プロローグ 鋼鉄の箱舟、錆びついた星の歌(改)
資源枯渇と環境汚染により星が死んだ近未来。
人類は巨大移動都市「ノア」を建造し、生き残りをかけた戦いを繰り広げる。
闘技場に響く熱狂、人々の心を操る歌姫の歌声。その裏で蠢く、巨大な陰謀の影。
過去を背負い、孤独に戦い続ける「沈黙の黒騎士」カイト。
彼の前に現れたのは、希望を歌う歌姫アリア。
出会うはずのなかった二人が出会う時、世界を揺るがす真実が明かされる。
歌と鋼鉄が織りなす物語が、今、幕を開ける——!
さあ、選べ。絶望か、希望か。
巨大な円形闘技場。
数万の観衆が発するどよめきが、地鳴りのように鉄骨を震わせている。無数のドローンカメラが空を舞い、サーチライトが赤土のフィールドを照らし出した。
——今、開戦の銅鑼が鳴る。
《 ♪ 〜 Intro : Heavy Distortion Guitar Riff 〜 》
重厚なディストーション・サウンドが、アリーナの大気をビリビリと震わせた。
ステージ中央、ホログラムの光柱の中に立つ歌姫が、マイクを握りしめる。
(歌姫の歌声:)
**「歪んだ空 塗りつぶせ Noise!**
** 錆びついた鼓動 叩き起こして Break it down!」**
爆発的なビートと共に、二体の「星装機」がブースターを点火させた。
片方は、ノアⅣが誇る漆黒の重戦士「ベオウルフ」。
全高11.5メートル。分厚い複合装甲は歴戦の傷跡を無数に刻み、無骨なシルエットは「歩く要塞」の異名に相応しい威圧感を放つ。その右腕には、機体身長ほどもある巨大なヒート・ハルバードが握られていた。
対するは、極北のノアⅦから参戦した白銀の疾風「ガルーダ」。
流麗なエアロ・フォルムを持つその機体は、背部に搭載された巨大なウイングバインダーから翠玉色の粒子を撒き散らし、重力を無視するかのように宙に浮いていた。
(歌姫の歌声:)
**「痛みも嘘も 全部喰らい尽くせ**
** 本能だけが 俺たちの証明!」**
「——速いッ!」
観客の誰かが叫んだ刹那、ガルーダが動いた。
背部のスラスターが爆音を上げ、白銀の機体が閃光と化す。
音速に近い突進。ガルーダはベオウルフの周囲を高速で旋回し、残像を残しながら両腕のビームマシンガンを乱射した。
ズダダダダダダッ!!
着弾の嵐。漆黒の装甲にビームが弾け、火花と爆煙が舞う。
回避運動を取らないベオウルフに対し、ガルーダのパイロットは勝利を確信したかのように加速する。
「遅い、遅いぞベオウルフ! その鈍重な図体で、僕の風が捕えられるものか!」
ガルーダは変則的な機動で死角へ回り込むと、ウイングバインダーを展開。内蔵されたマイクロミサイルポッドを一斉開放する。
「消えろぉッ!!」
放たれた数十発の誘導弾が、白煙を引きながらベオウルフへと殺到する。全方位からの飽和攻撃。逃げ場はない。
爆炎がベオウルフを飲み込み、巨大な黒煙がフィールドに立ち上った。
——勝負ありか。
観客席がどよめき、実況が絶叫しようとした、その時。
**ゴォォォォォ……ッ!**
黒煙を切り裂き、異様な「音」が響いた。それはエンジンの駆動音ではない。まるで、巨大な心臓が脈打つような、低く、重い鼓動。
(歌姫の歌声:)
**「絶望? 上等だろ Welcome!**
** その深淵の中で 牙を研げ!」**
煙が晴れる。
そこに立っていたのは、無傷の悪魔だった。
いや、無傷ではない。装甲の表面は焼け焦げ、塗装は剥げ落ちている。だが、致命傷となる箇所は一つとしてない。
ベオウルフは、左腕に装備した多層式シールドを僅かに傾け、重要区画への直撃だけを「偏向」させていたのだ。最小限の動き、神業のようなダメージコントロール。
コックピットの中。
モニターの光に照らされたパイロット、**カイト**の瞳は、氷のように冷徹だった。
警告アラートが鳴り響く中、彼の視線は揺るがない。
彼の網膜には、ガルーダの高速機動が、まるでスローモーションのように映っていた。
(……軌道、修正角マイナス3。次のターンで、右翼が下がる。)
カイトの脳裏を過るのは、数秒先の未来予測にも似た直感。
それは、かつて故郷である「棄民都市ムー」で、瓦礫の雨と銃弾の中を生き抜くために身につけた、野生の嗅覚。
そして、彼自身もまだ気づいていない、機体に眠る「DIVAコア」との深層同調の兆し。
「……捕まえた。」
カイトが操縦桿を押し込む。
ベオウルフの背部バーニアが、紅蓮の炎を噴き上げた。
**ドォォォォォンッ!!**
大気を圧縮する衝撃波と共に、漆黒の巨体が弾丸のように飛び出す。
その速度は、重装甲の常識を覆すものだった。
ガルーダのパイロットが驚愕に目を見開く。
「なっ……馬鹿な!? あの重量で、この加速だと!?」
ガルーダは慌てて上昇し、距離を取ろうとする。
だが、カイトはその動きさえも読んでいた。
ベオウルフは急制動をかけ、踵のアンカーを大地に突き刺す。摩擦で赤熱する地面。それを支点に、独楽のように機体を回転させた。
遠心力を乗せた、剛剣の一撃。
(歌姫の歌声:)
**「舞い踊れ カルマ! 断ち切れ トラウマ!**
** 勝利の女神に 口付けを!」**
サビのシャウトと共に、ベオウルフが巨大なヒート・ハルバードを投擲した。
唸りを上げて空を裂く黒い旋風。
ガルーダは咄嗟に回避行動を取るが、回避したはずの先——そこは、カイトが計算し尽くした「詰み」の座標だった。
投擲はフェイク。
ハルバードの柄に仕込まれていたワイヤーが巻き取られ、ベオウルフ自身が空へと引き寄せられる。
ガルーダの頭上、死角からの強襲。
「終わりだ。」
カイトの指が、トリガーを引く。
ベオウルフの右拳が赤熱化し、パイルバンカーの杭が装填される。
ガルーダのウイングバインダーを掴み、強引に機体を引き寄せると、至近距離からその鋼鉄の拳を叩き込んだ。
**ガァァァァァァンッ!!**
金属が悲鳴を上げ、砕け散る。
ガルーダの自慢の翼は紙屑のように引き裂かれ、衝撃波がコックピットブロックを貫通した。
白銀の機体がバランスを失い、地面へと墜落していく。土煙を上げて転がるガルーダ。メインカメラの光が消え、完全沈黙。
勝負あり。
静寂。
数秒の後、アリーナは爆発的な歓声に包まれた。
「勝者、ノアⅣ代表! 無敗の伝説、『沈黙の黒騎士』ぃぃぃぃッ!!」
実況の絶叫がこだまする中、勝利を収めた漆黒の機体は、勝利のポーズを取ることもなく、ただ排熱の蒸気を吐き出しながら、ゆっくりと膝をついて巨体を休めた。
まるで、戦いの高揚などどこ吹く風とでも言うように。あるいは、戦いでしか己を表現できない悲しき怪物の休息のように。
星は、死んだ——そう、誰もが信じていた。
かつて青く輝いていた惑星は、資源を貪り尽くされ、汚染の海に沈んだ。
見上げれば、鉄錆色に濁った空。地表を覆うのは荒涼とした灰色の砂漠と、主を失った廃墟の群れ。生命の息吹は絶え、希望は真空の彼方へと消えたかに思えた。
だが、人類はしぶとかった。あるいは、生かされていたのかもしれない。
空に浮かぶ、冷たく青白い「月」の監視下で。
巨大移動都市「ノア」。
環境制御システムによって維持された、人類最後の生存圏。世界に8つ存在する鉄の巨城は、枯渇した資源を求め、無限軌道を軋ませながら大地を彷徨う。
生き残るために牙を剥き、喰らい合う。それが、この星に残された唯一のルールだった。
極東の汚染海域跡に位置する、ノアⅣ。
特異な技術開発と野心によって繁栄を築き上げたこの新興都市は、今宵、熱狂の坩堝と化していた。
星歌祭。
表向きは、最強の機体と歌姫を決める華やかな祭典。
だがその本質は、人々の昂る感情——「魂」のエネルギーを効率的に収集するための、血塗られた儀式であることを知る者は少ない。
プシューッ……。
圧縮空気が抜け、胸部のコックピットハッチが開く。
硝煙の匂いが立ち込める中、姿を現したのは、一人の若いパイロットだった。
乱れた黒髪。油と煤に汚れたパイロットスーツ。
整ってはいるが、鋭利な刃物のような眼光。
その顔には、勝利の喜びも、観客へのアピールもない。ただ、任務を遂行しただけの冷徹な事実だけがあった。
カイト。
ノアⅣの英雄。誰よりも強く、誰よりも孤独な男。
公式記録では孤児院出身とされているが、その過去の空白——「棄民」としての記憶を知る者は、この都市にはほとんどいない。
カイトは、熱狂する観客席を一瞥もしない。
彼が見つめていたのは、頭上に浮かぶ人工の空、その彼方にある「月」だった。
——見ているか。俺は、まだ生きているぞ。
誰に向けたものかも分からない憎悪と対抗心を、胸の奥底に押し込める。
地響きのような「黒騎士」コールが降り注ぐ中、観客席の最前列に近い整備士エリアで、一人の少女がフェンスを握りしめていた。
油の染みついたツナギを着た、ショートカットの少女。
彼女だけは、周囲の熱狂とは裏腹に、祈るように両手を組んでいた。
「……カイト。」
その瞳には、幼馴染だけが知る彼の痛みへの理解と、言いようのない不安が揺れていた。
彼女の名は、**ユキ**。
カイトの帰る場所を守り続ける、たった一人の家族。
◇
闘技場の熱狂が嘘のように、ノアの下層区画——通称「ボトム」は冷たく静まり返っていた。
鉄と油、そしてカビの混じった淀んだ空気が漂う。ここは、煌びやかな上層の光が届かない場所。廃棄された資材と、社会から弾き出された者たちが身を寄せる、都市の墓場。
その一角にある、老朽化した第8整備ドック。
カイトは、無言で愛機ベオウルフのメンテナンスを行っていた。
高圧洗浄機で装甲についた焦げ跡を洗い流し、損傷した装甲板をバーナーで焼き切る。
パチパチと爆ぜる火花が、彼の無表情な横顔を照らし出す。
(イメージ:燃え盛る炎の中で、幼いカイトが叫んでいる。)
(イメージ:血に染まった手で、壊れた玩具を必死に直そうとしている。)
(イメージ:無数の機銃掃射が降り注ぎ、友が目の前で散っていく。)
(イメージ:自分を置いて去っていく、背中に翼の生えた「誰か」の姿。)
作業に没頭するたび、過去の記憶がノイズのように脳裏を走る。
デジャブ。最近、それが酷くなっている。
ベオウルフに乗る時間が長くなるほど、自分の記憶ではない「何か」が流れ込んでくる感覚。
イザベラという科学者が組み込んだブラックボックス、「DIVAコア」。それが単なる動力炉ではないことを、カイトの本能は感じ取っていた。
「……まだ、終わってない。」
カイトは、外した装甲の内側を指でなぞる。
そこには、彼が幼い頃、今は亡き妹と書いた落書きが、微かに残っていた。
戦うことでしか、生きている実感を得られない。
勝利を積み重ねることでしか、あの日失ったものを取り戻せない。
そう信じて、彼は今日まで生き延びてきた。
「おかえり、カイト。」
背後から、柔らかな声が掛かった。
振り返ると、ユキが缶コーヒーを二つ持って立っていた。
彼女の笑顔を見ると、張り詰めていたカイトの肩から、少しだけ力が抜ける。
「……ああ。ただいま。」
カイトは油まみれの手を拭い、コーヒーを受け取る。
指先が触れ合う一瞬。
ユキの温もりが、冷え切ったカイトの心を現実に引き戻す。
「無茶しすぎだよ。あんな至近距離で爆発させるなんて。」
「……避ける自信はあった。」
「もう。カイトの馬鹿。」
ユキは頬を膨らませながらも、手際よくベオウルフの脚部ハッチを開け、補助電源のケーブルを繋いでいく。
彼女もまた、棄民都市の生き残り。カイトの隣で、彼を支え続けてきたメカニックだ。
二人の間に流れる、穏やかな沈黙。
だが、その平穏は、嵐の前の静けさに過ぎなかった。
ドックの奥にあるモニターには、次の対戦カードのニュースが流れている。
『星歌祭、特別エキシビション・マッチ決定!』
『謎の第三勢力、出現の噂?』
『ノアZEROより、監査官来訪か』
世界は、音を立てて変わり始めようとしていた。
月が企む「計画」。
地底で蠢く「エデン」の胎動。
そして、黒い壁の向こう側で待つ「真実」。
カイトは、まだ知らない。
自分の体に宿る力が、この星の運命を書き換える「鍵」であることを。
そして、この先に待ち受ける運命の出会い——自身の魂を共鳴させる歌姫、**アリア**との出会いが、すぐそこまで迫っていることを。
カイトは空を見上げた。
分厚い隔壁に遮られた空の向こうで、何かが呼んでいる気がした。
物語の歯車は、加速する。
鋼鉄の巨人が、再び咆哮を上げる時まで。




