第4話 後悔しなかった道を選んでも、きっと後悔する
なんだかpv数が伸びなくて結構こたえてます。
うーん。空きを作った方が良いのか悪いのか。分からなくて困ります。( ・∇・)
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六日後、検疫官から許可をもらったオレたちは密輸品がないか点検されたバイクに乗り、恒星の光を反射する高層ビルの間をタンデム走行する。
オレは都市の運転免許を持っていないので、リアシートから見える宝石のような景色に目が奪われていた。
右上を見れば、激しい音を鳴らす鉄道橋がある。
一度に数え切れないほどの人間が渡る横断歩道がある。
遠く離れた場所からでも異彩を放つ、空を突き刺す鋼鉄のシンボルがある。
直で見たかった景色。街になかったものがここにはある。そう思うと、捨ててしまったのものが報われていく気がした。
「どこに向かうんだ?」
「俺の家だ」
「十二年も住んでなかったんだろ。空き巣とかいないよな?」
「使用人が管理してくれているはずだ」
「使用人って、お前どこのお金持ちだよ」
「母は調査員の社長、父は都市の市長だ」
「大物のボンボンだな……。調査員ってのはお前の仕事だよな」
「そんで親父さんの前職だよ。あの人の場合は調査した成果を俺らみたいな会社や依頼人に売っていたんだ」
「正直、そんなものに一体誰が金を払うんだよって思うんだが……」
もちろん興味を持つ人はいるかもしれないが、時間をかけて調査したとしても食っていけるだけの収入が得られるとは思えない。
「およそ五十年前……大々的に調査を始めてからそれほどの月日が経過したが、恐らく世界にある大陸の百分一すら調べられていない。そして今の時代、発展や開拓にとにかく情報がいる。顧客が欲しい情報を調べるのが調査員の仕事だ」
「そんで危険だから給料がいいと?」
「情報の良し悪し次第だがな。信頼がなければ誰も買わないし、大半は雇用主ありきで調査を進めている」
「本業として金を稼ぐのは大変そうだな。……そういや親父の知り合いが都市にいる筈なんだけど、探す方法ってある?」
「名前はわからないのか?」
「うちの家にDVDあるだろ。多分あれ、親父の知り合いが持ってきてくれたものなんだよ」
「なるほどな。親父さんの知り合いなら、要塞の仕組みだって知っているだろうし、都市に住んでいる可能性は高いか」
「そそ」
「まぁ、時間は掛かるだろうが親戚関係から特定することはできる」
「頼んでいい? できれば早い方がいいんだけど」
「別に構わんが、特定してどうするんだ?」
「親父がなんで囚われの街で暮らすことになったのかを聞きたくてさ」
調査員ならどうにもならない状況に追い込まれるかもしれないが、親父がなんの対策もなしに囚われの身になったとは思えない。
都市の中心地にまでやってきたオレたちは、他のビルよりも圧倒的に高く聳え立つ白銀色の高層ビルを見上げる。その四つあるヒルズ全てに榮家が携わっているらしく、榮タワー、ビジネスタワー、レジデンシャルタワー、ステーションタワーと呼ばれていた。
榮タワー地下一階の駐車場にバイクを停車し、十年ぶりに帰還した直人は従業員から驚かれることなく、手慣れた様子で受付の人からカードキーを受け取っていた。
オレは通り過ぎる従業員から丁寧にお辞儀され、清潔感漂うエントランスをキョロキョロと見回す。直人がカードキーを通してエレベーターに入ると、ボタンを押すことなく勝手に十階へと上がっていった。
「え、えーと。直人様……?」
「やめろ。気色悪い」
冗談ではなく本心でそう呼ぶと、直人は心底嫌そうにこちらを睨みつけてきた。
十階層全てが直人の家らしく、半数以上が空き部屋で、まともに家具が置かれているのはキッチンと同室の部屋のみ。十数年も空けていたとは思えないほど清潔な状態に保たれていた。
「お邪魔しまーす」
オレは彼の家に上がり込み、適当なソファーに腰を掛ける。
「目的地についたわけだが、お前はこれからどうするんだ? ここで仕事でも探すのか?」
「仕事かぁ、働きたくねぇー」
「ニートを住まわせる気はないからな。アルバイトでもいいから探せよ」
「一様、貯金は持ってきたんだけど。通貨ってこっちでも使えるの?」
「使えるよ。いくら持ってきたんだ?」
「二百万くらいかな? ——やべっ、検疫所において来ちゃった」
「あとで、バイクの回収ついでに手続き済ませておくよ。半分は俺の報酬金だしな」
そう言われると、故郷に残したお金をもっと減らしておけばよかった。
「やっぱり、払わなきゃだめ?」
「別に構わんが、今すぐここから追い出すぞ」
「やだなぁ、冗談ですよ。うへへへへ」
思わずゴマすりみたいな口調になる。直人の軽蔑に近い視線が心に刺さった。
「部屋は空き部屋の一つを貸してやる。布団は和室の襖にあるから部屋が決まったら運んでおけ」
「あいあいさー」
「あと、勝手に冷蔵庫の中のもの使っていいから。あと喉乾いてるだろ。これお茶」
「あいざいま……これ消費期限大丈夫なの?」
冷えてるけど、いつのペットボトルだよ……。
「連絡して補充してもらってる」
直人様マジぱねぇっす。
暫く悩んだ末に自分の部屋を選んだオレは、襖から敷布団を取り出して部屋に運んでいる途中で全身から力が抜け落ちる。
あれ? なんか急に眠い。疲れてたのかな……。
そのまま布団の上で眠りにつくと、次に目を覚ましたときには『チョキチョキ』とハサミの開閉する音が響いていた。
「——お目覚めになられましたね。志楽野良様はどのような髪型にいたしますか?」
椅子に拘束されていて、直人はテーブルを挟んだ向かいの席でスマホをいじっている。
「それじゃあ坊主でもハゲでもいいから、こいつの似合う髪型にしてやってくれ」
目を覚ましたばかで戸惑うオレを無視して、直人は理容師の女性にそう言った。
「ちょっと待て、ハゲは髪型じゃないだろ!」
「では、お任せください」
年上の女性は自信満々に返事をした。
「いやだああああああああ!」
とにかく頭を振りまして抵抗するが、ハサミの金属部分が素肌に触れ、『チョキン』と音を立てて髪が切り落とされる。
「ひぇ……!」
激しく暴れていたのにも関わらず、躊躇なく切断され唖然とする。
「志楽野良様。私、十年以上この仕事を続けておりますが一度しか失敗したことがないのです」
「はぁ……そうですか」
なにを言い出すんだと思いながら、適当に相槌を打った。
「その失敗はですね。お子様のお耳をちょん切ってしまったことなのです」
思っていたより怖い話で、開いた口が塞がらない。
「それ以来、私は自らの未熟さを痛感し、戒めとしてその方のお耳を冷凍保存しているのです」
なにこの人、怖いんだけど!
「貴方の耳も私のコレ……冷凍庫に加えさせる気ですか?」
今コレクションって言おうとしたよね。嘘でしょ? 嘘だよね?
直人に助けを求める視線を送るも、彼は驚いた様子で固まっていた。
ふざけんな、お前が呼んだんだろうが!
「えっと、もう暴れませんので勘弁して下さい」
そう答えると、女性は穏やかな表情に戻り、少し残念そうに息を吐いた。
「では、信楽様。どのような髪型がお好みですか? 私としてはフェードカットがよろしいかと……」
なにそれ……。
戸惑うオレの代わりに直人が「それでいい」と答える。
「かしこまりました」
結局、オレの意思は関係ないまま、『パチン、パチン。ぱさり、ぱさり』と長い髪が景気良く切り落とされる。最初は首筋がむず痒くなるのを我慢していたが、時間の経過と共に段々と心地よく感じ始め、気づいたときには二度寝していた。
再び目を覚ますと理容師の姿はなく、椅子も縄も消えてオレはソファーに寝転んでいた。
直人は起きたオレに「洗面所で顔を洗ってきな」と少し嬉しそうな表情で言った。
鏡の前に立ち、恐る恐る自分の面を拝む。腰の下まで垂れ下がっていた髪は綺麗さっぱり消えて、以前のゴワゴワした面影はなく、粗野な男の姿が映っていた。
「割と似合ってんじゃないか?」
直人は背後に小さな手鏡を持ってきて後ろ髪を見せた。
バリカンで剃られた場所を触ると、チクチクとした新鮮な感触がする。前の髪型が名残惜しいと感じながらも、つい触り心地がよくて頭を撫でてしまう。
「……ここだと男の挑発は可笑しいんだよな。まぁ仕方ないか……」
父の言葉が片隅に残っているが、もう自分には関係ないのだと区切りをつけた。
「素直になればいいのに」
「無理やり髪を切られて素直になれるわけないだろ。文句言ってやりたいくらいだ」
「お前が寝落ちするなんて、意外と心労が掛かっていたんだな」
「うっさい。寝込みを襲うなんてサイテーだ」
「謝礼を述べてくれないなら、床屋代はお前に払ってもらうけど?」
「ただの押し売りじゃねぇーか」
「まぁ、榮家専属だから実質タダみたいなものだけどな」
専属の理容師って、金持ちにはそんなものまであるのかよ……。
オレはジロリとした視線を向けるが、直人は鼻を鳴らして涼しい顔をした。
「そういや、そっちは髪切って貰わなかったのか?」
「毛先を整えてもらったからね」
「そうなのか?」
髪は肩まで伸びたままだが、確かにナイフで切った後の不揃いはなかった。
改めて直人の顔を眺めると本当の本当は女の子なんじゃないかと疑いたくなる。
「とりあえず見た目はよくなったし、十分休んだわけだ。次は病院に行くぞ」
「へー、いってら」
「お前も一緒に行くんだよ」
「なんでだよ、もう十分検査したじゃん。そもそも、一度も病気になったことないから、そういうの必要ないんだよ」
「凄いことをサラッと言うのな。って、そうじゃなくてだな……やっぱり万が一に備えて検査をしておく必要があるんだよ」
「検問のとき、色々調べられた気がするけど」
「あれは簡易的なものだ。病原菌には潜伏期間があって症状が現れるまでに一定の時間がかかるから、本来なら外に出た人間は一ヶ月ぐらい隔離しておくべきなんだ」
そう言われても、オレは病気になったことないから恐ろしさなど知る由もない。親父は偶に風邪を引くことがあったが、それでも普段と変わらず仕事をしていた。
納得できずにいると、直人は仕方なさそうに溜息を吐く。
「じゃあ、なにか美味いもん食わせてやるよ」
「本当? なら高い奴でもいい?」
「帰還祝いだ。どこでも連れていってやる」




