第4話 受け入れる者でしか、始められないことがある
皆さん、デートしたことありますか?
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「——うん、筋肉ムキムキな割には意外と軟らかいね」
万愚節はまじまじとオレの肩を揉む。
「最近運動してないし、機能性重視だからな」
帰りは登りと比べて楽なのに、足を滑らせた彼女を背負った所為で余計に疲れた。
虫の音がより一層響く夕暮れどき、コンビニに寄ってどこかのベンチで彼女の足に消毒液と包帯を巻く。軽い擦り傷だが絆創膏では覆えないほどすり傷は広かった。
「……大丈夫か?」
「ありがと」
隣に座ると、万愚節は寄りかかるように抱きついてきた。
自分で歩きたくないのだろう。そう感じたオレは彼女の前で屈んで、予約していたレストランに向かった。
道中には多彩なイルミネーションが煌めいており、ちょうど花火が打ち上がっていた。
このデートの終わりが近い。そう感じさせるほど、儚く美しい夜景。動物の顔や形を催した花火を発見し、二人で何の動物が居たのかを言い当てる。
「——こちら前菜になります」
アシスタントがそっと前菜を置くと、白いコック帽を被った店主が万愚節に向かって頭を下げた。
予約して金を払っているのはオレなのになぜ彼女に頭を下げるのか。
貫禄の違いか? オレは金持ちに見えないのか?
怪訝な視線で眺めていると、アシスタントの女性に見覚えがあった。
——直人だ。
化粧して長いカツラを被っているが、オレを見る蔑んだ目が彼そのものだった。
嘘……なんでいるの、そっくりさん? 新たな兄弟?
万愚節は運ばれた料理を見て「おぉー」と感嘆の声を上げていた。
「美味そうだね」
「あぁ、うん。そうだね」
アイツのことは一旦忘れよう。きっと顔立ちが似ているだけの人違いだ。
前菜は多種多様のチーズと中央に温泉卵が乗ったサラダ。名前を覚えようとしたが、直人がいたことに驚いてすぐに忘れてしまった。
「うん、美味しい」
嬉しそうに微笑む彼女を見つめて、オレは意を決して尋ねる。
「……言いたくなければいいんだけど、どうして外に出る夢を諦めちゃったんだ」
万愚節は一瞬、困った顔をしてこちらを見る。
前々から疑問に思っていた。君ほどの生物好きが、外が危険だからという理由で諦めてしまうとは思えない。
「私は外に興味があるとしか言ってないよ」
「でも、諦めたって言っていたじゃないか。本当に怖くて嫌だと思っていても、少しでも憧れがあるなら、それは夢だと思う」
なぜ、このタイミングでこんなことを聞いているのか分からない。けどきっと、この先を彼女と旅できたら楽しいと衝動的に思ってしまった。
「……君は、失うことが怖くないからそう思えるんだよ。大切なものを無くしたことがないんだよ」
万愚節は視線を合わせず、窓の外を向きながら答えた。
確かに失ったわけじゃない。ただ置いてきただけだ。村田から告げられた拒絶や現実も、辛いことには辛かっただけだ。
「オレだって死ぬのが全く怖くないわけじゃないよ。でも、今更後悔する生き方を選びたくないんだ」
痛みに鈍感なだけなのかもしれない。父親も恋人も捨てて、次の日には別のことに心を奪われている。彼女と一緒にいたいと思い始めている。
「私も後悔したくない。だから、外には出ない」
そっか……。
もうダメなのだとわかった。決意というか、明確な意思を持って選んだことだった。
これ以上かける言葉が見つからず、静かな時間が流れる。
食器が下げられ、代わりに湯気の立つスープが置かれる。
「……野良はさ、調査員になりたいの?」
「ちょっと前までは興味がある程度だったんだけどね。今はそれが将来の夢になったよ」
初めて明確に成りたいものを抱いた気がする。親父の名前を見た瞬間、何かが弾けるような感覚を得た。
「じゃあ、私を誘ったのは失敗だったね」
「え?」
「昔、調査員の彼氏がいたの」
万愚節は色褪せたような消極的な表情で真っ直ぐとこちらを見つめる。
「彼が言ってくれたの。自分が一流になったら迎えに来てくれるって。でも、実際には私が迎えに行くことになった。遺体は傷だらけで上半身のみだった。私が話していた夢物語なんてあまりにも現実味がなかった」
実際に目の前にいる人から聞かされると、大丈夫だと思っていた自分も不安を感じずにはいられない。先ほどの『後悔』という言葉が重く感じる。
「野良には絶対わからないよ。生き物が好きなら研究者になればいい。調査員である必要はどこにあるの?」
「それは……」
将来の夢を持って生きるということが、どれだけ大変なことか見えてきた気がする。
オレが目指す先に彼女はいない。
いつか本当に一人になったら、どう生きるのか。
この先も、十年先も、自分が同じ夢を持っているか。
村田のように、親父のように、選んだ先は理想と違っているのだろうか。
現実という言葉が重くのしかかる。
「——ねぇ、野良。夢を目指した先にあるものって、なんだと思う?」
それはまるで、彼女が人の夢を終わらせるために放ったみたいだった。
楽しいデートなのに合わないなと思って端折ったシーンがあります。
抜いてもストーリに影響ないです。一応ね。
こんなシーンがあったと備考として、後書きの下の話を読んで下さい。
ヽ( ̄д ̄;)ノ=3=3=3
数十年前には存在したであろう生き物の模型を眺めていくと、今度は背丈を軽く超える骨組みが視界を覆った。
道中のプレート看板には『化石展』と書かれている。
壁や天井には星空を思わせる神秘的な装飾が施されており、説明文に記載されている通り太古に存在したことを匂わせる雰囲気があった。
「……本当にこんなのがいたのか」
大きな頭は自分たちを丸呑みできそうで、ガビアウルとは比べ物にならないほど鋭利な牙が生えていた。
彼らは一体、なにを食べて生きていたのだろう……。
「どうして絶滅しちゃったのかな」
博物館の神秘的な雰囲気に飲まれたのか、オレたちは和気藹々していた会話をしなくなっていた。
夜空のような天井と躍動感ある模型たち。神秘的という言葉がよく似合いそうな空間にいると、つい温泉川と初めて出会ったときを思い出す。
——彼女が来たあの日も、煌めく星の海が広がっていた。
親父はオレが温泉川と話すのを心配そうに見ていたが、あのとき初めて神秘的だと感じるものを知った。
あの出会いがなければ直人と話そうとしなかったし、誰も知らないものを調べて社会に活かそうとする人をかっこいいだなんて思わなかった。
直人がしていることなのだろう。親父がしてきたことなのだろう。
そういった誰かが人生を掛けてきたものが、こうして人生の刹那とはいえど人を感動させている。
いいな……オレが見つけたものも、ここにあったらいいのに……。
展示物を見つめている万愚節を見て、初めて調査員に成りたいと明確に思った。
「……どうしたの?」
見られていることに気づいた万愚節は不思議そうに首を傾げた。
「あぁいや、綺麗だなって思って……」
「そうだね。どうしてこんなにも美しく見えるんだろ」
*六月十五日推敲済 因みに後書きの文章は推敲してません。推敲しなくても大丈夫なよう話を変えました。




