悪魔の所業
ベルハルトを連れ国へと戻ってきたフリードリヒはベルハルトに自分の娘を嫁がせ王族としての地位を与えた。
ベルハルトは何度も断ったがフリードリヒのたっての願いということで渋々それを受け入れる。
フリードリヒの娘、第一皇女アンネローゼは美しく聡明で国王自慢の娘であった。
そしてアンネローゼは王族出身であるにもかかわらず慎ましやかでベルハルトを献身的に支えた
そんなアンネローゼをベルハルトも愛し、二人は理想の夫婦とまで言われる様になる。
しかしベルハルトがこの国にきた本当の目的〈世界を滅亡から救う〉という問題の解決は思う様には進まなかった。
ベルハルトはリストランテ王国に来てから早速かつての仲間、両大国に仕えている魔道士達の説得に回った。
手紙を出したり自ら会いに行ったりして〈世界を滅ぼしかねない魔法の研究に手を貸すのは止めろ〉と説得を試みるが良い返事はもらえなかった。
それどころかとんでもない事実が判明したのである。その事を国王に報告するとフリードリヒの顔から血の気が引いた。
「それは誠か⁉︎」
フリードリヒは手に持っていた王笏を落とし、思わず玉座から立ち上がる。
「はい、両大国に支えている魔道士たちの説得には失敗しました。
それどころかこの二つの国は今とんでもない魔法を研究中だと判明したのです。
それは離れた場所からお互いの国を一瞬で葬り去るほどの超破壊魔法です。
これが完成すれば【ケトラの悲劇】をはるかに上回る凄まじい数の犠牲者が出ることになるでしょう」
その報告にフリードリヒは絶句する。
「それで……その恐るべき魔法兵器はいつ頃完成しそうなのじゃ?」
「はい、魔力増幅とエネルギー融合の研究にかなりの時間がかかるでしょうから一年や二年で完成するものではないでしょう。
あくまで私の見立てですが早ければ十年、遅くとも十五年以内には完成すると思われます」
その報告を聞き力なく玉座に座り込むフリードリヒ、がっくりと肩を落としうなだれながら絶望を感じていた。
「何という事じゃ、人類の命運は早ければあと十年、遅くとも十五年以内には尽きてしまう可能性があるというのか……」
玉座の間に重苦しい沈黙が漂う、ベルハルトも唇を噛み締め己の無力さを感じている様であった。
「どうにもならないのかベルハルト?お主の力を持ってしてもどうにも……」
悲壮感を漂わせながら問いかけるフリードリヒだったがベルハルトは唇を咬み残念そうに目を伏せた。
「申し訳ありません、もはや個人の力でどうこうできるような問題ではありません」
「では、このまま人類が自滅していくのを黙って見ているしかないのか?何という……」
絶望に打ちひしがれ頭を抱えるフリードリヒ。するとベルハルトが意を決したかのように口を開いた。
「全く手がない訳ではありません」
その言葉にフリードリヒは思わず立ち上がる。両眼を見開きすがる様な思いでベルハルトに問いかけた。
「誠か、それでどうすれば良いというのじゃ⁉」
だがベルハルトの答えは期待していたものとは全く別のものだったのである。
「この魔法が完成する前にこの両国を倒してしまうのです」
一瞬明るくなりかけたフリードリヒの表情が再び絶望に染まった。
「何を言う、そんなことができるのであれば誰も苦労はしない。
両大国にまだ占領されていない国の力を集結しても、とてもあの二国には勝てぬ。
その様なことお主ほどの者であればわかるであろう」
「できますよ」
「は、今なんと?」
「バーゼナンデ帝国とゲルゼド王国を倒すことは可能だといっているのです」
フリードリヒを始めそこにいる全員がベルハルトの発言に耳を疑った。
「馬鹿な……強力な魔道士を三十人以上抱える両大国を倒せるじゃと⁉お主が倒すというのか?」
「いえ、いくら私でもかつての仲間三十人以上が相手ではとても勝ち目はありません」
「じゃあどういう事なのじゃ、早く教えてくれ」
早く結論が知りたいフリードリヒに対し何故か躊躇しているベルハルトだったが意を決したかのように口を開いた。
「陛下、私が今から申します事はまさに悪魔の所業と言ってもいい人類史始まって以来の悪行かもしれません。
人類を救うために悪魔に魂を売る覚悟はできますか?」
その物々しい言い回しに思わず息を呑むフリードリヒ。
「何じゃそれは?構わぬ、申してみよ」
「わかりました、では申し上げます。今では軍の力は魔法が全てであり
作戦や戦略は魔法を中心に組み立てられております。ならばそれを逆手にとってしまうのです」
何を言っているのかわからないフリードリヒは首をかしげていた。
「どう言う事じゃ?お主の言っている意味がわからぬ、具体的に説明してくれぬか」
「はい、相手が魔法で攻撃して来るならばこちらは魔法が効かない兵器を開発すれば良いのです」
思いもよらない発案に思わず立ち上がるフリードリヒ。
「何じゃと、そんなモノができるのか⁉︎」
「はい、陛下。理論上は可能です、しかしこの兵器は……」
希望に顔がほころぶフリードリヒだったがそれとは対照的にベルハルトの表情が曇る。
「どうしたのじゃベルハルト?その対魔法兵器とやらの内容を早く教えてくれ」
フリードリヒは我慢できないと言った様子で食い気味に問いかけた
しかしベルハルトが話した内容はフリードリヒの想像をはるかに越えるモノであった。
「魔法に対抗する唯一の手段、それは〈生態魔導人間兵器〉です」
フリードリヒはその聞きなれないワードに戸惑う。
「〈生態魔導人間兵器〉とな、何じゃそれは?」
「はい、その名の通り人間に魔導処理を行い対魔法の為の兵器にしてしまうという悪魔の所業にございます」
そのあまりの内容に、戸惑いを隠せないフリードリヒ。
「人間を兵器にしてしまうじゃと⁉そんなことが……」
「はい陛下、しかもその人間には生まれてくる前に対魔法処理をしなければなりません。
つまり赤子が母親の体内にいるうちに魔法処理を行い絶対魔法防御を持つ
〈対魔法兵器〉として子供を産み人間兵器として育て上げる、それが〈生態魔導人間兵器〉の正体です」
そのあまりの内容にフリードリヒをはじめとするそこにいる者たち全員が言葉を失う。
「そ、それは神をも恐れぬ大罪ではないか、果たして人間がして良いことなのか⁉」
「はい、私もそう思います。ですから悪魔の所業と申したのです」
悪魔の所業という言葉の意味を理解し絶望的な顔でがっくりとうなだれる。
「それしか……それしか方法はないのか?」
「わかりません、もしかしたらもっと良い方法があるのかもしれませんが私にはこれしか思いつきませんでした。申し訳ありません」
ベルハルトは唇を噛み締め絞り出すように話した。
「人類存続のためにはこのワシもそれなりの罪を背負わなければならぬという事か……
しかし誰にそのような酷い命令を出せば良いのじゃ?いくら世界の平和のためとはいえ
生まれて来る赤子を兵器にして立派に育て上げろとはとてもいえぬ……」
その質問にはベルハルトも答えられなかった、人類の存続がかかっているとはいえ
戦いを止める為にこの非人道的な命令を誰かに下さなければならないのだ
それは人として、一人の親として良心の呵責が心に重くのしかかった。
そしてもう一つ問題がある、フリードリヒは〈人類の未来の為〉という理由で戦争を止めるという大義名分があった。
しかしこの命令を誰かに下せば〈戦争を止めるためにはどんな非道な手段を用いてもいいのか⁉︎〉
という批判が起こる可能性がある。人を救う為に人を犠牲にするのでは本末転倒ではないか?という理屈だ。
もちろん秘密裏に行ってこの事実を隠蔽するという手もある、しかしいくら情報を秘匿しても秘密は必ずバレる可能性がある。
もし後でそれが発覚したら隠蔽しようとした事実も重なってそのダメージは計り知れないだろう。
重苦しい空気が宮廷内に漂い誰も言葉を発することができずにいた。その時である
「その役目、私にやらせてください‼」
宮廷内に高い声が響き渡る。皆がその声の方向に振り向くとそこにはフリードリヒの娘でありベルハルトの妻、アンネローゼが立っていた。
「な、何を言い出すのじゃ、アンネローゼ」
「そうだ、君にそんな事を……」
フリードリヒとベルハルトの顔色が変わる。だがアンネローゼは強い意志を感じさせる目で二人に向かって言い放つ。
「もし誰かにそんな役目を押し付ければ国民も他国の人々も誰もが父上の言葉に疑問を持ち、耳を貸さないでしょう
ならば私が引き受けます。父上の娘でありベルハルトの妻である私が自ら実験台となれば
誰も父上と貴方に〈他人に非人道的な事を押し付けた〉とは言わないでしょう。
幸い今私のお腹の中には子供がおります、この子を使ってください。どんな子であろうと私が立派に育てて見せます‼」
アンネローゼの言葉に誰もが圧倒され言葉を失う。この小柄で美しい女性の威厳に皆が圧倒された。
だが我に返ったフリードリヒが自分の娘であるアンネローゼを睨みつけ大声で怒鳴った。
「ダメじゃ、そんなことは絶対にダメじゃ‼ワシの孫だぞ、いずれはこの国を継ぐかもしれないワシの血を分けた孫を
そのような生態兵器にするなぞ断じて認めぬ‼」
「父上、それが国を背負い人類を救おうとする王の発言ですか⁉︎
自ら犠牲を払わずに綺麗事だけ並べ立てて人々がついて来るでしょうか
誰が父上の言葉に耳を傾けますか?私も王族の人間です、民のためにこの命を捧げる覚悟はできております
もし私たちの子供が兵器として生まれたとしても、私が優しい心を持った立派な人間として育てて見せます‼」
迫力に押され反論できずにいるフリードリヒ。
夫であるベルハルトも複雑な思いを抱きながら唇を噛み締め何も言えないでいるとアンネローゼが優しく語りかけてきた。
「貴方からも父上を説得してください。私たちの子です
どんな形で生まれてこようと必ず優しい心を持って育ちます、私が育てて見せますから……」
ベルハルトは一旦目を閉じ、何かを決断するとフリードリヒに向かって語りかけた。
「陛下、大義を成し遂げようとする者はそれに見合った覚悟と意志を見せなければなりません。
何の犠牲も払わず大きなものを手に入れようなど不可能なのです、ここはご決断を」
「お主は良いのか?自分の子供なのだぞ⁉︎」
「私も共犯者です、罪は背負わなくてはいけません。陛下と共に生きると誓った時から覚悟はできております」
「しかし、ワシの孫なのじゃ……この国の……
生まれて来る子供には何の罪もないというのに、そんなものを背負わせてしまう事に……」
「しかし、このまま進めば遅くとも十五年後には人類の大半は死滅するかもしれないのです
下手をすれば絶滅するかもしれないのです。他人にこのような重い十字架を背負わせてしまうぐらいならば我々が……」
そう話すベルハルトも下を向きながら小刻みに震えていた。
フリードリヒはへたり込むように玉座に腰掛けると小さく頷いた。
「わかった、お主たちの言う通りじゃ……ワシも共にその業を背負う」
こうして悪魔の所業とも言える〈生態魔導人間兵器〉計画は進められた。
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