銀髪が、肩に掛かる。その姿は、人間というよりも、人形に近い。
その傍らには、幼い子供のような外見をした【ニコ】が、浮遊していた。彼女は、反重力プレートに乗り、体を自由に動かしている。小柄ながらも、その瞳には、確かな知識と技術が宿っている。ニコは、月出身のエンジニアであり、その卓越した技術で、零の体を管理していた。
「……うむ。問題ない。各部の数値、全て正常範囲内。」
ニコは、次々と測定器を操作し、零の体調をチェックしていく。その手際の良さは、熟練の医師を凌駕するほどだ。
「反重力装置も、問題ない。地球の重力下でも、問題なく活動できるだろう。」
ニコは、小さく頷き、満足そうな表情を浮かべた。
すると、零が、ゆっくりと目を覚ました。その瞳は、闇のように、深淵な黒色をしていた。
「…ニコ、終わったか?」
零の声は、低く、そして、静かだった。その言葉には、感情がほとんど感じられない。
「ああ、終わった。いつでも出撃できるぞ。」
ニコは、いつものように、そっけない口調で答えた。
零は、ベッドから起き上がり、ゆっくりと立ち上がった。そして、無造作に右手を空中に翳した。すると、彼の周囲に、虹色の文字が浮かび上がった。
それは、古代文字のような、幾何学的な模様を描いており、理解不能な言語で構成されていた。文字は、空中で複雑に絡み合い、やがて、回転を始めた。
そして、その回転速度が頂点に達した時、文字は光を放ち、エネルギー体となって、零の身体へと流れ込んでいった。
「…ふむ。調子は悪くない。」
零は、小さく頷き、満足そうな表情を浮かべた。
「DARKコアの調整は、順調みたいだね。」
ニコは、零に向かって、そう言った。
DARKコア。それは、未知のエネルギー、ダークマターを操る、禁断の技術。それが、零の身に、どのような力をもたらすのか。 誰にも、予想できなかった。
わかっているのは、その力が、絶大な破壊力を持つということだけだ。
零は、窓の外を見つめた。そこには、どんよりとした空と、荒涼とした大地が広がっている。
「……星歌祭、か。」
零は、小さく呟いた。その声には、期待も、興奮も、何も込められていなかった。ただ、無機質な響きだけが、空間にこだまする。
彼は、何のために戦うのか。誰のために、力を振るうのか。
おそらく、彼自身も、その答えを知らないのだろう。ただ、与えられた命令に従い、敵を倒す。それだけが、彼の存在意義だから。
ニコは、そんな零を見つめながら、小さく呟いた。
「……きっと、勝つさ。君なら、できる。」
その言葉が、零に届いたかどうかは、わからない。ただ、ニコの瞳には、確かな希望が宿っていた。
星歌祭。それは、人々の夢と希望が交錯する、華やかな舞台。
しかし、その裏側では、狂気と陰謀が渦巻いていた。
それぞれの思惑を胸に、パイロットたちは、決戦の時を待っている。
運命の歯車は、音もなく、回り始める—ー




