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星装機ヴァルキリア 〜最強の黒騎士は、歌姫の愛で未来を視る〜  作者: homare


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孤独な整備

 闘技場の熱狂が嘘のように、ノアの下層区画は冷たく静まり返っていた。鉄と油の匂いが鼻をつき、薄暗い通路には、錆び付いたパイプや剥き出しのケーブルが絡み付いている。ここは、整備士たちが汗を流す場所。表舞台の華やかさとは対照的な、ノアの裏側だった。


 その一角に、カイトはいた。簡素な整備ドックに、愛機ベオウルフが鎮座している。漆黒の装甲は、先程の激戦の痕跡を生々しく残し、焦げ付きや擦り傷が、その激しさを物語っていた。カイトは、無表情のまま、黙々とベオウルフのメンテナンスを行っている。


 工具の音が、静寂を切り裂く。カイトの手は、迷うことなく、的確に動いていた。自分の手で機体を整備し、戦うことでしか、生きている実感を得られなかった。


(イメージ:燃え盛る炎の中で、幼いカイトが叫んでいる。)

(イメージ:血に染まった手で、壊れた機体を必死に直そうとしている。)

(イメージ:冷たい雨の中、一人佇むカイトの背中。)

(イメージ:無数の機銃掃射が降り注ぎ、友が目の前で散っていく。)

(イメージ:自分を置いて去っていく、家族の背中。)


 過去の記憶が、断片的に脳裏をよぎる。カイトの表情は僅かに歪むが、作業の手を止めることはない。


 カイトは、傷ついたベオウルフの装甲を剥ぎ始めた。鈍色の金属が、僅かな光を反射する。剥がした装甲の微細な傷をなぞる。まるで愛撫するように。ベオウルフは、カイトにとって、ただの兵器ではない。戦友であり、家族のような存在だ。


「…まだ、終わってない。」


 それは、自分自身に言い聞かせるように、力強い言葉だった。ノア間の争いは、激化の一途を辿っていて、次なる戦いは、いつ訪れるかわからない。彼は、常に、戦う準備をしていなければならなかった。


 整備ドックの隅に、古びた写真が飾られている。それは、幼いカイトが、両親と妹と共に写った、幸せな家族写真だった。しかし、写真の中の家族は、どこか悲しげな表情を浮かべている。カイトは、その写真を一瞥し、すぐに目を逸らした。


 再び工具を手に取り、ベオウルフのメンテナンスに戻る。鉄と油の匂いが立ち込める薄暗い空間で、カイトは、ただひたすらに、機体を整備し続けた。

 闘技場での勝利も、人々の喝采も、彼の心の奥底にある孤独を、癒すことは決してない。ただ、ベオウルフと共に、戦い続ける。それが、カイトの選んだ道だ。


 その姿を、物陰から静かに見守る人影があった。整備士の制服を身につけた若い女性。ショートカットの髪が活発さを感じさせる。彼女の瞳には、カイトに対する心配と、ほんの少しの切なさが宿っていた。


「…カイト。」


 彼女は、小さく呟いた。その声は、騒音にかき消され、カイトに届くことはなかった。彼女の名前は、**ユキ**。カイトとは幼馴染だった。幼い頃から、いつも彼の傍にいた。


 ユキは、カイトに声をかけようとしたが、彼は、今は一人でいたいのだろう、そう判断し、踵を返した。

 薄暗い通路を歩きながら、ユキは、空を見上げた。人工の星空が、無機質に輝いている。


「…いつか、あの星を取り戻せる日が来るのかな。」


 彼女は、そう願った。カイトが、心の底から笑える日が来ることを、心から願った。

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