偽りの黒鎧と疑念の歌姫 〜不器用な幼馴染の朝と、邂逅の広場〜
いつもお読みいただきありがとうございます!如月煉です。
前回の激闘から一夜明け、今回は少し平和な(?)日常パートをお届けします。
朝の無防備なカイトに赤面するユキや、自分の恋心に気づいて積極的に動こうと決意するアリア。しかし、そんな二人の前に、あの「紅い悪魔」セレーナがひょっこり現れて……!?
街角で繰り広げられる、殺気と嫉妬が入り混じる四角関係の修羅場!
そして、狂気の魔女・イザベラが密室で流した「涙」の理由とは。
嵐の前の静けさと不協和音、第13話をお楽しみください!
昨夜の闘技場の狂騒が嘘のように、ノアⅣの下層区画には白々とした静寂な朝が訪れていた。
無数のパイプが剥き出しになり、常に油と鉄の錆びた匂いが漂うこのブロックは、上層の煌びやかなネオンの恩恵を受けない、モノクロームの世界だ。
その一角にある、カイトの簡素なアパート。
乱雑にジャンクパーツや工具が積まれた薄暗い自室のベッドで、カイトは静かに目覚めた。
「…………。」
全身の筋肉が軋み、細胞の奥底から鈍い痛みを訴えている。鉛のように重い身体。
昨夜の橘蒼斗との激闘。限界を突破した『未来視』と異常な反射速度の代償は、一晩の眠り程度では到底回復しきれないほど、彼の肉体と精神を深く削り取っていた。
しかし、不思議なことに、いつも彼を苛んでいた「悪夢」は見なかった。
燃え盛る故郷の炎も、泣き叫ぶ人々の顔も、血に濡れた己の手の幻覚も。
代わりに彼の意識を優しく包み込んでいたのは、戦場の絶望の底で響き渡ったアリアの透明な歌声と、絶対的な安心感だった。
(俺は……守られているのか。)
天井の染みを見つめながら、カイトは無骨な自分の掌を握り、そして開いた。
あの時、機体の奥底から這い上がってきたドス黒い飢餓感を、彼女の歌が溶かしてくれた。孤独な空を一人で飛び続けてきた彼にとって、誰かの存在がこれほどまでに『力』になると感じたのは、初めてのことだった。
——ピンポーン。
突如、無機質な呼び鈴の音が室内に響いた。
「……こんな朝早くに、誰だ?」
カイトは重い身体を起こし、着ていたタンクトップを脱ぎ捨てて、新しいシャツに袖を通そうとした。
「カイトー! 起きてるー? 入るよー!」
返事も待たずに、ドアがガチャリと開く。合い鍵を持っているのは、この世でたった一人しかいない。
「お、おい! ユキ、勝手に入るなといつも……」
カイトが抗議しようと振り返った瞬間、そこには焼きたてのパンの匂いを漂わせた紙袋を抱え、満面の笑みを浮かべたユキが立っていた。
そして、彼女の視線は、シャツを着る途中で上半身が剥き出しになっているカイトの姿で、ピタリと停止した。
無駄な脂肪が削ぎ落とされた引き締まった腹筋、幾多の死線を潜り抜けてきた証である無数の細かい傷跡。そして、戦士としての荒々しい躍動感を秘めた、広い肩幅。
普段のダボついたツナギやパイロットスーツに隠されて見えない、圧倒的な『オス』の肉体が、ユキの目に不意に飛び込んできたのだ。
「えっ……あ……っ。」
カイト自身は何の気負いもなく「悪い、すぐ着替える」とシャツを羽織ったが、ユキの方は違った。
彼女の顔が一瞬にして茹でダコのように真っ赤に染まり、紙袋を抱えたままバタバタと後ずさりする。
「も、もう! 服くらいちゃんと着てからドア開けなさいよ! このバカイト!!」
「お前が勝手に入ってきたんだろうが。」
呆れたようにシャツのボタンを留めながら、カイトは溜め息をつく。
「うぅ……っ。と、とりあえず朝ごはん買ってきたから! テーブル置いとくからね!」
ユキは逃げるようにテーブルに紙袋と保温ボトルを乱暴に置くと、顔を手で覆ったまま背を向けた。
(心臓が……うるさいっ。)
ユキは、ドクドクと警鐘のように鳴り響く自分の鼓動を必死に抑え込もうとしていた。
幼馴染だ。棄民都市ムーのゴミ山で一緒に育ち、泥だらけになって笑い合っていた頃からずっと知っている。カイトの着替えなんて見慣れているはずなのに、最近はどうにも彼を「一人の男性」として強烈に意識してしまう瞬間が増えていた。
昨日のアリーナでの戦い。
圧倒的な力で精鋭二機をねじ伏せたカイトの姿は、恐ろしくもあり、けれどどうしようもなく惹きつけられる強さを放っていた。
そして何より、彼が自分ではなく、アリアの歌声によって「覚醒」したという事実が、ユキの胸の奥に小さな、けれど無視できない『焦り』を生み出している。
「……サンキュー。ちょうど腹が減ってたんだ。」
カイトが淹れたてのコーヒーの蓋を開け、美味そうに一口飲んだ。
その何気ない仕草、無防備な横顔に、ユキは少しだけ胸が締め付けられるのを感じた。
「あのさ、カイト。」
ユキは、振り返らずにコーヒーの湯気を見つめながらぽつりと言った。
「昨日の機体の調子、どうだった? リミッターはギリギリまで粘ったつもりだけど……体に、変な負担かかってない?」
ユキはイザベラの言葉を信じ、機体が『ヴァルキリアのパーツを組み込んだベオウルフ(DIVAⅢ搭載型)』だと思っている。だからこそ、あの異常な出力と、カイトが発揮した常軌を逸する反応速度が、彼の精神や肉体に深刻なダメージを与えていないかが気がかりだった。
「……いや、お前の調整は完璧だった。機体が俺の動きに遅れることはなかった。」
カイトはサンドイッチをかじりながら答える。
「ただ、あのシステム……俺の中の何かをゴッソリと持っていかれるような感覚がある。あれが『DIVAⅢ』の力なら、確かに劇薬だ。」
「やっぱり……。」
ユキは表情を曇らせた。
「ねえ、今日は機体のチェックは私が全部やっておくから。カイトは完全オフ! 身体を休めて。」
「いや、俺もドックに行く。自分の機体は自分で見ないと……」
「ダ・メ!」
ユキはビシッと指を突きつけた。
「昨日あんな死闘をしたばっかりなんだから。……そうだ! 気分転換に、中層区画の方にでも出かけない?」
「街へ? 俺が行っても浮くだけだろ。それに、人混みは好きじゃない。」
カイトは渋い顔をする。
「良いから! たまには日の光(人工だけど)を浴びないと、カビが生えちゃうよ! ほら、着替えて! エスコートくらいしなさい!」
ユキは半ば強引にカイトの腕を引っ張った。
(アリアちゃんがいない、二人きりの時間。……今日くらい、幼馴染の特権、使わせてもらうんだから。)
強引な笑顔の裏で、ユキは女の子としての密かな決意を固めていた。
**2.魔女の追憶、失われた半身の鼓動**
ノアⅣ、最上層部に位置する研究局長専用ラボ。
下層の静かな朝とは異なり、ここは既に膨大な熱量を持つデータの海に沈んでいた。
薄暗い部屋の中央。
数十枚のホログラム・モニターに囲まれて、白衣のイザベラはワイングラスを揺らしながら、昨夜のアリーナの戦闘記録をリプレイしていた。
白銀のオーラを放ち、二機の精鋭を無傷で圧倒する漆黒の機体。
その出力グラフは、理論上の上限をいとも容易く突き破っている。
「ふふふ……何度見ても、背筋が震えるほどの美しさね。」
イザベラは、艶やかな唇をほころばせた。
ユキやカイトは騙せても、彼女自身の目は誤魔化せない。
あれはベオウルフの皮を被った、紛れもない『ヴァルキリア』だ。月に封印されていた、7つのオリジナル・コアの一つ。
「DIVAⅢなんてものは、最初から存在しない。私の『共感能力』と、この機体のシステムが要求する膨大な感情の餌……それを満たせるのは、今のところカイトの強靭なトラウマと、アリアの純度100%の祈りだけ。」
イザベラはモニターに手を伸ばし、漆黒の機体の胸部——本来ならば純白のオリジナル・コアがある位置を愛おしげになぞった。
彼女の特異な能力は『共感』。
しかし、彼女がこのヴァルキリアの正規パイロットでありながら、長年コアに火を点けることができなかったのは、彼女の共感の対象が『ある人物』にのみ限定してチューニングされていたからだ。
——双子の兄、リゲル。
彼が存在してこそ、イザベラの心は完全な一つの円となる。彼が50年前、『黒の壁』の向こう側へと消え、その繋がりが物理的にも精神的にも途絶えてしまった時から、イザベラの心は半分欠けたままの空っぽの器になっていた。
「兄さん……。」
イザベラは瞳を閉じ、かつて月面施設で過ごした日々に思いを馳せる。
無機質な白い壁。退屈な実験の日々。感情を殺すよう教育されたクローンとしての生。
そんな中、彼女が旧時代のデータから見つけた「歌」をハミングしていると、リゲルはいつも優しく微笑んでくれた。
『イザベラ、お前の歌は、俺のざわつく心を静かにしてくれる。……お前は、俺だけの女神だ』
あの言葉があったから、私はDIVAシステムを思いついた。
兄のいないこの世界で、彼ともう一度繋がるための手段として。
私の欠けた半身を埋めてくれるのは、彼と同じオリジナル・コアの鼓動を感じることだけなのだ。
イザベラは目を開き、モニターの中で躍動する漆黒の偽装機体を見つめた。
自分が設計したシステムが完璧に機能し、動かなかった巨神がこうして血の通った動きを見せている。
それは彼女にとって、狂おしいほどの喜びだった。
この機体が動いている瞬間だけは、遠く離れた異界の底で孤独に耐えているであろう兄リゲルと、再び精神が繋がったような錯覚を得られるのだから。
「私たちが作ったシステムが、奇跡を起こしたのよ、兄さん。」
イザベラは、誰もいない暗いラボの中で、震える声で囁いた。
それは、マッドサイエンティストとしての冷徹な顔ではなく、ただ一人、兄を敬愛する妹としての、人間らしい熱を持った声だった。
「……もう少しで、全てが整うわ。この偽りのノアのシステムをぶち壊して、あの黒い壁をこじ開ける。必ず貴方を迎えに行くから。」
彼女の目から迷いは消え去った。
カイトという最高の器。アリアという最高の触媒。
これらを利用し、究極の兵器としてのデータを完成させ、壁を開くための力とする。
イザベラは、頬を伝った一筋の涙を指で拭うと、再び冷徹な魔女の笑みを浮かべ、次なる「実験」のプロットを書き始めた。
**3.乙女の疑念、覚悟の朝**
同じ頃、中層区画にあるアリアのアパート。
可愛らしい家具で統一された部屋のベッドの上で、アリアは目覚めと共に、深く息を吐き出した。
身体が、熱い。
昨日のアリーナでの『サウンド・ジャック』——カイトとの絶対的な共鳴の余韻が、今も細胞の奥深くに残っている。
システムを通じた魂の接続。
彼の恐怖、彼の絶望。そして、彼を光の中へ引き上げた時の、あの圧倒的な充足感。
自分という存在が、カイトという人間の内側へ完全に溶け込み、彼の一部になったかのような全能感。それは、ただ歌を歌うだけでは絶対に得られない、甘美で、危険な麻薬のような体験だった。
「……カイトさん。」
アリアは、シーツを胸に抱きしめ、頬を赤く染めた。
もう、自分に嘘はつけない。
私は彼を、同情や庇護欲から助けたいんじゃない。
一人の女性として、彼を独占したい。彼の孤独を埋められるのは、自分だけでありたい。
これは、明確な「恋心」の自覚だった。
だが。
高揚感の裏側で、アリアの聡明な頭脳は、一つの疑念を冷静に組み立てていた。
(昨日の戦い……あの漆黒の機体から漏れ出した黒い炎、そしてその後の青白い光……。あれは、本当に『ベオウルフ』だったの?)
アリアは、枕元の端末を引き寄せ、昨夜の戦闘データを再生した。
イザベラ先生は「DIVAⅢという新システムを搭載した」と言った。
ユキさんも、「内部フレームのパーツを移植しただけ」と信じている。
でも、アリアは知っている。あの機体の底から伝わってきた、カイトの暗い過去を抉り出そうとする「飢え」の感覚を。
あれは、あの地下実験施設でカイトの精神を喰い千切ろうとした『ヴァルキリア』のそれと、全く同じ感触だった。
(イザベラ先生は、何かを隠している。……カイトさんを、もっと恐ろしい実験のモルモットにしようとしている。)
もし、あの機体の中身が本物のヴァルキリアだとしたら。
カイトは、騙されたまま悪魔の心臓の上に座らされていることになる。
次に彼が限界を超えた時、私の歌が届かなければ、彼は今度こそ精神を破壊されてしまうかもしれない。
「……そんなこと、絶対にさせない。」
アリアの瞳に、強い光が宿った。
これまでは、引っ込み思案で、周囲の顔色ばかり伺う操り人形のような歌姫だった。
でも、もうやめる。
自分の大切な人を守るために、私は自分の意志で動く。
ユキの存在は、アリアにとっても大きな壁だ。
彼女は日常でカイトを支え、笑顔にし、彼にとっての「帰る場所」を作っている。それは、アリアには手出しできない幼馴染という絶対的な特権だ。
けれど。
(日常はユキさんが守るなら、私は……魂の戦場(空)で、彼を支え抜く。)
戦士と歌姫。
それもまた、誰にも立ち入れない絶対的な絆の形だ。
負けてはいられない。
アリアはベッドから飛び起き、クローゼットを開けた。
今日は、気分を変えて街へ出よう。そしてカイトに会いに行こう。自分の想いを誤魔化さず、しっかりとぶつけるために。
一番お気に入りの、少し大人びた白いワンピースを選び、入念にメイクをする。
鏡の前の少女は、かつての弱々しい歌姫ではなく、愛のために戦うと決めた、強い乙女の顔をしていた。
**4.広場の奇術師と、遭遇する運命**
太陽の光を模したライトが眩しく照らす、中層区画の復興エリア。
かつての戦禍の傷跡を残しつつも、活気を取り戻し始めた市場の広場は、多くの人々で賑わっていた。
その広場の中心で、子供たちの歓声が上がっている。
「すっげー! お姉ちゃん、魔法使いみたい!」
「もう一回! もう一回やって!」
子供たちの中心にいたのは、派手な赤い髪をポニーテールにし、動きやすいレザージャケットを羽織った女性——セレーナ・ルナールだった。
彼女は、ノアZEROへ撤退したはずの刺客。
しかし、イザベラのラボに身を隠している彼女は、強豪ひしめくこの街の空気に惹かれ、「少し寄り道していく」とばかりに市街地へ紛れ込んでいたのだ。
「へっ、よく見てな。今度は赤いコインが、お前のポケットの中から……ほらよっ!」
セレーナが指を鳴らすと、少年のポケットからキラリと赤いコインが飛び出した。
子供たちがワァッと湧き上がる。
実はこれ、彼女の『空間転移』能力をほんの微細に応用した手品もどきなのだが、子供たちには魔法にしか見えない。
戦闘狂で血の匂いを好む彼女だが、意外にもこういった「純粋な弱者」——特に子供に対しては、気さくで面倒見の良い姉御肌な一面を持っている。
「はい、おしまい! アタシのショーはタダじゃねえぞ、あっちでりんご飴でも買ってきな!」
セレーナが適当に小銭をバラ撒くと、子供たちは大喜びで散っていった。
「……あはは、人気者ですね。」
クスリと笑う声に、セレーナが振り返る。
そこには、白いワンピースを着たアリアが立っていた。カイトの元へ向かう道すがら、見事な手品に思わず足を止めていたのだ。
「ん? ああ……あんた。」
セレーナは、アリアの顔を見て少し目を丸くした。
昨日のアリーナ戦。彼女は上空に停泊させた自身の機体から、その戦いの一部始終を見物していたのだ。
「昨日の……『歌姫さん』だろ? 画面越しに見るより、ずっとお上品なお嬢ちゃんじゃねえか。」
「え……?」
アリアは小首を傾げた。この赤い髪の女性と面識はないはずだ。
「まあ、気にするな。アタシはただの通りすがりのマジシャンさ。」
セレーナは、ポケットに手を入れてニヤリと笑った。
「しかし、昨日のあの『黒い機体』……マジでヤバかったな。あんたの歌が火を点けたんだろうが、途中から中のバケモノが顔を出しそうになってたぜ。」
その言葉に、アリアの肩がビクッと跳ねた。
「あなた……昨日の試合を見て……? それに、あの機体の中身を……知っているんですか?」
アリアの声が、真剣なトーンに変わる。
セレーナは肩をすくめた。
「詳しいこたぁ知らねえよ。ただ、アタシの知ってる『嫌な匂い』がしたってだけだ。……あのパイロットの坊や、相当ギリギリの綱渡りをしてるみたいだな。次にあれに乗る時、アンタがしっかり手綱を握ってやらねえと、今度こそ完全に食われちまうぜ。」
アリアは息を呑んだ。
やはり、あの機体は『ヴァルキリア』だ。この見知らぬ女性も、あの機体が孕む狂気を本能で感じ取っている。
「……ありがとうございます。でも、私が絶対に彼を守りますから。」
アリアは、まっすぐにセレーナの目を見て宣言した。
「へえ。」
セレーナは面白そうに口角を上げた。見た目は弱々しいお姫様だが、その目には確かな戦士の光がある。
**5.摩天楼の邂逅、牙を隠した猛獣たち**
「アリアちゃん?」
二人の背後から、声が掛かった。
振り返ると、私服姿のユキと、少し気怠げな表情で歩くカイトが、紙袋を片手に立っていた。
ユキの強引な誘いで街へ引きずり出されたカイトだったが、まさかこんな所でアリアと鉢合わせるとは思っていなかったらしい。
「カイトさん……! ユキさん!」
アリアの顔が、一気にパァッと明るくなる。
そして、カイトの姿を見たセレーナの瞳が、獲物を狙う肉食獣のようにスッと細められた。
「……ほう。」
カイトもまた、目の前の赤髪の女から発せられる、尋常ではない『気配』に気づき、ハッと身構えた。
この威圧感。この匂い。
あの時、地下実験室の天井をぶち抜き、自分をアリーナへと引きずり上げた、あの『真紅の悪魔』と同じ匂いが、目の前の女から発せられている。
だが、ここは人目のある公園だ。迂闊な真似はできない。
「お前は……。」
カイトの声が低くなる。
「奇遇だな、白騎士。まさかこんな平場でお目にかかれるとはね。」
セレーナは、口舐めずりをするように邪悪に笑った。
鈍感な幼馴染、恋する歌姫、そして闘争に飢えた紅き死神。
四つの運命が、予想外の形で交差した休日の昼下がり。
ユキもまた、アリアの姿を認めると、慌ててカイトからサッと腕を離した。
「あ、アリアちゃん! こ、こんなところで奇遇だね!」
アリアは、ユキとカイトの仲睦まじい姿を見て、胸の奥がキュッと痛んだ。だが、すぐに完璧な笑顔を作ってみせる。
「あらあら、これはこれは……。お二人のデートの邪魔をしちゃったかしら?」
わざとらしく、少し意地悪な口調でからかう。
「ち、違うよ! アリア! これは……その、ただの買い物の付き添いで!」
ユキは顔を真っ赤にして弁解するが、両手で顔を覆ってしまい、言葉になっていない。
カイトも、複数の女性向けの紙袋を持たされた無様な格好でアリアに見られ、不機嫌そうにそっぽを向いた。
セレーナは、ユキとアリア、そしてカイトの顔を順に見つめ、全てを察したように楽しげに口角を釣り上げた。
(なるほどねぇ。あのおっかない白騎士が、こんな小娘二人に振り回されてやがるのか。……傑作だぜ。)
セレーナは、カイトの前にゆっくりと歩み寄った。
二人の間に、目には見えない火花が散るような異常な緊張感が走る。
カイトは油断なくセレーナの動きを注視していた。わずかでも攻撃の気配を見せれば、袋を捨てて即座に組み伏せる準備ができている。
「もしかして、あんたが……カイト?」
セレーナは、わざとらしく小首を傾げて尋ねた。
「……ああ、そうだ。」
カイトは、極度に警戒した低く冷たい声で答えた。相手が「あの時のパイロット」だという確証はない。だが、この直感が外れたことはない。
「へえ、君が。あの黒い機体のパイロットか。……私はセレーナ。昨日のアリーナのバトル、見させてもらったよ。いやぁ、血が滾ったぜ!」
セレーナは、カイトの警戒など意に介さないように、距離を詰めて馴れ馴れしく話しかけた。
「……どうも。」
カイトは、そっけない態度を崩さず、セレーナから視線を外さなかった。
セレーナは、カイトの耳元へ顔を寄せ、二人きりにしか聞こえない声で囁いた。
「あんたの操縦、最高にクレイジーだったぜ。それに、あの機体……まるで『別の生き物』みたいだったな。」
ピクリ、とカイトの肩が反応する。
(こいつ、俺の機体の中身を知っているのか……?)
カイトとセレーナの間に漂う、他人が介入できないような緊迫した空気。
まるで、二匹の獣が互いの喉首の距離を測り合っているかのような異様さに、アリアとユキは息を呑んだ。
「あ、あの! セレーナさん!」
アリアは、たまらず二人の間に割って入った。
「そろそろ、時間じゃないですか? ほら、私たちも色々ありますし……行きますよ、カイトさん、ユキさん!」
アリアがカイトの背中を押す。
「……そうね。アタシもそろそろ、お邪魔するわ。」
セレーナは、ニヤリと笑い、一歩後ろへ退いた。
「カイト。」
セレーナは、去り際に振り返り、獰猛な笑みを浮かべた。
「あんたの機体、速すぎて『黒い炎』が出ているみたいだったぜ。……次のバトル、アタシも特等席で楽しみにしてるからな。」
セレーナはそれだけ言い残すと、手をひらひらと振りながら、公園の雑踏の中へと姿を消した。
残された三人の間に、気まずい沈黙が落ちる。
「……なんだ、あの人。急に絡んできて。」
ユキが、少しむっとしてカイトの腕をツンと突いた。
「もしかして、カイトのこと、狙ってる? アリーナのファンとか?」
アリアは、慌てて首を横に振った。
「……そんなことないと思うよ。私も、さっき初めて会って話しただけだし。」
「あ、あの。あの人は……。」
カイトは、セレーナが消えた方向から視線を外さず、険しい顔のまま口を開きかけた。
「なによ、カイト? あのナイスバディな赤髪さんが気になるのー?」
ユキが、ジト目でカイトを睨みつける。
「……まさか。」
カイトは、深くため息をつき、両手の紙袋を持ち直した。
嫉妬で頬を膨らませるユキと、それを少し羨ましそうに、でも可笑しそうに見つめるアリア。
そんな二人の様子を見て、カイトは自分がとんでもなく面倒な「戦場」に立たされていることを自覚し、頭を掻いた。
しかし、カイトの胸の奥には、確かな「引っかかり」が残っていた。
(……セレーナ、と言ったか。)
あの闘技場での戦い。自分を限界まで追い詰めた、真紅の機体。
彼女がもし、あの時のパイロットだとしたら。
カイトの細胞が、恐怖ではなく、微かな「高揚」を記憶して震える。
(……まさか、な。)
カイトは小さく呟き、二人の少女に急かされるようにして、再び休日の喧騒の中へと歩き出した。
今はまだ、牙を隠しておく時間。
次に本物の獣と相対する時まで、己の爪を研いでおくのだと、彼は密かに覚悟を決めていた。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!如月煉です。
ユキとアリアの可愛い牽制合戦に、まさかのセレーナ乱入!(笑)
カイト本人は「なんだこの面倒な状況は……」と頭を抱えていますが、読者の皆様には少しでもニヤニヤしていただけていれば嬉しいです。
そして、マッドサイエンティスト全開だったイザベラが見せた、人間らしい一面。彼女がここまで「オリジナル・コア」の起動にこだわる理由が、少し見えてきたのではないでしょうか。
次回は、カイトに敗れ、圧倒的な力の差を見せつけられた「ノアⅣのパイロットたち」のその後を描きます。
「ヒロインたちの修羅場良かった!」「イザベラの過去が気になる!」と少しでも楽しんでいただけましたら、ぜひページ最下部(広告の下)にある【☆☆☆☆☆】をポチッと押して、【★★★★★】で応援していただけないでしょうか?
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