鼓動、共鳴、そして決意
夜の帳が下りたノアⅣ。アリーナの喧騒も静まり、街は眠りについていた。しかし、イザベラの研究室だけは、煌々と明かりを灯し、静かに、そして確実に、何かが動き出そうとしていた。
「いらっしゃい、カイト、ユキ。来ると思っていたわ。」
イザベラは、二人が到着するのを、まるで予知していたかのように、笑顔で迎えた。
イザベラの研究室は、昼間とは違う、静謐な雰囲気に包まれていた。無数のモニターには、複雑なデータやグラフが映し出され、壁一面には、無数のコードや配線が張り巡らされている。その異様な光景は、まるで、科学者の秘密基地のようだった。
「…俺は、戦い続けたい。」
カイトは、開口一番、そう切り出した。その声は、静かだが、強い決意が込められていた。
「この身が朽ち果てようとも、この魂が燃え尽きようとも、俺は、戦いの中でしか生きている実感を得られない。だから、強くなりたい。もっと、強く…」
カイトは、拳を握りしめた。その瞳には、激しい炎が宿っていた。
ユキは、カイトの言葉を聞きながら、複雑な表情を浮かべていた。彼の苦しみ、彼の渇望…全てを理解しているからこそ、何も言えなかった。ただ、彼の背中をそっと見守ることしかできなかった。
カイトは、ユキの瞳を見て、小さく微笑んだ。
「心配するな。無茶はしない。…でも、そのためには、新しい力が必要だ。ディーバシステムを、もっと深く理解したい。」
イザベラは、カイトの言葉に頷いた。
「そうね。あなたには、ディーバシステムの可能性を最大限に引き出す力がある。それは、私も信じているわ。」
イザベラは、カイトとユキをソファーに促し、紅茶を用意した。
「でも、その前に…少しだけ、ディーバシステムの話をさせてほしいの。バルキリアから生まれた、私たちの夢の物語を。」
イザベラは、過去を振り返るように、遠い目をした。
「すべては、あの機体…バルキリアの発見から始まったの。ノアのコアに眠っていた、白銀の巨人。誰も起動させることのできなかった、幻の機体… 幾度となく繰り返された起動実験…その中で、私は、歌姫の精神が、機体のエネルギーに影響を与えることに気づいたの。歌姫の感情が高ぶれば高ぶるほど、バルキリアの出力が上昇する… それが、ディーバシステムの原点だった。」
イザベラは、少し興奮した様子で語り続けた。
「バルキリアの操縦席…そのコンソールに、突然浮かび上がったの。『DIVA』という文字が…その瞬間、私は確信したわ。これは、神からの啓示だと。歌姫の歌声が、星装機を動かす時代が来ると。」
「そこから、ディーバシステムの開発が始まった。もちろん、試行錯誤の連続だったわ。歌声の周波数を解析したり、精神干渉を応用したり…様々な実験を繰り返した結果、ついに、ディーバシステム(I)を完成させたの。 歌姫の歌声をエネルギーに変換し、機体の性能を向上させる、夢のようなシステム。でも、まだ不安定で、実用化には程遠かった…」
イザベラは、少し寂しそうな表情を浮かべた。
「そして、3ヶ月前の事件よ…バルキリアの暴走…あれは、私にとって、最大の失敗であり、最大のチャンスでもあったわ。暴走時のデータを解析することで、私は、ディーバシステムの可能性を、さらに深く理解することができた。 そして、生まれたのが、ディーバシステム(II)。各歌姫の能力とエネルギー出力に合わせ、機体性能が飛躍的に向上する『リミットブレイク』機能を搭載した、最新鋭のシステムよ。現在、あなたが戦った五機の新機体には、全てディーバシステム(II)が搭載されているわ。」
「でも、私は、まだ満足していない。リミットブレイクは、あくまで通過点に過ぎない。私が本当に目指しているのは、その先にある『オーバーブレイク』 ゲージ100%…暴走のときに起きた、未知の領域… あなたの潜在能力なら、きっと…きっと、もう一度到達できるはず。」
イザベラは、カイトを真っ直ぐ見つめた。
「だから、あなたには、ディーバシステム(III)の実働テストに参加してほしい。」
カイトは、静かに頷いた。
「…わかった。協力する。」
「ディーバ…スリー?」
「…危険すぎるわ。ディーバシステム(III)は、まだテスト段階でしょ?どんな副作用があるかわからない。」
イザベラは、ユキの言葉に、小さく微笑んだ。
「確かに、ディーバシステム(III)が、カイトにかける負担は未知数よ。もしかしたら、バルキリアの時よりも、もっと危険なことになるかもしれない。」
その時、研究室の扉が開き、アリアが姿を現した。
「アリア…!?」
カイトは、驚きのあまり、言葉を失った。
「今日はアリアにも来てもらったの。」
イザベラは、アリアをカイトの隣に座らせた。
「カイトさん…私に、もう一度チャンスをください。今度は、私が、あなたの力になります。」
アリアの瞳は、強い決意に燃えていた。
「ディーバシステム(III)は、まだ不安定なシステムです。下手をすれば、あなたの精神を破壊してしまうかもしれません。」
イザベラは、カイトとアリアに、改めて説明した。
「それでも、あなたは、実験に参加しますか?」
イザベラの問いかけに、カイトは、迷うことなく頷いた。
「俺は、どんなことでもする。戦い続けるためなら…」
アリアも、カイトの言葉に呼応するように、頷いた。
「私が歌います。どんなことがあっても、私があなたのことを守ります。」
イザベラは、カイトとアリアの決意を認め、微笑んだ。
「わかったわ。でも、ディーバシステム(III)は、まだバルキリアでしかテストできない。残念ながら、バルキリアは、封印されたままだから…」
「それなら、ベオウルフに搭載すればいい。」
イザベラの言葉を遮り、ユキが提案した。
「ディーバシステム(III)のエネルギー供給を制限したり、パイロットのセンサーにリミッターをかけることで、カイトの安全を確保できる。」
「…リミッター…?」
カイトは、苦渋の表情を浮かべた。
「ええ。リミッターをつける代わりに、アリアさんと、再び闘技場にエントリーしてもらう。アリーナでの実戦データは、システム開発にとって、非常に貴重な情報になる。」
イザベラは、腕を組んで、少し意地悪そうに言った。
「それに…あなたのことだから、ただ戦うだけじゃ、満足できないでしょ?アリアさんの歌声と共に、新たな力を手に入れる。それが、今のあなたに必要なことじゃないかしら?」
カイトは、ユキとアリアの顔を見つめ、小さく微笑んだ。
「…わかった。それで、いい。」
「ありがとう、カイト。」
アリアは、優しくカイトの手を握った。
イザベラは、満足そうに頷いた。
「よし、決まりね。早速、上層部に働きかけるわ。ユキ、あなたも手伝ってくれるわね?」
「ええ。どんなことがあっても、カイトを守ります。」
ユキは、決意を込めて答えた。
イザベラは、立ち上がり、カイトに手を差し伸べた。
「さあ、カイト。オーバーホールよ。ベオウルフを、新たな姿に変えましょう。」
カイトは、イザベラの手を取り、立ち上がった。
三人は、互いの顔を見合わせ、微笑んだ。それぞれの思惑は違えど、目指す場所は同じだった。
新たな戦いの舞台へと…
こうして、カイト、アリア、ユキは、それぞれの決意を胸に、新たな一歩を踏み出した。彼らを待ち受けるのは、希望か、それとも絶望か。それは、まだ誰にもわからなかった。
第二話 虚煙戦場 了




