第1話 僅かな好奇心が若者を大人にさせられる
書き溜めていた小説です。
一巻分あります。
かなり頑張って書いたつもりです。
どうかブックマークして、読んでいただけると嬉しいです。
【僅かな好奇心が若者を大人にさせられる】
「——なぁ、オレと一緒に外に出ないか?」
人口が六十万人を超える要塞都市で建築業を営む株式会社・金地建設工業。その二階にある経理部長室で、オレ志楽野良はエグゼクティブデスクを叩いた。
目の前に座るのは、こちらを気にも留めずに端末に集中するスーツ姿の男、榮直人。幼馴染にして、最も優秀な部下だ。
彼は皺一つない綺麗なシャツを着て、オタクが好みそうな女性キャラのプリントが透けて見える。寒がりなのか常にマフラーを巻いており、猫のように澄んだ瞳と女性社員よりも魅惑的な中性的な顔立ちが特徴だ。
直人は面倒臭そうに端末を机に置き、やっとこちらに目を向けた。
「またいつもの発作か?」
「今回のはマジだって」
「ふーん」
直人は机の引き出しからキーボードを取り出し、デスクトップに接続する。
あまり関心のない反応だが、長年の付き合いから一応言い分を聞いてやるって反応だと理解した。
「プランはある。少なくとも直人が損することはない」
「へぇー」
直人はタイピングを続けながら少しだけ興味ありげな声を出す。
「まず、オレが依頼として金を出す」
「いくらだ?」
「足元見られそうだから、そっちが決めてくれ」
「ざっと、月で百万だな」
「ひゃっ……」
「意外か?」
「絶対吹っ掛けてるだろ」
「三割り増しだ」
「おい!」
怒りを込めて反応するも、直人は涼しい顔で無視をする。頼んでいる以上、こっちが下の立場になるのは当然だ。
「で、会社はどうする。売るのか?」
「売らない。親父はまだ現役だし、社員は優秀だ。全部彼らに任せることにする」
「無責任な奴だな」
「二十歳で社長にさせた親父に言ってくれ」
オレはやれやれと肩を竦めてみせた。
「具体的にどうするつもりだ?」
「それは直人が考えてよ。引率頼んでるんだから」
「結局、全部他人任せかよ」
直人はそう言って、大袈裟に溜息を吐く。
「だってしょうがないだろ。外がどうなっているのか誰も知らないんだから」
「まるで自分の行動に落ち度がないみたいな発言だが、この話にはいくつかミスがある。俺はこの会社の経理部長だ。お前の収入がどのくらいかは知っている」
確かに、と思い少し顔が強張る。
「二つ目に、この会社にお前の代わりは居ても俺の代わりは存在しないことだ」
「引継ぎしてないの?」
「俺以上に優秀な人材はいないだろ」
直人は髪を掻き上げ、鼻を鳴らした。
うざ……。
「最後に、俺たちはこの要塞に守られてるに過ぎないってことだ」
「外から物資を届けにきてくれる人がいるでしょ」
本当に直人の言う通りに危険なら、毎月やって来る彼らは一体なんだ。
「あれは特殊な部類だ。それに要塞内に入ってきたことはないだろ。ここは内部に優しいが外部には弾を吹く。だからこそ安全が約束されている訳で人が住み付いているんだ」
「でも、直人は外から来たじゃないか」
十二年前、直人は要塞都市の外からやって来た。外の世界を旅してきた経験と知識があり、持ち前の頭脳の高さでこの会社を大きくしてきた。
「一緒に行こう! オレはお前が必要なんだ!」
そう言って再びエグゼクティブデスクを叩くと、直人は机に置かれたアニメキャラの人形を顔に投げつける。
「ゴリ押しするな」
「オレたちなら大丈夫だよ。直人も自分の身くらい守れるだろ?」
「あのときは護衛がいた」
「『——じゃあ私が代わりになるから、だから連れていって』ねっ?」
オレは『アイドル主人』の人形を拾い上げて、甲高い声でアテレコした。
直人はジトっと目を細め、短い溜息を吐く。
「そんなに出たいのか? 仕事は大変だが飯は不味くないし娯楽だってある。なにが不満なんだ」
直人からは『ここに居て欲しい』という気持ちが見え隠れしているように感じた。
「もう二十歳越えてるし、やっぱり今行かなきゃ駄目な気がする。今回ばかりは一人でも行くよ」
胸襟を開いた言葉に直人は無言で考え込む。
「……潮時か」
そう呟くと、彼はキーボードからやっと手を離した。
「わかった。手を貸してやる」
その言葉を聞いた瞬間、胸に募っていた不安が一斉に消失した。出ていく方角さえ定まっていなかった未来に清適な進路が作られていく気がした。
「愛してるぜぇ親友ぅ!」
両手を広げながら感嘆する。直人はそんなオレに別の人形を叩きつけ、「俺の言うことを聞けなかったら、即刻見捨てるからな」と一言付け加えた。
直人は名前に削ぐわず、とても捻くれていた。
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