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第2話 僅かな好奇心が若者を大人にさせられる

 書き溜めていた小説です。

 一巻分あります。

 かなり頑張って書いたつもりです。

 どうかブックマークして、読んでいただけると嬉しいです。

 ☆


「——万能ナイフ二本、食毒液一リットル、タオル、火薬、七日分の携帯食料と水……」

 交換箱にあった物資を声に出しながら確認していく。

オレと直人は昨日のうちに急ぎの仕事を片付け、数日間の休暇を取っていた。

要塞の上にあるこの街は内側に行くほど活気が溢れ、物流が盛んになる。街の中心には要塞都市の大部分を占める巨大な塔が立っており、その壁面に『交換箱』と呼ばれるシェルターがいくつも付いていた。

交換箱に品物を入れると、同価値のものを付属の液晶画面から選択できる。基本的に一度提示したものを買い戻すことはできないが、交換で得た品を再度交換箱にいれて別の品と交換することは出来る。多くの人は交換で余ったのを紙幣に換えていた。

 交換した中身を全て取りだして、直人が決定ボタンを押すと金庫のような鋼鉄の扉が自動で閉じる。

 以前、荷物の中に隠れていた子供が親に気づかれずに投下されるという事故が起きた。後追いした親子諸共二度と帰ってくることはなく、多くの人が悲しみに暮れたが、交換箱の使用頻度が減ることは決してなかった。

 要塞都市の経済を回すのに最も大切な存在ではあるものの、オレからすれば酷く不気味なものに見えてならない。これの原理も、正体も、誰も知らないのだから当然だ。

 因みに、液晶に掲載されてない品は商品名を書いた紙や写真を投入することで稀に手に入れることが出来る。ただ、今回投与した『拳銃』と書かれた紙は、交換箱から消えているだけで得ることが出来なかった

「やっぱり、拳銃はないね」

 オレは予想通り目的物が出なかったことをぼやいた。

 あんな便利なもの住人の誰も所持していない時点で交換箱にあるはずがないのだ。

「まぁ、そんなものが簡単に手に入ったらこの街も末だからな。やっぱり日用品か食料品がメインなんだろ」

「どうするんだ?」

「露店でも見にいくか」

「おぉ、やった!」

 要塞に付属した設備はオレが触っても反応しない。父親曰く、息子の戸籍登録をしていないのが原因らしく。住民権を与えられていないから要塞に備わっている公共設備の利用が出来ないそうだ。だから交換箱が嫌いだし、お店巡りが趣味だったりする。人の手で作られたものが、また別の人の手へと回る。なんだか分からないものに頼って生きるより断然良かった。それに……。塔の壁面に点在している機関銃と監視カメラが常時こちらを追いかけていて落ち着かない。

「——あまり気にするな」

 壁をじっと見つめていたオレに、直人は少し咎めるように強い口調で言った。

 要塞は外敵から都市を守るために作られている。いつからあるのか、誰が作ったのか、住人は誰一人として知らないそうだが、時折空から巨大な鳥が落ちて来るので外は危険だというのが常識だった。

ただ、誰も要塞の仕組みを知ろうとしなかった訳ではない。

五年ほど前、この塔の天辺になにかあると思った男が塔をよじ登ろうとした。大概の連中が禁則事項を破ることに激怒していたが、登っていく彼を見ていたオレはこっそりと応援していた。登り始めてから約五分が経過……。高さ十五メート辺りで、突然横にあった機関銃が動き、彼は悲鳴を上げる暇もなく目の前に落下してきた。

 この街には二つの禁則事項がある。

 一つ目は、銃器の製造、使用、利用をしてはならない。

二つ目は、十五メートル以上高い場所に居てはならない。

 だから、刃物以外の武器がなく、この街に十五メートル以上高い建物は一つも存在していない。この不可思議だらけの要塞の仕組みは恐ろしくもあり、それでも住人が存在し続けるために必要な法でもあった。

「触らぬ神に祟りなしっていうだろ」

「なにそれ」

「馬鹿にことわざは早すぎたか。——って今は俺が言えるセリフでもないな」

 直人はゴニョゴニョ言いながら首を掻きむしり、台車を押すことなく先に進んでいく。

「いや、手伝ってよ……」

 オレの囁きは無視され、「早く来いよ」とすでに遠くから聞こえてきた。

 買ったものを会社の倉庫にしまったオレたちは、次に露店が並ぶ街の外周に向かった。

 直人曰く、要塞は外から見ると二段のホールケーキのような形をしているらしく、街は地上から四百メートルほど高い位置に存在している。にだんめを囲うように街が作られ、大通りで内周と外周で二分された街は自然と貧困格差を作っていた。

「まともな品があるとは思えないんだけど」

 外周に住んでいる多くの人は交換箱に入れても金にならないような品物を扱っている。

 昔は自分も外周に住んでいたのだが、子供の頃と比べて建築物が増えて、人口の増加と共に格差は減っている気がした。

「寧ろ、こういう所だからあるんだろ。——ほらあった」

「マジ?」

 オレは直人の視線の先を追った。

ブールシートを引いただけの露店が並ぶなか、屋根付きの少しだけ見栄えの良い店が目に入る。手作りと思われる金属製の装飾品と酷く錆びついたガラクタたち。装飾品と言っても落ちていたのを適当に接合したようなものだった。

「これが——銃?」

「違う、そっちじゃない」

直人は金属片の溜まったバケツを漁る。

「これの何処が武器なんだ?」

「錆びてはいるが、これは銃のスライド部品だ」

 ふーん。よく分からん。

 直人は手探りじゃあ拉致があかないと思ったのか、バケツの中身をひっくり返す。

 おい、勝手に品物を……。

 身勝手な行動に引いていると、直人は目的の物を手に取って「いくらだ?」と不躾に尋ねた。オレからしたら錆びた鉄屑にしか見えないが、直人が手にした手羽先みたいなのが銃らしい。

「一万だな……」

 露店のジジイは俯いたままそう言った

「おいおい、流石にそれはないだろ。価値が分からないからって吹っ掛けるのは良くないぜ」

「嫌なら売らんが」

「俺たちはこれと同じものをもう一本欲しいんだ。同じものを持って来れば両方合わせて二千で買ってやる。言っておくが、交換出来ないものに値をつけて買い取るんだ。感謝してもらいたい」

「五千」

「酷い状態のものなら別の店で探せば見つかる。なんなら自分たちで〝下に降りて〟拾ってくればいい」

「わかった。二千だ。いつ売れるか分からないんだ。ちょっとくらい恵んでくれたっていいだろ……」

「いいよ。二千。もし他にも見つかったらそっちも同じ値段で買い取らせてもらう」

 直人はそう言って財布から二千円を取り出し、錆びた塊を手に入れた。

身なり、年齢、態度、並んだ品々。彼が人によって態度を変えているのを側で見ていてよくわかる。殆ど初めて接する相手だっただろうに、直人は出会った段階から相手にどんな態度で接するのが良いのかを考えていた。

「交渉術を教えてくれ」

「嫌だ」

「そこをなんとか」

「そもそも教えられることじゃないだろ。結局、どうするのが一番良かったのかなんて分からない。こうしていればもっと値引けたんじゃないかとか、時間とコストが割に合っているのかとか、試した後に何度も思う」

「オレにこういうのは向いてない?」

「まぁ自分で考えない奴には難しいだろ。常に研鑽し続けないと悪くなっていくだろうし。やるなら結果じゃなくて過程で楽しめるようになりな」

「お前って常に人を見下しているよな」

「阿呆のくせによく分かったな」

 直人は小馬鹿にするように鼻で笑った。

 露店を一周した頃には日が暮れ始め、地平線の向こうに見える白い恒星はあっという間に大地の中へ沈んでいった。


 会社の一室にある自宅に帰宅すると、エプロン姿の親父が手料理カレーを振舞ってくれる。正直、美味くはないが全て完食しなければ拳骨が飛んでくる。齢四十を過ぎた今でも親父は鬼のように強くて、ちょっと怖い。

 なにより、直人から要塞を出ることを誰にも伝えるなと言われていた。

「——お前、なにか企んでるんじゃないか」

口にカレーを運ぶ最中、親父は唐突にそう尋ねてきた。

 思わず引き攣りそうになる頬を押さえ、なんとか平静を装う。

「た、企むって、なにを……」

「見てれば分かる。ここを出て行くんだろ」

 完全にバレていた。どうしてだ。気づかれる要素はなかったのに……。

「親に隠しごとは難しいな……」

 そう呟くと、親父は髭面の口端を高く上げる。

「鎌かけただけだ。アホめ」

 え、あっ…………やってしまった。

母は強しという言葉があるが、父子家庭で使ったら『男は強し、されど父も強し』と意味を重複させた言葉になってしまう。こうなったら、直人に咎められたときの言い訳を用意するしかない。

「まぁ、お前がここを出て行きたいのは昔から知ったけどな」

 予想とは違い、親父の声色はとても穏やかだった。

「そうなの?」

「お前は俺と趣味が似ているからな」

 そうだろうか? 流粗雑な親父とオレが似ているとは思えない。

「お前の恋人、なんて名前だっけ?」

「夜鶴」

 息子の恋人くらい覚えとけよ……いや、逆に知ってたら怖いな。

「そいつ、俺の妻に似ていた。お前、マザコンだろ」

「いや母さんの顔知らないし。つーか、人の恋人を妻に似ていたとか言うな」

「悪い悪い」

 親父は全く悪びれる様子なく、野太く笑った。

「それで、いつ出ていくつもりなんだ?」

「一週間後かな。止めないでくれよ」

「アイツもついて行くなら心配ないだろ」

「直人のこと、随分信頼しているんだな」

「機械みたいに優秀だからな」

 家族より直人が信用されていることに若干不満を覚える。親父はカレーを食べ終えると、「ちょっと待ってろ」と席を立ち、戸棚をゴソゴソと漁り始めた。

 その後ろ姿を眺めながら、これが親父との最後のやりとりになるのかもと感傷に浸る。

「そういやお前、恋人はどうするんだ?」

「どうって、別れるしかないだろ」

「そうだな。馬鹿なやつに付いていく訳ないしな」

 そんな言い方しなくていいだろ。親父の冷たい物言いに少しむっとするも、やっぱり自分が悪いので言い返せない。

「ひとつ忠告しておくが、これから先で何があろうとも、出て行くことを誰にも伝えるな。たとえ恋人や友人、会社の人間に問い詰められても、『何を言っているか分からない』と答え続けろ」

「なんだよそれ。ミッションゲームみたいだな」

「言うことを聞かないなら、直人に伝えて辞めさせるぞ」

 だから、なんで?

 首を傾げていると、親父は「外に出れば分かる」と言った。

 親父の真剣な眼差しがオレを貫く。それは、オレが外に出たいと思った動機を仄めかしていた。

 ミッションというより、なんらかの試験を受けている気分だ。

「分かったよ……でも、親父は一緒に来てくれないのか?」

 オレは恥を忍んで尋ねた。親を一人残していくのはやはり辛かった。

「……俺はいけない」

 親父は少し残念そうに答え、首の後ろを掻き毟った。

「上手く街から出られたら、直人にこれを渡してくれ」

「……これは?」

 やけに厚みのある白い封筒を受け取ると、親父はなにか含みのある笑みを浮かべる。

「——俺の人生にとって、二番目に大切なものだ」


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