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第3話 僅かな好奇心が若者を大人にさせられる

 書き溜めていた小説です。

 一巻分あります。

 かなり頑張って書いたつもりです。

 どうかブックマークして、読んでいただけると嬉しいです。

 1


 再び休暇を取ったオレは、直人と共に〝外周の縁〟を歩く。

要塞の端っこはアスファルトや土に覆われておらず、鋼色の地面が剥き出しになっている。外壁と同じで傷一つ付けられない金属だからか、高さ四百メートルにも及ぶ崖だろうと柵すら付けられていない。オレにとって一番好きな場所だが、親父には危険だと耳にタコが出来るほど言われて近づくことさえ許して貰えなかった。

そして、今日やっと景勝地に立つことを許して貰えた。

「——ん?」

 突然、足元がガタガタと震え、モーター音が鼓膜に轟く。

「誰かが登ってくるみたいだな」

 直人はそう言って崖下に顔を覗かせる。要塞は恐ろしく高く、見下ろせば地上が霞んで見える。オレたちはその近くで胡座をかき、誰が登ってくるのか待つことにした。

 霧で白くけぶる外の世界には黄緑色の荒野が広がっている。その景色は息を呑むほど美しく、ここより遥かに高い山脈が遠くにあった。これから目指す先を見据えて思わず胸が高鳴る。

 ……五分ほど経った頃。作動音が近づいてふと下を覗き込むと、ヘルメットを被った男が壁も手摺もない外付けのエレベーターで上がって来ていた。

 頭を突き出したオレたちの影に覆われ、その男が顔を上げる。

「「「あ」」」

 お互い見知った相手に同じ声が出た。

相手はオレたちが拳銃を買った露店の主だった。彼の右手にはバケツが握られ、売り物と思われる品々が詰め込まれていた。

「いいもの見つけたぞ」

 男はバケツ掲げてそう言った。

 オレと直人は驚いた表情で顔を見合わせ、それが妙におかしくて笑ってしまう。

 縁に上がってきた男はその場でバケツをひっくり返し、オレたちに中身を見せつける。

「——なんだ、これ?」

「銃弾だな」

「……マジ?」

 泥で掠れた紙箱を開けると銀色の弾丸が入っていた。前に買ったものより状態の良い拳銃も転がっている。

「荷物の用意はこれで済んだな」

「やったぁー」

 直人とオレが喜んでいると、店主は満足げに両手を広げて満面の笑みを浮かべる。

「さて、いくらで買う?」

「そうだな……かなり状態はいいみたいだけど何処で手に入れたんだ?」

「情報量」

「大方、ケースに入っていたのを引っ張り出しただけだろ」

 図星を突かれたのか、男は無言になる。

「状態が良ければその入れ物も欲しいんだが。弾を一千、拳銃を二千ってところで」

「もっと値を上げてくれたっていいだろ。前より状態は良いんだし、下で物を探すのはリスクがあるんだよ」

「他にも入り用で売値のつかないものに大金は出せないんだ。ケースがどんな状態だろうと一千で買い取る。それでどうだ?」

「ケース込みで、弾一箱で三千、武器で三千だ」

「……まぁ、いいか」

 直人は折れて、計一万で拳銃と弾二箱を購入した。

男はアタッシュケースを取ってくると言って再び下へ降りていく。オレは店主が見えなくなると、直人にニヤニヤとした笑みを向けた。

「今回は上手く交渉できなかったね。ドンマイ!」

「なにがドンマイだ。万々歳だろうが」

 直人は心外そうにこちらを睨む。

「前の出費を引く見積もれば、もっと値引けたんじゃないの?」

「かもしれないな」

「へへへへへ」

 論破出来たことに優越感を感じると、直人は真顔でオレの頬を引っ張った。

「お前は俺をどうしたいんだ」

「痛い、頬引っ張らないで! 悪かったから!」

 痛みに耐えながら必死に懇願すると直人は指先を緩めてぱっと手を離す。

「そう言えばお前、八重とは話をつけたのか?」

「いや、会わないようにしてる」

「まぁ、それが一番無難かもな」

「親父にも同じこと聞かれたよ」

「は、なんで? まさか……バラしたのか?」

 直人は眉間に皺を寄せて、呆れた顔を見せる。

「あの、えーっと、ほら……父は強しってやつだよ」

「笑いごとじゃない。しかも意味わかんねぇーし」

 再び頬を引っ張る直人に、オレは「痛い!」と抗議した。

「これ以上、誰にも話すなよ。なにがあっても!」

「わ、わかったよ。つーか理由は教えてくれなかったけど、その台詞も親父に言われたよ。結局なんで話しちゃ駄目なんだ?」

「親父さんが話してくれなかったなら、こっちも言うわけにいかない」

「ケチだな」

「でも、仮説が少し確証に近づいた」

 直人はそう得意げに笑った。

「直人ってたまに厨二病みたいになるよね。……んぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」

 また小馬鹿にすると、直人は頬が千切れるくらい強く引っ張り上げた。悲痛な叫びが辺りに響き渡ると、彼はスッキリした顔で仰向けに倒れる。

「……ねぇ、次はどうするの?」

 直人は手慣れた手つきで懐から取り出した煙草に火を付ける。

「オレも一本吸ってみたい!」

「やーだ」

「なんでさ。一本くらいくれよ、ケチ」

「お前が癌になって死んだら俺のせいになるだろ」

 直人は口に煙草を咥えて言った。

 なにそれ、かっこいいな。

「でも、隣で煙草吸ってたら意味ないじゃん」

「お前も横になれば煙を吸わないだろ」

「うーん、そうなのかな?」

一緒に寝転ぶと、香ることには香るのだが、煙は空に向かって消えていく。

「お前って外に出たいって言う割には今まで何もしてこなかったよな。だから、聞いてこなかったんだが、どうしてそう思ったんだ?」

 直人は素朴な質問を投げかけた。もしこれが親父や直人からじゃなかったら、きっとオレは腹を立てていた気がする。

「逆に聞くけどさ。なんで皆は外の世界に興味を持たないんだよ」

 誰も知らない未知の領域。個々人の好奇心の強さ以前に知らないなら少しくらい関心を持つはずだ。なのにオレと同じように夢物語を話す人物は現れなかった。

「……そうだな」直人は少し間を空けて頷いた。

意図して言わないようにしているのが長年の付き合いでわかる。

「それが許せない」

「でも、手段がないからじゃないか。お前には親父さんや俺がついていた。だから、外に出たいと口にすることが出来ている。心で思っていても、どうせ無理だと分かっている人間からしたら、夢に向かって進むのは平凡に生きることより辛いものだ」

 否定はしない。親父は十歳児に足場屋をさせる鬼畜だが、親バカと呼んで良いくらいに過保護でもあった。確かに守られている。金があり、居場所があり、いつでも何処へでも出発できる。

「一人でも出ていきたいって思いはどこから来たんだ? 死ぬかも知れないってのに好奇心だけじゃ頼りないだろ」

 改めて考えると、その一言だけでは確かに弱かった。軽く整理しようとすると、外に出たいと微塵も思っていなかった九歳の頃を真っ先に思い浮かべた。

「十歳の誕生日を迎える前に外から人が来たんだ。その人は今のオレより若かったんだけど、親父の知り合いらしくてさ。これから一緒に住む相手だと思って、自己紹介を兼ねて外の話をしてもらったんだ」

「俺のときと似ているな」

 直人の突っ込みに、オレは「そうだよ」と頷く。

「口下手で話の内容はよく分からなかったんだけど、彼女の居る世界に惹かれてしまった」

「その人はここを出て行ったのか?」

「うん。気づいたら居なくなってた。親父が『もう帰った』って平然と言うものだから大喧嘩したよ」

 わんぱくだった頃を思い出して、思わず笑みが溢れる。

「その人に会うのも目標かな」

 そう答えると、直人はニュアンスが気になったのかこちらに首を傾ける。

「——他にもあるのか?」

「君が来たこと」

「俺か?」

「同い年で頭がいい。才能に嫉妬するくらい憧れた」

「照れるな」

 直人は全く照れる様子なくそう言った。

「直人のようになるのがもう一つの目標」

「それは無理だな」

「無理でも近づきたい」

「……」

 直人は黙り込んだ。

 恥ずかしくなって顔は見られないが、青空を見上げて話を続ける。

「あとはただの探究心。言葉にすると弱く感じるけど、恋と憧れ、そして好奇心が外に出たい理由だ」


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