第1話 ——人生は君が思っているより単純だ
直人のストーリーがスタート!
榮家の話が始まります!
明日は体調不良で更新できません。_(:3 」∠)_
☆
村田に眠らされてから一週間が経過し、都市への新鮮味が薄れてきた今日この頃。
治安の良さにも慣れてしまったオレは、インターホンが鳴ると直人が忘れ物でもしたのだと安易に考え、覗き口を確認せずに玄関を開けてしまった。
因みに、万愚節とのデートで現れたのは別人らしい。後日尋ねたところ「俺じゃねーよ」とすぐに否定されてしまった。
玄関前に現れたのは、艶やかなスーツに身を包んだ三人の男。両脇に控える黒服たちはそのジャケット越しにも分かるほどの筋骨隆々な体つきをしており、逆に彼らの間に立つ者は随分と小柄に見えた。
「……なんの用ですか?」
「ちょっとした頼まれごとだよ。弟からな」
警戒しながら尋ねると、榮壱真は見下したような態度で答えた。
髪はワックスでしっかりと固められ、灰色のジャケットは一見するとまともな社会人のように思える。
「直人が貴方に頼んだんですか?」
「来ればわかるさ」
含みのある態度に戸惑いを感じながらも、左右の大男たちが強引に肩を掴み、半強制的に地下駐車場の01と書かれた区画に連れ込まれる。
「——nasa。最短ルートをナビしろ」
『畏まりました。大通りで事故が発生しています。代わりの最短ルートを検索します』
黒服の男に挟まれる形で黒いワゴン車に押し込められると、運転席に座っていた壱真は液晶画面に向かって対話していた。
画面には地図が表示され、複数あった道筋が一つずつ消えて最後の一本が残る。
「便利だよな、それ」
後部座席からつい漏らした言葉に、壱真は自慢げに微笑む。
「だろう。都市で一番高い建物を知っているか?」
「あの東景タワーだろ? 映画で見たことあるよ」
赤と白の骨組みで構成された四角錐の塔。中央に刺さった球体の台展望台が日の光を反射して、他の高層建築物を圧倒する異彩を放っていた。
「残念だが、あれは東景タワーではなく都市電波塔だ。僕が計画して建てたんだ」
「へぇー。もしかして、あれのお陰でこのシステムが使えているのか?」
「そうだ。都市の至る所に設置されている防犯カメラでナビしているんだ」
「便利なもんだな」
図書館で調べた中に、衛星が地球での生活を支える重要インフラであることが記述されていた。その代用品を作ったとなれば、榮家が都市を牛耳れるわけだと納得する。
「衛星は打ち上げようと思わないのか? 地球では当たり前に使われていたんだろ?」
「技術的に厳しいんだ。過去にロケットの打ち上げをおこなったが全て失敗に終わっている。それに、ようやく成功した一機が紅い閃光に撃ち落とされた」
「なんで?」
「さぁな。光線の元を辿ると要塞都市がある方角だと判明した。だから、直人が向かったんだ」
「それなら、なんで十二年も帰って来なかったのに、新たに人材を派遣しなかったんだ」
「そんなこと言われても、つい最近アイツから聞いたんだよ。そもそも直人が勝手に出てって囚われたんだ」
つまり、直人が自ら囚われたのであって自己責任だと言っていた。
やっぱり彼のことが信用できず、少しだけ踏み込んだ話をしてみる。
「もしもだが、人間に似た生物がいたらお前らはどうするんだ?」
「……意図がよく分からないが、そんなもの場合によりけりだ」
唐突な質問に、壱真はルームミラー越しに不審げな顔をする。
「じゃあ、どういう場合で変わるの? 人間社会に紛れ込んでいたとしたら?」
「〝全く同じ姿〟をしているって話か。まぁ可能性はゼロじゃないが、見分けが付かないんじゃどうしようもないだろ」
「そうだけど」
「だが、そんな奴がいるなら一刻も早く見分ける方法を探す必要があるな」
壱真はルームミラー越しにオレを一瞥する。特に意図したことでもないだろうが、なんだかゾワッとした。
話題を変えようと、もう一度口を開く。
「——結局、この車はなんの目的でどこに向かっているんだ?」
「榮家の本部だ。これから囚われの街の調査結果を発表するんだよ」
壱真は腑に落ちない顔をしながらも答えた。
「直人がやるべき仕事だろ?」
「そうだが、どうしてか調査結果を預けてきた。よっぽど彼らに会いたくないんだろ」
「彼らって?」
「両親を含めた都市の代表者たちだよ。僕も嫌いなんだ」
「ふーん。それでよく請け負ったね」
「成果を半分渡してやるって言われたからな」
「十二年も掛けた調査を半分も……内容はどういうものなんだ?」
「君が大人しくしていてくれるなら教えてあげるよ」
「わかった、黙っておく」
「……ついでに暴れないよう縛っておいていい?」
「なんでだよ」
「だって感情で動くタイプだろ。ここで粗相したら都市には二度と住めなくなる。大袈裟かもしれないがそのくらいの心持ちでいた方がいい」
少しずつだが、壱真がどういう人間なのかわかった気がする。優しくもなければ、親切でもない。冷淡で、冷酷で、そっけなく見えるのに、ちゃんと相手を思っていた。
「——ではこれから、その映像をお見せします」
椅子に拘束されながら直人の父親を含めた発表会に参加させられることになり、先般の後悔を深く噛み締める。
直人が囚われの街で撮っていた映像。最初に要塞の全体像が映り、幼い姿のオレ。会社の朝礼で一発ギャグをかまして滑ったオレ。親父のグラビア写真を盗んで怒られたときのオレ。黒歴史を見せられ、首を掻きむしりたい衝動が込み上げる。
街の話なのにオレの日常を移す必要はどこにあるのか。縄で縛られてさえいなければ即座に投影機を引き裂いていた。
「……どうだった?」壱真は何度も予行練習を繰り返して、不満げに尋ねた。
「別に問題ないんじゃないか」
「聞いたところで真面な回答が返ってくるとは思っちゃいないけどな。今の内容に不満はないのか?」
どうやら発表の良し悪しではなく、個人としてどう感じたかを聞いているらしい。
正直に言うと、質問の答えは発表があると聞いた時点で決まっていた。
故郷をテーマとして取り上げられていること自体が気に障る。たった数分に纏められていることも気に入らない。もっと色々なことがあって、そんな悪印象を与える制度でもなかった。なにより、直人が何をしたかったのか一ミリも理解できなかった。
再び天井を見上げたオレを見て、壱真はなにも言わずに練習を再開した。
……にしても、いつまで椅子に縛られていれば良いのだろう。
そう思うと、ふと脳裏にトイレがよぎる。
一度でも意識しきてしまうと、我慢ができなくなってしまった。
「——やばい、漏れる!」
なんだかんだ気を使って尿意を堪えていたオレは限界を越えて叫んだ。
「おい、もっと早く言えよ」
練習の邪魔された壱真は舌打ちまじりに睨んだ。
駆け足で用を済ませて再び扉の前に戻ると、壱真が小太りな男にペコペコしているのを目撃した。オレは知らない人と一緒に居たくなくて廊下で待つのを試みるも、こちらに気づいた壱真は『も・ど・れ』と指先でボディランゲージしてきた。
渋々、音を立てずに扉を開けて、こっそりと席に戻ると、案の定、おじさんから声を掛けられる。
「——君は誰だい?」
「えっと、志楽野良です。囚われの街から参考人として来ました」
オドオドしながら答えると、男は唇を尖らせる。
「君……」
「は、はいっ」
なんだか変な反応をしてしまったが、おじさんは特に気にした様子なくこちらを見つめていた。
「独りでこんな場所に来て不安なのはわかるが、少し落ち着きなさい」
「あ、はい……すみません」
なんだか、自分よりも自分のことを見透かされている気がして恥ずかしく感じる。
「なにか緊張を解す方法があれば、手を貸してあげようか?」
意外にも相手が優しいことに驚きつつ。どうやってこの緊張を紛らわせるか考える。ふと足元に視線を下ろすと、先ほどまで自分を拘束していた縄が転がっているのが見えた。
「あの、もし良かったらですが……自分を縛ってもらえませんか?」
その言葉におじさんは一瞬キョトンとしていたが、やがて意を決したように頷いた。
「……あの、もう少し強く……痛くて、動けないくらいでお願いします」
「こうかね?」
「あ、そうです」
そんなこんなで体を拘束してもらっていると、扉が開いて女性を案内した壱真が入ってきた。オレとおじさんは入場者二人に酷く蔑むような目で見られることになった。
予行練習でも多少は聞いていたが、発表内容は想像通り退屈なものだった。
脱出方法と原理。囚われの街の社会的性質。住民の価値観と人間性。要塞の危険度。
直人は十二年も使ってこんなものを調べていたのかと、呆れてしまうほどだ。
会議が終わると、オレは周囲からまるで不幸な相手を見るような同情の視線を浴びた。
正直、凄く不愉快な気持ちだったが壱真の忠告通り余計なことは言わないでおいた。
「——君が志楽野良くんだね。私は榮真直輝、ここの代表をしているものだ」
接触を出来るだけ回避して部屋から逃れようとすると、肌が白くて着物姿の人形のような大男が道を塞ぐように現れた。
「あ、どうも。よろしくお願いしま……」
握手を求めてきた手を掴もうとすると、手袋と袖の隙間から銀色に輝く光沢が見えた。
「すまないね。私は両手足が全部義手で礼節正しくできないのだよ」
「い、いえ、こちらこそすみません」
握手した手は石のように冷たくて硬く。でも、優しく握り返してくれた。
「私が、都市に馴染めるようできる限りのサポートをさせてもらうよ」
「ありがとうございます。でも、直人が十分に手を貸してくれたので大丈夫です」
「いやいや、息子がそちらで世話になったようなので協力させてもらいます。調査員を育成する学校の経営もしておりまして。もし宜しければ、貴方を学園に通わせることもできますよ」
「自分が学校にですか? でも、もう二十二歳ですよ」
夢のような話だ。
「少し遅れているだけです。運と頑張り次第でいくらでも人生は変わります」
「でも……少し考えさせて下さい」
「そうですね。なにかありましたらご連絡下さい」
オレは深々と頭を下げて、廊下に出る。
一見して心優しそうな人だったが、言葉の裏になにか含むものがある気がした。
この発表事態に嫌悪しか感じないからそう思ったのかも知れないが、メリットより直人の家族と関り合いたくないという気持ちが勝っていた。
誰もいないテラスに出たところで、オレは直人に電話を掛ける。
あいつは本当にオレの正体を知らなかったのだろうか。村田から聞いた話が嘘のはずないだろうし、親父の調査報告書を鵜呑みにしているとも思えない。
『——おかけになった電話番号は電源が入っていないか、電波の届かない場所にあるため掛かりません』
連絡が繋がらないときは人工知能が代わりに対応していたはずだ。
おかしいなと思い、もう一度電話をかける。プルルルルとなると、今度はワンコールで拒否された。
少し苛立ちながら最後に電話を掛けると、三度目の正直という奴でようやく繋がった。
「——おい、どういうつもりだ」
「しつこいな。わざと切ったんだから察しろよ」
「は?」
「お前との契約は終わった。これ以上俺がお前になにかすることはない」
あまりにも独りよがりな言い草に、オレは久しぶりに怒りを覚えた。
直人は昔から自分の思い通りにしようとするところがあった。同い年でありながら親父や仲間から信頼され、称賛され続ける友人を誇らしく思う反面、劣等感を抱いていた。
「なんだよそれ。発表が終わったからか? やること終えたから用済みってか?」
「そのままの意味だよ。これでお別れだ。これ以上、お前に関わる気はない。俺はとっくに別の街に向かっている」
「そんな簡単に切り離せる関係でもないだろ」
「他人はどこまでいこうと他人だ」
「家族みたいに暮らしてきたのに。昔は同じ飯を食って同じ場所で寝てたじゃないか」
「家族ってのは血のつながりがあってこそだ。だから、お前を家族だなんて思ったことは一度もない」
「どうしてそんなことが言えるんだよ……一旦、電話越しじゃなくて会って——」
「俺にはどうしても許せないことがある。ヤンキーが少し優しいとすぐにいい人扱いされたり、普段いい奴が悪いことをすると途端に嫌われたり。血のつながりのない奴が本物の家族以上の扱いされるのが憎くて仕方ない。関係性に過大評価をつける人間に酷く腹が立つんだ」
その言葉を聞いて、壱真が図書館で放った言葉を思い出す。
「もう、一緒にいたくないのか?」
「そうだ」
「お前は家族が嫌いなのか?」
「あぁ。大っ嫌いだ」
「オレのことは?」
「……嫌いだよ」
軽くショックを受けながら、もう一度尋ねる。
「なら聞くが、どうしてオレの正体を壱真に話さなかったんだよ。どうせ全部知っているんだろ」
——ブチッ。
なにも告げずに通話が切られる。すぐに電話をかけ直したが、先ほどと同様に通話拒否をされてしまった。
「——スゥ」
オレは大きく息を吸い込んで、力一杯叫んだ。
かっこいいと感じたその姿になりたいと思っただけ。
そこに至るまでの苦労など知らないし、何かを犠牲にしてまで彼のようになりたいと思っていない。
ただ、自己投影していたかった。——だから直人を側に置いていた。
考えてみると、相当な屑だったらしい。
夢を追うことを美徳だと思って気づかずにいた。
親友だと言って置きながら、一度もアイツの本心を聞いたことがなかったのだ。
やっとここまできた。終盤までが長い! つーか、いつになったら冒険するんだよ! っと思っている皆さん。
主人公は『東京移都市』と呼ばれるこの場所自体を冒険しているのです!
6月22日推敲済
お楽しみに!




