初陣
超大国バーゼナンデ帝国の国王、ハインリヒ・フェルナンデ・シュトラウトは
超破壊魔法【ミョルニル】の最終実験の結果を今か今かと待ち侘びていた。
「まだ結果は来ないのか?どうなっておるのだ、アイゼンベルグ‼」
まるで催促するようなその口調に腹心であるアイゼンベルグは困った表情で答える。
「もう少しお待ちくだされ陛下、時期に報告が入ると思われますので落ち着いてください」
「待ちきれぬ、余がこの日をどれほど待ち侘びていたと思うのだ
いよいよ我が国が世界を制覇し、余が歴史上初の世界を統一した王となる日も近いというのに落ち着いてなどいられるか‼
実験結果がわかるまで後どれぐらいかかるのか?アイゼンベルグ、お主が聞いてまいれ」
「陛下、私が聞いてきたところで結果報告が早くなるわけではありませぬ、もう少し落ち着いて……」
二人がそんな会話をしていた時である、王のいる玉座の間に一人の男が駆け込んできた。
ここまで走ってきたのか、息を切らしながら何やらひどく慌てた様子で王の前で跪いた。
「ハアハア、国王陛下に緊急の報告があります‼」
実験結果の報告を待っていたハインリヒは予期せぬ事態にまるで水を刺されたかのような気分になり不快感をあらわにする。
そんな主の気持ちを察したのか、アイゼンベルグはすかさず伝令の男に問いかけた。
「陛下の御前であるぞ、何事だ、騒々しい」
「はあ、申し訳ありません。しかしリストランテ共和国の王からこのような書状が届きまして
急ぎこちらに報告にきた次第です。ご無礼の程は平にお許しを」
伝令兵の只事ではない様子に眉をひそめるハインリヒ
アイゼンベルグは差し出されたその書状を手に取りそれに目を通すとその書かれていた内容に大きく目を見開いた。
「こ、これは……」
「何事だ、アイゼンベルグ?何が起きたというのだ?」
驚きのあまり硬直してしまっているアイゼンベルグに問いかける。
「あっと、失礼いたしました。陛下にご報告いたします
これにはリストランテ王国国王、フリードリヒ・ヴァン・リストランテ三世の名でこう書かれております。
〈故国が大量破壊魔法を開発しているという事実は人類の存亡にかかわる危機であり、神をも恐れぬ大悪行である。
この事実を世間に公表しこの魔法開発を中止しないのであれば我が国リストランテ王国はバーゼナンデ帝国に対して宣戦を布告するものである〉
という内容にございます」
その報告に周りの重鎮達は驚きの声を隠せなかった。
「リストランテが我が国に宣戦布告だと⁉︎」
「馬鹿な、何か間違いではないのか?」
「あそこは我が国と戦えるほどの兵力も魔道士もおらぬぞ⁉︎」
「わざわざ負ける為の戦いをしたがるとは、正気の沙汰とは思えぬ、乱心でもしたのか?」
動揺を隠しきれない重鎮達を尻目に国王であるハインリヒは突然笑いはじめた。
「はっはっは、何を血迷って我が国に刃を向けてきたのかは知らぬが、実に面白い。
売られた喧嘩は買わねばなるまい、王自ら滅びの道を選ぶというのであればその望みを叶えてやろうではないか
超破壊魔法【ミョルニル】の完成前に前祝いとして軽く捻り潰してやるわ」
ハインリヒはサディスティックな笑みを浮かべ拳を握りしめた。
それから一週間後、両国の軍はリブーメル平野で対峙した。
ここはケトラ砂漠の南方約10kmの位置にあり、山も川も丘すらないどこまでも平地が広がる平坦な場所である。
「ふっふっふ、リストランテの指揮官は戦のやり方も知らぬ大馬鹿者のようだな」
バーゼナンデ軍を率いているケドラー将軍は思わず笑みを浮かべた。
ケドラーは父の代から親子二代に渡ってバーゼナンデ帝国に仕える軍人でありいわゆるエリート階級といわれる人物である。
子供の頃から軍事に関しての教育を父から叩き込まれているので戦場での知識や戦術理論などには精通していて
それなりに優秀ではあるのだがエリート意識が高く部下や敵を無能だと蔑む癖があった。
「ただでさえ兵の数が少なく魔道士の数にも劣るリストランテがこのような遮蔽物も無い平坦な場所で戦えばまぎれなど起こるはずもない
これだけの兵力差があって真正面から力と力でぶつかって勝てるとでも思っているのか?
あまりの愚かさに向こうの兵士に同情するわ、クックック」
圧倒的ともいえる戦力差にもはや勝った気でいるケドラー。
それも無理からぬ事でリストランテ軍は全ての兵士を総動員しても三万の兵が精一杯であり
その全軍を持ってこの戦いに挑んできた。
それに対してバーゼナンデ軍は総兵力が十万人、それでも本国には五万人の予備兵力が控えている。
そしてリストランテ軍には高レベルの魔道士がベルハルトしかいないのに対し
バーゼナンデ軍は今回二十人の高レベル魔道士を同行させていた。
傍目から見れば勝負にすらならない、常識で考えれば〈リストランテ軍は何時間持つのだろうか?〉というほどの戦力差だ
だがこの時バーゼナンデ軍の人間は知らなかったのである、その常識を打ち破るほどの人物がいた事を……
「さてと、リストランテの馬鹿どもはどう動く?」
馬上で敵軍の動きをじっと見つめながらニヤニヤと笑みを浮かべるケドラー。
今の時代の戦争は敵が魔法の射程距離に入り次第、魔道士達が一斉に魔法攻撃を仕掛け
相手に致命的なダメージを与えたのちに騎兵団が突撃し一気に相手を殲滅するというシンプルなもの。
したがって戦いの始まり方は距離を取っての魔法の撃ち合いが普通であり、当然魔道士の数の多い方が断然有利なのである。
「魔法による遠距離攻撃でジワジワとなぶり殺しになるか?
それとも玉砕覚悟で全軍をもって突っ込んでくるか?
好きなほうを選ぶがよいリストランテの馬鹿どもよ
どちらにしても我がバーゼナンデ帝国に喧嘩を打った時点で貴様らの命運は尽きている
さあ踊れ、哀れなネズミどもよ、クックック」
愉悦混じりの笑みを浮かべながら思わず舌なめずりをする。その時一人の兵士が報告に来る。
「ご報告いたします、敵軍よりこちらに向かってくる者がおります‼」
「ヤケクソで特攻でも仕掛けてきたか、それでどのくらいの数だ?」
「それがその……敵は一人のようなのです」
その報告を聞いたケドラーは思わず眉をひそめ自分の耳を疑った。
「はあ?たった一人だと⁉それは向こう側の使者ではないのか?」
「いえ、何かを伝えるための使者であれば〈交戦の意思なし〉という意味を込めた旗を掲げているはずですし
その風貌からも使者とは思えません」
「風貌?そいつはどのような人物なのだ?」
「はい、上半身が裸で褐色の肌、何より見たところ年は十五、六歳の少年かと……」
その言葉を聞いたケドラーは右手を顎につけ考え込む。
「どういうつもりだ?確かに十五、六歳の子供を使者として送って来たとは考えづらい
何より使者が上半身裸というのでは我が軍を愚弄していると取られても仕方がないではないか
何かの策略か?こちらを油断させておいて懐に入ってきた瞬間に自爆とか……」
ケドラーは考えた末に結論を出す。
「よし、そいつが魔法の射程距離に入った瞬間、魔法を放て‼」
その命令を聞いた周りの兵士が少し驚きの表情を浮かべる。
「よろしいのですか?」
「ああ、構わない。そもそも今我々は戦争をしているのだ
相手にどんな意図があるのかは知らぬが、その策略にこちらが乗ってやる必要はない。
そいつが射程距離に入って時点で魔法を放てと魔道士達に伝えよ」
「わかりました」
今の命令を伝えるためにそそくさとその場を離れる伝令兵。
ケドラーも乗っていた馬に前進を促すと彼の騎乗馬はゆっくりと進み始めた。
戦場が広く見渡せる所まで進んだケドラーはその問題になっている人物に向かってじっと目を凝らす。
報告の通りこちらに向かって来ている者の容姿は十五、六歳の少年に見える
ものすごい数の両軍が対峙し睨み合う中でその間をたった一人で悠然と歩いている少年の姿は
一種異様な光景でありどこか現実離れしていて違和感すら覚えた。
「本当にたった一人で来ているのだな、敵がどういうつもりかは知らぬがまあいい、開戦の狼煙代わりとするまでだ」
その少年がゆっくりと近づいてくるとバーゼナンデ軍に妙な緊張感が走った
敵が近づいてきているのだから攻撃するのは当然なのだが
世界でも一、二を争うほどの軍事力を誇るバーゼナンデ軍がたった一人の少年に刃を向けるのか?
という人間としての素直な気持ちであった。そしてそれは戦いの前の緊張感とも違う不思議な何かが兵士達の胸に渦巻いていた。
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