第1話 世界は君が思っている以上に複雑で——
すみません。
就活が忙しく、研究室も始まってしまった為に推敲が間に合いません。
毎日投稿は厳しくなります。ごめんなさい。
☆
知り合いは皆優しかった。困ったときに手を差し伸べてくれたし、お金がなかった頃はよく差し入れをくれた。社長になってからは憎まれ口を叩かれることも増えたが、それでも皆に愛されていたのをよく覚えている。
憂鬱な気持ちで一人、ぶらりと町中を歩く。すれ違う人々はどこか陽気で、足場屋の仕事で使う綻びた服が妙に恥ずかしく感じる。新服でも買おうかと思い立ち、直人から借りたスマホで地図を開く。検索すると、服屋がいくつも表示された。
一番近い店に向かってデパ地下を歩くと、そこには下着がずらりと並んでいた。
心の中で「ヤッベ……」と思いつつ、再度別の店を探していると……。
「——彼女さんへのプレゼントですか?」
と、店員と及ぼしき制服姿の女性が話しかけてきた。
胸元には『研修中』と書かれたネームプレートが掛かっている。
「……違いますけど」
「すみません。今日でバイト辞めるので、少しテンションが高めなんです」
辞めるときって確かにハイになるよな。とりあえず変出者と間違われなくてよかった。
「じゃあ自分用ですね。女装でしたらこのパッドがおすすめですよ」
……変出者の方がマシだった。
「あの、この辺りで男性用の服が売っている所を知りませんか?」
「男性用?」
彼女は不思議そうに首を傾げた。
「男物の服を探しているんです」
「あ、そうなんですね。ってあれ? お客様はお客様じゃないのですか?」
「そうですね」
「じゃあ、変出者……」
研修生の顔はみるみると不審な相手を見るものに変わっていく。
「いや、そうはならないだろ」
「冗談です。ごめんなさい。それならこの道を真っ直ぐ進んで右に曲がったところにあります」
「そうですか。ありがとうございます」
礼を言って顔を上げると、彼女は申し訳なさそうに手を振っていた。
変な子だな……これが天然ってやつか。夜鶴とは真逆のタイプだ。綺麗な人に出会うと、つい身勝手にも夜鶴と比べてしまう。自分から捨てたって言うのに未練がましいったらありやしない。
教えられた店を適当に周り、デザイン性より機能性を重視してきたセンスを信用できずに、無難なデニムのパンツを取る。一番大きいサイズの値札を確認して、直ぐにこれはないなと棚に戻した。服が欲しい意思があれど、貧乏性は染みついて離れない。
決められずに小一時間ほど彷徨っていると、あの研修生と及ぼしき人物が私服姿で店に現れる。カーキーのシャツにライトグリーンのパンツ。ラフな格好ながら、そのセンスに目が奪われた。
彼女はこちらと目が合うと、ぱっと笑顔を咲かせてみせた。
「——いました」
「え? ……えーと、どうかしましたか?」
研修生が駆け寄って来たので、なにかやらかしたんじゃないかと不安になる。
「先ほどの謝罪をしようと思いまして」
「あんな所に突っ立ってた自分が悪いですし。気にしなくて大丈夫ですよ」
都市ではこんなことで人に頭を下げるのか。と感動するも、彼女は「店長に『今日のシフト分は払うからもう帰れ』って追い出されちゃいました」と笑いながら言った。
「男に女物の下着を勧めていたらそりゃあそうなるだろ」
「店長の指示なんです。下着売り場に止まっている男性がいたら、ゴリ押しでもいいから売り込めって。押し売りに負けて、つい買ってしまったお客様が着用するかもしれないのが堪らないそうです」
「潰れちまえ」
「あとは、単純に不審な方を追い払うのに便利だからです。本当に女装向けの商品も扱っているんですよ」
研修生は再び深々と頭を下げる。ただの下着売り場ではなかったらしい。
魑魅魍魎の潜む店だ。
「それで、お詫びを兼ねて服選びをお手伝いしようと思いまして」
「そこまでしなくていいですよ」
「逆ナンって奴です。バイトをクビになったら素敵な出会いがなくなります。折角なら最後にそういうのに挑戦しようかなと」
今、謝罪という名の彼女の思い出作りに付き合わされそうになっているのか。
天然じゃないのね。遠慮がないところが案外夜鶴とそっくりだ。
「言っておくけど、オレは今無職で友人のヒモをやってるからな。時間の無駄になるぞ」
「でも、お兄さんからお高いシャンプーの香りがしますよ。それにガタイも良くて、顔も整ってる。優良物件な気がします」
「まぁ、友人が超の付く大金持ちだからな」
「ご友人のご職業は?」
「調査員」
「おお、玉の輿だぁ」
研修員はパチパチパチと手を叩いた。
「ナンパ相手を目の前にして喜ぶなよ」
性格の図太さに呆れ返る。最初の印象との落差で評価がだだ下がりだ。
「お兄さんはなにしていた人ですか? その筋肉、無職には到底無理だと思いますけど」
「足場屋の……社長だよ」
「社長! いい響きですね!」
「だろうな、そう言うと思った。言っておくが、服選びしたって良い思い出ができるとは限らないからな」
「もちろんです。お詫びですから」
別のバイトを始めればいいという突っ込みは平行線を辿るだけだと思い控えておいた。
「うーん悩ましい……正直、服なんて顔が良ければどんなものでも似合いますからね」
「……煽ててもなにも出ないからな」
「冷たいですね。完全に疑われちゃってます? 私の好みになっちゃいますけど、安く済ませたいなら黒シャツと薄手の白ズボンとか。あとは汎用性のあるジーパンがいいですけど。とりあえず、筋肉質なんですから手足が長く見えるようなぴっちりとした服が似合いますよ」
「ジーパンならさっきいいのがあったけど。めっちゃ高かった」
「どれですか?」
研修生は棚から一枚取り、オレの腰に当ててくる。「まぁ悪くないかな」と呟いていたが値札を見て即座に戻した。
「これはやめましょう」
「やっぱり高いか?」
「いえ、今どきこれが普通です。似たものなら別の店で安売りされていたので、そっちに行きましょう」
「詳しいんだな」
「ここら辺に住んでいる人は皆詳しいですよ。それにしても……あ、まだ名前を聞いていませんでしたね。私は万愚節幸叶です」
「ばんぐせつ? 変わった苗字だな」
「嘘をついても許される名前です。あなたは?」
「志楽野良だ。よろしくな」
「しがらき……野良ですか。自由でいいお名前ですね」
万愚節は少し驚いた表情をしながらも、すぐに笑顔を戻して次の店へ案内した。
…………。
「——あっ、これなんかどうですか?」
オレは彼女に勧められた服をいくつも試着した。
「じゃあ、これにしようかな」
結局無難なジーンズを選び、財布と相談しながら購入を決意した。
数枚の上着を含め合計で三万円。少し高めだが最初に見つけた服を買うより安く済んでいた。
新しい服に着替えて、時刻を確認する。十一時三十分。昼飯時になっていた。
「これからどうしますか? 靴屋にでも行きますか?」
万愚節はオレの擦り切れた靴を見て尋ねた。
「いや、飯でも食べに行くよ」
「そうですか……では、ここでお別れですね」
残念そうな顔をする彼女に、オレは少し考えた末に声をかける。
「一緒にご飯でも食べに行くか? 金も浮いたし、お礼に奢るぞ」
「……いいんですか?」
万愚節は驚きながらも、ぱっと顔を明るくさせた。
「浮いた金で一人分くらい大丈夫だ。その代わり、おすすめの店を教えてくれ」
「えっと……じゃあ折角ですし、うんと高いところに行きましょう! ここなんて美味そうです!」
万愚節はスマホで『近場 高級店』と検索した画面を見せてきた。
「行ったことのある店を教えてくれよ」
「私は普段ここで食事はしませんし、都心はどこも高いんです。だから、うんと高い店にいった方がお得です」
「すき焼きか……一人あたり、ご、五千円……」
「牛肉です! 超高級食材てんこ盛りです!」
「分かったよ。今いくつなんだ? お酒は飲めるのか?」
「二十二なのでとっくに飲めますよ。昼間っからお酒とは背徳的ですね」
「同い年だったのか」
なんか猫みたいな顔つきしてるし、勝手に年下だと思っていた。
「おぉー、何月生まれですか?」
「十二月だったかな。そっちは?」
「四月です。私の方が年上ですね。って、二十二歳で元社長? やっぱり優良物件じゃないですかぁー」
未成年かもって一瞬焦ったが、同年代だと知って驚きつつも安堵する。
「よく友人にガキっぽいって言われてきたけど、オレ以上に子供ぽい奴がいるとはな」
「失礼ですね。これも逆ナンのテクニックですよ」
「それ、ナンパ相手に言っていいセリフじゃないだろ」
万愚節は口元に手を当てて、「えへヘ」と可愛らしく笑った。
「まぁ仕事クビになったわけだし、かえって酒が進むんじゃないか?」
「それならヒモの方が背徳感ありますよ」
「確かにな」
「って、私、クビになったとは一言も言ってないですよ!」
万愚節は心外だと言わんばかりに睨んでくる。こいつは馬鹿なのか?
いつの間にか、素に近い会話ができるようになっていた。一連の動作が故意だとしたら彼女は男を堕とす天才かもしれない。ナンパの策略にハマったのは嬉しくないが、話していて退屈しないし、表情がコロコロ変わって見ていて楽しい。
そうして、オレたちは服の値段など気にもならないほどお高い料理を楽しんだ。
その晩……。
ソファーに腰掛けテレビを眺めていると、大きなビニール袋を持った直人が帰宅してきた。
「——ただいま」
「おかえりーの、なすびー」
酔いの回っているオレを見て、直人は顔を顰める。
「飲んできたのか? いいゴミぶんだな」
直人は不機嫌そうにビニール袋を目の前の机に置いた。崩れたビニール袋の口から、つまみと酒缶が大量に入っているのが見える。
もしかしてオレと飲むつもりだったのか? 悪いが酩酊状態だ。メーテーメーデー。
「なんかナンパされちゃってさ。私服選ぶの手伝ってもらったら腹減っちゃて、その人と飲んできちゃった」
「あっそう……逆ナンって現実にあるんだな」
直人は不機嫌そうにオレの横に座り、酒缶を開ける。
「今度、直人も一緒に遊びにいく?」
「遠慮しとく。……お前、宗教の勧誘を受けたとか、変な保険に入れられたりしてないよな?」
「なに言ってるの、そんなのあるわけないじゃん」
「相手の名前は?」
「万愚節幸叶」
直人は鼻で笑って、「……変な名前だな」と突っ込む。
「失礼だな。オレたちと同い年で、明るくて勢いがあって、なんというか夜鶴に似てたよ」
「お前が口を開く度に胡散臭さが倍増してくるな。相変わらず変な女には好かれるみたいだし」
「おいこら、どういう意味だ」
「そのままの意味だよ。俺からすればお前がモテるなんてあり得ないと思ってる」
「失敬だな」
童貞にだけは恋愛にケチ付けられたくない。
「なにか訳があるかもしれないな。あまり他人を信用し過ぎるなよ」
「へいへいそうですかい。まったく嫉妬深い友人には困ったもんだ。……明日、遊びにでも行くか?」
「悪いけど。明日も明後日も用事があるから勝手にしてろ」
直人は袋からもう一缶だけ取って、自分の部屋へ消えていった。
……なんなんだ、アイツ。
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